桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

野球練習と麻雀小組

2018-04-30 | Weblog
昨日は、久しぶりに野球練習に行った。日曜練習に行けたのは、ホントに久しぶり。今年になって、初めてだったかも知れない。
先輩の1人から、桜井さんが来ないとダメだよ、ムードメーカーなんだから!と笑顔で握手を求められた。
たまには変わった練習をしよう、と言う監督の指示でやりたかった内野練習をした。全員が内野練習と外野練習。気持ち良い汗を流した。
午後からは麻雀小組。
参加者は8名。
丁度、2組だった。
今回は、俺しか飲む人がいなかったので、夕方に開けたスパークリングワインを1人で飲んでしまった!
手作りの美味い夕飯を食べて、今回も楽しい麻雀小組だった。
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取手上映会

2018-04-28 | Weblog
今日は取手市で獄友の上映会だった。
今日は、午前中に1回のみ。しかも、開始時間が9時45分という早さ。余り芳しくない広がりと聞かされて案じていたが、水戸上映会よりも沢山の人が来てくれた。
取手市では、佐藤光政さんのコンサートを平出700人を超える人を集めた実績があり、その成功を契機に守る会も結成された。そこで布川事件を知ってくださった皆さんが、今回の映画でも力になってくださった。
獄友の題名に二の足を踏む人が多かったそうだけど、来てくださった皆さんは、良かった!元気を貰った!と言って帰られるのが、どこで会場でも同じだ。
次は、来月のつくば市だ。
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松橋事件最高裁要請

2018-04-27 | Weblog
今日は松橋事件の弁護団と一緒に最高裁に要請に行った。
驚いたのは、弁護団を最高裁の然るべき部屋に通さず、然るべき人も対応せず、我々と同じ部屋で職員が対応したことだ。
その対応には弁護士を法曹三者とした敬意を感じないばかりか、最高裁の驕りと自惚れを感じて不快だった。こんな最高裁だから一般市民の感性を失い、警察や検察の嘘を見抜けずに常識外れの判断をして冤罪を作るのだ。
検察は最高裁に抗告をして半年以上になるが、抗告理由を補強する補充書を提出していない。やる気がないというか、やろうにもやれないのだろう。犯行ナイフに巻いたという、シャツを切った布は、自白では燃やしたはず。それが検察庁の倉庫から発見され、被害者と血液も無いとなれば自白の嘘は明白だ。
無実の証拠を隠していた、腐れ検察は、この松橋事件でも最高裁にいる検察庁から天下りした、腐れ検察の仲間を頼りに抗告したのだろうが、もう、こんな検察庁の抵抗を許してはいけない。
大崎事件と同じように、今、最高裁は存在意義を問われているのだ。
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小石川事件

2018-04-27 | Weblog
昨夜は、金沢からの帰路に小石川事件と呼ばれる冤罪事件の集会に参加した。
この事件で犯人にされた伊原さんは、当時、22歳。真面目に働かないで盗みをしたり、借金をしたりの生活だった。まるで昔の俺を見るようだ。それで自分の同棲者と住むアパートであった強盗殺人事件の犯人にされた。
冤罪事件は、みな同じだが、あるべき物証が無視され、まるでバカバカしい自白を真実と認定されて有罪になる。
伊原さんは、同じアパートのお婆さんの部屋に泥棒に入り、顔を見られたから殺したという自白をさせられたが、その自白内容が凄い。
四畳半しかない部屋に住むお婆さんが、部屋の台所で洗い物をしているのを見ながら「判らないだろうと思って侵入し、金を盗もうとした」というのだ。
泥棒は人がいるところには入らないてましょ!
いくらお婆さんとは言え、たった四畳半だよ。ドアを開ければ視界に入るだろうし、気配がするよ。
泥棒経験者の俺は断言するね、人がいる部屋には入らない、こんな自白は嘘だ、と。
顔を見られたので殺害したと言うが、口にタオルを詰めたりなどの行為で発見されるべき、汗やツバなどからのDNAは、一切発見されない。
この小石川事件も、必ず再審で無罪になる日が来る。
ホントに日本の司法は狂ってるよ。
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やはり感動

2018-04-27 | Weblog
韓国と北朝鮮の首脳会議が始まったが、軍事境界線を挟んで握手して話す両首脳の姿には、やはり感動したな。
まだ戦争状態にある両国が、これで平和協定を結ぶことになれば、今日は歴史的な日になるだろう。
この後に続くアメリカとの会談も注目されるが、しかし、安倍晋三日本は、これが歴史的な会談になるのを歓迎出来ないのではないか。
北朝鮮にミサイルを発射させているのは安倍政権だ!とか、安倍晋三一味がミサイル発射の金を渡している!とか、あり得ない話が、まことしやかに話されるほど、政治的にタイミング良くミサイル発射が重ねられた。そして、それを脅威と利用して喧伝し、安倍政権は巧みに国民の支持を得て来た。今でも、安倍晋三首相以外に日本を守れる人はいない!などと語るのは、これまで北朝鮮に悪罵を投げ付けるばかりで、朝鮮半島に平和が来ては飯のタネに困る連中だ。
安倍晋三首相には、残念ながら人の命や平和を大切にする心はない。
北朝鮮国家の拉致犯罪に対しても、安倍晋三首相は自分の立場を維持する手段の1つくらいにしか考えていない。だから、家族会でも離反した人が生まれた。
民主主義国家である欧米からは、日本の民主主義はマヤカシだと指摘され始めたが、朝鮮半島に平和が訪れたとき、嘘と誤魔化しが続く日本という国家体制が、世界から厳しく存在を問われるトキを迎えるのではないだろうか。
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能登

