桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

誰にも判ること

2014-09-30 | Weblog
御嶽山の噴火は、大変な被害をもたらした。御嶽山で噴火が起こるとは予想しなかったそうで、無防備に登山した人たちは、噴石や降灰によって命を脅かされ、命からがらに山小屋に避難して助かった。その中、多くの人も犠牲になった。死者は12名、心肺停止が24名もいる。気の毒なことだ。
火山大国の日本は、何時、どこで同じように噴火が起きるか判らないそうだ。地震だけではない自然災害の恐ろしさを教えた。
もし富士山が噴火してれば、どのような被害になるのだろうか。噴石、降灰は、御嶽山の比ではあるまい。火山灰が電線に積もるとショートして発火するらしい。とすると、原発はどうなるのだろうね。
再稼働の1番手になる鹿児島川内原発は、その火山の上にあると同じだが、噴火が起きたらば、小渕大臣は「政府が責任を持つ」と、見栄を切ったそうだが、汚染水さえも止められない福島原発の体たらくに目を閉ざして、何をおっしゃるやら。後は野となれ山となれ、か。御嶽山噴火に見える富士山噴火の被害を思うと、日本の前途は厳しいよなぁ。
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ご注目を!

2014-09-29 | Weblog

本日、袴田弁護団が記者会見をする。

讀賣だけが報じたが、検察は「袴田事件のDNA鑑定は誤りだ」との主張をして、新しい鑑定を提出のようだが、「本田鑑定は信用できない代物」というのが検察のスタンスだ。

足利事件で、科学警察研究所の「有罪鑑定」に対して、本田氏が「未熟で鑑定になっていない」と否定して以来、検察は本田氏を目の敵にしている。

俺も足利事件の再審公判で、本田氏に対する検察の尋問を傍聴したが、感情的と感じるほど、批判していた。

ところがだ、その本田氏の鑑定で検察が起訴して有罪にしている事件があるのだそうだ。それも、本田先生は袴田事件と同じ手法を用いて鑑定していると言う。

どういうことだ!だよね。

自分に有利な鑑定結果ならば利用して、不利になった途端、「本田鑑定は信用できない手法だ」などと批判するのは、検察が「腐れ組織」と書く、俺の言葉が正しいことを証明して嬉しい気分だが、検察が正義の組織であって欲しいと願う俺としては、残念で悲しい気分でもある。

このような抵抗は止めようと語る道理と正義は、検察には生まれないのだろうか。

腐れ検察、と俺が書くのは、俺に言われて反論できないだろう悔しさから、初心を取り戻す検察官が生まれて欲しいと願うからだ。

今日、袴田弁護団は記者会見をして、即時に控訴を取り下げるように求める。

マスコミにも、この会見を正しく社会に報じて欲しいと願う。

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キンモクセイ

2014-09-27 | Weblog
我が家の玄関口にある金木犀が咲いた。
今日の爽やかな風に香りが撒き散らされている。
秋だなぁ。
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九州電力

2014-09-26 | Weblog
再生可能エネルギーの発電量が1200万キロを超えてしまい、春などの電力消費量の少ない時期の800万キロを超えたことから、九州電力は買取りを拒否することにしたとか。
そんなことが新聞記事になっていた。
送電線の問題や一気に発電量が流されると停電してしまうからとか、色々と書いてあったが、再生可能エネルギーが増えたならば、それを使えるように工夫すれば良いのに、なぜ開発を止めさせるかのように買取り拒否をするのだろうか。
露骨だよなぁ。九州電力は川内原発の再稼働を決めたはずだ。原発の産み出すアブク銭の旨味を味わう連中は、どこまでもしがみつくつもりだ。核兵器に野心を持つ安倍一党など、日本の中枢にある右派連中も、また原発にしがみつく。
風力や太陽光発電量は、各地で増加していて、かなりの発電量になっているはずだが、詳しいことは報道されない。マスコミも原発マネーにまみれてるからなぁ。
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証拠は誰のものか?

