とあるラーメンマンガで、ラーメンブームの現実を鋭く突く、こんなストーリーがあった。理想のラーメンを追求する店主が、スープのダシに鮎の煮干を使ったラーメンを考案する。煮干はこのラーメン専用の特注のため製造コストがかかり、ラーメンは商売としては成り立たない原価率に。でも「本当にいい味ならお客は分かってくれる」という信念の元、店主はこの繊細で高貴な風味が売りの鮎の煮干ラーメンで打って出た。
結果、店にお客は全く入らず、瞬く間に経営難に。近所にある、何の工夫もない脂ギトギトのラーメンには行列しているのに、自分のラーメンはなぜ理解してもらえないのか、店主は悩む。
そんなある日、久々の客に喜ぶのもつかの間、本当は脂ギトギトラーメンが食べたかったが、行列が長いので「仕方なく」この店にやってきたことが判明。キレた店主は鮎の煮干スープに、ラードをドカッとぶちこんだラーメンを出す。お前らの舌で俺のラーメンなどわかるまい、これで充分だろう、とやけっぱちで。
ひとすすりした客は、「濃厚なパンチの中に、繊細な鮎の風味が漂い、ウマイ!」と、脂のおかげで鮎の風味が消し飛んだラーメンを大絶賛。この、鮎の味がしない「濃口鮎の煮干ラーメン」が口コミで大ヒットして、店は一躍大繁盛となった。
そしてこれを契機に、店主はラーメンの理想の味を求める求道者から、儲け主義一辺倒の経営の鬼へと180度変わる。単に味と脂が濃いだけのラーメンを満足げにすする客に向け、「お前らは料理を食っているんじゃない、情報を食っているだけだ」と冷たくつぶやきながら。
テレビや雑誌で店や料理の情報を入手して、興味を持って食べに行く。食材にまつわるうんちくを聞き、うまそうだから、体によさそうだからと関心を持つ。食べ歩きをしてもあれこれ書く上で、自分も結構、情報を食っているかもしれない。もちろん料理を食べる際にはそれに集中するけれど、味の感想が情報による先入観にとらわることも、ちょっとはあるかも。
で、このたび烏骨鶏のラーメンを食べに行くこととなった。烏骨鶏といえば、滋養強壮に効果がある、という知識はあるから、聞くからに体にはよさそうなラーメンだ。加えて味のほうも中国の高級食材だけに、いいダシがでそう… と、未知なる食材のラーメンだからどうしても料理を食べる前に、情報を食ってしまっている。鮎の煮干スープの話ではないが、貴重な食材・烏骨鶏ならではの味が、果たして自分に判別できるだろうか。
店は環八から大井町方面へやや入ったところにあり、自宅から第2京浜をクルマでとばして1時間ほど。外観は普通の商店街にある、普通の今風のラーメン屋で、扉をくぐると、やや高めのカウンター席にテーブルが数客と小ぢんまりしている。遅い時間のせいか、クルマにせよ徒歩にせよアクセスが不便な立地のせいか、それとも高級食材で敷居が高いせいか、店内にはお客の姿はおろか、なぜか店の人の姿もない。
カウンター席につくと奥の厨房から店の人がようやく現れ、先に食券を買うように指示される。烏骨鶏関連のメニューはラーメンのほか雑炊と餃子があり、トッピングも普通の味玉に加えて、たまに1個数百円の値がついているのを見かける烏骨鶏の卵を使った、ちょっと高級な味玉も。
メニューを見たところ、一番惹かれたのは実は雑炊。ご飯を烏骨鶏のスープで煮込んだらうまそうだが、来店の趣旨はラーメンなのでまたの機会とする。そしてラーメンは「醤油・味噌・塩バター」の3種が用意されていた。さらに壁の貼紙には、醤油味スープに焦がしネギをのせた「香味醤油ラーメン」なんて特別メニューも掲げられている。烏骨鶏、つまり鶏のダシのラーメンだから、素材の味を生かすためにあっさり醤油味のスープだろう、と思い込んでいたが、味噌スープやバターや揚げネギのトッピングでも、烏骨鶏の味は味わえるのだろうか。
