「あらすじ」
※1. 各章の(№)の横に、内容を纏めた短文を付けた。
※2. 各章のキーポイントになる箇所を青色で彩色した。
※3. 小説の中で感動を受けた箇所の文章を抜粋し、黄色で彩色した。
[ 第一章 ナゾの依頼 ]
(1) 大企業からの新規取引の依頼
佃製作所も部品供給して、帝国重工がロケット打ち上げに成功した。あの歓喜に沸いたときから数年、佃製作所は、その実績によって大幅に業績を伸ばしてきた。
そんな佃製作所に、精密機械メーカーの最大手の日本クラインからの新規取引が舞い込んだ。それは初夏の薫りの入り混じる4月下旬のことであった。
早速に、技術開発部と経理部も出席する、毎朝の社長主催の定例営業会議にかけられた。
その新規取引は、パイロライトカーボンという特別の素材を使っての動作保証90日のバタフライバルブ(小型軽量なシンプルな弁)の試作品を開発するというもので、このような高度の技術を必要とされるものにも拘らず、予算(技術的対価)は少なく、量産までの確約はしてくれず、また、何の部品かは不明のものだった。
佃は気乗りしなかったが、大手企業との取引を掴むチャンスだと思い、受注を決定し、試作品開発をリーダーに中里淳、サブを立花洋介に任せることにした。
(2) 上から目線の大企業の論理
佃は営業第二部の唐木田部長と江原課長を伴い、日本クラインへ、新規取引の挨拶に出向いた。
応対に出た久坂製造部長と藤堂製造部企画チームマネージャーに、あまりにも予算が低かったので、準備してきた見積書を提示して、量産込であったとしても、この金額程度に何とか値段を挙げてくれと懇願したが、
「何の部品かは明かせませんが、ウチは量産のない試作は出しません。量産は数年内にと考えている。当方の製品に関与していただくことは御社の評価にも繋がるでしょう。とにかく、先に示した予算で了承してください」
と、上から目線の大企業の論理による答えが返ってきた。
佃は、量産での穴埋めを、ぜひともよろしくと、再度願って了承した。
(3) 受注試作品の使用目的と医療機器開発の現状
その夜、江原は、元佃製作所のエンジニアだった真野賢作の誘いで、佃社長を連れて飲み屋に行く。
佃は、アジア医科大学の先端医療研究所に転職していた真野から、以前に、人工心臓の開発をしてはどうかの新たなビジネスの萌芽ともいえるアイデアを聞かされたことがあった。
その真野から、いま、日本クラインと共同で人工心臓を開発するチームに入っていると知らされ、アジア医科大学病院の心臓血管外科部長の貴船教授が人工心臓開発のチームリーダーになり、世界最小、最軽量の新しい人工心臓「コアハート」を開発していて、日本クラインが「コアハート」のバルブシステムの製造業者を探していたが、佃製作所に依頼することにしたと聞いたと告げられた。
そして、医療機器というと拒絶反応を示す会社が少なくない。それは医療機器の開発には厚労省の許認可に時間がかかり、量産までには相当の年数がかかること。また、事故を起こした時の風評被害が大きく、その保障に巨額の賠償を請求されるという問題があるのだと、医療機器開発の現状を教えてくれた。
佃は、日本クラインからの試作品の使用目的を知り、製品としての実現の困難性を感じた。
(4) 貴船リーダーへの「コアハート」バブルシステム開発の現状報告
ある日本料理店で、日本クラインの久坂は、貴船教授に、「コアハート」のバブルシステム試作会社が辞退して心配をおかけしていたが、その代わりの製作会社を探して発注ができたこと、そして、もう一社、万が一の保証まで引き受けてよいという競争会社(後述のサヤマ製作所)も出てきたことを報告する。
貴船からも、実験データが揃い次第、臨床に移るよう、関係方面に話をしてあると久坂に知らせた。
(5) 佃製作所社員の引き抜き
夜遅く、取引先との会食を終えた佃は、タクシーの中から自社の技術開発部の窓に明かりを見た。
佃は技術開発部に入り、残業している中里と立花に、「お疲れ、調子はどうだ」と声をかけた。立花は、「イマイチです」と言うが、中里からの返事は帰ってこない。
佃が、データーが安定しないという話を聞いているが、原因は突き止めたかと訊ねると、
「設計に問題があるので、設計の変更は駄目なのか聞いてもらえませんか。カネがかかるばかりです」
と投やりの言葉が中里から帰ってきた。
「お前、それでもエンジニアか」、と佃は思わず言い放った。
『自分が出来ないからといって設計を疑うってのは、ちょっと違うのではないか。自分のやるべきことも満足にやらないで発注者を疑うのは間違っていないか。可能性を全て検討したうえで、科学的根拠をもって指摘するのが本来のやり方だろう。中途半端な仕事をしておきながら、その尻を相手にもっていく。そんなことをされちゃあ、相手だっていい迷惑だ』
と諭して、今日はもう帰れと言う。
◆
中里のスマホに、着信時間が午後10時過ぎの留守電(サヤマ製作所の椎名社長からの電話)が入っていた。
中里が帰宅したのは午前零時。遅くて良いからとの電話だったので、中里は相手に向けてスマホを操作した。
「バルブ関連の若手エンジニアとして君はトップクラスだ。今、君が作っているバルブ、なかなか難しいでしょう。よかったら、私と一緒に仕事をしませんか? 近々会って食事しよう」
と相手から電話があり、中里が礼を言うと、会食の候補日時を挙げ始めた。
