漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

七枚綴りの絵/最後の絵/日輪の城郭・30

2007年04月14日 | 汀の画帳 (散文的文体演習)
 
 白の樹にナイフで傷をつけると、白い樹液が流れる。それは甘いミルクの味がする。私の一日は、その樹液を集め、火にかけて暖めて、窓際で太陽が東から昇ってくるのを見ながら、ゆっくりとそれを味わうことから始まる。それが長い間の習慣になっていた。だが、いつからだろう、少しづつだが、一日のリズムに違和感を感じるようになっていた。最初、それは単なる違和感だったが、ある時、確信した。
 太陽の光が、弱くなっている。
 それだけではなかった。一日が、確実に、長くなっている。
 私の時計は、動かなくなって久しかった。だから、時間を測るものは、太陽と月の運行しかない。太陽と月の運行は、毎日規則正しく為されていたし、だから最初はただの気のせいだろうと考えていたのだが、そう思うことにも限界が来ていた。一日が、こんなに長いはずはないのだ。時間は、主観によって多少は伸縮するかもしれないが、それも程度ものだ。だとしたら、考えられることは、ただ一つだった。
 太陽と月の運行が、遅くなっているということ。
 それが事実だとしたら、この星の自転が遅くなっているということになるのか。だが、光までが弱くなってきているというのは、どういうわけなのだろう。それの意味するところは?私には分からなかった。事実を辿ることが、出来る精一杯のことだった。
 毎日、太陽が昇るたびに、光はほんの少しづつ鈍くなっていった。そして、一日がほんの少しづつ、長くなっていった。それが、何度も何度も繰り返された。時間は、確かに同じ速さで進んでいた。というのは、塔に巻きつく樹は、同じ速さで伸びていたからだ。だが、太陽だけは、その動きを変えていた。いまや、時間は揺らいでいた。私には、どの時間が確かな時間なのか、わからなくなっていた。太陽が昇り、空を横切り、鈍い夕陽を残して地平に消えた。月は、ぼんやりとした、膨れた水蜜桃のようだった。世界から、鮮やかな色彩が失われていった。だが、私には為す術がなかった。
 そしてある日、ついに太陽は昇らなかった。月も、姿を見せなかった。世界は夜に包まれたままだった。私は窓辺で、永遠とも思える時間、太陽を待ちわびた。だが、太陽はいつまでたっても姿を見せはしなかった。空気も、滞っていた。その夜は、滓のような微睡だった。すべてが飽和した闇のようだった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