桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

駆け足で山口へ

2006-05-30 | Weblog
5月30日(火)

 松江市内で7ヶ所、出雲で3ヶ所の団体を回り、募金の協力を頂き、江津、浜田と通り、高速道を走って岩国へ。この高速道は山また山の景色は安らぎですが、殆ど車が通らないんです。

 島根は販売物も無く、学習会も無くて楽でしたが、異郷と言う言葉を強く感じる土地でした。
自由な旅で来たいな!と思いながら、ホントに駆け足で島根の活動をした感じです。

 東京での大集会に参加され、そのまま江津のご自宅に帰らず松江に留まられてオルグに同行して下さり、おまけに岩国まで、遥かな遠路を送り届けて下さった救援会の森脇会長さんには、本当にお世話になりました。

 今回のキャラバンは、布川の勝利にある人様の力を知るもので、私にとって、また違った何かを得る行動になるだろうと思ってます。

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出雲大社へ

2006-05-28 | Weblog
5月28日(日)

 初めての鳥取は小雨でしたが、団体を訪問するときは止み、相変わらず天気に恵まれています。
夜はビデオを見て頂いての学習会。参加者は24名。重要な会議などが重なり、参加者が少なかったそうですが、他と同じに皆さんが証拠を隠す検察に呆れ、怒っておられました。
 
 翌27日は、鳥取県救援会事務局長のKさんの運転する車で倉吉、米子へ行き、同じように学習会を行いました。米子では、医療生協総代会で訴えをさせて貰いました。短い時間でしたが、会場の外で受付をされていた若い女性が「こういう話は医学生にも聞かせたい」などと言って下さるなど、大きな印象を残したと感じました。
夜の集会が無かったため、夕方には島根県の松江に入り、久しぶりにノンビリ出来ました。

 今日は完全休日で、何もせずにホテルで骨休めの予定がでしたが、友人が出雲大社は見ておいた方が良いと言いますので、行って来ました。
タクシーで大社前まで。下ろされた場所が本殿ではなみたいな大締め縄の社。それから本殿に行き、逆に歩いて鳥居まで戻ったのですが、松、敷石、社、雨に洗われた総てに古色が漂い、神の存在を信じない私も、精神が洗われるような思いになりました。ただ見物だけで、詣りはしませんでした。開始決定を得、皆さんに支えられる幸せに満る私が、これ以上に願っては強欲、罰が当たりましょうから。もっとも、罰の苦しみが来たならば、それに立ち向かって私は、益々イキイキと行動するでしょうから、それはそれで良いのですが。

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鳥取へ

2006-05-26 | Weblog
5月26日(金)

 やっと田植えが始まったばかりの美作地方。団体を訪問して募金を募る活動が無かった岡山での最後は津山でした。

 学習会場となった福祉会館の4階からは、数百メートル先にそびえ立つように津山城の石垣が見え、その気品と風格を感じる様に城好きな私は見とれてしまいました。
学習会の参加者は30名を超えました。新見での6名での学習会を含めて、岡山での全体では200名に近い人に布川の実態を話し、伝えられたと思います。
活動資金を集めるという点では、全く計画とは違ってしまいましたが、真実を広めるという目的は達成して大成功だったと思います。ただ、1日に5回も6回も長く話をするのは、かなり大変ですね。いい体験でした。

 まるでケーブルカーみたいに山肌を間近に見たり、緑の鮮やかに広がる野山を眺めたり、昔の成田線(私の利用した)と同じ一両の機動車で鳥取へ向ってます。
雨の鳥取入りになりました。

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笠岡から倉敷へ

2006-05-25 | Weblog
 5月25日(木)

 鞆の浦の景色を見る間も無く福山駅へ向かい、笠岡駅で待つ救援会岡山本部のKさんと合流。すぐに福祉会館での8名の小集会。終わって玉島へ。

 そこでは倉敷の民主病院長として長くご活躍され、救援会を支えておられるM先生と救援会員で布川の支援者・Kuさんと合流し、M先生の係わられた病院で集会、更に水島に移り、二つの病院で、同じように病院スタッフを相手に学習会。
夜は救援会支部主催で、今度はビデオを見ての学習会でした。
さすがに一日に五回も連続で話すのは大変ですね。
全体で140名を越える参加者。守る会に入った人が6名でした。

 今日も集会だけで団体訪問はしないとか。
今日も長く話すとなれば、どんな一日になりますかね。
昨日は夕方には喉が疲れ、かき氷を食べてしまいました。

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鞆の浦の朝

2006-05-24 | Weblog
5月22日(火)

 福山には、昨年の2月にも来ていて、今回は2度目となりました。
6団体に伺い、開始決定の報告とお礼、今後のお力添えをお願いしました。
夜の集会はビデオを見て頂ぎ話をしました。
「何で自白した!俺は戦争に行き、様々な体験で真実を貫いたぞ」と、
手厳しい批判もありましたが、その方も含めて参加の21名の皆さんが検察
の証拠隠しを怒り、温かい激励を下さいました。

 宿泊地は「景勝地を見て」と言うご配慮で古くからの観光地である鞆の浦。
まだ始まったばかりのキャラバンを考え、宿でゆっくり食事をするつもりで懇親会での飲み食いは控えていたのですが、宿に行ったら、もう食事をできず、仕方なく自販機のツマミに缶チューハイの夕飯でした。

 今日からは岡山に入ります。何がありますやら

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呉から広島へ

2006-05-22 | Weblog
5月21日(日)

