穴にハマったアリスたち

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メンタルヘルス・マネジメント検定試験 3種 … の蛇足

2011年04月27日 | 王様の耳はロバの耳
昨日の記事にコメントを貰ったので、ちょっと補足してみる。

(昨日の記事より)
メンタルヘルス・マネジメント検定3種の試験問題の例:
 「上司に叱責されるのは、本人の能力が低いことが原因なのだから、ストレス要因にはならない。○か×か?」

これに対して「ストレス要因にはならない。叱責を受け入れて、伸びていくことが大事だ。むしろ叱責されずに無視される方が辛い」とのコメントを貰いました。

まず、これが一般的な正論と言うのは分かる。
同時に一般的な煽り文句であり、多少意地悪く言えば、反論を期待して、挑発を意図していることも分かる。
そこは分かるのだけど。違和感を覚えたのは、もしかして大前提を知らない(「無視している」のではなく、「根本的に知らない」)のでは?と思ったから。

というのも、「人は幸せであっても鬱になる」点。

上記の例の回答は「×」。ストレス要因になる。
但し「褒めてあげないとダメだから」とか「叱責は悪いこと。優しくしよう」とか、そういう理由じゃない。
「良い悪いに関わらず、どんなことであってもストレス要因になるから」が正。
要は「~はストレス要因になるか?」という問いは、「~」の部分が何であるかに関係なく、全て「ストレス要因になる」が正解なんです。
どうもこの基本的な前提が抜けてるんじゃ?という気がした。

上の例に絡めて言うと、実際の試験でもこういう問題が出ます。

試験問題の例:
 「努力の甲斐あって成果を出すことができ、上司からも称賛され、めでたく昇進した」
 「この昇進は本人も望んだことなので、ストレス要因にならない。○か×か」

答えはノータイムで「×」です。ストレス要因に成りうる。

背景としては「昇進すると責任が増えて大変だから」というのもありますが、ポイントとしては「環境が変化し、しかも自分の意思で変更することが出来ないから」。
言い換えると「選択肢のない状況に置かれるから」。
昇進はめでたいけれど、環境が変わる。そして元の環境に戻ることが出来ない。(降格という手はありますが、基本的にはそれ自体が嫌がられる)

「問題がない」とか「望みが叶う」というのも、状況と捕え方によってはストレスになってしまう。
冷静に周りを見てみれば、こういうケースは沢山あるし、一般的にも受け入れられてる考えだと思います。
例えばマリッジブルーとか典型。

「満たされない大富豪」とか「不老不死を実現した超人の憂鬱」とか「長すぎる平和は腐敗を生む」とか、割と普通にある題材です。
「震災のニュースを見て、努力もしていない自分が幸せでいていいのだろうかと悩む」とかも似た問題。
自分自身は幸せな状態でも、ある状況を解決する手段を自分が持ち合わせていないので気を病んでしまう。

逆に言えば、「変更可能」だったり「選択肢がある」状態なら、ストレスの度合いは下がる。
これも日常的に頻繁にあります。
「御社のベストソリューションはこれです!」と一つだけ案を持っていくよりも、「A案とB案を用意しました。ご検討ください」と持っていった方が、一般的には受けがいい。
相手に選択権を(建前上であっても)与えた上での変化だから。
(これを逆に利用しているのが、「○○しないとお前は死ぬ」と選択肢を封じた上で恐怖を煽るやり口。選択肢がないのは極めてストレスなので、解決しようとして騙される。緊急時にデマが横行するのも似た理屈)

よく言われる「計画を立てたら、次にマイルストーンを設定し、進捗を把握できるようにしよう」とか、「作業を指示するときは、まず目標を伝えてからした方がよい」とかも、本質は一緒だと思ってる。
「今、自分がやっていることは、好ましい結果に向かい続けている」という「困難を解決できる」認識が得られるかどうかは、ストレスに大きな影響を与えるはず。
原発関連で避難している方から「とにかく復興までのスケジュールを示してくれ」と非難が挙がっているのも同様。
避難生活がきついというより(もちろんそれ自体も過酷ですが)、「解決策がない(見えない)」ことの方がストレスになる。
人はゴールがなきゃ走れない。もしもフルマラソンが、「ゴールまでの距離は毎回変わります」「今回のゴールが何キロ先にあるか分からないし、途中の距離表示もありません。時計の持参も禁止します」なんてルールだったら、完走できる人は変態ですよ。

確か一昨年「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」という映画がありました。
その中で「デスマーチ」の描写が出てくる。
映画では「困難な課題を達成するために、長時間の残業をしまくる」状況を指し、心象風景として「敵と激しく銃撃戦をする」様子が描写されていました。
でも、これは違うと思う。
正しく「デスマーチ」を反映した風景は「敵の姿すら見えないまま、砂漠の中を蜃気楼に向かって行軍している」のはず。敵(目的)の存在すら不明では、状況を打開する手段が、何もない。

私らにとって卑近な例を挙げるなら、「フレッシュ」の桃園さんが諸に該当します。
歴代「プリキュア」シリーズの中にあって、「フレッシュ」さんが異彩を放つのは、彼女達だけ「何かを取り戻す」戦いをしていない点。しかも具体的な目標もほとんどない。
あの子らはまず「平和で幸せな日常」があり、そこから「不幸」で削り取られていく構成です。
そのため、目先の戦いに勝っても何が得られるわけでもなく、相手に溜められた「不幸」は蓄積する一方。
(そして最終的にノーザさんが解き放った「不幸」の前に絶望する。基本的に連戦連勝だったはずなのに、あの状況を防げてない)

逆に状況的には最も過酷だったはずなのに、メンタル的にタフだったのが夢原さん。
「物語開始時点で、国が壊滅して国民も消滅」というのは、歴代でも最悪。
でも夢原さんの原動力は「希望」であり、これは状況を打破する方向に向かってる。
その上、「ピンキーを55匹集めれば願いが叶う」という分かりやすい数値目標付きの救済手段がある。
この状況は、むしろ「フレッシュ」さんよりも精神的には楽です。(まぁ結果的に、55匹の数値目標はシャドウ様のズルに頼りましたけれど)

ただ厄介なのは、では「目標」があればそれでいいかというとそうでもない。
今度は「目標を達成する」ことがストレスに成りえるから。(「目標」の存在自体が、選択肢を奪うことになる)
しかもいざ「目標」を達成できても、これまたストレスを生む。(達成しちゃったら、次の選択肢がない。仮に次があった場合、それはそれで今度は終わりなき行軍に陥る)

そんなわけで「良し悪しに関わらず、何であろうとストレス要因になる」。
だから件の検定試験も「メンタルヘルス・マネジメント」。ストレスは撲滅はできないので、管理(マネジメント)するしかない。
究極的には「ストレスがない」という状態も、ストレスに成りえます。

と、まぁそんな感じで。
思い返してみれば、「幸せであってもストレス要因になる」「というか、あらゆる状況がストレスだ」を知識として要求する問題が、結構出ていました。
不合格だった2割の人はこの部分で失点したのかな、と思えば割と納得出来る気がします。何か、思いのほか発見があったかもしれない。
コメント
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