漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

七枚綴りの絵/五枚目の絵/金鱗の人魚・2

2006年07月19日 | 汀の画帳 (散文的文体演習)
おお、それなら間違いねえな。この話を持ちかけたとき、二人は揃って、感心したようにそう言ったのだ。だからこそ、只に近い賃金で、こうして働く事に同意してくれた。沼をさらいながら捕らえる鮒の、美味いとは言えない食事にも納得してくれているのだ。だからこそ、なんとしても人魚を捕らえなければならない。それは二人の労力に報いるためというより、私の身のためである。これでもし全てが無駄な作業であったとなれば、二人の怒りの矛先が私に向くのは確実であるからだ。私は抱えている水中銃を確かめた。確かめながら、いや、間違いなどあるはずは無いと自分に言い聞かせた。ただ、それにしても不安なのは、これだけ沼をさらっていても、三人とも一度たりとも人魚が跳ねるところを見たことはないし、それどころか気配さえ感じたことがないことだ。我々は既に、沼を半ば以上捜して来ているのだ。二人はさすがに、いくらか疑心暗鬼になりかかっている。用心深いから今まで生き延びてきたのだと説き伏せ、何とか納得させてはいるが、この調子が続くなら、いつ爆発しないとも限らない。用心はしておくに越した事はないだろうと私は心にとめた。その矢先、私に続いて浮かび上がってきた小男が、池の向こう端から私を見つけ、怒鳴った。幾ら捜しても見つからねえな。本当にこの沼に人魚なんているのか?私は怒鳴り返した。当たり前だ。この目で見たんだ。この両方の目で、しっかりとな。疑うのか?嘘を言って何の得になる?これが失敗したら、すっからかんの無一文になってしまうんだぞ。嘘なんか言うわけがないだろう!小男は答えた。分かった、分かった、そりゃそうだなあ。何の得にもならんもんなあ。でもなあ、俺はもっと早くに見つかると思ってたんだよ。私は答えた。私だってそう思っていたよ。こんなに苦労するなんて考えてなかった。でもまあ、それだけの奴だって言う事だろうな。なんといっても、これまで一度も捕らえられたことはないんだから。私は絡まってくる水草を引き抜いて、投げながら叫んだ。全く、こいつらのせいで作業がはかどらなくて困る。水草は、緑色の水面をしなるように打った。そこから、波紋が広がる。私のいらだちを見ることで、ひとまず小男は黙った。私は空を見上げた。陽が傾き、辺りはそろそろ翳り始めている。時間はまだ宵には遠いが、この沼は場所が場所だけに、暗くなるのが早い。今日はこれまでにしようと私は言った。そして水底の重石をしっかりと固定し、網の破損を確かめた後、陸地に引き上げ、テントに戻った。テントに戻って一服し、それから飯を炊いて、鮒を焼いた。また鮒かよ、と大男が呟いた。いい加減に飽きたな。臭くて不味いしな。それを聞いて、私は言った。飯が食えるだけでもいいだろう。それに、そのうち人魚を首尾よく捕まえることが出来たら、毎日がご馳走で飽きるほどだ。そうなったら、きっとこんな臭い飯も懐かしくなるってもんだろ。そうありたいもんだな。小男が言った。まあ、だが、俺は飯は何でもいいや。上等な食いもんは食べ慣れてないしな。それよりもっと欲しいもんは、いくらもあるぜ。小男は笑った。大男も、それに合わせて笑った。まあ、そのためには人魚を捕まえるのが先決って訳だ。私は言った。人魚を捕まえるのは一人じゃ無理だし、二人でも無理だ。三人は必要だ。私は二人の顔を代わる代わる見た。まあ、力を合わせて頑張ろうぜ。何と言っても、この方法は、絶対に間違いないんだからな。


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