穴にハマったアリスたち

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(第43話)ひろがるスカイ!プリキュア「 プリズムシャイン!心を照らして!」感想

2023年12月09日 | ひろがるスカイ!プリキュア
■(第43話)ひろがるスカイ!プリキュア「 プリズムシャイン!心を照らして!」感想

ソラさんがバッタモンダーと和解なされた。
プリキュアさんは懲罰者ではなく、反省した相手は赦すのでそれ自体は不思議ではない。
(逆にこちらの価値観に歩み寄らないものは、『罪』の軽重に拠らず爆殺なさる)

ただバッタモンダーは歴代でもかなり凶悪なことをし、それに対する怒りの描写も強烈だっただけに、若干笑顔に怖いものを感じる。
バッタモンダーフィルターの演出もそれに拍車をかける。ソラさんは本心がよく分からない…。


(「ひろがるスカイ!プリキュア」第43話より)

無力。無能。落ちこぼれ。
バッタモンダーはそのように評価され、彼自身もそう卑下していた。

ですが視聴者の持つ印象はかなり違う。
青の護衛隊をも利用してスカイランドを窮地に追い込み、国防の要たるシャララ隊長および国王夫妻を瀕死に。
キュアスカイの戦意を奪い一時的にとはいえ戦線離脱させ、今回もプリズムの変身アイテムを奪取しています。
アンダーグのみならず、歴代幹部と比較しても華やかな戦績を誇っている。

しかしながら不運なことに、アンダーグは単純な腕力しか評価しないらしい。そんな馬鹿な。
もしスキアヘッドが「よくやった。見直したぞ。あとは任せろ」と変身アイテムを受け取っていれば、決着がついていたかもしれないのに。

上記を踏まえると、今回の話は「無力かどうかは他者ではなく私が決める」に力点があると思われます。
ましろさんは頻繁に「優しい」と評される。単純な腕力では最弱クラスでも、評価基準は腕力だけではない。
もっと言うなら、おそらく本人としては「優しい」もあまり納得はいっていないんじゃないかしら。これも他者評価。
だから「絵本」という自分で見つけた道を進んでいらっしゃる。

落ち葉でいえば「樹の養分になる」は他者が言っていること。客観的にはそれが価値ではあるかもしれないが、落ち葉本人がそれに従う謂れもない。
自分の価値基準は、自分で決める。

「飛べない鳥でも良い」や「(シャララ隊長の)私のようになるな」等々も同様で、これがひろプリさんのテーマっぽい。
あげはさんが若干薄いですが、これからまだ何かあるのかもしれない。

ただそうすると「正真正銘に無力なものは無価値なのか」がカウンターになりえる。
具体的には赤ちゃん。客観的に無力だし、主観的に自分の価値を見出すこともできない。
もしかしたらそこから第1話の「ヒーローは、泣いている子供(赤ちゃん)を見捨てない」に繋がる…のだろうか。
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(第9話)キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23〜「フタリノキズナ」感想

2023年12月05日 | オトナプリキュア
■(第9話)キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23〜「フタリノキズナ」感想

美翔さんが変身なされた。
そしてレアな背面アングルからの「聖なる泉を汚すものよ!」を炸裂なされた。


(「オトナプリキュア」第9話より)

この指差しポーズ、意外との下向きに指してるんですね。普段(12年前)は巨大な相手と戦うことが多かったので、その時の癖で上を見上げてからいやいやもっと下だ、となって下げすぎたとかかしら。あと多分「泉は今回、関係ない」と途中で気づいて、でも引っ込みがつかなくて慌てたんだと思う。ベルも混乱したはず。「泉…?何の話だ…?」。

微妙に格好がつかない再変身でしたが、お得意の踵落としもばっちり決めてくれました。スタッフ様、分かっていらっしゃる。鳥キュアといえば、踵落とし。
変身前にやらかした「うつ伏せに倒れる」も美翔さんのお家芸。どうしてこうも細かいところで、美翔舞の解像度が高いんだ。

※この「大空の樹の前での指差し&後ろから映す」のは本編にもあった気がするのだけど、何話だったのか思い出せない。そもそもなかったかもしれない。
※霧生さんとの再会がここなのは、復活幹部戦を思い出してとても懐かしい。

【全ての大人に子供は宿る】
日向さんはフランスにパン留学に行きたかったらしい。だけどいけない。婚約したし実家を継がないと…。

と、悩んでいらっしゃいましたが、美翔さんに後押しされて会話してみたら、さっくり解決しました。
それはそうだ。
日向さんは「大人の責任」を意識してフリーズしていたようですが、「みんなを気にして留学を断念」はむしろ子供の発想です。
現に、プリキュアさんは頻繁に留学やらオーディションやらをキャンセルなさってきた。

