(3)貿易戦争と日本
この貿易戦争は、一つ間違えれば、米中戦争に発展しかねない危険性をはらんでいる。しかし、米中とも一歩も引くつもりはない。【時代の転形期】の終焉をどのような形で迎えるかは予断を許さない。
トランプ大統領が口火を切った米中貿易戦争は、大方の予想では、簡単には終息しない。そして、トランプ大統領の目的の一つに覇権従属国のふるい落としがあると考えられる。
当然、同盟と言う名の従属国の筆頭である日本もそのターゲットになる。それが先日行われた日米会談で如実に出てきている。安倍首相は、これから本格的交渉に入るなどと、トランプ大統領に押しまくられ、かなりの譲歩を強いられている。トランプは、「晋三は脅しに弱い」と嘯いているようなので、相当譲歩をしたのだろう。
少し、日米共同宣言の内容を見てみよう。
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★「日米共同声明」9月26日、日米首脳会談
1.2018年9月26日のニューヨークにおける日米首脳会談の機会に、我々、安倍晋三内閣総理大臣とドナルド・J・トランプ大統領は、両国経済が合わせて世界のGDPの約3割を占めることを認識しつつ、日米間の強力かつ安定的で互恵的な貿易・経済関係の重要性を確認した。大統領は、相互的な貿易の重要性、また、日本や他の国々との貿易赤字を削減することの重要性を強調した。総理大臣は、自由で公正なルールに基づく貿易の重要性を強調した。
2.この背景のもと、我々は、更なる具体的手段をとることも含め、日米間の貿易・投資を更に拡大すること、また、世界経済の自由で公正かつ開かれた発展を実現することへの決意を再確認した。
3.日米両国は、所要の国内調整を経た後に、日米物品貿易協定(TAG)について、また、他の重要な分野(サービスを含む)で早期に結果を生じ得るものについても、交渉を開始する。
4.日米両国はまた、上記の協定の議論の完了の後に、他の貿易・投資の事項についても交渉を行うこととする。
5.上記協定は、双方の利益となることを目指すものであり、交渉を行うに当たっては、日米両国は以下の他方の政府の立場を尊重する。
-日本としては農林水産品について、過去の経済連携協定で約束した市場アクセスの譲許内容が最大限であること。
-米国としては自動車について、市場アクセスの交渉結果が米国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものであること。
6.日米両国は、第三国の非市場志向型の政策や慣行から日米両国の企業と労働者をより良く守るための協力を強化する。したがって我々は、WTO改革、電子商取引の議論を促進するとともに、知的財産の収奪、強制的技術移転、貿易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出される歪曲化及び過剰生産を含む不公正な貿易慣行に対処するため、日米、また日米欧三極の協力を通じて、緊密に作業していく。
7.日米両国は上記について信頼関係に基づき議論を行うこととし、その協議が行われている間、本共同声明の精神に反する行動を取らない。また、他の関税関連問題の早期解決に努める。
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ポイントは【6】にある。
●知的財産の収奪、強制的技術移転、貿易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出される歪曲化及び過剰生産を含む不公正な貿易慣行に対処するため、日米、また日米欧三極の協力を通じて、緊密に作業していく。
この国がどこか。誰がどう読んでも、中国を指していることは明らか。では、この「不公正な貿易慣行に対処するため、日米、日米欧三極の協力を通じて緊密に作業していく」とは何を意味するのか。
このヒントは、新NAFTA(USMCA)協定にある。
・・・・・・・・・第32条 例外と一般規定・・・・・・
第32.10条 非市場国とのFTA
