ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん62…千葉・久留里 『安万支』の、久留里名水を使ったそば

2006年09月09日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 先日刊行した本『旅で出会ったローカルごはん』(生活情報センター刊)で、全国津々浦々のオモシロローカルごはんを紹介しました。その中で、ページ数の関係で惜しくも割愛したものも結構あります。これから、折を見てその原稿をアップしていく予定。没原稿のリサイクルというなかれ、むしろ本にも載らない「穴場」のローカルごはんといえるかも? 

…な訳で最初は近場から、千葉県の房総半島を横断するローカル線・久留里線の主要駅、久留里駅で見つけたローカルごはんから行ってみましょうか。 


 JR内房線の木更津駅から房総半島の内陸部へ向かって、久留里線のディーゼルカーに揺られること45分。田園と山里が繰り返す車窓風景がやや山がちな眺めに変わってきた頃に、目的地の小駅、久留里へと列車は到着した。ここは房総半島のほぼ中心に位置する、小高い山に囲まれた小さな城下町である。

 駅を出て、久留里城のイラストが描かれた商店街入口のゲートをくぐったら、町の中心である右の方向へ延びる道を歩き進めていく。沿道には、軒数は少ないが白壁や蔵造りの商家や民家が点在していて、かつて黒田藩3万石の城下町だった頃の名残を随所にとどめているようだ。房総半島のこんな奥まったところに、けっこう立派な城下町が栄えていたんだな、と感心しつつ、趣のある町並みの中をさらに歩き回っていると、店の軒先や街角に、鉄筒が付いた井戸があるのをやたら見かけた。鉄筒の先からは、清冽な水が勢いよく流れ出していて、その様子は城下町のしっとりとした風景の中で、一服の清涼剤にもなっているようだ。

 久留里の市街に湧き出す水の良さは、町の背後に連なる清澄山系と関わりが深い。この付近は元来、関東地方で随一の雨の多い地域で、年間降水量が2000ミリを越える年もあるほど。多量に降ったこの雨水は、山々に茂る樹木によっていったん地下に蓄えられた後、関東ローム層に覆われた砂層を通過することによってきれいに浄化されて、良質の地下水になるという仕組みだ。この伏流水を汲み上げるために、久留里では江戸時代から井戸掘りが盛んだったが、なかでも江戸末期から明治初期に考えられた「上総掘り」は、この地域特有の掘り方である。竹ひごを使って岩盤に穴をあけて、水脈から水を噴き出させるという優れた技法に加えて、地下に断層があるため水圧が高いという、井戸にとって有利なこの地の自然条件も影響して、今でもわざわざ汲み上げなくても、町の随所で水が噴き上がっているのだから、何とも恵まれている。

 町中のあちこちで見られる、地下水が自噴する高さ1〜2メートルほどの鉄筒は、いわばこの町のシンボルである。このような井戸は今でも町内に2000近くあるとも言われていて、その多くは保健所から水質検査済みのお墨付きを頂いている。商店街のはずれにある「藤平酒造」の前にある井戸でも、木を組んで作った大きな桶に向かって、鉄筒から水がどくどくとひっきりなしに湧き出している。ここの井戸は昭和初期に掘られたもので、深さは400メートル、湧出量は毎分126リットル。1分間で、風呂桶1杯分の水が湧き出していることになる。飲んでみると、真冬であるにも関わらず水はキンキンには冷たくなく、くせのない丸みを帯びた柔らかい味だ。井戸の脇に掲げられている案内板を読んでみたところ、抗菌性土壌菌や乳酸菌、ペニシリンなどの細菌が豊富に含まれている、とある。おいしいだけでなく、体にもいい水というわけか。

 良い水が涌く町には大概、それを生かした手打ちそば屋と、造り酒屋があるものだ。井戸水を頂いてひと息ついたら、井戸と通りを挟んでちょうど向かい側に「久留里名水手打ち」の幟がはためいているのが目に入る。ありがたいことに、久留里の水を使ったそば屋のようである。小さな店の暖簾をくぐってテーブル席に落ち着いたら、そばの味に期待しつつ、シンプルなせいろもりを頼んだ。するとしばらくして、2段のせいろに細目のそばが上品にのって運ばれてきた。ひと箸頂くと、腰がしっかりして歯切れが潔く、そばの持つ鮮烈な香りとみずみずしい舌触りが何とも爽快だ。なかなか本格的な二八そばである。やはり名水のおかげなのだな、としみじみ感動して、残りのそばをズッ、ズッ、と舌とのどで一気に楽しむ。

 ここ『安万支(あまき)』は、そば打ちに使う水からゆでる水、仕上げまで、水はすべて久留里の湧水を使っているという。水は店の庭にある井戸からひいていて、窓の外を見たところ、例の鉄筒がしっかり立っていた。「久留里では、昔はどこの家も井戸を持っていて、飲用はもちろん生活用水もまかなっていたけれど、久留里の伏流水は最近、昔に比べて湧出量がどんどん落ちてきてねえ」と話すご主人。とはいえ、井戸から水が出る家は今でも、主な用途は飲食や調理用というから、湧出量は減ったものの、水質の良さは昔と変わらないようだ。

 湧水を使ったそばを味わい、店のそばの上総掘りの井戸で食後に水をぐっとひと口。冬の日は早くも傾きかけており、本数の少ないローカル列車の旅だから先を急がないといけない。湧水を使った味を訪ねる城下町散策の続きは… 次回にて。(1月中旬食記)


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