大人にとっては数年の別離は大騒ぎすることでもない。現実にも単身赴任も海外赴任も普通にある。

日向さんはまだ20代。しかも勤め先は実家ですから、店長になるのを急ぐ理由が全くない。
ご両親は健在なので、下手に店長になってもリソースが余ってしまいデメリットにすらなりかねない。
実際、お父さんは浮いた時間で新たな挑戦をし、次に活かそうとしています。さすが長年、店を盛り立ててきただけありアグレッシブ。

婚約者さんもまだ店を開いてはいないようですから、一緒に留学する道がある。おそらく探しているはず。

美翔さんはおっしゃった。「大人も子供も違わない」。
ある日を境に、別の生き物になるわけでもなく。結局のところ、子供時代の自分も今の大人の自分の中にある。
変わってしまったと決めつけて、動きを止める理由はない。

この辺の思考はSSのキーフレーズ「全ての物に命は宿る」を想起します。
息絶えたかに見える不毛の大地にも、命は宿る。
比喩ではなく、事実として遥か昔に恒星が爆発した際にまき散らされたものが、巡り合って今の私達の体を構成しています。
天文学的な大災厄や無機物の漂流の果てにも、命は宿る。だから私たちは今ここにいる。

同様に子供時代の自分も、姿かたちや表面の考え方などは変わっても、自分自身を構成している。
全ての物に命が宿るように、いつどんな私にも子供時代の私は宿っている。

以前の美翔さん回で、プリキュア姿の自分を思い浮かべていたのはマイナス描写なのか否かを悩みましたが、この描写なら明らかに前向きです。
昔を振り返って逃避するのではなく、今を切り抜けるために自分自身を総動員した結果として、子供時代の力を使っている。

5組と違い、「フラチョピが居ない」という変身できないことが明白な状況で、それでも迷いもせずに変身したのは素直に格好良いです。強い美翔さんが見られて大変に素晴らしい。
あえて気持ちの悪い妄想をすると、おそらく美翔さん達は単独変身できるんじゃないかな。全ての物に命は宿るの発想で行くなら、周囲の大気とかにも「日向咲なる概念」は存在し、変身の力になってくれそうな気がする。これが発動するのは、日向さんが戦死したような時でしょうから、見たくはありませんが。

元・滅びの戦士たる霧生さん達もついに表に出てきてくれました。
ダークフォール(除くゴーヤーン)の思想は「命を謳歌した末の滅び」ですから、仮にモエルンバ達が健在だったら彼らもベルと対立したように思う。
環境破壊を止める?エントロピーは増大するものだ。その過程を無意味に早める必要はなく、途中の美しさを楽しむのが大事なだけで。
霧生さん達は「ダークフォールの生き残り」としての応戦でも筋が通っているのが、無性に熱いです。SSの敵味方混合軍vsベル。プリ5組とはまた違った戦いがある。

そんな熱い展開の裏で、夢原さんはまたぶっ倒れていました。タイムフラワーの副作用らしい。
「子供時代を捨てる」展開になるとは思えず、かといって何がどう不吉なのかも分からない。
あと3話。楽しみです。
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「episode20:渚のクリスマス」マーメイドメロディーぴちぴちピッチ aqua(なかよし2023年12月号)感想

2023年12月01日 | マーメイドメロディー ぴちぴちピッチ
■「episode20:渚のクリスマス」マーメイドメロディーぴちぴちピッチ aqua(なかよし2023年12月号)感想


なかよし 2023年12月号 [2023年11月2日発売]【電子書籍】[ なかよし編集部 ]

感想が遅れてしまったので簡潔に。
というか、何をどう書けばよいんだ今回の話。

何かの不安に突き動かされるかのように、黒砂くんはそれはそれは凄まじい勢いで、るきあさんに急接近。
るきあさんの自宅かつ親の目の前で、いちゃいちゃいちゃいちゃそれはもう凄まじい勢いです。
彼氏彼女どころか夫婦でも無理な所業。さすがは深海の王・パンタラッサの血筋(?)

そんな強靭な彼に惹かれて、ローラン様もご出陣。とりあえず唇を奪ってみました。何故にそんなことを。
そういえばローランもマーマンなので、性別未決定だったりするんだろうか(既に説明があった気もする)。
性別が変わるおサカナさんなので、その辺の感覚が緩いのかもしれない。

突然の意味不明の挙動にも黒砂くんは怯まず。
謎の紋章について知っていると聞き、ローランの城に赴くことにしました。
その紋章、さっきまでいちゃついていた彼女さんの家にいた生き物のほぼ全員がよく知っているのですが、そんなことは露にも思わず。

黒砂くん的には運命に向き合う悲壮ともいえる覚悟の行為で、謎を明かして愛しの彼女の元に帰るぞなのかもしれません。
身の回りにいるのが実は人魚ばっかりで、その紋章は尊敬する海斗くんを初めとして皆さまよくご存じだと知ったら、どんな顔をなさるんだろう…。

