■感想:人魚の動物民俗誌(吉岡郁夫)
人魚の動物民俗誌
日本の人魚についてのご本。身近な日本のことなのに、色々と新発見でした。
【人魚の正体】
日本での人魚目撃談は、日本海側に妙に多く、太平洋側は少ない。また本州北端の陸奥に多く、一方で陸奥から伊勢までは目撃談がない空白地帯が多いとのこと。
これらの出現分布や、各目撃談で語られる特徴から、アシカ・アザラシ・リュウグウノツカイ等の可能性が高いらしい。
アシカやアザラシはいかにもとして、リュウグウノツカイも確かに人魚に似ています。「下半身の魚部分が長く、髪が赤い」描写をされている人魚は、ほぼほぼリュウグウノツカイが疑わしいそう。
意外だったのはオオサンショウウオ。日本(元ネタである中国)では人魚はもともと淡水産で、オオサンショウウオだったと思われるそう。言われてみれば人間っぽい顔の妖怪に見えなくもない。
人魚の正体として定番のジュゴンは、生息地の都合から日本ではマイナーのようです。極言するなら「人魚=ジュゴンはデマだ」と言ってすらいいのかもしれない。
[引用]
『高島春雄は、戦時中に出た少年向きの本で、日本人がジュゴンを知る以前から人魚の伝説があるので、ジュゴンを人魚の正体とするのは誤りで、間違った知識を広めるものだと批判している』
[引用終]
ジュゴンは沖縄や、場合によっては瀬戸内海付近でも目撃はされるそうなので、人魚と誤認されたケースもありそうとのことですが、メインとは考えづらいようです。
先日読んだ「人魚の文化史」(感想)で紹介されていた西洋での歴史と比べると、日本は「実際に発見した」「そして食った」のようなエピソードが多い印象でした。アシカやアザラシなら普通に近海にいますから、確かに「変わった動物」の位置づけでも変ではなさそう。
逆に言えば、具体的に元ネタとなる動物に乏しい西洋で、よく人魚が広まったなとも思う。教会の影響力、すごいな(布教の過程で広まったそうです)。
なおアザラシは美味く、アシカは不味いそうです。
「人魚の肉は美味」と伝わっていますので、正体はアザラシが多かったのではとも。
【人魚伝説】
不可解なことに、人魚伝説と人魚が目撃された地域とは、必ずしもは一致しないそうです。日本における人魚伝説といえば若狭の八百比丘尼さん。もうこれ1本が全国で形を変えて語られているとのこと。こうもガッチリと伝わってるからには、何らかの元ネタとなった人物が実在してるんじゃなかろうか。
江戸時代には「人魚の絵を飾ると伝染病除けになる」伝承も流行ったそうです。2020年のコロナで話題になった熊本の妖怪・アマビエですね。ただ「アマビエが江戸でも広まっていた」のではなさそう。
この本は1998年出版で、アマビエへの直接の言及はなし。私の想像になりますが、アマビエ自体は熊本には伝承はなく、江戸の瓦版にのみ登場するようなので「人魚の絵を飾るお呪いがあり、それの派生形の一つとしてアマビエが創作された」のように思えます。
では何で人魚の絵が病除けになるかといえば、人魚の骨には薬効があるとされていたから。でも人魚の骨は高かった。
[引用]
『南方によると、ナヴァレッテの『支那志』(1660)に、ナンホアンの海に人魚があり、その骨を数珠にすると邪気を避ける、といって非常に貴ぶとある。このような西洋や中国の考え方が移入され、それから転じて疫病除けとなったのだろう。だが、人魚の骨は庶民の手のとどくものではなかったので、庶民は人魚の絵で我慢していた。これこそ、まさに"絵に描いた餅"ならぬ"絵に描いた骨"であろう』
[引用終]
「アマビエはペスト医師の姿を模したのでは」のような説も見かけましたが、発端としては「人魚の骨は薬になる」「でも高い」「絵でも効果があるよ!」からの「私の絵を広めなさい」と思われ、商魂たくましい商売人の想いや、庶民の願望が伝説化したように思えます。
【感想】
西洋視点の「人魚の文化史」と違い、当然ながら日本のことに詳しく、独自の背景が面白かったです。
目撃談の具体的な正体とか、出版当時はこんなに有名になるとは思いもしなかったであろう「人魚の絵」だとか。
諸々落ち着いたら、また若狭に行ってみたくなってきました。
なお、後半には「キリンと麒麟」等、伝説の生き物の解説も掲載されています。キリンが元ネタで麒麟が生まれた…と勝手に思ってたのですけど、完全に別物で、むしろキリンを麒麟だと紹介された中国皇帝は怒ったらしい。