結局、自分はシンプルに烏骨鶏醤油ラーメンを、同行した家内は烏骨鶏味噌ラーメンを頼み、サイドオーダーに烏骨鶏餃子も注文。味玉も烏骨鶏のにしたかったが、予算の都合で我慢して普通の味玉にした。
メニューにも龍の絵が。品数は意外に豊富
繰り返しになるが、烏骨鶏は高価な食材だ。だから店ではこれを売りにする以上、食べる人にもその良さや効能を理解して欲しい、という姿勢が現れているのだろう。卓上のメニュー立てや壁の看板に貼紙など、店内には烏骨鶏や食材にまつわる講釈書きがいくつもあり、読んでいると料理が出てくるまで飽きずに過ごすことが出来る。
曰く、烏骨鶏は台湾の特約ファームで放し飼いのものを使用、カルシウム、ミネラル、ビタミンなどの栄養素がバランスよく含まれ、コラーゲンが良質な一方で皮下脂肪が少ないから美容にいい。
曰く、スープは烏骨鶏を3羽使って12時間煮込み、エキスをしっかり出したスープを使用、滋養強壮効果がある究極のラーメンスープ。
曰く、様々な食材を漬け込み、烏骨鶏の繊細な味わいを引き出す厳選した醤油に、北海道産の赤味噌としろ味噌を調合して17種の野菜を混ぜ込んで3ヶ月熟成させた味噌に、モンゴルの岩塩と風味豊なバターを混ぜ込んだ塩ダレ。
曰く、水は九州祖母山系の天勝石でろ過したミネラル豊富な水。云々。
優れた厳選食材の能書きを読んで味を堪能し、烏骨鶏の解説を理解して健康になった… 気分になったところで、やや大きめの白い丼がカウンター越しに差し出された。青ネギと味玉がのった、見た目は普通の醤油ラーメンで、チャーシューの代わりに鶏のささ身がのっているのが変わった点か。
まずは麺から、といつもはいくところを、やはり自慢の烏骨鶏のスープから味わいたい。ほんのり脂が浮いているスープを、脂もちょっと一緒にすくって、ひとすすり。すると醤油のとがった味と香りが強い中、後から鶏ダシの旨みがしっかりと立ち上がってきた。浮いた脂もくどくなく鶏の味が凝縮、いい地鶏を使った鶏鍋の汁を思い出す、がっちりと力強い味だ。
麺をたぐってみると、やや細めでパキパキした食感の、オーソドックスな醤油ラーメンのスタイル。ストレート系の麺なのに、烏骨鶏スープとのからみが実にいい。チャーシュー代わりのささ身は脂分がない分、よくかみしめるごとに味が出てくる。スープをすすり、麺をたぐり、トッピングをつまんで、と、上品な鶏の旨みがあふれるラーメンである。
試しに、家内の頼んだ烏骨鶏味噌ラーメンを味見させてもらったら、普通の味噌ラーメンとそれほど変わらない印象。ごってり脂入り鮎の煮干ラーメンと同様に、味噌の強い個性のおかげで烏骨鶏の風味が消されたかな、と思ったが、改めて味わってみると鶏の風味が、スープの味の土台になっているのが分かる。醤油味のほうが鶏の風味をそのまま味わえ、味噌味(おそらく塩バターも)は全体の味の下支えの役割をしているのだろうか。
烏骨鶏餃子。味は普通の餃子に近い
いずれも丼に残ったスープに、ご飯を追加して入れてみたくなるが、腹八分目も健康のうちと、ラーメンと餃子を平らげたところでごちそうさま。それにしてもさすが薬膳ラーメン、大き目の丼のラーメンと、烏骨鶏餃子もあわせて平らげたのに、帰りのクルマの中でラーメン食後のお腹にもたれる感じは全くなく、すっきりした食後感がうれしい。このところ多忙で、しかも暑さが続いて寝不足気味なので、このラーメンのおかげで栄養補給できたような気がする。
肝心の烏骨鶏の味は、スープで充分堪能したのに加え、店内に掲示されたいろいろな情報を食べまくった効能もあるかも。でも何だか、「合わせ技」で味が分かったつもりでいるようで、こんなことだと件のマンガに出てくる店主に冷笑されそう?(2007年8月19日食記)
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