テレビ版の松重五郎のファンは、焼肉の回といえば八丁畷のひとり焼肉を挙げる。「俺の肉が、泣いている」は、「孤独のグルメ」名台詞ランキングに間違いなく入る、秀逸な焼肉食レポだ。一方、谷口ジロー先生のコミック版では、焼肉の回といえば川崎セメント通りの焼肉にて異論は受け付けない。かのキャッチーな食マトペは後述として、「うんうまい肉だ、いかにも肉って肉だ」なるニヒル五郎さんの繰り出す謎食コメ、これまたマンガならではの世界観の真骨頂といえる。
SPA!の兄弟誌・月刊PANJAに連載の初回から本作は知ってるぜ、と意味のない自負のある自分からすれば、川崎セメント通り最奥の「東天閣」は、コミック版の聖地中の聖地。これまでも何度も訪れているが、おひとり様、仕事の狭間、中途半端な時間、改めて思い出した空腹と、今日は作品のシチュエーションと奇しくも似通っている。ここはひとつ五郎さんばりで、「一発焼肉でもいれていくか」と、扉をくぐってみようか。
テーブルにつきコンロに単身対峙したら、作品のノリでハラミ、豚トロと一皿をまるごと、独り占めで焼き始める。仲間や家族と焼肉店に来ると、全体の流れや同席者への気配りに翻弄されるが、今日はとことんマイペースだ。一種一枚ずつとスペースを贅沢に使い、好みの加減に時間を費やし、好みのチューニングで焼いて好きなタイミングで味わう。製鉄所の溶鉱炉のごとくかっ込んでいた五郎さんと対照的に、ゆったり優雅な焼肉タイムもまた、ひとり焼肉の利点だろう。飲めない五郎さんが「きたきた来ましたよ」と待ち受けていたご飯、飲んでる自分にしても焼肉の相方として勝るものなしだ。
怒涛のオーダーを重ねていた五郎さんのチョイスの中で、チャプチェはストーリーをたどる上で外せない。エイヤで頼んでおきながら「昨日のすき焼きを温めたような」との微妙な評、かつ量の多さに難渋していたが、春雨とニラなど野菜を濃いめの味付けで煮てあり、なかなか食が進む。キムチは白菜でなく、桜本商店街の店で見かけたラッキョウのキムチに。コチュジャンの甘さとラッキョウの香味がコントラストあり、シャリシャリの歯ごたえがいかにもラッキョウって味…ってレポでは作品と大差ないか。
カルビ、ミノ、上ロースに上カルビをライス2杯とともに平らげた五郎さんには及ばないが、こちらも久々にリミッターを外して食欲のままに存分に肉を喰らった。こどグルナンバーワンの食マトペ「うおォン」、万感を込めて発したら、聖地巡礼の満足感もひとしおである。
SPA!の兄弟誌・月刊PANJAに連載の初回から本作は知ってるぜ、と意味のない自負のある自分からすれば、川崎セメント通り最奥の「東天閣」は、コミック版の聖地中の聖地。これまでも何度も訪れているが、おひとり様、仕事の狭間、中途半端な時間、改めて思い出した空腹と、今日は作品のシチュエーションと奇しくも似通っている。ここはひとつ五郎さんばりで、「一発焼肉でもいれていくか」と、扉をくぐってみようか。
テーブルにつきコンロに単身対峙したら、作品のノリでハラミ、豚トロと一皿をまるごと、独り占めで焼き始める。仲間や家族と焼肉店に来ると、全体の流れや同席者への気配りに翻弄されるが、今日はとことんマイペースだ。一種一枚ずつとスペースを贅沢に使い、好みの加減に時間を費やし、好みのチューニングで焼いて好きなタイミングで味わう。製鉄所の溶鉱炉のごとくかっ込んでいた五郎さんと対照的に、ゆったり優雅な焼肉タイムもまた、ひとり焼肉の利点だろう。飲めない五郎さんが「きたきた来ましたよ」と待ち受けていたご飯、飲んでる自分にしても焼肉の相方として勝るものなしだ。
怒涛のオーダーを重ねていた五郎さんのチョイスの中で、チャプチェはストーリーをたどる上で外せない。エイヤで頼んでおきながら「昨日のすき焼きを温めたような」との微妙な評、かつ量の多さに難渋していたが、春雨とニラなど野菜を濃いめの味付けで煮てあり、なかなか食が進む。キムチは白菜でなく、桜本商店街の店で見かけたラッキョウのキムチに。コチュジャンの甘さとラッキョウの香味がコントラストあり、シャリシャリの歯ごたえがいかにもラッキョウって味…ってレポでは作品と大差ないか。
カルビ、ミノ、上ロースに上カルビをライス2杯とともに平らげた五郎さんには及ばないが、こちらも久々にリミッターを外して食欲のままに存分に肉を喰らった。こどグルナンバーワンの食マトペ「うおォン」、万感を込めて発したら、聖地巡礼の満足感もひとしおである。