桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

マリオン前宣伝

2011-05-30 | Weblog
昨日はマリオン前宣伝。台風接近の雨は、大阪や名古屋辺りは激しかったが、関東は大したことがなくて、ときどき雨が止んだりもして、無事に2時間の宣伝が終わった。
参加者は15名だったか?午後1時から、俺をはじめ、何人かがマイクを順番に握って訴えをしながらのビラ配りだったが、「よかったですね、おめでとうございます」と声を掛けてくれた人は、7、8名だった。見知らぬ人に祝って貰うのは、かなり嬉しかった。
これで最後の宣伝かな?
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ていたらく

2011-05-29 | Weblog
大阪の警察で、また暴行があったと発覚した。昨日の集会でも話題になったが、この前の暴行事件で警視庁が「二度とないようにします」と謝罪した数日後に行っていたのだから、警察の反省など、猿の反省にもならない。何の役にもたたなかったのだ。
暴力団に「良いことをしろ、法律を守れ」と言っても無理だ。暴力団は無法者を言い、法律の裏にある社会で金を作って生きている集団だから、そんな要求は無理な注文だ。
それと同じで、警察に「暴力を使うな、嘘を言うな、不当な調べをするな」と求めても、警察は、そんな取り調べ技術しか持たないのだから無理な注文だ。石を抱かせ、棒で殴り、指先に竹串を刺し、拷問で自白をさせた江戸時代の取り調べ技術を引き継ぎ、大した進歩をしない連中なのだから、「規律を徹底させて不祥事は起こさない」と、何度詫びようが、警察の取り調べが変化するはずはない。
この犯罪者集団を更正させるには、国民の監視の目、批判の声しかない。
大阪府警での暴行取り調べが報道されたと時を同じにして、埼玉県警では「志布志事件」を思い出させる選挙違反捜査が明らかにされた。会食費を払ったと言うのに、「議員が払ったはずだ」と自白を強要したのだと言う。
東も西も、全国の警察の体質は変わらない。どんな手段を使っても事件を成立させれば良いと思っているのだ。
志布志事件では犯人にされた議員が長く拘束されたのに対して、埼玉では毎日新聞のスクープで釈放されたことを見れば、確実に監視の目、批判の声が増した証拠と見えて嬉しいが、残念ながら、それだけでは警察を更正させるのは無理かも知れない。やはり、暴行、強要など、一般人が犯罪として裁かれる行為をした者は、たとえ警察官であろうとも犯罪として罪に問う法律を作るしかないと思うが、どうだろうか。
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可視化集会

2011-05-29 | Weblog
大阪弁護士会には、可視化の鬼と言われる小坂井弁護士がいる。そのせいで可視化集会に力を入れておられ何度も取り調べの全面可視化を求める集会を開いている。俺も、何度か招かれて話しているが、昨日は、杉山とともに参加した。
無罪になったせいで、沢山のマスコミと、約200名の人が来てくれた。
昨日も、江川紹子さんが参加して、検察の在り方懇談会のことなどを話してくれたが、警察と検察の抵抗は凄まじい。しかし、如何に警察や検察があらがっても、裁判に国民が係わる時代になっては可視化の流れは止めようはない。
小坂井弁護士は「可視化元年」と、毎年正月に話して、もう何年にもなるらしいが、今年こそ可視化元年として振り返えられるこてになるようにしたいものだ。
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冤罪の集い

2011-05-28 | Weblog
昨夜は、明治大学リバティタワー教室で、冤罪を考える集いがあった。200に近い人が参加してくれた。
菅家利和さん、江川紹子さん、ジャーナリストの青木理さん、それに我々と山本弁護士など、多彩な顔ぶれだった。
本来は、映画の宣伝を兼ねた企画だったが、広がり過ぎてしまったようだが、参加された皆さんは、しっかりと聞いてくださっていた。連れ合いからのメールだと、「もっと聞きたかったね」と話をながら帰る若者がいたらしく、確実に思いは伝わっていたと知って嬉しかった。
これからも話をする機会は増えるだろうが、布川事件と司法の問題を、より的確伝えられるように努めなければならない。
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書き込み

