ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ローカル魚でとれたてごはん…和歌山 『弥助寿司』の、鮎の甘露姿寿司

2016年12月18日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
和歌山の寿司文化を語る上で、避けて通れないのが「なれずし」。日本の寿司の原型といわれているが、寿司というには現在のそれとあまりに形態がかけ離れている。その筆頭がご飯の位置付けで、食べるためではなく発酵種としての役割であったこと。魚を保存することを目的とした食品と捉えれば、糠漬けや糀漬けのような感覚で米が使われていたのかも知れない。いわば古来の製法にどっしり根付いた寿司の大元、重い大石を寸分違わず継いだ切込みハギの安定感、と、またもや石垣になぞらえてみたりして。

実は以前、当地でなれずしに挑戦してみたことがある。和歌山城の北側、本町四丁目の「弥助寿司」では、昔ながらの製法によるサバのなれずしを現在でも作り続けている。材料はサバとご飯と塩のみ、アセの葉で巻いて桶に入れ、重石をのせて数日〜ひと月ほど漬け込んでできあがり。発酵したサバの身は柔らかくなり、ご飯はチーズのような粘りと酸味を帯び、見た目も風味も寿司とは違う食べ物のようだったのを覚えている。

そして記憶に焼き付いているのは見た目以上に、その味と香り。口に入れた瞬間に脳天までキーンと酸味が突き抜け、くさやとか古漬けとかエダムチーズとかの珍味系発酵香が、束になって口中をモハッと襲撃する。注文は「切れ」でなく「本」単位で受けるため、頼んだ以上は1本完食せねばならないが、数切れにて箸が完全に膠着。無理しなくていいよとの店の方に詫びて辞したが、終日フレーバーにまとわりつかれていたことが、周囲の方々が向ける背中から理解できた。「最初はクセがあるが慣れるとやみつきになる人も」と表現されるタイプの珍味で、古の方々の魚食に対する執着が、色々な意味で実感できた味だった。

なので此度はリベンジマッチを挑むべきだが、自身の食取材歴において唯一、完敗した強敵ゆえ、店の暖簾をくぐりまずは敵情視察して様子を見る。「なれずし、ひと切れ単位で頼めますか?」と問うてみたが、供し方は以前のままの一本単位で変わっていないので、あっさり白旗降伏。堅牢な切込みハギ石垣に簡単に跳ね返されたものの、同じ姿寿司でも海の魚から川魚へと、鮎甘露姿寿司を攻めてみることに。こちらは有田川や紀ノ川、日置川などでとれたアユを素焼きにしてから、醤油とみりんで甘露煮にして押し寿司のタネに仕立てたもの。労働食のめはりずしに対し、祭りの際などに振る舞う、ハレの郷土寿司である。

皿には頭から尾までしっとりあめ色に煮付けられたアユが、まる一尾開きでのった寿司が登場。切り分けられたひと切れをいくと、タネも飯もホロリと自然に口の中でほどけていく。身も皮もヒレも骨も、障ることなく一緒に混ざり合い、アユのすべてが一体となって味わえるのがいい。粒のしっかり立った酢飯が、なれずしと違いしっかりと寿司らしい食べごたえである。薬味の粒山椒漬けといくと、爽快な熊野の山の寿司に。発祥の地・湯浅を思い出させる醤油をちょっとつければ、魚らしい身の味わいを引き出してくれる。

親父さんによると、店で甘露煮に使うアユは紀ノ川のものだそう。秋口にたくさんとっておき、軒に干してから焼いた状態で取り置いておき、注文の様子を見ながら順次甘露煮にしてタネに使うそうである。漬けて発酵させるなれずしと異なるとはいえ、こちらもとれた魚を保存して使うタイプの寿司といえる。煮具合は見た目の色ほど甘みが濃くなく、アユの豊潤さが引き立つ下支え程度の加減が絶妙。ほどよい手の加え具合で素材の持ち味を引き出す、というところで、石垣への例えも中間程度の加工を施す「打込みハギ」にて比喩しておこうか。

城と城下をくまなく歩いたおかげで、これだけでは空腹が満たされず、ちょい足しぐらいの量なので金山寺味噌巻きを追加。甘露煮でやや重くなった舌が、湯浅産のおかず味噌とシソでさっぱりする。帰りしなに親父さんに、数(十数?)年前に来てなれずしを食べ切れなかった旨を話すと、そういう方も割といらっしゃるので、と笑う。次回の訪問時は食べきる覚悟で臨むか、はたまた切り身を再度懇願するか、どうあれ寿司の原型にふれ直してはおきたい紀州のローカル魚探訪である。

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