桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

完成

2008-05-28 | Weblog
守谷市で作っていた車庫が出来た。今日、生コンクリートを流してお仕舞い。
最後に研くように鏝を使うのが大変で、もう汗を流しまくった。
まだ素人並みだから、ここの人は可愛そうかもね。これから野田の現場へ。
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庭師

2008-05-28 | Weblog
昨日は守谷市で作っていた車庫の庭部分に植木を植えたり、石を置き直したりした。土方仕事とは異質だが、たまには違った作業も面白かった。
昨日、川田亜子さんの自殺が大きな記事になっていた。命、彼女が見つめながら逝った思いは判らないが、俺も冤罪と向き合って命と人生を考え続けた日々があった。
またゆっくりと考えてから思いを書きたい。
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大会を終えて

2008-05-26 | Weblog
俺の参加した分科会は刑事裁判。来年に始まる裁判員制度にからむ問題点を、各先生が熱心に討議された。裁判員制度には、かなりの欠陥がある。その最たるものが裁判前整理手続き。裁判の始まる前に、犯罪の事実調べ的なものをして、裁判員はお飾りで判決に加わるだけ。変だよね。もし俺が裁判員になったらば、整理手続きに出されない証拠は調べないなんてことは許さない。裁判で大事なのは絶対的事実だから、どこまでも公訴事実の真否を追求する。
熱い議論を聞いていて、この先生方の思いが裁判を変えて行くという確信になった。
下呂温泉は緑の山々に囲まれた美しい街だった。顔馴染みの先生方とのカラオケで終わった夜!冤罪を背負って苦闘する先生方の思いを聞いて、俺が頑張る!という闘志も新たにした。布川事件が勝って道を切り開かなくては!
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初めての下呂温泉

2008-05-26 | Weblog
今日は自由法曹団の五月集会。全国からの集まる弁護士や法律事務所職員などに布川事件の現状を話して支援を頂くために、俺も参加することになった。
久し振りに利根町に来た連れ合いに取手駅まで送られ、雨の中を下呂温泉へ。
名古屋に着いた辺りには雨も止んで、新緑の飛騨は美しい。それを見るだけで癒される緑の山河。垂れ下がった雲が山々を包むベールのように流れている。それは緑の山の息吹きに生み出されたもののように見えて、山々が生きていることを感じさせる。
全国から集まった600名を超える弁護士と法律事務所職員。
さて、今回は、どんな出会いがありますやら。
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刑務所は楽しかった

2008-05-25 | Weblog
先日、信頼する支援者から「刑務所が楽しかったはずはないから、そんなことは言わない方がいい」と言われた。またか、と思ったね。刑務所にいたときも社会に帰ってからも、良く言われたんだ、「桜井はいい子ぶってる、素直じゃない、幸せなはずない」と。
俺は、何時ものように自分の思いを話した。刑務所にいて、その厳しい制限と限られた自由の中で、全力を尽くす満足、制限があるから感じる自由の尊さ。それらを日常的に感じながら生きることは人間として幸せと感じたし、楽しかったことを。でも、「それは楽しかったのではなくて、楽しいと思うようにしていただけじゃないか」と言う。
それはあったよね。無実の罪で人生を奪われる苦痛は、辛いとか苦しいでは表現できない。それは重いよ。ただ、だからこそ、明るく楽しくありたいと思った。一度限りの人生の刻を奪われる苦痛だからこそ、今という一度限りの時間を全力で過ごし、満ち足りた月日を重ねたかったんだな。
仕事をしては、誰よりも速く、いい靴を造るようにした。作った靴が法務大臣賞を貰い、時の大臣が元警視総監秦野だったのは笑い話かな?運動時間、何時も走り回っていたなぁ。夢中になって野球をやり、「桜井は刑務所に野球をやりに来たのか」なんて担当(工場の担当部長)に言われたっけ。音楽や俳句、詩、民謡に詩吟、何でもクラブ活動をやったなぁ、それぞれに楽しみだった。トランペットを吹いてるときは冤罪を忘れていたもの。何事にも全力!夜間には靴縫いのアルバイト、自己労作と呼ばれる仕事もした。
刑務所も、そこなりに一つの社会。千葉刑務所は殺人犯が過半だけど、大部分は過って人を殺した人ばかりだった。誰の言うことも信じて、「ショウちゃんはお人好しだから」と笑われたりしたな。狭い塀の中での上下関係に縛られる職員との触れ合いだって、指示と命令に操られる身だが、それだけに相手の人間性が見えて面白かった。人は地位や立場を超えて裸の人間性を以て触れ合うことは少ないから、とても貴重な月日だった。勿論、貴重な月日だったのと楽しいのとは違うが、不当な拘束の現実を否定せず、そうある以上は、そこで全力を尽くす思いになれば、不思議と楽しさは見つけられたんだ。
そんな思いを話しても、まだ納得しない相手を前に、俺は不思議な感覚になった。心からの本心を話しても通じない、獄中での思いと体験は、結局、誰にも判って貰えないかも知れない、という孤独感が溢れて来た。
刑務所にいたとき、常に支援者からの思いを感じていたから孤独を感じることは無かった。沢山の善意に包まれる今、それは楽しい毎日だが、この孤独感は何だろうか。
人間、総てが良しとはならない。得れば失うものがあるし、失えば得るものがある。どんな喜びでも幸せでも同じ。どんな苦しみでも悲しみでも同じ。俺は社会に帰って、勿体ないほどの幸せや喜びの月日の中で、何かを失った。何かを。
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あつ~い!