2011-05-28 | Weblog
今までチェックしないで来てしまったが、無罪判決に対して13件もの書き込みがあった。
昨夜は、明日の大阪行きのために都内に宿泊したが、判決以来、初めて午前4時過ぎという早い時間に目覚めてしまった。それでブログをチェックして気付いた。
書き込みをしてくださった皆さん、有り難うございます!
無罪判決!長い月日の念願でしたが、実現した喜びは安らぎとなって身体の奥深くから沸き上がり続けています。こんな安らぎ、忘れていました!
俺の喜びに思いを重ねて喜んでくださった方は、きっと全国に一杯おられたのだろうと思いますと、また違った喜びを感じています。皆さん、本当に有り難うございました。
当たり前の無罪判決ですが、当たり前を実現して、「俺にはやるべきことがある!」と思っています。
無罪判決を書いた、神田・吉田・信夫裁判官の判断は、納得出来ません。
杉山でない人を見た証人を「信用出来ない」と言いました。検察官は「嘘付きで目立ちたがり」と誹謗し、裁判官は「信用出来ない」と応じて検察官に同調しました。
皆さんは、なぜこんな判断をしたかお判りでしょうか。
もし彼女の証言が正しいとなれば、検察は正しい証言を隠したとなります。検察の証拠隠しを判決に書かなければならなくなります。だから、検察に弱い裁判所は書けなかったのでしょう。
これだけではありません。布川事件が再審開始になったのは、誰が見ても検察が隠していた証拠を出したからだと判りますが、その提供された証拠に付いて、全く神田コートは証拠として認めませんでした。
俺のアリバイ証拠、目撃者と称された人たちの調書、警察の証拠改ざん行為を示す沢山の調書類、どれもこれも無視しました!
なぜか?
これも同じ理由でしょう、認めれば検察の証拠隠しを指摘ぜざるを得ない、検察を悪くは書けない。
そして、以前の有罪判決は、新しい証拠を新証拠として使わなくても間違っていた、として無罪を言いました。
皆さんはお聞きになってませんが、神田裁判長は、最後に「形式として14日以内に控訴できることを告げておきます」と言い、いきなり「これで閉廷しまし」と終わったのです。
これっておかしいと思いませんか?
証拠を認めるか、認めないかは裁判官の自由、まあ仕方ないかも知れない。検察に弱腰か、法務官僚、つまりは検察に睨まれると出世出来ない裁判官としての弱さか、俺も勝手に俺自身の自由心証で批判するだけのことですが、でも、古い証拠だけ見ても昔の有罪判決が間違っていたと言うのならば、間違って有罪にした裁判所として、俺たちに、何か一言があって当然ではないでしょうか。ごめんなさい!くらいは人の道ではないのでしょうか。43年も無実の罪を背負わせた呵責はないのでしょうか。
改めて思ったのですが、検察の傲慢を増長させるのは、こういう裁判所です。
俺は、検察の証拠隠しを追及して国賠をします。必ず、証拠を隠した検察の罪を社会に認めて貰い、二度と証拠隠しが出来ないようにするつもりですが、裁判所をも追及する気持ちになっています。自由心証主義を隠れ蓑にして、証拠を歪めて有罪にする裁判官が多すぎます。
神田判決は、俺の自白テープにある改ざん痕に付いて「警察の悪意とは認められない、録音機の故障だとも考えられる」などとも言ったのです。故障!?
呆れるばかりです。
何をしても無責任でいられる検察、そして裁判!
その無責任ゆえに、こんな馬鹿げた判決文を書くのです。
こんな裁判所が許されるのか、検察追及とともに、俺のなすべきことが加わったようです。
今から43年前、俺は取手警察の留置場で「俺の全能力を使って無実を明らかにする」と書きました。今、改めて書きます、警察と検察、そして裁判の無責任を許さない社会を作るために、俺の全能力を使って頑張ります!
皆さん、今後も俺の闘いを見守ってください!
有り難うございました。
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映画

2011-05-27 | Weblog
久しぶりに新宿ケーズシネマに来た。
無罪判決で、少しは人が増えているかと期待して来たが、45名ほど、まあまあだった。
見に来てくださった皆さんが、みな笑顔で我々を見ているのが嬉しかった。
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橋下弁護士