難しいことはさておいて、サンタコスプレしてるBBSのお二人に癒されました。完全なる接待業務。おサカナさんの苦労が偲ばれる。
あと成長した星羅のグッズを是非出して欲しいです。仏頂面が大変に可愛い。
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(第42話)ひろがるスカイ!プリキュア「迷いをこえて 未熟なヒーロー!」感想

2023年11月30日 | ひろがるスカイ!プリキュア
■(第42話)ひろがるスカイ!プリキュア「迷いをこえて 未熟なヒーロー!」感想

「ひろがるスカイ」の主役で、「スカイ」の名を持つプリキュアなのに、ソラさんは空を飛べない。
これまでにも大事な場面では「地上から空を見上げる」構図が度々でてきました。
ウィング初変身回、スカイランドでの巨大爆弾ランボーグ戦、シュプリームとの決戦等々。

今回も同様に、地上からスキアヘッドを見上げる。ただ今回は自分で昇って同じ目線で対峙できた。
割とあっさりと描かれていたけど、大きな一歩だったと思う。
思えば、ぬいぐるみ館での脱出等、「戦う」以外が先に立つときは届いているのかも。


(「ひろがるスカイ!プリキュア」第42話より)

ソラさんは悟った。そういえば敵のことをよく知らない。
つくづく今更な気はしますが、とにかく気づいたのは良いこと。
そこで「知らない」ことを潔く認め、スキアヘッドに対話を試みた。
未熟でも、それでよい。

…のだけど、ソラさんがやってきたのは無関心に近い態度なので、正直なところ今更感が強いです。
今までがもっと好戦的で、「悪は滅します!それがヒーローです!」といった感じだったならともかく。
「赤ちゃんを狙って襲ってくる敵」は無条件に絶対悪ですし、対話の必要性はいまいち感じない。事情があるなら、まずそっちから話せと。

それにソラさんはヒーロー手帳にまめに書き込み、経験したことを素直に吸収していく子です。
自分はヒーローだと己惚れてもおらず、「未熟」が口癖で自己肯定感は低め。
当初から学びに重点を置いたキャラクターですから、今回のエピソードで何かが大きく変わったようにも見えず。
今までも「あなた達の目的は何ですか!?」的なことは多分言ってたと思いますし。

プリキュアさんと「対話」がいまいち噛み合わないイメージもあるしで、ちょっと着地点がよく分からなくなってきました。
分からないから探求し続けよう、とかかしら。

ソラさんに発破をかけたのがツバサくんだったのも不思議です。
序盤に、ましろさんが「ふたりでやろう」と語りかけた重要なエピソードがありますから、「今度もふたりで…」→「今は自分で考えたい」→「自分で考えることも大事。それは見捨てるのとは違う」→「答えを探すソラさんの背中を押す」で、ソラさんだけでなく二人の関係性も先に進んだように思う。

少なくとも、「一人でエナジーの研究をした(しかもそのことを寂しがられた)」ツバサくんは、無用な混乱を招くだけな気がする。
しかも啖呵を切ったのに結局は足止めに失敗して、スキアヘッドとの対話が打ち切られてしまう。
公式様は何か恨みでもあるのかと思うほど、割に合わない動きをさせられてるような…。

それとも逆で、以前のツバサくんのエピソードと齟齬が出るので、ましろさんがやると引き合いに出されて彼が批判されかねない。
だからフォローのつもりで、ツバサくんがやることになったとか?

不可解といえば、シャララ隊長も謎です。先入観を捨てて素直に今回の話だけを見るなら、彼女は敵に通じている裏切り者にしか見えない。
キラキラエナジーの説明を聞いたときに見せた一瞬の動揺?や、スキアヘッドが何故かこちらの事情を知っていた等。
ただこれまでの話を見るに、そんなオチには見えない。去年もやっていますし。じゃあ何でわざわざ怪しげな行動をとらせたんだろう?

この種の疑問はわざと仕込んでいて、「考えるのが大事だ」とテーマに繋げているのかもしれませんが、42話の今になって急にやることでもないように思えて、どうにも消化不良な感じのする回でした。あと1回くらいはソラさんのメイン回的なものがあるんだろうか。
コメント (6)
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(第8話)キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23〜「ワタシノマチ」感想

2023年11月26日 | オトナプリキュア
■(第8話)キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23〜「ワタシノマチ」感想

花壇の手入れをしている描写が多いこまちさん。
カラーが緑で、キュア『ミント』ではあるものの、特にはお花属性はなかったと思う。そういうのは夏木さんが専門で。
この辺も、居場所に納得いっていない感を物語ってる気がする。


(「オトナプリキュア」第8話より)

トラウマ回として名高い「こまちちゃん人形」や、ダークミントとの戦闘で描かれたように、こまちさんは「割に合わない損な役回り」に悩んでいらっしゃった。
おそらくは姉の影響。家業を継ぐのかどうかはっきりしないまま、自由奔放に生きる姉のおかげで、こまちさんとしては「姉の予備」かのような想いがあったと推察されます。
戦闘においても防御担当。自身の攻撃手段は乏しいのに、身を挺して敵の攻撃の前に立たねばならない。

