公明党の党首も退いた。
本来、政治に宗教団体が関与してはならないのだが、公明党は創価学会という宗教団体が絡んでいる。今まで堂々と関与していても、誰も敢えて触らなかった。
違法と知っていながら、普通に罷り通ってきた。それは今でも続いているが、統一教会という宗教団体が問題を起こしてからは、創価学会の行為も問題になっている。宗教団体というのは、信者の洗脳教育に長けているために、選挙には多大な影響力を持つ。信者が師と仰ぐ者には服従するという性を利用しての事であるために、協力すればほぼ選挙に勝つ。だから、今までも政治家は、持ちつ持たれつの関係を築き上げてきた。それは、いまだにでもある。違法行為は堂々と行われてきたのである。しかしながら、ようやく、それはいけない事ではないかという事が、時代の流れの中で露になってきた。よろしからず事が罷り通ってきた社会の風潮は、変革となって現れてきている。
だから、どこもかしこも、有名な処、つまり名を馳せてきた企業も団体組織も
不正の嵐に巻かれて、信頼、信用がた落ち。長きにわたって隠されてきた悪しき慣行は、脆くも崩れ去る運命にある。
元々、存在の法則は浄化であるために、必然綺麗になるに至るのである。
企むための行為は、ある程度進むが、栄枯盛衰の域は出ない。栄えたものは必然衰えるのである。これは、世の道理である。
悪しき企みこそその償い、報いは大きい。無知ゆえの自業自得である。
地獄に仏はいない。如何なるものにも終は訪れる。道理である。
だから、道理に学び、道理をもってして計らえば、先の事は予め見えてくるものである。