漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

暗い川の面には

2006年01月27日 | 汀の画帳 (散文的文体演習)
 暗い川の面には、砕けた星が沢山散らばって、輝いているように見える。
 でもそれは勿論星ではない。ただ、様々な光を鈍く反射しているだけだ。
 それが星の欠片だったらいいのにと僕は思った。そうすれば、空も地も、全てが溶け合った幻になるのに。
 緩やかな振動が、何かを身体に語りかけてくるようだった。その言語を、でも僕は理解できない。
 シートにべったりと身体を預けたまま、僕は窓の外を見ていた。窓の外の景色は、動いている。いや、勿論動いているのは僕だ。僕が乗っている、この自動車だ。
 時速60キロで、夜の川辺を走っている。左方には、川の暗い面が見えるし、右方には、父がじっと前を見詰めてハンドルを握っている姿が見えている。だが、その顔が暗くてよく見えない。僕は助手席で、ふてくされたように、シートに身体を預けている。でも、別に僕はふてくされているわけではない。ただじっとこの夜の時間に身体を浸して、辺りを包んでいる光景を見詰めているだけだ。
 青い光を灯した小さな店がポツリと川辺に建っている。ただ一軒だけ、本当に幻のような青い光を灯している。この前ここを通ったときも、同じ店を見た。あの秘密めいた光を灯す店は一体なんだろう。ぼんやりと僕はその店を見詰める。車がその店を通り過ぎてしまうまで、僕はその店を眺めていた。青い光は、店を通り過ぎたあともずっと、僕の瞼の裏に焼き付いていた。
 いつか僕はあの店を訪れることがあるのだろうかと思った。だが、もしも僕がその店を訪れることがあるとしても、それは余りにも未来の出来事のように思えて、僕にはうまく想像できなかった。
 やがて車は川沿いの道を外れて、広い、真っ直ぐな道に入った。車も疎らな道で、信号機が、ずっと黄色のまま、ちかちかと点灯している。少しだけ窓を開けると、しんとした空気が、さっと流れ込んできた。僕は思わず父の方を見た。だが、父の顔は相変わらずぼんやりと暗くて、眼鏡の形だけが妙にくっきりと見えた。
 僕は窓ガラスに額を当てて、外を眺めた。道路脇には、見える限りずっと先まで、低いコンクリートの壁が続いている。そして、その壁の上には、壁の向こうに植林されている常緑の針葉樹の並木がある。木々は、黒々としていて、だが、その色彩が深い緑色だという事が分かる。
 車が走るにつれて、窓の外の針葉樹は次々と後ろに流れて行く。しかし、針葉樹とコンクリートの壁の光景は変わらない。明日も学校があるから、早く家に帰って眠らなきゃと思う。しかし僕は何も言えない。父に言葉をかけることが出来ない。
 通り過ぎてゆく風景の中で、尖った先端を夜の空に伸ばしている針葉樹の中に、僕は柔らかい微睡みを見る。明日というのは、遥かな未来なのだと思う。おそらくは、あの川辺の青い光の向こうにある時間が明日なのだ。
 僕は目を閉じて、ガラスに頬を押し当てたまま、父に語りかける。
 語りかけている言葉は、断片を繋いだ言葉だ。
 そして父の声を待った。


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2 コメント

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ああ、 (seedsbook)
2006-01-30 16:14:44
Shigeyukiさんの書く絵のようですね。

そんな風に思いました。
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Unknown (shigeyuki)
2006-01-30 21:51:13
 間違いないですね。

 これは、実際の記憶のパッチワークなんです。だから、自分の持っているイメージの、根っこの部分のひとつですね。
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