澤田ふじ子さんの京都を背景にした人情時代小説。
「人間の情・善・悪・憎しみ等」をテーマにした短編6話の公事宿事件書留帳シリーズ第19弾。
各々の物語のテーマを中心に粗筋を纏め、その中の心を打った部分に『』と下線を引いてみた。
「闇の蛍」
ーー 娘への愛情と執着が強すぎる母親が娘を失い、
我を失って女の子を絞殺す物語 --
菊太郎はそこを通るたびにいつも足を止め朝顔の花に見惚れていた。
主の浪人・久松三郎助から家に入って見てくれと言われ、菊太郎はお邪魔する。
人見知りしない幼女・お登勢が菊太郎の膝に座ってきたので、菊太郎は妻女・おきめに「申してはなんですが、それがしは、この可愛いお子を、このままいただいて帰りたいぐらいだ」と言ったところ、妻女の表情が険しく変わっていった。菊太郎は平静を装い、すぐに幼女を妻女の腕に返した。
秋には朝顔の種を貰って、爾来、菊太郎と三郎助との交友が細々と続いていた。
梅雨に入り、昨年貰って植えた朝顔だけが、鯉屋の庭で元気にその蔓を伸ばしていた。そんな中、四五歳の女の子が4人絞殺され、昨日も五歳の女の子守が背中の赤ん坊と共に寺の地蔵堂で死んでいた。
今年の1月、風邪をこじらせてお登勢が死んだとき、おきめは狂乱してお登勢の屍を三日三晩、布団の中で抱き続け、嗚咽を漏らしていた。
それから、おきめは寺参りと称してよく外出し、帰ってきたときは体の様子がおかしく、一昨日は眥を吊り上げ真っ青な顔で帰ってきた。
三郎助は妻の挙動から幼女殺しと関わりがあるように思え、その狐疑は次第に大きく膨らんでいた。
数日後、外出したおきめが、憑依者の顔になって、うどん屋から岡持ちを下げて出てきた少女の後をつけていた。その後を三郎助が、少し遅れて菊太郎が追った。
『路地で少女を絞殺したおきめが座り込んでいて、駆けつけた三郎助に「私は何をしたのでしょうか」と言う。三郎助は、「何もわからなくなっておるのか、不憫な奴だ、早く気付いてやれなんだ儂を許してくれ。我らは永劫、許されぬ罪を犯したのだ。おきめ、覚悟はできておるな。」と言って、彼女の右肩から胸にと斬り下ろした。そして、菊太郎が止める間もなく、三郎助は介添えを菊太郎に頼んで切腹した。
おきめと三郎助が倒れた叢から2匹の蛍が闇の空にゆっくりと飛び上がっていった。』
「雨月の賊」
ーー 運の悪い人生を送ってきた男が、
昔の仲間の息子の危難を助ける物語 --
飴細工売りに向かって、道を横切ろうとしている女の子に、暴れ馬が迫ってきた。
菊太郎は大声を出して走った。女の子が馬の蹄にかけられる一瞬手前で年寄りの男が狂奔してきた馬の首に青竿を突き付けた。馬は後ろ脚からドスンと路上に崩れ落ちた。
菊太郎が見事なお手並みと褒めたところ、その男・次郎兵衛は自分をお縄にしてくれと言う。菊太郎がどうしたのだと事情を聴くと、今は足を洗って銭差し売りをしているが、昔、数年の間、赤痣の安五郎という盗賊の頭だったことがある。その当時、あなたが同心組頭を叱っているところを見たので同心目付とみて、この際、昔の悪事をすべて吐き出し、すっきりしてあの世に往きたいと思ったのだと言う。
菊太郎は、そなたの勘違いだが、正直な男だと感心したことから、さらに、菊太郎は、次郎兵衛から今までの人生について告白された。
京焼の職人になるため清水の窯元に奉公に上がったが、窯場働きばかりさせられ嫌になって、伝を頼り尾張の瀬戸へ行ったが、そこでも嫌がらせを受けた。今日に舞い戻って青物問屋で必死に働き、所帯を持つ娘もできたが、町内の火事で妻子を焼死させ、神仏がそうさせるならと悪に走って盗賊になった。しかし、常に足の洗い時を考えていて、手下を含めて三年で解散し、今ではみんな真面な仕事をしている。儂は、その後も運が悪く、商いも軌道に乗らず、奉公人に持ち逃げされたり、病気になったりして、今の仕事で細々と生活しているのだと言う。
菊太郎は目付ではないが、「お調べ停止」になっているだろうから、敢えて表沙汰にすることもない。何かあれば鯉屋に参るがよいと別れた。
一か月ほどして、鯉屋に次郎兵衛があるおとこの危難を救うために尋ねてきた。
昔の仲間の息子の佐市が京で刀鍛冶の修業をしているが、手が器用なところから、八咫の総左衛門という盗賊から蔵の鍵を作ってくれとの話があり、断ると今は善良な年寄になっている父親を殺すとのことで、二日後に人形問屋に強盗に入ることになっており、集まるところも分かっていると言う。
菊太郎は奉行所に連絡し、雨月の中、弟の銕蔵と配下が集合するところを取り囲み、八咫の盗賊一味を逮捕した。
『後日、菊太郎は次郎兵衛に、そなたが助けた女の子と母親も頼りにしているそうだが、知り合いの窯元が雇ってもよいと言っているので、好きな焼き物の仕事をして母娘と所帯を持つたらどうかと尋ねた。』