2018-04-26 | Weblog
昨日は、山中温泉か山代温泉かに行くつもりだったが、能登を案内すると言う獄友で言葉に甘えて能登をドライブした。
残念ながら雨。能登半島の突端、禄剛崎灯台は、全く視界がきかなかった。空海の歴史がある見附島、それに恋路海岸、九十九湾などを見てロイヤルホテルへ。
晴れていればとも思ったが、能登半島は広かった。
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国賠裁判

2018-04-25 | Weblog
昨日は冤罪仲間の国賠裁判だった。
どの冤罪事件でも同じだが、必ず検察は存在する証拠を「ない」と隠す。不見当と主張することが多くて、言い逃れ出来ない存在事実を突き付けられると、「発見した」と出して来るのだ。「ない」と言ってしまうと、あることが判ったときに嘘を語ったこれになるために、ずる賢い検察官は「不見当」などと汚い主張をするのだ。
金沢地裁で国賠裁判を闘う盛一さんの冤罪事件では、どうした訳か、ない!と明言した。それを盛一さん自身が発見したことから、検察の証拠隠しを追及した国賠裁判をしている。
本当に検察と検察庁人事下にある法務省の連中は汚くて、盛一さんの裁判で「ない」と主張したのは、盛一さんに裁判と関係がない証拠だからだと言う。馬鹿を言うな!だ。
盛一さんに覚せい剤を譲られたとする関係者の調書が、覚せい剤事件の冤罪で裁判をする盛一さんに関係ないはずはあるまい。
大体、「M子の検察官調書があるはずだから提出して欲しい!」と、個人名を特定して弁護士が開示請求をしたのだ。それをないと答えたのは、どう考えても嘘。裁判を欺いたことに変わりはなかろう。
こういう検察庁の嘘が許されて来たからこそ、日本の冤罪は量産されるのだ。
裁判後、弁護団から裁判経過や今後の方針を説明して貰い、良く判った。
盛一さんの国賠裁判は小さな闘いだが、絶対に勝たなければならない重大な闘いだと思っている。
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大崎事件の集会

2018-04-24 | Weblog
昨日は大崎事件の高裁決定報告集会があった。
俺は、今日に予定された金沢地裁での盛一国賠裁判のために、昨日中に金沢入りするつもりだったが、わざわざ鹿児島から報告集会のために上京される鴨志田弁護士からのご連絡を頂いて参加した。
福岡高裁宮崎支部の決定は、長く支援者や本人たちが語っていた、アナーザ・ストーリーを認定したものだった。その高裁判決の力になった証拠は、何時もながらに検察が隠して来た証拠写真が開示された結果で、改めて検察の犯罪行為に腹立たしい思いになった。
どの冤罪事件も同じだが、その始まりは警察の見立ての誤りだ。 堆肥の中に埋められて発見された死体。即、殺人事件として捜査を始めた検証写真が明らかになり、ゆえに家族の殺人事件に作られてしまい、泥酔して自転車ごと側溝に転落した頚椎の傷による内出血死という真相から外れてしまった捜査過失をも明らかにした。
側溝近くに下半身が裸、上半身はずぶ濡れで横たわる被害者を家に運んだ2人の検証写真と説明した捜査報告書では、全く違う話になっているのだ。真実を話せば違うはずはない。特に印象的だったのは、泥酔した被害者を軽トラックの荷台に乗せて家に運んだ2人のうちの1人が、まだ被害者を家に運び込む前に、なぜか牛にエサをやりに行ったと語っている話だ。
夜間、泥酔者を運んだ人が、なぜか牛に餌やりをするものか?
この人の足跡が堆肥小屋にあったからだ。
ことの真相は明白だろう。
もし警察が、堆肥の中に死体!殺人事件に違いない!と思い込まずに、単なる死体遺棄事件として現場の証拠を探り、解剖鑑定を求めていたならば、被害者の事故死と、手荒に扱っての死と誤認しての死体遺棄事件として、簡単に解決していたことだろう。
モノが言えない体調になってしまった91歳の原口アヤ子さんを思うと、ただただ1日も早く再審公判が始まり、無罪判決があることを願うばかりだ。
それに逆らって抵抗を重ねる検察庁の罪は重い!
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小田山の桜

2018-04-23 | Weblog
幕末戦争のときに官軍が大砲を据えて会津若松城に砲撃を加えたのが小田山だ。小田山には、その昔に会津地域を支配した芦名家の歴史遺構があるが、それも「あった」と記載された表札が多くて、その歴史を感じさせるものは、幾つかの再現物のみだ。
その小田山に桜を植える活動は、もう終了したが、俺たち夫婦も2010年に植えて貰った。
同じ時期に水戸の仲間たちも植えたが、植えた種類、植えた場所などと違いだろうか、樹勢は、全く違う。
俺たち夫婦の桜は、毎年、見に行っている。今年は行く時期が良かったせいか、満開の花が迎えてくれた。
しかも、昨年とは見違えるくらいに木に勢いがあり、歳を重ねるほどに面白くなる俺の人生みたいだと感じたなぁ。
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斉藤清美術館

2018-04-23 | Weblog



会津行きで宿泊したのは、会津坂下の只見川を見下ろす地にある町営温泉だった。
もう桜は終わり、ツツジも咲いてる日本各地だが、会津坂下には、まだ桜が咲いていたし、残雪まで、あった。
斉藤清美術館というのがあり、見学したらば、版画家の作品も素晴らしかったし、美術館の窓を借景とした風景が、実に綺麗だった。
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