2014-09-26 | Weblog
少し前、元検察官から話を聞いたとき、逮捕状請求時に添付する証拠資料はじめ、検察官には判らない証拠を警察は握っている、という話だった。
布川事件でも、何枚かの解剖写真が警察から出て来たし、嘘発見機検査記録用紙は、茨城県警根本町倉庫に保管していて洪水で流出したとされている。
法律的には、総ての証拠は検察に送致するようになっているが、どうもまもられていないようだ。
今、愛知県警で証拠品を山に捨てた警察官がいたことが報じられ、「手続きが面倒で捨てた」と言っているようだが、警察が犯罪捜査で収集した証拠は、誰の物だろうか。
言うまでもない。
国民の物だ。犯罪捜査で収集した証拠品は、社会の安全を守るために必要な国民の財産だ。
検察は、我が物!と思い込んでいるようだし、警察にも同じような思い込みがあるのかも知れないが、そもそも論が必要かも知れない。
そもそも警察は、なんのために存在するのか、検察の存在理由は、など、根本的な指針を法律として制定して見直さない限り、警察や検察の組織悪に染まって歪んだ現状を変え、本来の真実と正義に立脚した組織には立て直すことは不可能かも知れない。
警察や検察が行う証拠に対する独善的な行為に、改めて法律の制定を求めたいと思う。
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統計の魔術

2014-09-26 | Weblog
高齢者による交通事故が増えていると言われるが、本当だろうか。
先日もアクセルとブレーキを踏み間違えたらしい2件があり、年々交通事故は減っているのに、事故に占める高齢者の割合が増えていると解説された。
これ、そうなんだ!高齢者の起こす事故は増えているをだ!と納得しそうだが、良く考えれば違ってる。
全体の事故に占める高齢者の起こす事故、ということは、高齢者以外の事故数が減れば、高齢者の起こす事故が減っていても、その数字によっては、割合として高齢者が増えているようにもなる。正確に示すには、年代別の事故件数を示し、高齢者の事故件数も示して、その件数を比較しなければ判らない。
テレビや新聞に言われると、そうか!と思わされるけど、誤魔化されないようにしないとね。
俺も高齢者になるからなぁ。
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アメージング・ルーキー

2014-09-25 | Weblog
アメリカの野球界は、ビックリするような活躍をする新人を讃えて、そう表現する。驚異の新人。大相撲の新入幕・逸ノ城は、まさにアメージング・ルーキーだ。驚かされるなぁ。
昨日、大関・稀勢の里を破ったのは、まあ身技体のうち、ただ体力だけしか持たない大関だ。そんなこともあると思ったし、稀勢の里が動揺したときに見せる神経質な瞬き、相手の目を見ない怯みを感じる仕切りを見て「負ける」と感じた。でも、今日は違う。
豪栄道が自分十分の形を作り、しかも頭を付けたのに、それをモノともせずに、左をさして、実に呆気なく寄り切った。どっちが大関か判らないほどの圧勝だった。
もう長く日本人の優勝がなくて「白鵬が引退しなくては無理」と言われていたが、白鵬よりも安定感のありそうな逸ノ城の出現によって、また暫く日本人の優勝力士は無理かも知れない。このところ遠藤人気の大相撲だが、どうやら遠藤も逸ノ城の引き立て役で終わりそうだなぁ。
逸ノ城には、このまま大成して大相撲史上に驚異の記録を残す力士になって欲しいし、日本人力士にも奮起して欲しいものだ。
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何度でも言う!

2014-09-25 | Weblog

全国で闘われている冤罪の裁判で、必ず検察の語る決まり文句がある。「検察には証拠を開示する法律的な義務はない」という主張だ。

この腐れどもには道理が判らない。

俺の国賠裁判で、国から「第7準備書面」と「第8準備書面」が出て来て、またあれこれと詭弁を弄して無責任を書いているのだが、読んでいると気分が悪くなる。白を黒と言い包める言葉ばかりで、正義とか真実を考えていると、本当に身の置き所が困るような困惑を感じる。このような連中に正義を求めている日本の危うさを考えさせられて息苦しい思いになってしまう。

「(布川事件の原審裁判や再審請求時、その以降も)「検察官には、弁護人からの証拠開示請求に対応する職務上の義務はなく、検察官(自身の)請求証拠でない証拠を開示しなかったからといって国賠法上の違法とはならない」というのだ。