1.USMCA締約国の一ヶ国が非市場国とのFTAを交渉する場合、交渉開始の3ヶ月前に、他の締約国に通知しなければならない。非市場国とは、本協定の署名日前に締約国が決定した国である。
2.非市場国とFTA交渉を行おうとする締約国は、他の締約国から請求があれば、可能な限りの情報を提供すること。
3.締約国は、他の締約国がFTA協定と潜在的な影響を調査するため。署名日の30日前に他の締約国がFTA協定の条文、附属書、サイドレターなど見直す機会を与えること。締約国が機密扱いを要求する場合、他国は機密保持を行うこと。
4.締約国が非市場国とFTAを締結する場合、他国は6ヶ月前の通知により、本協定(USMCA)を終了し、残りの二国間協定とする。
5.二国間協定は、上記締約国との規定を除き、本協定(USMCA)の構成を維持。
6.6ヶ月の通知期間を利用して、二国間協定を見直し、協定の修正が必要か決定する。
7.二国間協定は、それぞれの法的手続を完了したと通知してから60日後に発効する。
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この非市場国とはどこか。 ロス商務長官はこの非市場国が中国であることを当然の前提としている。
つまり、中国との貿易交渉を行う場合、あらかじめ他の二国に通知し、交渉に関する情報を提供しなさい。中国との貿易協定を結んだ国は、USMCAから離脱される。
つまり、カナダ・メキシコは、勝手に中国と貿易協定を結べない条約になっている。これは国家の主権を制限する条項であり、カナダ・メキシコはいわば【毒薬=ポイズン】を飲んだのと同じ。その為、この種の条項を【毒薬条項】と呼ぶ。
日米共同声明を読めば、この新NAFTA条約=USMCAと同じ【毒薬条項】を飲まされる危険性はきわめて高い。そうなれば、日本は中国との貿易大きく制限される。
日米FTAは、日本に対して「お前は米国か中国のどちらを選択するのか」という究極の二者択一を迫るものである。この選択は日本にとってきわめて厳しい。
中国は巨大な経済力を持つ大国。このまま行けば、そう遠くない将来、GDPでも米国を抜いて世界一になるのは確実だろう。安倍政権以降の関係の冷え込みの中でも、中国との貿易高は米国を上回る。現在でも中国抜きに日本経済の成長など考えられない。
さらに言えば、中国は13億とも15億ともいわれる人口を持つ。しかも、広大な領土も所有している。そのポテンシヤルの大きさは米国の比ではない。米国を選択して中国と関係を断てば、日本は間違いなく没落するだろう。ネトウヨでない日本人ならこの損得勘定は誰にでもできる。
田中宇は、以下のように分析する。
・・・「トランプは、このような同盟諸国のお得な状況を破壊している。トランプは、自由貿易体制が米国に不利益を招いていると言って、同盟諸国が無関税で米国に輸出したり、同盟諸国が中国と自由貿易協定を結ぶことに反対している。」となる。・・・・田中宇の国際ニュース解説」の「中国でなく同盟諸国を痛める米中新冷戦」(2018年10月16日)
さらに彼はこう述べる。
・・・「改定後のUSMCAは、改定前のNAFTAに比べて「米国主導」の色彩が強い。米国が北米の地域覇権国であり、中国が東アジアの地域覇権国であるという、きたるべき多極型の世界体制を先取りしているのがUSMCAだ。USMCAの東アジア版が、中国主導の貿易協定であるRCEPだ。カナダやメキシコに対する米国の支配強化が許されるのなら、東南アジアや朝鮮半島に対する中国の支配強化も許される。それがきたるべき多極型世界のおきてだ。 」・・同上
さらに田中はこう述べる。
・・・「加えて今後、米国から同盟諸国への安全保障の「値上がり」も続く。日本は米国から「在日米軍に駐留し続けてほしければ、貿易で譲歩しろ」と言われ続ける。日本の官僚独裁機構(とくに外務省など)は、対米従属(「お上」との関係を担当する権限)を使って国内権力を維持し続けているので、米国からの安保値上げ要求を無限に飲んでいきそうだ。」・・同上
田中の分析は、安倍政権のトランプ政権(米国)に対する「従属外交」=「属国外交」=「ポチ外交」の本質を見事に分析している。
(4)日本に手はないのか。
