桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

これで最後

2014-09-16 | Weblog
柳田氏は、俺のブログに、良く書き込みをしてくれる。大体が、従軍慰安婦問題だが、今回、南京虐殺に付いて、柳田氏の説を書き込みされた。
俺は、柳田氏の正確で冷静な記述を信頼している。従軍慰安婦にしても南京虐殺にしても、その人数は過大な数字かも知れない。冷静に考えれば、その被害人数には、相当の誇張があると判る。歳月の中で都合良く変化してしまう記憶の怪しさを示す、これらも一例と言うことだ。しかし、数字に誇張があるゆえ、その事実がないこととは違う。
従軍慰安婦は待遇が良かったとか、自由があったとか、色々と語る人は、ゆえに強制はないと主張するが、それこそ論旨の違う過ちだと、俺は思う。
従軍慰安婦は軍の施設と共に移動し、軍の施設下に置かれ、軍の規定が設けられていた。軍の強制下にあったことは言い逃れ出来ようはない。柳田氏も従軍慰安婦には、単に朝鮮人だけではなくてオランダ人など、欧米人も含まれていたことは承知だろうが、欧米人も強制連行ではなくて厚待遇に曳かれた人たちと思うのだろうか。
数に間違いはある。でも、それが強制的な従軍慰安婦の存在を否定することにはならない。南京虐殺も同じだ。それは戦争だから内部闘争で国民党の蛮行もあったかも知れない。それが三光作戦を否定することにもならない。
柳田氏は資料が無いと、良く書かれるが、日本国民を弾圧した治安維持法で裁かれた裁判資料は、全く存在しないのをご存知だろうか。戦争行為にも国際的なルールは存在した。それに反する三光作戦の資料を焼き尽くすことなど、日本ならば容易ではないか。現に、終戦直後、官庁の庭では黒煙が上がり続けていたことは記録でも明らかにされている。
昨日、他界が報道された山口淑子氏は、靖国理論である「アジア諸国を解放するための戦争だった」の主張に対して、「後付けの美しい言葉を語ってはいけない」と言っておられたそうだが、責任逃れで消された事実もあろうし、記憶に歪む事実もあろうけども、ゆえに事実そのものを否定する主張は、俺には、歳月に歪む記憶を利用して取って付けた「美しい言葉」の詐術としか思えない。
柳田氏の書く数字、事実は、俺も、そう思う。だが、それが強制的な従軍慰安婦の存在を否定することにはならないし、三光作戦や南京虐殺を否定することにもならない、と言うのが、俺の思いだ。
過大な数による間違った被害の数字は、日本の誇りを汚すと主張する人もいるが、行った事実を否定することこそ、世界に嘘付き日本を広めて日本国民を汚すことになるだろう。
これが俺の従軍慰安婦問題と南京虐殺に対する思いで、これ以上に書くことはない。
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