だから冤罪が生まれる。検察官の証拠隠しで冤罪が作られてきた。そして、だからこそ、今でも冤罪に苦しむ人がいるのだ。

検察官に証拠を独占させる法律こそ間違っている。刑訴法上、その開示義務はないと言うが、そもそも正義の体現、真実の究明を義務とする検察官であるのだから、我々国民と、その法律は「検察官が証拠を隠す」ことを想定していない。その刑訴法の条文は、検察官が誠実に証拠を保管して、公正に取り扱うことを前提にしているのではないのか。だから、「証拠開示義務」などを付けなかったのではないのか。

誰が考えても、検察官が警察の捜査で収集された証拠を独占的に所持し、弁護人の求める開示に応えないことは不公平だと判るだろうに、この腐れ組織人には理解できないらしい。

警察の作った偽造書面である「昭和42年10月29日付け捜査報告書」(俺のアリバイ主張日を書いた書面)などを引用して、「ゆえに不正ではない。弁護側の主張には理由がない」などとある弁解書面を見ていると、改めて検察庁という組織にいる人間の異常さを感じるばかりだ。

この検察の主張のままを受け入れるならば、俺は10月20日にアリバイを主張して、その後、数日間は否認していたことになる。でも、翌10月21日には「犯行自白調書」でが存在しているのだから、突然に「10月20日アリバイ主張」という中味の、この書面の異様さこそ、警察の工作書面として問題なのだ。

ただひたすらに都合の良いところを都合良く引用した「準備書面」なのだが、このようなばかりを読んでいると、こちらの正常な感覚もおかしくなってしまう。

若い正義感から検察を目指したのだろうに、法務省に転勤して、無駄な時間と金を使って検察庁の無責任を書いている気持は、どうなのだろうね。「国家に難癖をつける輩から、俺が国家の正義を守っている!」とでも思っておるのかな。腐れ切ってるものね、精神が。

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真っ直ぐ!!!

2014-09-24 | Weblog
連れ合いが鉢植えしたキュウリが、また収穫出来た。まるで商品のように真っ直ぐで、かなりの出来映えだ。
「まるで俺みたいに素直なキュウリだなぁ」と言ったらば、連れ合いは無反応。俺も、それはないわなぁ、と反省して「いや、違うな。中澤さんみたいに素直なキュウリだな」と言い直したらば、「はい、私も、そうおもいます」だと。
今夜は、モロキュウ。
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袴田事件集会

2014-09-24 | Weblog



昨日は、文京区民センターで袴田事件全国集会だった。彼岸の中日にやって人が集まるかと案じられたが、230名の人が集まる大成功だった。勝ち戦は人が集まる。
とにかく、警察も検察もなりふり構わない抵抗をしていて、何としても裁判所の指摘した「証拠捏造」の事実を取り消させようとしている。
昨日は、村崎弁護士が話をしたが、警察と検察が行った証拠捏造は、単に「5点の衣類」だけではない。郵便局から発見された「イワオ」と書かれた紙幣の問題もある。袴田さんが奪った金を、わざわざ「イワオ」と書いて送ったと言うのだからマンガに等しいが、これも警察の仕業だ。
今までは「存在しない」として来た「5点の衣類のネガフイルム」を、「偶然に発見した」とする警察と検察は、「ネガの焼き方が間違いで、正しく焼けば裁判所が認定する色にはならない」と主張するようだが、「腐れたち」の馬鹿さ加減には呆れるばかりだ。
俺が味噌漬け実験して得た結論は、衣類を味噌に漬ければ、約1ヶ月もすれば染まってしまう、ということだ。色に斑など出ない。
袴田事件で味噌桶から発見され、袴田さんの衣類と認定された「5点」の怪しさは、その衣類の染まりに「斑」があることだ。本当に1年以上も味噌漬けになっていたならば、どのように染まるにしても一様に染まって、絶対に斑は出ない。そこを理解出来ない腐れたちは、「本当は写真の色が濃い」と主張して染まりを強調したいのだろうが、色を濃くしたところで、斑は無くせない。
ネガを濃く焼いて染めたとしても、絶対に斑は消せないし、事実は隠しようがないのに、これを理解せずに妄言を重ねるのだから、実に哀れな奴らだ。
袴田巌さんは心臓手術も無事に済んだとか、良かったが、もし今でも拘置所だったらば、果たして助かったかどうか。危うかった。
警察と検察による殺人、それが冤罪だ。絶対に許せないし、この犯罪者たちを訴追して裁くまで、我ら冤罪体験者の闘いは終わらない。
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