トランプ政権の中国政策は、10月4日のペンス副大統領が中国をあらゆる部門で猛烈に非難する演説を行ったところから、明らかに新たな段階に入った。いわゆる「新冷戦」の始まりである。
米国の方針は、日欧英とも二国間貿易協定(FTA)を開始。これらの交渉を通じて、日欧英が中国との貿易協定を結べないようにする【毒薬条項】を入れるように要求する予定。
一言で言えば、「米国と同盟関係を続けたいのなら、中国と貿易するのは止めろ。中国と貿易したいのなら、米国との同盟関係を止めろ」と言っているのである。
トランプは米国の各研究所や大学から中国人研究者を追い出せとまで言っているように、反中国路線(新冷戦)は広範な範囲に及んでいる。
この対中冷戦路線は、米支配層(特に軍産複合体)に潜在的に存在する反中路線とも呼応しており、簡単には終わりそうにない。11月4日から始まるイラン制裁強化と相まって中・ロ・イランVSアメリカの冷戦構造が出来上がりつつある。
この大きな流れの中で起きたのが、サウジアラビアのカショギ暗殺事件であり、イラン原油の輸入を8ケ国には認めるという決定である。
田中にいわせれば、この決定はこうなる。
・・・「世界は、対米従属を強めるどころか、逆に「石油高騰が耐えられず、トランプは本気でイラン制裁できないな」と思っている。今後トランプが再びイランを本気で制裁しても、露中EUは非ドル化された決済機構で迂回し、制裁が効果を発揮できない。トランプが押したり引いたりを繰り返すほど、BRICSやEUは迂回する術を身につける。その術は「不正行為」でなく逆に、国際法違反のイラン制裁をはねのける「正当防衛」だ。トランプは、米国覇権を失墜させている。」・・・(土壇場でイラン制裁の大半を免除したトランプ)
https://tanakanews.com/
★日本も手をこまねいているわけではない。
10月25日安倍首相は中国を訪問した。米国との対峙をやむなくさせられている中国側は、手のひら返しで安倍首相を歓待した。「豚もおだてりゃ木に登る」。この種のおだてに弱い安倍晋三は、満面笑顔で大喜びしていた。
実は、トランプ大統領のアメリカファースト政策により始まった対中貿易戦争は、日本も対岸の火事ではない。特に自動車業界にとっては死活問題と言っても過言ではない。
もし、自動車関税が20%になったら、トヨタなど自動車業界にとってきわめて重大な影響を齎す。もし、トランプ大統領のいうように、さらに生産拠点をアメリカに移したら日本の雇用にとって大問題になる。最近、トヨタがソフトバンクと業務提携を結ぼうとしているのは、電気自動車問題だけでなく、このような経済情勢の大変化が前提になっている。
今回の中国訪問は、このような経済界の危機感を背景にして行われた。日本は中国敵視より、中国協調、日中貿易強化の方向に舵を切った事を意味する。7年ぶりに中国を訪問した安倍は、尖閣諸島・東シナ海問題を事実上棚上げした。そして、東シナ海ガス田の共同開発についての日中交渉を再開することで中国側と合意した。
この政策変更は、きわめて重要で、米中貿易戦争に与せず、日中貿易優先に舵を切ったことになる。
実は、今回の安倍訪中。総勢500人にも及ぶ随行団が一緒に訪中している。彼らの大半は、経済人。安倍政権が主体的に舵を切ったというより、大企業主体の日本経済界が、中国なくしては生きていけないという意思表明。中国の「一帯一路政策」「製造2025」などの諸政策に日本も積極的にコミットします、という経済界の意思表示である。
この政策変更には、官邸内部の外交の主導権争いが背後にある。中国重視政策に舵を切ったのは、経済産業省主導の外交方針。
外務省は伝統的に米国隷属方針。米国産軍複合体の意向を配慮するのが外務省の伝統的立場。この方向性から言えば、今回の安倍訪中はきわめて問題が多い。
おそらく、官邸内部で外務省と経産省との主導権争いが熾烈を極めているはず。それが図らずも露呈したのが、「これからの日中関係の道しるべとなる3つの原則を確認した」――。と安倍首相が日中会談の成果をどや顔で強調した事に対し、外務省がやっきになって火消しに走っている点である。
ちなみにこの三原則とは以下の方針を指す。
(1) 競争から協調へ
(2) 互いに脅威にならない
