日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

夏の終わりに―腱鞘炎と向き合って― & 築地市場

2017-08-29 14:41:26 | 東京中央郵便局など(保存)

 上記写真を見ていただいても、何のことやらと思う人が沢山いることだろう。愛しき我が右手の親指・腱鞘炎治療(手術)の余波だ。余波、夏の余波はまだ続き(まだ8月、まだ真夏だぜ!という人も沢山いると思うが)、暑い日々が続いてはいる。蝉の音が何となく弱くなり、晴れてはいても熱気が妙にうっとうしくてさっぱりとしない。残暑とはこういうものなのか!

今朝の、僕の住む海老名の団地、大和市の厚木飛行場から府中へ飛んでいく戦闘機の轟音が時折聞こえてきて、コンチクショウ!と窓から見遣るとそれなりの低空飛行、何時もの事とは言えこれ又どうもすっきりしない。

 処で新宿の我が建築事務所。この一文を書いていたらヘリの轟音が! 都庁あたりの上空を旋回している模様、ウルサイ!と内心ぼやいたら、どこかへ飛んで行った。と思ったらまた近づいてくる。さて、ソロソロ都庁の議員室行、都議会議員との面談のためだが!この続きは明朝に起稿・・・・・・・・・・・・・

 一夜明け、昨8月28日の都庁で行った4人の女性都議会議員との面談を振り返っている。僕に声がかかったのはパネリストとして参加した5月27日に築地市場で行ったシンポジウムを聴講された議員が、都議会議員の同僚と相談してとのこと。「築地市場」の`存続・移転`問題に関して、此の市場を日本の代表的な建築の一つとして選定したDOCOMOMO Japan 100選選定時の委員或いは建築家としての考えを聞きたいとのことだった。

 そしてこの一文の前段を起稿しながら、8月23日に「築地女将さん会」が都庁で行った記者会見を思い起こした。僕の事務所は、新宿駅から都庁を通り越した新宿中央公園の向かい側にある。都庁までは6,7分。さて女将さん会の方々は築地市場への想いについて述べ、た後、会場の質問をと進行役が問いかけた。記者連の質問がなされた後、僕が手を挙げて述べ始めた途端、記者でない者の発言は拒否と進行役のある新聞の記者から拒絶された。僕が聞きたかったのは、あの築地市場を使いこなしている女将さんたちが、あの建築をどう感じどう考えているのかというその一言だったのに!昭和の初めにあの大空間、半円形に構築したその建築としての魅力と見識、まあ記者会見なので記者ではないものが此処に居ることは具合が悪いようだが、終わった後女将さんたちから肩書をうまく述べるとか、パネリストの一人として女将さん連と共に壇上に居てもらえばよかったなどとも言われた。 

その築地、知事は豊洲へ移転して築地市場の建築は取り壊すと繰り返して述べている。当初と話が違うではないかと追記しておきたくたくなった。さて我が右手の腱鞘炎、痛みがなくなって親指周辺と手首までもの鬱血(うっけつ)も徐々に退いていく。さて写真の上段、指の手術をしてもらうために、小田急線伊勢原駅から東海大学病院へ行くバスの中である。

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「赤レンガの東京駅を愛する市民の会25年」記念誌の発行

2014-10-19 22:16:31 | 東京中央郵便局など(保存)

辰野金吾の設計によって1914年(大正3年)に建てられた「東京駅」は、今年で100年を迎えた。1945年(昭和20年)、戦災によって3階部分が焼失したが、ただちに修復され駅舎として使い続けられてきた。しかし戦後32年を経た1977年に、東京都美濃部知事と国鉄総裁によって東京駅、丸の内周辺の再開発委員会が設置されることがあって、建築学会からは、保存要望所が提出されたりした。

その後国鉄が分割民営化され、東京駅周辺地区再開発連絡会議が設置されるなど、建て替え高層化計画が再度浮上されたこともあって、作家三浦朱門氏、女優高峰三枝子氏を筆頭代表とした「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」(略称東京駅の会)が設立された。
東京駅の前で署名を求める活動からスタートし、東京駅を残したいと言う全国からの10万人を超える署名が寄せられる。この市民の会は活動の中心となった主要メンバーは、その請願書を赤いバラの花束を添えて駅長に提出、以後バレンタインデイにはチョコレートをプレゼントするなど、女性ならではの活動を続け、信頼関係が築かれていく。

そして一昨年(2012年)の10月、このために日本設計からJR東日本設計に移籍した田原幸夫さんが設計の主導をし、免震構法を採用するなどして当初の姿に復原された。

復原されて「東京駅の会」を閉じるに際し、記念誌を発行する事になった。
編集委員は前野まさる東京藝大名誉教授、女優村松英子さん、事務局を担った多児貞子さん、活動に途中から活動に関わった僕、そして編集をかってでてくれたこの「東京駅の会」の事務局長を務めた故川添智則東海大学教授の次女川添尚子さんが記念誌の編集委員として、デザイン・印刷などを担当してくれた。
僕は「僕の東京駅」と題する一文と数編のコラムを寄稿し写真を撮った。
発行日は(2014年)この会が発足した10月13日である。
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「(旧)東京中郵」を登録文化財にしないように文科大臣に陳情」、その後「京都会館問題」を論議

2012-07-22 16:11:02 | 東京中央郵便局など(保存)

躯体の一部を残して改修し、高層化された「旧東京中央郵便局」が7月17日にオープンした。郵政サイドが残したとする部分を登録文化財にするよう文化庁に要請しているとの報道がなされている。
その報は、早くから風聞のようなかたちで伝わってきた。

