[ セールストーク ]
「登場人物」
北村由紀彦 主人公。京浜銀行羽田支店融資課長。
江藤尚人 北村由紀彦の部下。小島印刷の担当。
田山勝治 京浜銀行羽田支店支店長。
小島守男 10年前に会社を継いだ小島印刷二代目社長。
「あらすじ」
北村課長は江藤を伴い、小島印刷の守男社長を訪ね、申し出の融資は、見送りとさせてくださいと告げた。小島印刷にとって、この融資見送りは死刑判決に等しいもので、しかも融資の申し出を受けて本部の結論が出るまで、1ヶ月近くかかっていたので、小島社長は、今頃になってそれはないだろうと、悲嘆と非難、怒りの入り混じった言葉が発せられた。
小島印刷は、ここ数年、深刻な赤字続きだった。そのために、京浜銀行は小島印刷に対し、割引手形の銘柄選定(上場企業発行手形に限定)を取っていた。しかし、小島社長は、何とか限定された以外の手形も割り引いてもらえないかと要望をしていたが、田山支店長は頑として受け付けなかった。
銀行という組織では、貸せば責任が生じる。だから、自信がない会社には貸してはいけない。それは、北村が入行したとき先輩に言われた言葉だが、それを地でいくのが田山支店長で、与信検査が控えてているいまは、なおさらだった。
小島印刷には、預金口座に殆ど資金がなく、この5月末、3千万円の支払いをしなければならない。その後の資金需要を考慮すると併せて5千万円の資金が必要だ。江藤は、小島印刷はスクリーン印刷から派生した特殊技術があり、東京エレキとの新規取引が開始予定だとの情熱の塊のような稟議書を書いた。しかし、支店長の考えは後ろ向きで、結果は融資見送りとなった。
田山支店長は、昔は小島社長と親しかったが、小島印刷の業績が一向に上向かないことから、次第に距離を置くようになり、ついには、あそこは駄目だとまでいうようになった。なぜそうなったか、この時点では判らなかった。
田山は、小さい頃から恵まれ過ぎて弱いものの気持がわからないところがあり、要領がよく、利用できるところは抜け目なく利用するが、だからといって恩に着るでもなく、不要になればさっさと切り捨てる。利口だが血の通わない男だった。
小島は、支店長はウチをさんざん利用して、それで最後は見殺しにしようというのか、ウチが死のうが生きようが、所詮は他人事。それが支店長の本音だろうと、こみあげる無念をぐっ噛みしめ、目の奥には赤い炎がちらちらと燃えていた。
5月末日の水曜日、朝、資金係から回ってきた当座預金の残高管理表を見た江藤は、小島印刷が2千7百万円の資金不足を出していることを北村に報告した。しかし、午後2時には、驚いたことに5千円の入金がなされていた。
銀行の融資を売り込みに行くとき、北村には、とっておきの「セールストーク」があった。決め台詞みたいなものだ。 「ウチが貸せなければ、どこの銀行も貸せません」 京浜銀行は、れっきとした弱小地銀で、北村にしてみれば、掛け値なしの本音である。それが何んと、小島印刷に送金されたのは、メガバンクの東京第一銀行蒲田支店からであった。
北村は田山支店長に報告すると、田山は、ほおー、だからといって小島印刷の業績がよくなるわけじゃないだろうと、小島の話は聞きたくないとばかり、顔の前に新聞を立てた。
月末から1週間ほどして、北村と江藤が外回りをしているとき、江藤のほうから、小島印刷に寄っていきませんかと誘った。
北村が小島社長に、どこから借り入れられたのですかと問うと、小島は、以前、悪い女に引っ掛った男を助けて、女に3百万円の手切れ金を出してやったのだ。情けは人のためならずってことだな。その人に何とかしてくれと泣きついたのだとだけ答えて、先に、銀行に提出した昨年の決算書をこれに差し換えてくれと差し出した。
銀行に帰った北村は、慣れた目で決算書を突き合わせてみると、販売費及び一般管理費の中にある「雑費」の明細に「コンサルタント料 中尾祥一 300万円」とあったとこが「田山勝治 300万円」となっていた。
北村が江藤に明細を見せているとき、北村は、先月末近くに支店長が運んできたハネダ塗装店への融資案件を思い出した。
すぐに、5千万円がハネダ塗装店に融資されたが、その金は、時間をおかずに預金残高管理表のハネダ塗装店の欄から消えていた。
北村はハネダ塗装店を訪ね、井出社長に質すと、ようやくに、田山支店長から、ある会社を助けるために融資させてくれ、そして、とりあえず半年間貸してくれと頼まれたのだと 白状してくれた。
北村は、この顛末を人事部に送りつけることをせず、間もなく実施される与信検査で表面化することにした。
ハネダ塗装店への融資は、利益が2百万円の会社なのに5千万円とは融資額が多すぎる、小島印刷は融資は見送り与信回収という状況にありながら2千万円という大金が残高に残ったままとなっている、ということから検査最終日、検査のリストにあがった。
検査日、検査官の質問に応ずる北村と江藤の回答から田山支店長の悪行が暴露された。
それから3ヶ月ほどして、小島から江藤に、東京エレキとの取引が実現したとの連絡があった。北村は、書類上だが、小島印刷に新たに5千万円を融資し、田山を経由させる形でハネダ塗装店へ返送させ、問題となった5千万円を銀行が回収するという方法を立案した。
主人公だけでなく、小島社長、田山支店長、井出社長と数人の人物が、短編の中できっちり描かれていて面白く読ませてもらった。
(次の編に続く)