これらは必要なことであり、誰かを憎むことでもない。ただ、損な役回り。
ダークミントを抱きしめながら、彼女はおっしゃった。「あなたも救いたかった」。
物理的にダークミントの命を救いたかった他に、「損な役回りだと感じる自分自身の気持ちも大事にしたかった」のではなかろうか。

当時も解決はしたものの、こまちさんとしてはまだ燻るものがあったのかもしれない。
家業の手伝い。町の手伝い。
友人たちが夢を叶えて邁進する中、自分だけが手伝い手伝い手伝いで止まっている。それがなければ小説が進むわけではないにせよ、「何をやってるんだ私は」のモヤモヤが浮かんでも無理はない。

その解決として「私もまたこの町の登場人物だ」というのは、非常に納得がいく。
手伝いではない。当事者としての行動です。
当事者であれば「やらされている」「誰かの尻ぬぐい」の意識は薄れるし、もっと積極的に自分から改善に動くこともできる。

(本来であればSDGsもそういうことのはず。誰かに言われて、誰かのために負担を背負わされるのではなく、自分が楽をするためにやる)

小説についても同様で、人物や描写を他人事のように感じ、「書かされている」感覚だったのかもしれない。
書いている自分もまた主体的な当事者であり、自ら物語を動かす。そういう意識であれば、小説も進められそうに思えます。

かれんさんやナッツが登場すらしなかったのは、この悩みは自分で納得する必要があったからじゃないかな。
「こまちは花壇を頑張ってるじゃないか」と他者から言われても、「それは私がやりたいことではない」の想いは消えないと思う。
自分の居場所は、自分で納得するしかない。

派手さはないものの、15年前から一歩前に進んだ気がする。完全解決はしていない(そういう性質の悩みではない)ので、いずれまた同じ壁にぶつかるのかもしれませんが、主体的な登場人物としての意識を持つことができれば「誰かの手伝い」からは抜け出せると思う。

【その他1】
雪城さんの祖母が登場なされました。地理がどうなってるのか分かりませんが、サンクルミエールとベローネはそれなりに近いところにある…のかしら。

・雪城祖母は「あなた方の町」と語っており、現住所とは離れていると伺える
・こまちさんは車で訪問している
・雪城さんは電車通学(うろ覚え)だった

これらを踏まえると、サンクルミエールとベローネ間は、車で1時間以上は離れていてもおかしくない。
隣近所と言えるほどの距離ではなく、車を持たない中学生にとっては(特に直通の公共交通機関がないなら)意識の外の町でも変ではなさそう。
MH組とGoGo組が交わることなく活動していたとしても不自然ではないはず。

【その他2】
夢原さんが倒れた。

タイムフラワーには副作用的な何かがありそうですが、現状では皆目不明。

素直に考えるなら、過ぎ去った過去の力を使うのは「悪い」ことでその反動…といった感じかと思いますが、「プリキュア」でそれをやるのかは疑問。
EDでも「ファンタジーも守りたい」と歌われており、「プリキュアに頼るのは止めよう」的な展開はちょっと想像しづらい。

あと4話しかない(!)ので、あまり深読みせずに素直に待ちたい。
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(第41話)ひろがるスカイ!プリキュア「ましろと紋田の秋物語 」感想

2023年11月23日 | ひろがるスカイ!プリキュア
■(第41話)ひろがるスカイ!プリキュア「ましろと紋田の秋物語 」感想

ソラさんがコミカルに動くのは見てて楽しい。


(「ひろがるスカイ!プリキュア」第41話より)

主人公なのに、脇キャラの立場でわちゃくちゃやってる方が生き生きしている気がする。
あととても表情豊かなのに、バッタモンダーが出てくる回だと表面だけが動いていて内面が分からない不思議さがある。
バッタモンダーフィルターの影響だろうけど、もしかしたら彼の見立ては正しくて、ソラさんは何かがやっぱり欠落してるのかもしれない。

そのバッタモンダーは、現在はバイトで日々を食いつないでいるようで。
アンダーグ帝国でも落ちこぼれだったようです。何で落ちこぼれが重要任務(?)の最前線に抜擢されたのかは謎。

落ちこぼれだったとなると、以前の彼が嘯いていた「弱いのは悲しい」「脇役」云々は、我が事ととして自覚してるが故の言葉だったのか。

ましろさんとの落ち葉談義は、彼にとって救済と言えるほどには届かず。
実際ましろさんは色々と言い換えているだけで、落ち葉が木から切り捨てられたことは変わりません。
養分になるといったところで、強者に吸収されているわけで、落ち葉にとっては救いにはならない。

