桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

和歌山カレー事件

2019-10-17 | Weblog
昨夜、冤罪ファイル誌の企画での対談だったが、和歌山カレー事件の家族と会った。
俺は林マスミさんが無実であり、俺たちと同じ冤罪であることを確信している。
いい加減なヒ素鑑定、状況証拠ばかりで有罪を示す証拠がないこと、それに家族がカレー事件の経過を知ってはいる中で、「お母さんは犯人ではない」と語っていることなどから冤罪であると思っていた。だから、「家族と対談して欲しい」と話があって、すぐに承知した。
あの事件から21年。32歳になった息子さんは、182センチの長身で、爽やかな表情と目をした好男子、好青年だった。
彼は、母親の冤罪に対して、実に控え目に事実を語った。この事件ゆえに施設での暮らしとなり、かなりのイジメを受けたらしい。人殺しの子供!と。
そんな体験を思わせずに、家族として母親の冤罪に向き合い、決着させることで自分の人生をリスタートさせたと語る息子さんには、良く頑張ったな!と抱き締めてやりたい思いに、何度もなった。
母親と妹さんが一緒にカレーの番をしていたのを、彼は見ていた。その妹さんがヒ素の入っていたはずのカレーに味見をしたことも、あの事件後、話していたのだと言う。
それらの事実が否定され、犯罪が認定された判決に対する不信を語る彼の話を聞いて、俺の確信は揺るがないものになった。
和歌山カレー事件は、警察のヒ素鑑定捏造だし、そこに検察と裁判所の事実無視、更にマスコミの犯人視報道が一体となって作られた冤罪だ。
コメント

神戸地裁

2019-10-16 | Weblog
今日は花田郵便局強盗事件の再審裁判で証人尋問が行われる神戸地裁に来た。
隣が湊川神社。
ここは知っていたが、裁判所に来るのは初めてで、湊川神社と通りを面して神戸地裁があるのを知らなかった。
花田郵便局強盗事件。これも酷い。
郵便局強盗だから、もちろん犯人は防犯カメラに映っているし、警察は映像を押収しているが、いざ犯人が毛糸と目出し帽を脱ごうとしたらば映像は雨降り!
さあ解答!の瞬間にコマーシャルになるテレビ番組と同じだ。パッと映像が消えでもしまうのだから恐れ入る。
この証拠が弁護士側の物ならば、どうなるだろうか?
言うまでもない。裁判所は相手にもしない。たちまち裁判所は終了だが、警察や検察がやると、これか通用してしまい、見事に有罪だ。
今日は、その裁判の再審裁判。証人尋問だ。
有罪にされたナイジェリア人は犯人ではない。知り合いたちが犯行を行い、犯人にされた人の倉庫に奪った金を隠した事件だ。
目出し帽には犯人された人のDNAもない。雨降り映像は、それがあるとナイジェリア人を有罪に出来ないと思った警察の証拠隠滅だ。
こんなことが許されてしまうから日本では冤罪が絶えないのだ!
花田郵便局強盗事件も警察と検察が犯罪者として裁かれるべき冤罪事件だ。
コメント

難波屋ライブ開始

2019-10-15 | Weblog
今月の難波屋ライブが始まった。
カメちゃんの釜が崎人情!
コメント

台風19号

2019-10-15 | Weblog
言われた予想よりも勢力は弱まっていたが、それでも東海地方から東北に掛けての広大な地域に水害を発生させて去った。
我が家から1キロほどの水戸北インター辺りは一帯は水没した。台風前にブルーシートを買う人で賑わっていたホームセンターも水に浸かり、悲惨な被害を生んでいる。
自然災害の恐さを再認識させた台風だったが、茨城県の被害に付いては、頭書、余り報道されなかったらしい。関東県でテレビ局がないのは茨城県のみ。情報過疎地だね。
日本近海に来ても勢力が弱まらなかった台風19号を思うと、これからは毎年、このような甚大な被害をもたらす台風が来る覚悟が必要だし、対策も必要な時代になるのかも知れないね。
コメント

台風一過

2019-10-13 | Weblog
史上最大の台風と言われて警戒したが、我が家の近くの那珂川が氾濫して被害が出ている。
予報されたよりも勢力は弱まって来たのが幸いだったが、上陸前から降り始めた雨は、東海から関東、東北に掛けて 大きな被害を与えて去った。
被害のない場所は、綺麗な空気、綺麗な街、綺麗な空で、なんちゃないのだが、被害地区は大変だ。
我が家は、幸いにも比較的なし。
朝、玄関を開けて新聞を取りに出たらば、我が家の金木犀が香っていた。33年目と書いたのは間違い。53年目の金木犀だ。
コメント (1)