2011-05-27 | Weblog
語り口爽やかに、明るく、テレビで見る橋下弁護士は、なかなかの好印象だった。だから、大阪府知事に立候補して圧倒的な強さで当選した。
この橋下弁護士、見た目の印象と内面は、かなり違う男のようだ。
橋下の若き頃を知る弁護士仲間は、その野心家ぶりを語る。何でも利用して、自分の立身出世に使うような人だったらしい。まあ男ならば、それは悪くはあるまいが、あの思考は怖い。都知事と同じヒットラー的思想の持ち主だ。
何でも自分だけが正しいとして、あれこれと言葉を発するが、大阪府のことだけを言っていれば良いのに、今度は他県に嘴を挾んで議員定数削減を語ったのだから、自分を何様だと思っているのだかねぇ。
多様な意見を集約して物事を進める民主主義はまどろっこしい、焦れったいと感じることがある。都知事や橋下のような言動がスッキリして頼りになると感じるかも知れないが、しかし、その言動は厳しく検証する必要がある。強い、頼りになると感じさせる人の言動は、残念ながらマスメディアは正しく報道しないことが多いからだ。
今の検察庁を見れば良い。裁判という絶対的な真実を求めるべき立場でさえ、平然と真実を歪めてしまう存在になる。個人の資質が社会を左右することになる政治家は、より厳しい検証に晒されなければならないのだ。検察でさえ、暴走する、ましてや個人は。
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一安心

2011-05-26 | Weblog
今日は、利根町に代わる家にするアパートを見に行った。北松戸駅改札口で相手を待ち、人の流れを見ていたが、誰も俺を見る人がいなかった。
松戸駅に下りて歩いても同じ。参議院員会館へ行くときも同じ。
菅家さんのようにはならないとは思っていたが、参議院員会館での集会から帰るとき、知らない女性から「おめでとうございます!」と笑顔で話し掛けられただけで済み、安心した。
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小泉さん!植竹さん!

2011-05-26 | Weblog
久しぶりに石巻でのボランティア仲間の書き込みがあった。
あれから4度もボランティアに行ったと言う小泉さん、若いだけに凄い活動力だ。頑張ってますね!
植竹さん、アサノさんはお元気ですか?俺の書き込みに対する返事、見てくれてますか?
無罪判決、知ってくれたと思います。
昨夜はラジオ出演したり、こんな立場になればこその体験をしましたが、勝ったからではなく、どんな立場になっても一生懸命は満ち足りた思いを与えてくれるものだと感じてます。
来月末、少し予定のない日があり、二度目のボランティアと考えてましたが、関西の大学からの話があってダメになりました。
まだまだ長い支援が必要ですよね。俺も一段落したらば、また行きます!
お元気で頑張ってください。またどこかでお会いしましょう!
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懲役2年

2011-05-26 | Weblog
俺が無罪になったことで「ヒーローだ!」と言う人がいた。
違うね。俺はヒーローなんかじゃない。警察、検察、裁判の誤りで変わった体験をしただけの男だ。
菅家さんのように真面目に生きたわけではないし、実際に強盗殺人事件は無罪になったが、窃盗という自分の犯した罪で懲役2年の刑を受けた。
なぜ少年時代から成人になった当時、あんな生活をしていたのか、自分でも良く判らない。説明出来ない。働くことは楽しいのに、何で怠け者だったのだと、何度も考えたが、解明出来ない。
あの罪があって犯人にされ、結局は善意の皆さんに出会えて、善意の心に包まれて生きる幸せを知ったから、過去の恥ずかしい生き方も、それで良かったと思ってはいるが、決して良いことをしたとは思っていない。44年も過ぎて、過去の犯罪を指摘された懲役2年の判決は、改めて犯した罪は消えないのだと教えられた。これが罪を犯すということなのだ。
これに反して、無実の罪には心の痛みはない。俺は、犯してしまった罪の痛みを知るからこそ、無実の罪を責められる痛みの晴れ晴れしさも知ったが、今、無実の判決と懲役2年の判決を受けた中で、改めて自分の生きて来た月日を振り返る思いでいる。
60を過ぎて、まだ過去に責められるのは辛いことだが、まあ俺のようないい加減な男には、こんな痛みがあった方が戒めかも知れないね。
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