2008-05-23 | Weblog
今日は仕事。守谷市で民家の庭を取り除いて車庫を作ってる。
下水桝や水道メーターなどを切り下げるのが面倒などを他は、大した仕事じゃない。
5日振りの仕事の上、今日は暑くて汗が流れている。今夜は、さぞやビールが美味いことだろう。
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土方日和り

2008-05-22 | Weblog
朝一で病院へ行き、背中の診察。やっと完治した。この脂肪の塊とは長い付き合いだった。スッキリした気分だな。
これから東京。弁護団会議と守る会では二ユース紙の発送作業がある。
雲の無い空から強い日差しが降り注ぎ、今日は絶好の土方日和り。働いたら気持ちいい汗が出て、きっとビールが美味いよね。
働きたいけど、今は無実を証すための活動が一番だ。でも、勝った後でも仕事だけに集中できる日は来るんだろうか。
一度、ただ仕事だけに打ち込む月日を過ごしたかったなぁ。刑務所で靴を作り、誰にも負けないように頑張っていた日々が、とても懐かしい思いになる。
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床下浸水

2008-05-21 | Weblog
我が家の床下浸水は日常茶飯事。昨日も、案じていた通りに帰宅すれば、しっかりと床下に水の入った痕跡があり、昔の玄関にあたる土間は水こそ無いものの、今朝になっても濡れていた。我が家は、もはや修理不可能に壊れ始めていて、再審無罪が早いか、崩壊が早いか、際どい競争になってる。
俺が刑務所にいたとき、オヤジが「ボロ家だけど、お前が帰って来るまで守ってる」と言ってたが、社会に帰ってから再審を求める活動中心の生活は、このボロ家が無ければ成立しなかった。その意味で、確かに守られていたと思う。
家の中で歩くのを警戒するのはスリル。傾いた畳に寝るのは面白いよね。こんな体験をしてる人は少ないと思うし、後少し、オヤジに守って貰って、この家の暮らしを楽しむつもりだ。
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裁判要請

2008-05-21 | Weblog
今日は高裁前宣伝から要請、夕方のマリオン前宣伝と続く一日だ。
昨日は水戸の病院があったことから、そのまま水戸に泊まったが、大雨で自宅の床下浸水が心配になり、一度、利根町へ帰ってから参加するつもりだった。でも、風で電車が遅延。仕方なく雨に濡れていいラフな格好のまま、東京へ来た。
要請は背広と決めていたが、今日はジーパン!
裁判所前って、かなり裁判所関係者が通るけど、司法修習生など、ほとんどビラを取らないね。あの人たち、どんな意識なのかねぇ。
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第4弾

2008-05-21 | Weblog
布川事件は警察が証拠をデッチ上げて作りあげた事件。今になれば、それは明らかになってる。
大体、証拠物に改ざんがあったら、それで無罪、普通ならば一件落着!
なのに、検察官は証拠改ざんに目を閉ざすばかりか、デッチ上げられた証拠を引用して犯人だと言うのだから、度し難たい神経だ。
この事件が発覚した1967年8月30日、成田線布佐駅員が「電車から杉山が降りた」と証言する捜査報告書がある。だから杉山が犯人だと言うわけだが、これがデッチ上げなのだ。今はパソコン時代。簡単に印刷物も出来るが、当時はガリ版という手書き時代だった。
布川事件で開示された捜査報告書には三つの種類があった。全てが手書きの物と形式文章がガリ版印刷されていて、その書体が違う二種類。これで三種類。それらを他の捜査報告書の書体、日付と較べれば、作成された時期が判るのだ。
この駅員の捜査報告書は、他の捜査報告書と比較すると、検察官の言う事件発覚日の8月30日付けにはならない。かなり捜査が進んだ頃の書体と同じなのだ。
この駅員捜査報告書のデッチ上げ疑惑は、これだけの根拠ではない。
被害者玉村さん方の住所が、玉村さんの死亡届が8月31日に提出されるまで、町役場にも間違って記録されていた。町役場が、余りにも地区内と番地が違うというので、死亡届を契機に調べて、正しい住所が判り、捜査本部に知らされるまで、当然、その捜査報告書には誤った住所が書かれることになる。玉村さんの死亡届が提出された8月31日以前に、正しい住所が記載されるはずがないのに、何故か、この駅員捜査報告書には、まだ判らないはずの8月30日付けで正しい住所が記録されている。
あり得ない、明らかにおかしい。
このようなウロンな書面を引用して有罪を説く検察官を思うと、その職責には正義の文字は無いのか!真実を追及する思考は無いのか!と糾したい怒りに駆られる。
他にも、書面の割り印が二重に押された改ざん、差し替えの疑われる捜査報告書があったり、捜査官の印鑑が、他の総てに押された物と形が違い、更に署長などの検印も無くて、かなり時期がずれて差し込まれた疑いのある捜査報告書があったり、不正を疑わせる捜査報告書は何通も存在する。なぜこれで有罪と言えるのか、余りにも俺の人生を馬鹿にしてる、世の中を馬鹿にした仕業じゃないだろうか。
まだまだ検察官は証拠を隠している。それに付いては、次回に書くことにする。
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