(3) 自由で公正な貿易体制の発展
しかし、外務省は、「一連の会談で「三原則」との言葉でこれらの方針に言及したことはない」と否定している。翌27日にも「三原則」という言葉を否定している。
まあ、これは功を強調したい安倍首相の勇み足だろうが、外務省はとにかく今回の日中会談の成果をできるだけ小さいものにしたいという意図が滲み出ている。
●一つはトランプ政権(米政権)との関係の悪化を避けたい⇒中国との貿易戦争はトランプ政権にとっても生きるか死ぬかのぎりぎりの戦い。その敵と嬉しそうに握手をしている安倍晋三をトランプがどう思うか。彼の怒りに火をつければ、自動車関税20%の悪夢が現実になる。日本経済の落ち込みが現実になる。現にワシントンポストは「トランプ氏の盟友、日本の首相が中国首脳にすり寄ろうとしている」と報じている。
●中国の習近平首相の顔が象徴しているが、日中関係の悪化の大きな要因は、安倍首相の対中包囲網外交。オバマ政権晩期ごろからの米戦略に積極的に加担してきたのが安倍政権。これがうまくいかないと中国に縋りつく。中国も対米貿易戦争がなければ、積極的に仲良くする相手ではない。こういう複雑な思いが習近平のぶつ仏頂面に現れていた。この事は外務省も良く分かっている。
しかし、中国は自由貿易拡大に旺盛な意欲を示している。トランプ大統領が「アメリカファースト」を言い募り、保護貿易的自国有利な関税障壁を設けることも厭わない姿勢を見せれば見せるほど、中国は、「自由貿易」の旗手としての立場を鮮明にしている。習近平主席は、今後15年で物品とサービスで約4,500兆円超輸入するに見通しだと表明している。日本企業は、このビッグビジネスチャンスを指をくわえて見逃すわけにはいかない。
しかし、現実的には安倍政権の米政府に対する隷属ぶりから判断すると、指を咥えて見逃す可能性が高い。当然、経団連や経済団体は、安倍政権に働きかけ、中国との交渉に消極的な安倍政権の尻を叩いたと考えられる。
その際の窓口が経済産業省。米国隷従が省是の外務省は当然良い気持ちはしない。これが、「三原則」の話があった、なかった、論争につながった、と考えられる。
★【米中間選挙】後の米中貿易戦争と対日TPA交渉の行方
米中間選挙の結果は、上院が共和党が過半数を制し、下院が民主党が過半数を制し、両者痛み分けの結果になった。トランプ大統領にとっては、まずまずの結果だと考えられる。(自らの再選戦略から見た選挙結果という視点)
【客観的影響】
①内政面⇒トランプ流政策(壁の建設とかオバマ・ケアーの形骸化など)の実現は難しくなる。
②内政面⇒トランプ氏のスキャンダル追及が厳しくなる。⇒ロシア疑惑、スキャンダルもみ消し疑惑等々。⇒常に大統領弾劾のリスクが付きまとう
③外交面⇒大統領再選戦略からすれば、外交でのポイント稼ぎが重要⇒北朝鮮との関係での進展が見られる可能性がある。⇒朝鮮戦争終戦宣言⇒在韓米軍撤退の可能性
④外交面⇒中国との貿易戦争は継続(軍産複合体との利害関係一致。民主党にも対中強硬派が少なからず存在(軍産複合体の影響を受けた議員が多数存在)。⇒そのため、米中貿易戦争は継続する。
⑤外交面⇒対イラン経済制裁強化⇒強硬にやれば、米国の影響力がかなり削がれる⇒中国・ロシア・EU・インドなどは従わない⇒石油のドル決済(ペトロダラー)がますます減少⇒米国の覇権の力が減退。⇒覇権国家としての中東の仲介者の役割がなくなる⇒中東の覇権がロシアに移る
⑥外交面⇒ロシアとの確執の増大⇒INFの離脱の影響は甚大⇒例えば、北朝鮮やイランに対して核開発禁止を強要し、経済制裁を行う倫理的道徳的根拠が喪失⇒米国のダブルスタンダードが明らかになる⇒※全てが米国の都合という覇権国家のタイラント(暴君)ぶりが世界中に明白になり、米国の信頼感喪失につながる。
その他、挙げればきりがないが、米国と言う国家が完全な曲がり角にある事が明白になっている。私流に言うと、覇権国家が覇権から降りようとしているための【悪あがき】が世界中に影響を及ぼす時代に突入したのである。
これからの世界は、まさに【転形期】のカオスに突入したといって過言ではない。(完)
「護憲+BBS」「安全・外交政策を考える」より
流水