ただ、ここでのやり取りは、ヒープリの思想にかするものがあるように思う。

ヒープリでは生存競争による淘汰が扱われていました。
ビョーゲンズは悪ではない。しかし共存が不可能であるなら、自分たちが生き続けるために排除するしかない。

落ち葉と違い、ビョーゲンズは他の生き物の糧になったのではない。最初から切り捨てられることが定められていたのでもない。
大事な点がかなり異なるとは思いますが、「他者を犠牲にして前に進む」のは似通っているかなと。

まぁとはいえ「木」の側から「養分にして前に進む」と言われても、落ち葉が納得するとは思えない。
落ち葉側が「私の命にも価値はあったのだ」と自発的に誇りを持つならともかく。

また、それとは別の点でいうと、既存キャラの中ではゴープリのシャットに近いようにも思った。
シャットをもっと思いっきりマイナス方向に振った感じ。

シャットは至らぬ自分を認め、変わらぬまま置いていかれる現状に怒りをもって立ち上がり、大きく前に踏み出した。
バッタモンダーはそういうタイプではないようには思うのですが、何らかの活躍には期待したい。
嘘で取り繕っていた外面を守るために、怯えながらも虚勢を張って見せるとか。
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(第7話)キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23〜「ウレイノカジツ」感想

2023年11月19日 | オトナプリキュア
■(第7話)キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23〜「ウレイノカジツ」感想

各所に自然に織り込まれた、かつてのレモネ回のオマージュが心地よかった。
公園、台詞、その他もろもろ。若返った瞬間、以前の声音に戻るのも好き。

ラストのこのシーンも、どこかで見た覚えがある。
本放送当時、公式のキャラ紹介で「辛くても営業スマイルができる」と記載されてて、「スマイル」には色々と曰く付きの娘さんなれど、だからこそスマイルが印象に残ってる。


(「オトナプリキュア」第7話より)

春日野さんはプリ5の時代から女優志望。だけど事務所はなぜかアイドル売りを選択。
色々と思うところを抱えたまま、鳴かず飛ばずの売れない新人アイドル様をしていらっしゃった。

「友達がいない」に代表されるように、彼女は良くも悪くもストイックで、一人でのめり込む傾向がある。
お歌を通じて「私一人ではない」に気づきはしたものの、あの後やっぱり孤高の道を進まれたようで…。
夢を大切に思えば思うほど、夢から遠ざかってしまうジレンマ。

そんな行き詰まりを打開してくれたのは、かつて「無駄な寄り道」として切り捨てたお歌だった。
言及されていませんが、おそらくはデビュー曲のあのお歌は、今の彼女からすれば聴くのが辛い出来栄えだったと思う。
久々に歌ったお唄も、シロップは絶賛したものの客観的な技量としては素人に毛が生えたレベルだったんじゃなかろうか。
だって練習してないんだから。

でもそんなこととは関係なく、お唄は胸に響いてくる。
ローズガーデンでシロップが心の支えにしたのも、美しい花を咲かせたのも、今回の配信で誰かの胸を打ったのも事実で、技量等とは別の何かがある。
これを「才能」と呼んでしまうのは、努力の人である春日野さんに失礼な気がする。もう「はじける」何かとしか言いようがない何かなんだろうと思う。

「プリキュア」が子供時代の象徴なように、「お歌」もまた春日野さんにとってはそうだったのかもしれない。
無邪気に憧れていた何か。おそらくは実社会では通じないのだろうけど、それでも大好きで人に勇気を与えてくれる何か。

アンチコメントのようにそれが通じない人もいるのだけど、春日野さん自身はそれに悩んだりはしていないんですよね。
「鏡の国」で闇レモネに毅然として言い放った、あの強いレモネを見るようだ。「私、もう行きますね。ドリームが呼んでいるので」。
夢に向かう私には、無理解な異質な人々にかかずらっている暇はない。
闇雲に全てを切り捨てるのでもなく、かといって何でもかんでも抱え込むのでもない、前向きな求道の精神。

次回予告で「シロップが来る」と流れた時には、「デートして恋愛感情に気づいて演技が変わる…とかのよくある展開はレモネっぽくないなぁ」と思っていたのですが、完全に杞憂でした。
しかもまさか新曲まで繰り出されるとは。子供時代のあの楽しかった戯れは、今の自分を救うと共に、新しい命を生み出した。

現実社会に置き換えてもとてもよく分かる。仕事に行き詰ったそんな時、何の意味があるかはさておいて、子供の頃に好きだった何かを楽しむ。力を与えてくれるし、不思議と問題が解決したりする。

「夢に向かう時、人は一人。でも同じように夢に向かう誰かがいれば、たとえ離れていても力になる」。本編のレモネ回でも顕著だったプリ5のこのテーマが、今回の話でもとても活きていた。彼女の配信を聴いた人たちは、直接会ったわけではない。シロップのローズガーデンでの出来事も、直接歌ったのではない。逆も然りで、春日野さんは自分にイイネした人に会ってはいない。それでも確かに力になった。
そしてシロップがそうだったように、春日野さんの知らないところで誰かに思わぬ影響を与え、10年後20年後に彼女の元に帰ってくるのかもしれない。ある意味「種を蒔いた」とも言えるのかも。だから「花が育つ」にかかったのか。