 再審での駅宣をしていた皆さんに迎えられた呉は、日差しの中にいるだけで汗が出るような暑さでした。
ホント布川事件は天気に恵まれますが、そんな日曜日の午後なのに集会に
は30名もの人が参加してくれました。有り難い限りです。

 救援会広島県本部のMさんが判り易く事件の説明をしてくれたお陰で、私も話しやすく、皆さんにも理解を深めて戴けました。
その後の懇親会では、守る会に11名が、救援会に1名が入会してくれました。これは一つの集会では記録ですね。

 今日は、呉でのお世話をしてくださったHさんのご案内で民主団体を訪問して支援のお願いをして歩きました。どこでも布川事件は知られていて温かく迎えられ、ご支援を戴けました。呉の皆さん、ありがとうございました。

 午後からは広島市での活動です。


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中国地方へ

2006-05-21 | Weblog
 15日からの1週間の東北巡りは終えて、今日は呉へ。
天気に恵まれるのが「布川事件」で、今日も快晴。
えん罪、大部分の人には無関係。だけど、裁判員制度が始まり、330人に1人の確立で裁判に関るようになれば、一般国民の問題になりますね。
「布川事件」のように検察が無実の証拠を隠し、平然と裁判所の「再審開始決定」に異を唱えることが許されるのか。
これからの12日間、中国地方で多くの人たちに話したいと思っている。
 ちなみに今日から回る広島には、「大手町事件」というえん罪がある。今、刑務所にいて、裁判への絶望と社会に戻りたいという願いから再審を諦めて、仮釈放の条件たる「改悛の情」を示すために罪を認めたらしい彼。「布川事件の再審開始決定」をどう見ているのだろうか。
 真実を貫くって難しいけど、どんな困難があってもやり抜けば真実に相応しい結果がある。これが自分の得た結論だけど。
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陸前高田から

2006-05-20 | Weblog
 盛岡駅に出迎えて下さったのは、前回もお世話になった救援会のYoさん。駐車場で待っていて下さったYaさんと共に、すぐに大船渡へ。山間を抜けるように走る車で3時間。
宮沢賢治の「銀河鉄道」に出て来る眼鏡橋の下を通り抜けたり、盛岡から大船渡までは小さな旅の気分。
真っすぐに行った第一訪問団体では、共産党市議の勝田さんがおいでになり、ご案内で碁石海岸近くの見晴らしの良い店に行き、美味い海鮮丼で昼。リアス式の海岸などが見渡せる展望台もあったのに、残念ながらの曇り空と靄でした。

その後、作家で救援会役員の野里さん、細谷さんのご案内で大船渡から陸前高田の8団体を訪問。民主商工会では、10名くらいの人が集まり、ビデオを流してのミニ学習会まで開かれました。

夜は救援会員や市議など、12名の皆さんと交流会。布川事件の闘いのあれこれを語るうちに盛り上がって佐藤光政コンサートをやろう!となりました。交流会には市長が挨拶に来てくれるハプニングがあり、最後はホテル内のカラオケ店へ。宿泊ホテルは千昌夫の建てたものとかで、総てが贅沢な作りでした。

仙台から始まった東北巡りは終わりましたが、至れり尽くせりで世話をして下さった皆さんの温かさに触れて、この人様の善意に包まれるからこそ、吾が幸せがあるのだと判りました。
皆さん、有難うございました!

第一弾が終了して、また明日からは中国地方へ行きます。そこでは、どんな出会いが待っていますか。楽しみです。

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大成功の青森から

2006-05-20 | Weblog
5月19日(金)

 昨日は、列車の遅延で青森での行動も遅れましたが、駅で迎えて下さった青森県本部のSさんと共に、無事に予定した20ヶ所ほどの団体訪問をすることが出来ました。
事前に訪問と協力を申し入れて下さっていたお陰で、どこでも温かく迎えて下さり、募金などの協力をして戴けました。

 夜の集いは、なんと92名もの参加者!
会場は満員で、一つの会場での参加者としては最高でした。
ビデオを見て貰い、私の話で、青森でも真実と支援の輪が広まった確信の集いだったと思います。

 救援会があればこそ、地方を巡るたびに、その感謝の思いが深まり、更に頑張ろう!と思います。

 車の運転をして下さったMさん、軽妙な司会で集会と懇親会を盛り上げて下さったSさん、青森のみなさん、有難うございました。さて、東北最後の岩手は大船渡です。どんな出会いがありますか!


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秋田から青森へ

2006-05-19 | Weblog
5月18日(木)

 秋田での50名の参加者で大成功の集会は、仙台、山形と同じに「我々が元気になる話だった、感動した!」と言って戴け、冥利に尽きると言う思いを味わいました。

 翌朝、熟睡して目覚めたら「6時20分」。6時52分発で青森に向う予定なのにと飛び起き、シャワーを使い、35分に部屋を飛び出してフロントへ。
同行の大名さんが居ないので電話すれば「まだ5時だよ」と落ち着いた声!焦ったぁ~!
時間が出来たので、目の前にある秋田城址(久保田城址と呼ぶのを知った)を散歩。城の大好きな私は、何も見なくても城だけは見学するのですが、豊かな樹木、往時を偲ばせる佇まいに触れて、大満足しました。

 青森を目指して駅に行けば、高崎線の踏み切り事故で遅延。1時間半近い遅れ
でした。しかし、寝台車の広い座席にユッタリと座り、白神山脈近くなどを通る奥羽本線は自然の中を行く感じで、連日のオルグの中にある安らぎの時間でした。
さて、青森では、どんな出会いが待っていますか。
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