桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

講演会

2012-08-31 | Weblog
俺は、自分の話を講演だなと思ったことはなくて、ただの話、経験談だと思っているが、今日は大阪で話をした。
感動塾と言う集まりだったが、何人来たろうか?
岡山から来た方を認識したのは懇親会だつたけど、40人は来ていたと思う。
俺の話は、何時も通り。歌も唄ったが、感情が込み上げて絶句してしまい、最悪だった。
そうだったが、懇親会には20名も参加して、皆さんが俺の話に共感してくれたことが判って嬉しかった。でも、まともに「先生!」と呼び掛けられて、笑いたいような心境だった。俺が先生じゃあ、世も末だもの。
今日の出会いが、また何を生み出すか。自分の生きた月日と自分自身の幸せを確認した今日だった。

そこが

2012-08-31 | Weblog
このところ、ナイター中継は横浜の試合を観ることがある。戦力不足の中、必死に戦う姿に伝わるモノがあるし、選手時代から好きだった中畑清を応援したい気持ちもあるからだ。
同じ戦力不足の広島は、巧みな若手育成もあり、今年は大健闘の3位につけてるから、ぜひ横浜にも頑張って欲しい。
横浜に引き換え、我が巨人は圧倒的な戦力を誇って順調に首位を走っているが、原監督の采配は、相変わらずに判っていないところがある。
今日の新聞に「勝負に出て失敗しただけ。それだけのことだ」と語る言葉があった。28日の対中日戦、初回の無死1、3塁で坂本にスクイズをさせて失敗したことを語ったものだが、ここに原監督の監督としての限界がある。
監督が、その采配で勝てる試合など、年間に何試合もないだろう。その何試合かに的確な采配を振るうことは大事だし、必須の能力かも知れないが、もっと大事なのは、毎日の試合の流れを読んだ指揮と選手起用だろう。不利な流れを断つ采配、有利な流れを切らない采配、そここそが最も監督の能力が試される部分だ。
坂本のスクイズは、きっとベンチの全員が首を傾げたろうし、納得した者はいまい。巨人打線の中核を担い、勝負強い坂本なのだ。次には天才的打撃の4番打者、阿部が控えているのにスクイズを仕掛ける采配は、原監督としては「采配で勝つ!」の意気込みだろうが、この試合の流れを読めない小細工こそ、原監督の力量の限界を示すものだろう。
でも、圧倒的な戦力だ。多少のヘマは選手がカバーし、余程のことがなければ優勝は逃すまい。原監督は好きに采配を楽しめば良いけどね。

疲れた

2012-08-30 | Weblog
垣根の剪定が終わった。
厳しい日射しの中、今日も剪定をして、何とか終わらせた。
柘植の木の枝が伸びすぎてしまい、もう少し刈り込みたかったという感じで終わった。

見てると面白いね

2012-08-30 | Weblog
民主党が末期症状になっての国会会期末、選挙をやりたくないところにやりたいところ、各政治団体の思惑が透けて見える今、政治家が面白い状態だね。
今日は「みんなの党」の壊滅を書いている新聞があったが、「みんなの党」は、自民党が末期症状になったとき、そこから逃げ出して反自民党の風に乗ろうとした連中の集まりだ。風の吹く儘に流されて行くのが定め。何でも今度は多くの議員が「大阪維新の会」に移るらしい。渡辺喜美代表は可哀想だけど、その程度の人徳と言うことだろう。
当選したい、国会議員になりたい、ただそれだけの「風追い人」たち。議員になっても、何をする能力があるのやら。


剪定

2012-08-29 | Weblog
今日も連れ合いの実家に来て、草刈りをし、それから垣根の剪定をした。
垣根の剪定は、暫くやらなかったせいで枝が伸びすぎてしまい、刈っても揃わない。やはり、定期的に剪定しなければダメだと判った。

石器について

2012-08-29 | Weblog
昨日の石器の写真だが、最後の2個には、人工的な刻みが入っているのが、判るだろうか。
最初に並んだ写真のうち、上の左側2個が、それだが、持ち易いように親指や小指の部分が人工的にカットされているのだ。
こんな石が、すぐに見つかるのだから、この辺りには大きな遺跡があると思う。

川遊び

2012-08-28 | Weblog



今日は、連れ合いの実家に草刈りついでに、川上の子供たちを連れて来て、草刈り後、川遊びをした。
塩子川と言うが、水は少ないけど、冷たくて気持ち良かった。
子供らは魚捕りをしていたが、俺は石器探しをしていた。塩子川には、沢山の石器があって、今日も短い時間に、幾つもの石器を発見した。
手に握ると、実にシックリと来て、何に使われていたのかは判らないが、その時代の人が使っていたであろうことが判り、感じる。
摺り潰すための道具だろうのも見つかり、近くには 古人が暮らした遺跡も、きっとあるに違いない。

何時の間にか

2012-08-27 | Weblog
暫く、週刊ポストを読んでいた。検察の問題と創価学会のことが連載されていたからだ。
創価学会の初代からの歴史を描いた「化城の人」は、1部が終わった感じで連載がなくなり、もう1ヶ月以上だが、再開される気配はない。
一方、検察の歴史を描き、その問題を書いていた連載は、何だか判らないところで、突然のように終わった。
片や、莫大な宗教資金をバックに広告や印刷と言う金銭面で、今やマスコミに対する影響力は大変なモノがある創価学会。片や、絶大な権力を持ってマスコミを制圧する検察庁。両方の連載ともに、何らかの力で終わらせられたのではないかと、そんなことを思うが、果たしてどうだろうか。

恥ずかし気もなく

2012-08-27 | Weblog
京セラの稲盛和夫と言えば、功なり、名を挙げた人物だ。先般は、破産状態の日航に行って再建したと、また崇められているが、この稲盛の書籍の宣伝広告を電車で見た。
才より徳、利他、などと、見るのが恥ずかしいような言葉が「稲盛氏の経営哲学」として書かれている。
銀行から借りていた金を「債権放棄させ」、新たな資金を借り、国策的に営業していた赤字路線を切り、経営費用の削除として必要以上の人員を整理解雇すれば、誰でも経営再建など可能だろう。
この稲盛氏、再建に絡んで資金を日航に投資して、ちゃっかりと利益を得ていたそうだ。働きたいと思う人の首を切り、自分は密かに何十億もの利益を得ておいて、徳とか利他とか、良く言えるものだと呆れ返るよね。