以前のレモネ回を継承し、新しい時代を進む素晴らしい回だった。これがあと5話で終わってしまうのか…。
次回のこまちさんは、サブタイトルから予想するに「この街を守る」がモチベーションで変身なさるんだろうか。
「町内のお手伝い。私には何もない」は、以前の「損な役回り」にも通じる。「仲間を守る」が「街を守る」に拡張される流れだとしたら、これまた綺麗な展開すぎる。

【霧生さん】
何気に皆勤賞。ついにご本人様が登場された。

春日野さんは霧生さん達を知らないっぽい。DX2等で出会っていても不思議はないのだけど、やっぱりこの子らは積極的な交流はしていないらしい。
逆に霧生さんは春日野さんを知ってるんだろうか。

・「女優うらら」は知っているが、キュアレモネードとは知らない
・「女優うらら」は知らないが、キュアレモネードだとは知っている
・どちらも知っている
・全く知らない

真相如何によっては、またレモネが「私ってオーラもないのか」と落ち込みかねない。
何せ街中にCDの販促ポスターが張られていたのに、後に友人のお店の宣伝をした際には誰も相手にしてくれない有様だったものな…。
「春日野うららは何故かオーラが希薄」という謎の裏設定が出来上がってしまってる。
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(第40話)ひろがるスカイ!プリキュア「なかよち♡ エルちゃんけっこんしき☆」感想

2023年11月16日 | ひろがるスカイ!プリキュア
■(第40話)ひろがるスカイ!プリキュア「なかよち♡ エルちゃんけっこんしき☆」感想

率直に感想を述べるなら、今作の男子プリキュアの問題点が如実に表れた回だと思った。

前提として今回の「結婚」は恋愛の情ではなく、「一緒にいたい」という寂しさから出てきたものです。だから「みんな仲良し、みんな一緒」というラストになる。

…のですけれど、ツバサくんが男子なせいでまるで男女の恋愛かのように誤認しかねず、「1歳児相手に…?」と無意味に株を下げてしまっている。
いっそ本気で恋愛ネタをしたかったのであればまだしも、これでは丸損です。

ツバサくんは「男子であることが活かされていない」「男子であることのデメリットは存在している」ので、かなり辛い立ち位置になってしまってる。

「男子であることが活かされていない」については「男女の違いはない、というのが番組コンセプトだ。男子に意味を見出そうとすること自体がおかしい」との反論もあるかと思いますが、残念ながら見当違いだと思う。

第一に、男女に違いはある。
「男子なのにプリキュアになるの!?」や「男は仕事、女は家事」のような『違い』はない。そんな話をしているのではなく、「他人同士の男女は一緒にお風呂に入らないよね」といった話です。物語的には、自然と別行動をとらせることができるなど、変化をつけるのに役立ちます。

デパプリのブラぺが正にそれで、和実さん達と別れて行動したり、「プリキュア」とは異なる「クックファイター」の系譜なのも違和感がない(デパプリはルーツがテーマなので、プリキュア以外の縦軸がいる)。
もしも彼が女子だったら「どうして一緒にいないの?仲が悪いの?」とか「どうしてプリキュアじゃないの?可哀そう」になりかねません。だから男子であることに意味がある。

もう一つはデメリットの存在です。
メリットはないのに「男子であることのデメリット」はあるなら、それはただ単にマイナスです。
最初に書いたように、彼が男子なせいで恋愛ネタかのような誤解が発生しています。

但しこれらは「だから男子は絶対にダメ」といったことではなく、今作での扱いの問題だと思う。

エルちゃんはよそのお家の女児なわけで、無関係の異性であるツバサくんは(はぐたんとハリーのような特殊な関係とは違い)養育にかなりの制限がかかります。
現実での男性保育士の問題等、かなり厄介なことがよぎってしまう。保育士志望のあげはさんがいるので猶更。

しかもマジェスティに成長しますから、常識的な判断をするなら、ツバサくんはエルちゃんの身の回りの世話から外れるはず。
つまり「エルちゃんと距離を置いて勉学に励む」あの行動そのものは、かなり自然でおかしくありません。

したがってラストが「僕は少し距離を置くけれど、嫌いになったのではない」の形で着地していれば、問題の大部分は解決していました。

(1) 「ずっと一緒にいること」だけが愛情ではない。これは「保育園に預けて働く父母」「下の子が生まれて、上の子との触れ合いが減った」など、現役視聴者にも刺さるテーマ。実際にましろさんの父母等は離れて暮らしていますから、全体の構成としても自然です。

(2) 「娘との入浴をやめる父」などに通じる。嫌いになったのでも、疚しい感情があるのでもないけど、それでも避ける。これも小学校入学前後の女児に当てはまる身近な話題。男児にとっても「そういうものなんだ」と知るのは大事。母との入浴や、温泉での別行動など関連する機会は色々とある。

