日々・from an architect

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素描 建築の人(2) 金澤良春という建築家 Ⅱ

2006-06-18 10:59:00 | 素描 建築の人

金澤さんは法政大学で大江宏先生に学び1972年に卒業後、坂倉建築研究所大阪事務所に入所、そこで運命的に建築家西澤文隆さんに出会う。金澤さんによると、休日になると社寺や桂離宮、修学院離宮などの建築と庭の実測に西澤さんのお供をし、仕事が終わった後深夜まで西澤さんと共に図面化する日々を過ごしたという。

西澤さんは1967年52歳のときに実測を開始し、坂倉準三が亡くなった1969年坂倉建築研究所の代表に就任したものの、翌年には過労で倒れ三年後復帰すると同時に桂や修学院、それに新たに京都御所などの実測を再開、それが命をかけた仕事(仕事としかいいようがない)になるのだ。自分自身の建築のあり方を探るためにはじめた実測が、ライフワークになっていく。ライフワークと言えるのは命を懸けたもの、そうしたものなのだろうか。とても厳しい。

僕は大阪にいる坂倉のOB好川さんから西澤さんの実測図カレンダーを送ってもらっていたので、鉛筆のやわらかいタッチや、実測図自体が作品になっている様子はよく知っていた。何より展覧会で原図も見たし、西澤さんの著作も読みこなしたとはいえないものの、その本自体が作品のような気がして手元に置き、時折めくっては収録されている実測図に見入ったりした。しかし実はコートハウスなどの作品に眼が向いていたのだけど。

しかし金澤さんの話を聞いていて、西澤さんは建築を創るために実測を始めたことに思い当たり、文字通り建築に命を懸けたのだと実感する。金澤さんは幸か不幸か、それは幸には違いないのだがそれを引き継いだ。引き継がざるを得なかったのが人との出会いなのかもしれない。

西澤さんは自分の気に入らない坪庭は実測図面に描き入れない。そこが白い空白になっているのだ。僕も建築家とはそうしたものだと共感したのだが、金澤さんは更に西澤さんの描く建築や庭の断面図の背後に描きこまれた樹林、修景や建築が、カメラで撮るようなパースペクティブ、つまり小さく書かれていることにそれでいいのかと考え込んだ。

建築家は意識しようとしまいとランドスケープの中で建築を創っている。だから西澤さんは人の眼に見えるように描く。西澤さん自身それでいいのかと迷っていたそうだが、いかにも建築家らしいと共感しながらも、本来実測図のあり方はそうではないのではないかと金澤さんは考える。
設計図と同じ書き方、つまり同縮尺で背景を描くことに彼はトライしてみて、やはりそうあるべきだと思ったのだが、西澤さんが何故こういう仕事に命を懸けたかを次第に金澤自身のものにもしていったのだ。
建築がランドスケープの中でしか存在しないことを、大昔の先達が知っていたことに西澤さんが震撼とし、そして彼も引きずり込まれた。

更に西澤さんが早世したためにやりたくてできなかったこと、村落全体を平面と断面で鉛筆による図面で捉える、つまり実測し、居住者や地域の人々と会話し、図面化に彼はトライし始めた。
見せてもらったのは、山梨県の山に囲まれた小菅村の実測図。空から見たような平面も面白いがなにより断面図が凄い。図面を見ていると村の歴史までが感じ取れるのだ。
僕は今母校の大学院で聴講しながら文化人類学に取り組み、風水研究にトライしているが、小菅村における風水の有様も垣間見えてくる。

宮脇壇さんや原広司さんの行ったデザインサーベイは、街道沿いの建築が主体だが、金澤さんはそれでは環境つまりランドスケープが捉えられないと思う。その村落、街全体を掴まえなくてはいけない。そこが彼の素晴らしいところだと思うのだが、そうでなくてはそこに建っている建築や町並みを理解できないではないかと考えるのだ。それがデザインサーベイだと彼はいいたいのだ。

金澤さんとの話に僕ものめりこんでしまった。彼の西澤図面にも勝るとも劣らない、気の遠くなるような綿密に描きこまれた実測原図を見ていると、人には役割があると僕は確信せざるを得なかった。ね!面白いでしょうと笑いを促し、こんなことやっていてどうやって喰っていこうかとぼやく彼との出会いは楽しいくもあり辛くもある。
建築家である彼は創ること、つまり設計することを超えてランドスケープを実測して図面化することに命をかけ始めてしまった。

とまあ理屈はそうなのだが、モダニズムを考えていくうちに、僕は学生時代教わった神代雄一郎先生が、金澤さんのもう一人の恩師大江宏にぞっこんだったことを思い出した。金澤さんとの大江先生や、神代先生とその周辺にいた建築家との交流の思い出話にも花が咲き、そこに僕が学生時代に学んだ堀口捨巳先生や修験道が登場し、宮脇さんの調査した村落デザインサーベイ図面のアーカイブ問題でも話が弾んだ。

こんな話もした。金澤さんは西澤さんに人生を動かされたが、実は西澤さんも金澤さんに大きな影響を受けている。西洋美術館の設計を考えるために鎌倉に近代美術館を訪れたコルビュジエが、坂倉準三のつくった中庭を見てしばし佇んだ、つまり弟子の創った建築に触発されたと言われていることと同じではないかと思う。

彼が帰った後、何故突然僕の事務所に来たのだろう、何故4時間も話し込んでしまったのだろうと考え込んでしまった。その後時折電話を貰う。その都度話が弾むのだ。僕も金澤さんと出会ってしまった、と言ってみたくなっている。

<JIAミニトーク>
さてその金澤さんは、7月12日JIA館一階小ホールで行われる「西澤文隆実測図面集」についてのJIAミニトークに登場する。楽しく刺激的なトークになるに違いない。

「日本の建築と庭・西澤文隆実測図面集」(中央公論美術出版刊・52,500円)



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2 コメント

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不覚にも (xwing)
2006-06-18 20:45:06
感動して涙が出てきてしまいました。人にはやはり使命が有るんだなと。小さな使命でも良いから見つけて、それに取り掛かって死にたいものです。
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使命とは (penkou)
2006-06-20 13:55:32
思いがけないメッセージをありがとうございます。人(人間)の不思議さと面白さ、さらに素晴らしさを僕なりに伝えたいと思いますし、建築は人間が創る物だ!(創る、造る、作る・・どの文字を使うべきか)とも考えるのですが、しかし人間はオールマイティではない、辛いものだというのも同時に感じています。

「使命」、あるのではないでしょうか。
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