(6) 貴船の耳に一村北陸医大教授の人工弁開発情報
貴船教授は、「コアハート」の開発状況を大学、病院、専任理事会で構成されているアジア医科大学定例理事会で報告した。
医療機器や病気のことは何も知らない本学創業家末裔の駒形徳治郎専任理事は、貴船が部長の心臓血管外科の平均入院日数が計画より長く、手術採算が計画を下回っているし、人工心臓開発も事業だから採算の追及が必要で、当初の計画通りに進めてほしいと、嫌味のダメ出しをする。
◆
貴船の自室に久坂が訪ねてきて、小耳にはさんだと、産学共同で北陸医科大学の一村先生がサイズ的に日本人の心臓にあう人工弁(心臓手術に使う医療機器)の開発をしていることを知らせる。
貴船は、人工弁は人工心臓の何分の一かの予算と時間で開発でき、需要もあって、目先のいい収益源となり、ひいては、「コアハート」開発にカネと時間をかけすぎているという理事会の批判をかわすこともできる、本学でぜひ引き受けようと頭の中で計算した。
いま、貴船が開発している人工心臓も、当時、弟子だった一村教授の研究を、横取りし、批判を避けるため一村を北陸医科大学へ異動させたのだ。
(7) 持ちだされる「コアハート」バルブ設計図 と
ロケットバルブシステムのコンペ
佃と山崎は、帝国重工の財前に会うために業界関連のパーティへ向かう道すがら、中里の仕事の進み具合から「コアハート」のバルブの設計の話をしていた。
「あまりいい設計でないようです。人工心臓のパーツとなれば、もっと耐久性を考えて設計すべきで、あれでは構造的に脆弱過ぎるので、私なりに設計してみました。しかし、日本クラインに余計な提案をして責任をとらされるのは嫌ですから部内に置いています」
と山崎は佃に告げた。佃の了承を得たところで、ホテルの前に来たので、その話は終わった。
◆
パーティの席上、財前から、折り入ってお話があると言っているところへ、財前と同じ宇宙航空部の調達グループ部長の石坂が現れ、紹介しようと、佃にサヤマ製作所の椎名社長を引き合わせる。
椎名が、ライバルの佃製作所さんに御挨拶したいと思っていたのですと言い、佃は、「ライバル」という言葉に財前を振り向いた。
「先ほど申し上げようと思っていたのですが、実は水原本部長の命令で、次回からのバルブシステムをコンペで決定することになったので、別途詳細をメールでお知らせする予定にしています」
と財前が答えた。そして、椎名が、また割って入り、「ロケットエンジンの業界は日進月歩なので、NASAの最先端んテクノロジーで挑戦させていただきます」と言う。
佃にとって、全く寝耳に水の話で、来年から始まる中期計画に搭載するバルブについては、設計を新しくして、すでに取り組んでいるところで、仮に、コンペで敗れるようなことになれば、投資の回収は難しくなる。紛れもなく、佃製作所の一大事である。
◆
椎名は、パーティの場を出て中里を誘った洋食屋に入った。
中里が、「コアハート」のバルブを2葉に設計変更することを考えていると言って、手許の紙に簡単な設計図を描いた。
「その設計図があるのなら、私に預からしてくれないか」と椎名が言う。すると、中里は部外流出になると躊躇した。
「佃製作所は、いま君が手掛けている試作品で、契約が打ち切られ、サヤマで受注することになるので、その設計変更分をウチでやったらどうかね」との椎名の言葉が、中里の心をくすぐる。
中里は、設計図を椎名に預けることを了承した。
(8) ロケットバルブシステム次回契約の死守
佃製作所に、財前からコンペの概要書が送られてきた。
社員たちは、何が何でも帝国重工との契約を死守しようと、心を引き締める。
佃は、日本クラインへの試作品が完成するようだったら、日本クラインへの完成報告の日程を一日でも早く調整し、少しでも早く、中里と立花を帝国重工向けの新バルブに回してくれと幹部に指示する。
(9) 日本クラインからの新規取引の解消
日本クラインの応接室で待っている佃と山崎の前に、藤堂だけが入ってきた。
山崎が試作品のサンプルを見せると、
「私どもで再検証した結果、この設計では弱いのでないかということで、設計変更をさせていただくことになりました」と有無を言わせぬ藤堂の発言があった。
「設計を変更する予定があるのなら、事前に相談してください。我々は最初に受けた設計で、とっくにボツになって使う予定のない試作品を作っていたということですか」と佃が抗議した。
「大きいプロジェクトでは、そういうことはよくある話だ。要するに応じられないと、そういうことですか?試作に要した金はお支払いします」
藤堂はさらりと言ってのけた。そして、言葉が出ない佃らの前に、新しい設計図と条件記載の書類を拡げた。
山崎は、怪訝な表情をして、無言のまま設計図を凝視した。
条件の金額と納期を見た佃が、ふざけないでもらいたいと言う。
「おや、そうですか。これで、出来るという会社があるんですがね」と藤堂が惚けた返事を寄越した。
これ以上お付き合いできませんので、久坂さんに伝えてくれと言って、佃らは応接室を出て、エレベーターに乗り込む。
1階ロビーに降りたとき、佃さんでないですかと、声がかかった。佃が振り返ると、サヤマ製作所の椎名社長がいた。
日本クラインがが指名した会社は、サヤマ製作所のことではないかと疑念を抱いた佃の前で、椎名は自信に満ちた笑みを浮かべていた。
次章に続く