33年目

2019-10-10 | Weblog
今から52年前の今日、俺は、初めての手錠を体験した。そして、29年になる長い獄中生活を始めることになる。
あれからの歳月は、ホントにドラマチックだった。誰にでも体験出来るものじゃないし、勧められる体験でもないが、俺は、俺だけにしか過ごせなかったろう時間を重ねて、俺だけにしか出来ないことだったかも知れないことを成し得たと思っている。もちろん、俺だから出来たという意味ではない。俺でない人が同じ体験をしたならば、きっと違うものを成し得たろうという意味だ。
52年前に始まる俺の曲げられた人生は、曲げられたことを善しとして過ごして来たが、他人の人生を曲げた警察と検察は反省すらしない。
俺が体験させられた警察と検察の悪事は、昔も今も変わらずに続いて、多くの冤罪を作り続けている。
こんなことは許されない。
もうそろそろ並の時間を過ごしたい。普通の爺さんのように過ごしたいが、あと少し仲間のためにも頑張ろうと思っている。
11月27日、東京高裁での裁判が始まりようだ。
昔の誤りを嘘で誤魔化そうとする警察と検察。高裁ならば、より騙しやすいと思っているのだろうが、そうは行くかよ!
33年目、また闘うぜ!
コメント

捨て去る国

2019-10-09 | Weblog
今回の北海道行きでは、今までに行ったことがない場所を見に行くことにした。
さりとて、日程もあれば遠くには行けない。廃屋マニアの俺が選んたのは夕張市。
石炭歴史館と言ったかな。
夕張炭鉱跡地に作られた歴史館は、そこが、すでに廃屋めいた寂れようだった。
広大な駐車場の荒れようと閉鎖されたトイレなどは、物悲しさがあった。
館内を見れば夕張市が発展していった経過を示す多様な記録や写真などがあったが、生き生きとしていた全盛期の夕張市民の写真を見ていたらば、国家に捨てられた街だと思った。日本という国家は、国民の上に存在して利用価値がないと判断すれば、何でも捨て去り、そこにある国民のことも打ち捨てのだと思ったな。
今、栄えて我が世の春を謳歌するアンタ、次はアンタの番かもね。
コメント

登別から支笏湖温泉

2019-10-09 | Weblog
北海道に行けば登別温泉!
そうなってから何回目の登別温泉だったろうか。
登別温泉にも、色々なホテルがあり、幾つかに泊まってみたが、湯質の豊富さで滝本にしている。
その滝本は内装が変わっている。客が来ている証だろうが、そのほとんどが中国語だ。以前は、同じくらいに聞こえた韓国語は、滅多に聞けなくなっている。観光地域は困っているのを感じた。
登別温泉の次は支笏湖温泉にした。
こちらはユーが多かった。フランス語、ロシア語、英語。
秘湯と言われる温泉には、不思議とユーが多いが、きっと外国人の間で評判が伝えられるのだろう。
この前、支笏湖に来たのは、川上、子供たちとだったが、あのときと同じように波があり、遊覧船は運航していなかった。
嵐のような夜から朝。雲間から支笏湖に注ぐ光が幻想的だった。
コメント

ジョンミさん

2019-10-08 | Weblog
獄友のテーマ曲作成に協力してくれた歌手のイ・ジョンミさん。
たまたま札幌に来てライブを行うことを知り、聴きに行った。
北14条西3丁目。
ミンタルと言う「フェアトレード雑貨&レストラン」でのライブは、約40名くらいが来たろうか。
仙台、青森、函館、伊達、小樽、札幌、網走と回るツアーだそうだが、何時聴いてもジヨンミさんの声は身体に染み渡るようだ。
癒されたなぁ。
初め俺を判らなかったが、休憩から2部になったとき、俺に気付いて驚いていたが「唄いますか?」だって。歌の途中で布川事件や俺のことを紹介してくれた。
救援会とみなさんとの時間があり、懇親会に参加出来なかったのが残念だったなぁ。
コメント

カネやん!

2019-10-07 | Weblog
俺が野球に興味を持ったのは西鉄ライオンズ対読売ジャイアンツの日本シリーズだった。利根町布川にあった栄電器店に人か集まり、テレビの前で大人たちが楽しんでいるのに混じって見たことから野球に興味を持ち、負けた巨人のファンになった。
その翌年には大学野球でホームラン新記録!と騒がれた選手が長嶋茂雄だった。
長嶋茂雄は劇的に新記録を達成して巨人に入団。日本の野球熱が沸騰したが、長嶋の前に立ち塞がったのが金田正一だった。
あのころの野球界は強弱がハッキリしていた。セリーグでは巨人、阪神、中日が上位、広島、大洋(今の横浜)、国鉄(今のヤクルト)は下位。その下位でも広島と国鉄はBクラスが常連で4位になれば上出来だった。ドラフトのない時代で選手集めは金次第。広島と国鉄は貧乏球団で苦闘していたのだ。
その国鉄スワローズにいて長嶋茂雄に立ち向かったのが金田正一投手だった。
ゴールデンルーキー長嶋茂雄のデビュー戦の4打席4三振は野球史に語り継がれる名勝負だ。4三振はしたが、総てがフルスイング!金田投手は恐ろしい打者になると感じたそうだが、その通りに好勝負を繰り広げることになる。
やがて金田投手はフリーエージェントで巨人に移籍するが、前人未到で、空前絶後と言うべき400勝という金字塔を立てた。
日本球界の大エースであったし、監督となってからも豊かなエピソードを持ち、日本球界の至宝でもあった金田正一さんが他界。また巨星が落ちた!
コメント