女子プリキュアでも(1)は表現できますが、(2)は男子ならではです。
(1)の側面もあるので、わざわざ大袈裟に「男子だから離れます」と言わせる必要もない。(2)は自然と読み取れます。

こういう「男子であることを活かす」展開にもできたのに、「男子であることを目立たせない」方針で避けた結果、「1歳児相手にマジになるおかしな人」というデメリットを抱え込んでしまった。
男子プリキュアだから全部ダメなのではなく、公式側の取り扱いの失敗に思えます。

(「これがベストのシナリオだ!そうじゃなかったからダメだ!」と言いたいのではない。「男子であることを活かす」をイメージしやすいように、容易に可能な具体例を出したいだけ)

更に付け加えると、先日かなり唐突に降ってわいてきた「賢者」のことを考えても「勉学に励む」の方が一貫性があります。
(故に「男子だから世話をできない」とわさわざ性差に言及しなくても成り立つ)

今回はまたナイトに戻ってきてしまい、「賢者」と「ナイト」は理屈としては両立はするものの、フラフラと行き当たりばったりに見えてしまう。
「男子であること」を活かせないどころか、「男子であること」を描写するのを避けたせいで物語的にも不自然になったのだとしたら、もう「失敗」としか言えないように思う。

公式インタビューを見ていると、男子であることの抵抗を減らすために、「毒抜き」に腐心したようです。
「男児に人気が出るように」ではなく「女児から嫌われないこと」を重視していたらしい。
それが裏目に出たのか、「男子」はかなり特徴的な性質で活かそうと思えば大いに活かせたはずなのに、残念な結果になってしまったように見えてならない。

【蛇足1】
なお仮に「恋愛ネタを意識してやった」のであれば、事態はもっと悪い。
最後の「みんな一緒」の位置付けが、「1歳児相手に…?」を誤魔化すためになってしまう。

誤魔化さないとまずいと承知のネタを、男子だからついやってしまったとなると、設定の失敗どころではなくなると思う。

【蛇足2】
「女子であること」の意味は明確です。
「女の子だって暴れたい」のキャッチコピーの通り、「女の子は手がかからなくて大人しい」の偏見へのカウンターが核となって始まった番組だからです。
プリキュアに変身して戦っている(大人しいとの偏見を破って暴れている)時点で、「女子であること」に意味が出ている。

このキャッチコピーとセットになるのは「男の子だって大人しくしていたい」ですから、「戦わないプリキュア」「戦闘力は低いが、別のことで解決するプリキュア」であれば男子の意味があるとも言えるのですが、ツバサくんはこの面でもブレてしまっている。
(ちなみに例の舞台の方は、この点はちゃんとクリアしていて、男子であることに意味を持たせられている)
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(第6話)キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23〜「ホノオノユラギ」感想

2023年11月11日 | オトナプリキュア
■(第6話)キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23〜「ホノオノユラギ」感想

SSの始まりの地。DXで黒白先輩が戦った場所。Fではシュプリームとプリキュアの再会の舞台。
そんな由緒ある場所に、かれんさんと夏木さんも。


(「オトナプリキュア」第6話より)

「大空の樹を切る」という不穏なワードも飛び出しましたが、個人的にはあんまり衝撃はなかった。
「たとえ滅びたとしても、全ての物に命は宿る」のSSの思想的には、切り倒してもどこかで芽吹きそうですし、あの町の人々が「はい、切られました」となるとも思えず。会社的にも、地域住民の信仰の対象になっている大木を切って呪い的な噂が立つよりも、パワースポットとしてアピールした方が売りは良さそうなので。

【夏木さん】
念願かなってデザイン部に配属されたものの、ここ最近はコンペでの成績が振るわず。
営業部への転向を進められたりと、夏木さんはかなりの崖っぷち。

もともと彼女がアクセサリに目覚めたのは「ビーズメーカーの販促要員」という身も蓋もない理由だっただけに、営業の方が向いてるんじゃなかろうか?とは思うのですけど。向いてるかどうかと、本人のやりたいことは必ずしも一致はしないのが難しいところ。

ラストチャンスにも等しいコンペに臨んでは見たものの、やはり結果は芳しくなく。
「フェアトレード」「みんながハッピー」「見過ごさない」等々、綺麗な言葉は並べたものの全く響かず。

実際これらの言葉は完全に正しく、誰も否定はしない。でもモチベーションには繋がりません。
後の夏木さんの行動が見事にそれを物語ってる。

シャドウから目を背けた夏木さんが気にしたのは、「街に被害が出たかも」ではなく、「のぞみに顔向けできない」でした。
身勝手といえばそうですが、顔も名前も定かではなどこかの誰かへの想いより、長年の親友を想うのは人として当然です。

