桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

栃木県

2018-07-30 | Weblog
昨日は釜ヶ崎で獄友上映会だった。
東住吉事件の青木恵子さん、泉大津コンビニ窃盗事件のサンデュウさんも来て、上映会の後は、冤罪トークだった。
そして、もちろん、最後はサンデュ、ズッカン、ニューモの3人のユニットの歌と俺の歌だった。
映画も60人ほど。映画だけで帰った人の後に、また人が来た冤罪トークは50人ほどだったろうか。
最後は15人くらいで懇親会だったが、俺は、すっかり釜ヶ崎の住人のようになり、皆さんから受け入れて貰えるのが嬉しく、楽しかった。
釜ヶ崎と縁を繋いでくれた「ハナ」のママさんだが、俺の紹介してくれたとき、「栃木県」と言う。
茨城県!と訂正したが、会場からは「茨城県も栃木県も判らない!」と声があった。かも知れないよな。関西の人には、そんなものかも知れない。
今回の関西行きでは、久しぶりに岸和田のマイファミリー宅で、ファミリーの孫娘や俺の若い友人夫婦などと楽しい飲み会をした。手巻き寿司など、美味い食べ物と酒、笑い声が絶えない会話。
それを含めて充実の毎日だった。
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稲田伸夫

2018-07-30 | Weblog
新検事総長になり、コメント、人物評が新聞に掲載されたが、腐れ組織のトップ。格好付けたことを語ったようだが、腐れは腐れだよ。
提灯記事を見ていると、まるで検察組織が冤罪裁判で公正であるかのようなことを語るのだから呆れるばかりだ。 
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オウム真理教

2018-07-27 | Weblog
俺が1990年6月に書いた「自由の中へ」という詩は、一定以上の規定に達した受刑者がバスで社会を回る楽しみがあった。花見と称していたが、菓子を食べながら社会を眺めるのは、かなり楽しみだった。
その詩の中に「刈り込みに捨てられたゴミ 汚れた高速道路 排気ガスの臭い 電柱のオウム真理教のポスター 右翼の街宣車 決して キレイごとだけではない 自由ばかりでもない社会を バスは行く」という1節がある。
俺は、この詩を書いたときにオウム真理教のイカサマを判っていた。肌で感じていたが、麻原のマヤカシを面白げに報じるマスコミがあった。
今では誰もが知る坂本弁護士一家殺人を、警察は失踪だとして捜査をしなかった。
オウム真理教をのさばらせ、増長させた責任は、マスコミや警察にある。ビートたけしは麻原をテレビ番組などに連れ出して「面白い人だ」などと好意的に扱ったらしい。
俺は塀の中から限定的な情報で見てもオウム真理教の怪しさを理解出来たのに、全く見抜けずにいた不明こそ、オウム真理教事件の本質ではないのか。
そこに蓋をして「真相解明」などと報じるマスコミ、そして無責任に自分たちの捜査ミスに目を閉ざす警察を思うと、必ず違うオウム真理教が跋扈することだろう。
いや、もう存在するよな、巨大なエセ宗教団体が!日蓮宗から破門されて宗教団体としての位置を失いながら、巨万の富で資本主義社会に力を持ち、手段を選ばない陰湿的な批判者攻撃をする創価学会。
この連中が権力を握ったならば!
クワバラクワバラ!
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野蛮国

2018-07-27 | Weblog
今、先進国の中で死刑制度があるのは、日本、韓国、アメリカの3国だが、韓国は死刑執行を停止していて事実上は死刑廃止国だし、アメリカもかなりの州が廃止していて、国にして死刑廃止をしないのは日本だけだ。
昨日、またオウム真理教の幹部たちが殺された。どのような理屈を付けようが死刑は殺人だ。国家による殺人だ。
人殺しを戒める国家が、如何様な理屈を語ろうが、死刑を行うことは論理破綻だ。
まあ嘘に塗れた日本国だから論理破綻は相応しいし、似合っているのかも知れないが、人の命に無慈悲な国だとしみじみと感じさせられる。
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昨日のこと

2018-07-25 | Weblog
あれは第1次再審裁判のとき、俺たちは千葉刑務所から水戸刑務所に移送されて裁判に出廷した。
裁判長の名前は榎本豊三郎だったかな。
再審請求中と受刑者を出廷させる前例はなかったから、これは望みがあると喜んで行ったが、何と榎本裁判長は、俺の顔を真っ直ぐに見なかった。はぁ?だよね。
再審請求人の顔を真っ直ぐに見られない裁判官の心理を思えば、何かあるから見られないと判るよね。
案の定、第1次再審は、アッサリと棄却された。
何のことはない。俺たちの出廷を決めたのは、榎本裁判長の前任者。菅原さんという裁判長だったらしい。
昨日の証人尋問のとき、尋問に先立つ宣誓で裁判官たちの前に立ったらば、裁判長は俺の顔を見ないんだな。あれ?だった。
姉、連れ合いと尋問が進み、俺の番になったらば、どういうことか、俺の顔を見るようになったし、笑った。
どういう心理の変化か判らないが、榎本裁判長とは違うかもな。
3人の証言が変えた心理ならば良い傾向だよね。
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無事に終了した

