沖縄で魚料理をいただく際、少し戸惑うのが沖縄言葉による呼称で、さらに戸惑うのが丸一尾の姿を見たときである。品書きの品名からは味のイメージがさっぱり湧かず、市場や鮮魚店に並ぶ魚体のカラーとフォルムを見るに、一見では食用とは思えない。そんな、日本のほかの魚どころにはない出会いが、沖縄のローカル魚巡りの楽しみであり刺激でもある。
那覇の繁華街・国際通りで夕食の店を探していて、「沖縄地料理」の文字に惹かれ、モノレール牧志駅そばの「龍潭」という店に入った。石垣に赤瓦をあしらった沖縄の古民家風の外観が目を引き、店内では琉球音楽のライブも行われるなど、沖縄風情オールインの店である。「地料理」を標榜するだけにお目当ての地魚の品揃えもよく、刺身の5点盛りをまずはオーダー。見た目からマグロとタコ、サーモンは分かったものの、白身系の2つが判別がつかない。ライブの準備なのか、忙しそうに右往左往するお姉さんをつかまえて聞いたら、通りすがりに「セーカトイラブチャ」。沖縄言葉なのだろうが、まるで何かの呪文のように聞こえてしまう。
ともかくまず味わってから呼称は復習することにして、ツルリとした白いつくりをいただくと、歯ごたえがマロッとクッション性がある。甘い香りにも覚えがあり、これはどうやらイカのようだ。もうひとつの白身は湯引きされた皮付きで、見た目はマダイの松皮造りに似ている。味は磯魚の潮の香りに近いが海藻のような草の風味でもあり、舌の記憶をたどり長考するが分からない。マグロにタコにサーモンといった親しみある定番魚介と食べ比べると、いずれもかなり個性が強いのが分かる。
著名な沖縄ポップスをコピーしたライブを聴きながら、刺身をアテに泡盛「龍泉」のグラスを傾け、演奏後にお兄さんを呼び止め再度、魚種名を聞いてみた。すると「イカは『セーイカ』でソデイカのこと。皮付きのは『イラブチャー』、ブダイです」と、一般和名も一緒に教授いただいたのが親切である。ソデイカは糸満や知念など主に南部で水揚げされる、体長は1メートルほど、重さは20キロ近くになる大型のイカだ。流行りの深海巨大イカを想像させるが、ソデイカは一説には食用のイカとして最大種ともいわれ、刺身での食味は地元の評価も高い。漁獲量はかのマグロに次ぐのだから、県を代表するローカル魚介のひとつといえるだろう。
イラブチャーの方は和名であるブダイと聞いても、口にしたことのある内地の人はあまりいないのではなかろうか。沖縄では大衆魚の部類に入り、スーパーや街の鮮魚店でも普通に見かける魚だ。味はかなり淡白で皮目の甘さが特徴のため、皮付きで刺身にひくのが地元流だそうである。湯引きしたため皮が黒っぽくなっているが、鮮やかなターコイズブルーの魚体がこの魚のトレードマーク。南国の海を思わせるその見た目は、魚市場を散策する観光客の一番人気でもあり、食味以上に見た目が沖縄らしさを印象付ける地魚といえる。
刺身の二品で調子にのり、お兄さんにオススメをおまかせしたところ、「グルクン」の唐揚げを強く推された。頭もヒレも丸ごと揚げてあり、八の字に開いた身は思ったより大きい。骨離れが良い白身はこれまたさっぱりと淡泊で、衣の油っぽさがいいバランスとなっている。アジやサバのような赤身っぽい味の厚みもあり、大衆魚らしい親しみやすさもいい。グルクンはフエダイの仲間で、内地ではほぼ知られていない一方、沖縄では漁獲量と流通量が多く、県の魚に制定されるほど根付いた魚介である。ブルーのイラブチャーに対し鮮やかな紅色の見た目も、沖縄の地魚らしさが感じられる。
締めの一品・沖縄天ぷらは、フリッターのような衣にホコホコのイカ、ねっとりジューシーなアーサー(モズク)が、家庭の惣菜のようで親しみが持てる。個性の強いローカル魚介のインパクトに晒された締めには、ホッとひと心地つける優しさである。