彼女が再変身の際に発した「私がやるしかない」は、かつてかれんさんが変身に失敗した時の言葉に酷似している。
あの時は失敗した。今は成功した。

子供時代は何でもできる、全部やれると思っていた。その無謀な責任感からの「私がやるしかない」はやっぱりネガティブだろうと思う。
今回のは違う。何でもはできない。むしろできないことばかりだった。それでもこれだけは、自分しか頼れる者がいない友にだけはせめて応えたい。故の「私がやるしかない」。

例えるなら、仕事でボロボロ、趣味も上手く行かずで疲弊しきっていても、幼子の前でだけは懸命に奮い立つようなものというか。
行き過ぎると呪縛ですが、最後の矜持としてそこだけは崩したくない一線は、やっぱり大事だと思う。

そしてこれも、夏木さんがコンペで語った「みんながハッピー」の薄っぺらさに繋がる。
結局のところ実社会としては「みんな」と漠然と言われても響かない。大事なのは目の前の特定の誰か。

SDGsの(表面的な)思想に疑義を唱える展開だったのは、なかなか小気味よかったです。
もちろん、フェアトレード等は大事なのは大前提なのですが、綺麗な言葉だけでは実態が伴っていかない。
そういえばプリキュアさんは本来、世界平和のために戦うのではなく、目の前の困っている人やチョコのために戦う存在だったものな。

【夢原さんと時の花】
ココはそれなりにこっちの世界に来ていたようです。
そして夢原さんを遠くから覗いて、帰って行った。

これに関しては色々と難しい。
感情的には「ココ、しっかりしろ!変な遠慮して待たせるな!」なのですが、ココが国王になるのは初めから分かっていたこと。
夢原さんの教師の夢はその後ですから、ココの立場としては待つしかない。
というかココの視点で見るなら、夢原さんが教職に進んだ時点で「振られた」と解釈してもおかしくはない。

おそらくはクレープ王女のような縁談話もあったでしょうし、それらを断ってもいたんじゃなかろうか。
夢原さんはそこら辺のこと、どう考えていたんだろう?夢見る乙女的には受け身で待っていたのかしら。

まぁ男性から告白やプロポーズをして責任を取れ…は明らかに差別としても、ココの方が先に大人になったわけですから、彼の方から何か動くべきだったんじゃないかとは思うのですが、この辺は第三者がどうこういう話ではなくなってきてる気もする。

また、タイムフラワーは不吉だと念押しされました。
すぐに思いつくところとしては「子供時代のプリキュアに頼るのは現実逃避だ」など。ですが、これまでの描写を見る限りでは「逃避」のようには感じません。
明らかに現実を前に進める原動力になっている。

これが「コンペに向かう途中でシャドウを発見。コンペに行くのが怖かったので、シャドウを口実にしてプリキュアになって戦い、コンペを欠席した」などであればまずいでしょうけど、実際には逆です。何より「プリキュアを悪としては描かないだろう」という最後の一線的な信頼もある。
既に半分が終わってしまいましたが、どういう決着をつけるんだろう?
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(第39話)ひろがるスカイ!プリキュア「大魔女ヨヨとハロウィンパーティー!」感想

2023年11月11日 | ひろがるスカイ!プリキュア
■(第39話)ひろがるスカイ!プリキュア「大魔女ヨヨとハロウィンパーティー!」感想

ソラさんが子供向けイベントを楽しんでいらっしゃる。


(「ひろがるスカイ!プリキュア」第39話より)

いつもと違う自分になりきって、いつもなら制限されること(お菓子要求)をしながら楽しく遊ぶ。
ハロウィンのこのギミックは、「女の子だって暴れたい」のプリキュアのなりきり遊びをするのに通じるものがあります。

そしてそんな子供のキラキラした楽しみを守るのがプリキュア。
キュアパンプキンが「キュア」を名乗り、それっぽい変身シーンを披露しようとも、考える余地すらなく「プリキュアではない」と断じられるのも当然です。

「プリキュアとは何か」の最上位概念は、おそらくはこの「子供の憧れであると同時に、子供の憧れを守るもの」なんだろうと思います。
これを分解していくと「変身願望」や「玩具」や「繋ぐ」にも派生していく(「憧れ」なのだから、それへの「変身願望」を抱く、といった具合に)。

今回特に印象に残ったのは、ソラさん自身もハロウィンを楽しみにしていたこと。
子供の憧れを守るだけじゃない。自分もまた童心に返り、楽しむ。

子供のために企画したイベントで、親も全力で楽しむのはよくある光景。大人だって変身願望は持っている。
大人と子供は全く違う異生物ではなく、大人の中には子供だったかつての自分がいる。

ソラさんは幼少時の思い出が希薄な方で、いわば「プリキュア(子供時代のキラキラ)を知らないプリキュア」です。
「F」の序盤パートと同様に、無邪気に自身も楽しんでヒーローが何を守っていたのかを知るのはとても良い変化だと思う。
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