2018-07-25 | Weblog
昨日は国賠裁判の証人尋問だった。
昼休み宣伝も行ったが、東京の昼は砂漠にいるような熱風が吹いて暑かった。
各地から来てくださった皆さんで、何とか98の傍聴席も埋まり、姉、連れ合い、俺の順番で行われた尋問は、冤罪被害を証言するという意味でよかったと思う。
初めて生で聞いた姉の話は身体に突き刺さるように痛かった。本人よりも親兄弟こそ、社会の非難や好奇の目に曝される傷みは深く、強いことを、改めて知る姉の話には、何度も泣かされた。申し訳なかった。
連れ合いの証言には、俺自身を教えられた。
刑務所で日常とした、苦しみや辛さを忘れ、その中にある喜びや楽しみだけを見つめて過ごすという生き方が身に付いているせいか、社会でも同じように生きて苦悩した俺自身を見守っていた。連れ合いが話すたびに、そうだ!そうだった!と一途に頑張った自分を思い出し、案じながら見守っていた連れ合いの内心も知って、また泣かされた。
俺の証言は、まあ思いは話せた感じだし、自分に向き合って正確に話せたという満足があった。
国と県の反対尋問は、逮捕前の転職歴と確定申告に付いてだけ。拍子抜けしたが、何しろ古い記憶、正確に答えられなかった。
その後は報告会と懇親会。
9月19日の公判期日で判決日となるが、勝利の確信は揺るがない。
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帰宅

2018-07-23 | Weblog
雄琴温泉での救援会全国大会を終えて帰って来た。
今年の大会は事件関係者の参加が少なかったせいか、例年と違って懇親会で事件の訴えをする人が少なかった。そのせいもあり、最後は俺が指名されて歌を要求された。
全国から参加した皆さんと話すと、改め自分の為すべきこと、為せることを考えさせられてリフレッシュした感覚になって帰って来た。
今回の最年少参加者は茨城県からの宇野朱音。産まれたばかりのときから一緒にいた子供か成長して救援会全国大会で発言するのを聞くのも嬉しかったなぁ。
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国民救援会全国大会

2018-07-21 | Weblog
今日は滋賀県雄琴温泉で大会だ。
茨城県から参加した人と一緒に参加中。
全国から参加された皆さんと会えるのは、ホントに嬉しいし、楽しいことだ。
日野町事件の再審開始決定があったことからテレビ局が来ている。
今、最高裁には再審開始決定事件が4件、開始決定が取り消されたのが1事件、棄却決定が1事件、合計6事件が係属することになった。
こんなことは、初めてのことだ。
厳しいと言われているが、道は開け始めている。
闘いが道を開くし、今回の大会は、それを確認するものになることだろう。
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馬鹿に付ける薬無し

2018-07-20 | Weblog
腐れ検察が、日野町事件の再審開始決定に不服だと抗告した。
馬鹿に付ける薬が無ければ、腐れ検察に付ける薬もない。
日野町事件の再審請求で明らかになったことは、絶対に許されない警察の証拠捏造行為だ。
先に書いたが、現場引き当たり捜査を記録した捜査報告書の写真に入れ違いがあるなんて、どこの世界で許されると言うのだ。
当の警察官は、ヌケヌケと「良くあることだ」と抜かしたそうだが、その証拠は人を死刑にするかも知れないのだ。事実、阪原弘さんは、その証拠ゆえに獄死させられたのだ。
公益の代表たる自覚があれば、そのような警察官を叱責し、厳しく処断するのが検察の役目だろう。
警察から送られた犯罪嫌疑者は、闇雲に有罪にすることしか考えずに、警察の違法行為を見逃さばかりか、嫌疑者の無実を示す証拠を隠して恥じない検察官。
このような連中が司法の世界に存在して良いものか!
腐れ検察が解体されない限り、日本の冤罪は無くならない。
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打ち合わせ 

2018-07-17 | Weblog
来月の台湾行きの件で、台湾は通訳をしてくれるという弁護士さんと打ち合わせをした。
一橋大学に留学している方も同席だったから、何も問題ないは無かったが、もし2人だけならば言葉の説明など必要だったかも知れない。語学は大事だなぁ。もう少し英語を学ぶ必要があるかも知れないなぁ。
来月を台湾行きが現実的になった感じだ。
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