漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

「ナイトランド」と黙示録

2006年03月14日 | W.H.ホジスンと異界としての海
『ナイトランド』に最も大きな影響を与えている書物はと言えば、ウェルズの『タイムマシン』と、それから、やはり『聖書』ということになるだろう。
中でも、聖書の中では異色の『ヨハネ黙示録』は、とりわけ『ナイトランド』に大きな影響力を持っていると思われる。
牧師の息子であるホジスンにとって、聖書は最初の、そして決定的な影響力を持った書物だったことは想像に難くない。物心がつく以前から、繰り返し父から聞かされ、また自ら手にとって読んできた書物だったに違いないからだ。
『ヨハネ黙示録』は、キリスト教徒の中でも扱いが難しい正典の一つだというが、今に至るまで、例えば様々なカルト宗教によって語られてきたことからも、そのインパクトの大きさは聖書中でも随一である。一般的には、『ヨハネ黙示録』は、『ダニエル書』などの流れにある「黙示文学」という扱いをされているという。僕は聖書については殆ど詳しくないので、それ以上のことを迂闊に述べる事は難しいが、宗教の「秘儀」の分野に属する部分と考えていいのかもしれない。黙示文学は、ユダヤ教やイスラム教などでは相当の比重を持つらしいが、キリスト教の中では、この「ヨハネ黙示録」のみが「黙示文学」に相当するようだ。
当然のことながら、それだけに秘密めいていて、読み物として魅力的である。ホジスンの父はその教義上の問題から、教会側と折り合いが悪かったというが、もしかしたら、この「ヨハネの黙示録」のような部分を重視する性格の牧師だったのかもしれないとも思う。だとしたら、ウィリアム・ホジスンの特異な想像力への流れが、スムーズに説明できるからだ。
『ヨハネの黙示録』の第6章では、世界の終末の様子をこのように書いている。

小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり、天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落とされるように、地に落ちた。
天は巻物が巻かれるように消えてゆき、すべての山と鳥とはその場所から移されてしまった。

これは、そのまま『ナイトランド』の世界ではないだろうか?
このほかにも、「四つの生き物」や「七つの星」など、詳しく書くと長くなるから、ここでは書かないが、いくらでもナイトランドのものたちとの符合を感じさせるものが『黙示録』には散らばっている。
つまり、『ナイトランド』は、黙示録の世界を下敷きにしたヒロイック・ファンタジーだと考えることができるのかもしれない。今では黙示録は日本人には最もポピュラーな聖書の正典の一つとなって、例えば「聖書を通して読んだ事はないけど、『ヨハネ黙示録』だけは読んだ」という人も少なくないはず。さらには、映画「地獄の黙示録」以降だろうか、「黙示録」という言葉が一人歩きさえしている。しかし、この時代にはまだそんなことはなかった。そう思えば、ホジスンが黙示録に注目して、こうした物語を書いたというのは、注目に値するのではないかと思う。