人魚の動物民俗誌
日本の人魚についてのご本。身近な日本のことなのに、色々と新発見でした。
【人魚の正体】
日本での人魚目撃談は、日本海側に妙に多く、太平洋側は少ない。また本州北端の陸奥に多く、一方で陸奥から伊勢までは目撃談がない空白地帯が多いとのこと。
これらの出現分布や、各目撃談で語られる特徴から、アシカ・アザラシ・リュウグウノツカイ等の可能性が高いらしい。
アシカやアザラシはいかにもとして、リュウグウノツカイも確かに人魚に似ています。「下半身の魚部分が長く、髪が赤い」描写をされている人魚は、ほぼほぼリュウグウノツカイが疑わしいそう。
意外だったのはオオサンショウウオ。日本(元ネタである中国)では人魚はもともと淡水産で、オオサンショウウオだったと思われるそう。言われてみれば人間っぽい顔の妖怪に見えなくもない。
人魚の正体として定番のジュゴンは、生息地の都合から日本ではマイナーのようです。極言するなら「人魚=ジュゴンはデマだ」と言ってすらいいのかもしれない。
[引用]
『高島春雄は、戦時中に出た少年向きの本で、日本人がジュゴンを知る以前から人魚の伝説があるので、ジュゴンを人魚の正体とするのは誤りで、間違った知識を広めるものだと批判している』
[引用終]
ジュゴンは沖縄や、場合によっては瀬戸内海付近でも目撃はされるそうなので、人魚と誤認されたケースもありそうとのことですが、メインとは考えづらいようです。
先日読んだ「人魚の文化史」(感想)で紹介されていた西洋での歴史と比べると、日本は「実際に発見した」「そして食った」のようなエピソードが多い印象でした。アシカやアザラシなら普通に近海にいますから、確かに「変わった動物」の位置づけでも変ではなさそう。
逆に言えば、具体的に元ネタとなる動物に乏しい西洋で、よく人魚が広まったなとも思う。教会の影響力、すごいな(布教の過程で広まったそうです)。
なおアザラシは美味く、アシカは不味いそうです。
「人魚の肉は美味」と伝わっていますので、正体はアザラシが多かったのではとも。
【人魚伝説】
不可解なことに、人魚伝説と人魚が目撃された地域とは、必ずしもは一致しないそうです。日本における人魚伝説といえば若狭の八百比丘尼さん。もうこれ1本が全国で形を変えて語られているとのこと。こうもガッチリと伝わってるからには、何らかの元ネタとなった人物が実在してるんじゃなかろうか。
江戸時代には「人魚の絵を飾ると伝染病除けになる」伝承も流行ったそうです。2020年のコロナで話題になった熊本の妖怪・アマビエですね。ただ「アマビエが江戸でも広まっていた」のではなさそう。
この本は1998年出版で、アマビエへの直接の言及はなし。私の想像になりますが、アマビエ自体は熊本には伝承はなく、江戸の瓦版にのみ登場するようなので「人魚の絵を飾るお呪いがあり、それの派生形の一つとしてアマビエが創作された」のように思えます。
では何で人魚の絵が病除けになるかといえば、人魚の骨には薬効があるとされていたから。でも人魚の骨は高かった。
[引用]
『南方によると、ナヴァレッテの『支那志』(1660)に、ナンホアンの海に人魚があり、その骨を数珠にすると邪気を避ける、といって非常に貴ぶとある。このような西洋や中国の考え方が移入され、それから転じて疫病除けとなったのだろう。だが、人魚の骨は庶民の手のとどくものではなかったので、庶民は人魚の絵で我慢していた。これこそ、まさに"絵に描いた餅"ならぬ"絵に描いた骨"であろう』
[引用終]
「アマビエはペスト医師の姿を模したのでは」のような説も見かけましたが、発端としては「人魚の骨は薬になる」「でも高い」「絵でも効果があるよ!」からの「私の絵を広めなさい」と思われ、商魂たくましい商売人の想いや、庶民の願望が伝説化したように思えます。
【感想】
西洋視点の「人魚の文化史」と違い、当然ながら日本のことに詳しく、独自の背景が面白かったです。
目撃談の具体的な正体とか、出版当時はこんなに有名になるとは思いもしなかったであろう「人魚の絵」だとか。
諸々落ち着いたら、また若狭に行ってみたくなってきました。
なお、後半には「キリンと麒麟」等、伝説の生き物の解説も掲載されています。キリンが元ネタで麒麟が生まれた…と勝手に思ってたのですけど、完全に別物で、むしろキリンを麒麟だと紹介された中国皇帝は怒ったらしい。