危機感を持った僕と南一誠芝浦工大教授は志のある方々と相談し、4月29日にドコモモ ジャパンの主催として「都市環境におけるモダニズム建築の保存・活用」と題したシンポジウムを行った。
中郵問題(主として東京と大阪の中央郵便局解体問題)を取り上げて、僕たちの抱えている現在の課題を論議しようという思惑からタイトルが総括的になったが、要は『(旧)東京中央郵便局を文化財にさせない』ためと、一方の解体が始まったものの「(旧)大阪中央郵便局を重要文化財にする」ための論議を行うためだった。

その報告は、4月30日のこのブログに記載したが、沖縄問題にも触れたために分かりにくくなったかもしれない。趣旨の要は上に記したことに尽きる。

7月19日(木)、ほぼ2年に渡って、超党派の国会議員連ともリンクを取りながら活動した「東京中央郵便局を重要文化財にする会」の南一誠教授、事務局長の多児貞子、兼松(副代表)の3人で、第一衆議院議員会館に赴き、平野博文文部科学大臣秘書官に、ドコモモのリーフレットやシンポジウムの概要を記載してくれた建築雑誌の記事などを資料として、陳情書を提出して僕たちの懸念と趣旨を説明させていただいた。
この陳情書は、6月13日付で提出済みである。

この「旧東京中央郵便局庁舎」は、躯体の一部を残したとは言え、外壁のタイルは新しいものである上に施工状態も継承されておらず、さらに窓枠とタイルの収まりなども設計者吉田鉄郎が腐心した志を継承されたとは言えず、つまりこの建築は高層化されたことの論議は別の課題だとしても、オーセンティシティ(原初性や由緒ある正しさ)を継承したとは言えないからだ。
文化庁での論議を踏まえてもし仮に「登録文化財」になると、建築文化行政の今後に悪影響を及ぼす上に、今後日本各地のさまざまな歴史を担った大切な建築が、この例に習って破壊されていくことへの懸案を憶えるからである。

さてその後、ドコモモ ジャパンの定例会議に出席した。
この会合で上記の、陳情した旨の報告し共感を得る。ところで今回の会合の大きなテーマは前川國男の設計した「京都会館問題」である。

ドコモモ ジャパンの副会長に就任した松隈洋京都工業繊維大学教授から、京都市の策定した「京都会館再整備計画」に基づいて提出された「基本設計案」についての報告がなされ、参加したメンバーによる喧々諤々な論議がなされた。
京都会館の要、第一ホールを解体、建て替える計画は、設計した前川國男の志した京都の風土への対応や、時代を超えたともいえるこの建築の価値を継承しているとは言えず、同時にこの建築が建てられてきた50年の間に、京都市民の慈しむ岡崎公園や疎水の趣を損なうものだと僕も考察する。

やはりここでも、モダニズム建築であっても「オーセンティシテヒイ」の概念の継承、そして論ずる概念の一つとして「インテグリティ(純粋性、豊かさ・言い換えると建築の相対的な価値)」という言葉が表明された。さて論議は論議、この建て替えに至る市の不透明な仕組みの気味悪さなど、沖縄問題にも通じる課題である。
どう対処すればいいのか!

<写真 国会議事堂>
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「声明」大阪中央郵便局は保存・活用を。 「シンポ」外観のみで歴史を保存したという のは幼稚

2009-07-30 18:04:35 | 東京中央郵便局など(保存)

7月17日に行ったJIA関東甲信越支部・保存問題委員会の発表した「声明」と、関連して行ったシンポジウムの概要を報告する。

「声明」
私たち社団法人日本建築家協会 関東甲信越支部 保存問題委員会は。東京中央郵便局庁舎の部分保存という今般の決着に際し、以下3点を広く声明するものです。

(1)建築文化の伝承と発展のためには、都市環境保全を目的とした外観保存のみでは不足であり、建築の価値の中核をなす内部空間を含めた一体性のある保存が本来的かつ不可欠である、ということを、強く訴えます。

(2)今般の事例がモダニズム建築の保存における許容水準として扱われてしまうことの無いよう、保存の意義を自らその実践の方法とともに問い直し、モダニズム建築の持つ価値が広く理解・認識されることをめざして、最大限の努力を行います。

(3)吉田鉄郎がモダニズム建築の完成度をさらに深めた大阪中央郵便局庁舎の保存・活用が必ずや実現するよう、各分野の皆様との対話と協力を推進します。

この「声明」にあわせて、「背景」として声明発表にいたる経緯を記した。
つまり声明をおこなった動機は、「文化庁が重要文化財として検討に値するとの見解を表明し、日本建築学会が「重要文化財をはるかに超える価値がある」と述べた建築(東京中央郵便局庁舎)が、一部を残してオリジナル建築物の大部分が既に失われてしまった事実に、大阪中央郵便局など今後のモダニズム建築の存続と都市景観のあり方に、建築家として危機感を覚えたことによる。

会場にはJIAの主要メンバーを含む会員や、保存活動をしている市民、それにプレス関係者など七十数名が参加した。当日のシンポジウムについては、日刊工業新聞がコンパクト・明解にパネリストの発言を伝えている。タイトルは「大阪郵便局は保存・活用を」。

東京中央郵便局について、郵政サイドが設置した「歴史意匠検討委員会」に参加した鈴木博之教授は、「存続すべきという意見を制度的にもみ消されてしまうその手法に問題があった」との認識を示したとした。
委員会設置がある種の免罪符的に扱われるあり方について、内部からの声がなかなか公式の場で聞こえてこないが、この問題はこれからことある毎に「おおきな声」として訴え続けていかなくてはいけないと思った。
初めから結論ありきといわざるを得ないパブリックコメントの要請、景観審議会等の行政制度に通じる課題ではないかと考える。

ジャーナリストの清野由美さんの「経済合理性というコンセプト自体が時代に合わなくなってきており、その対極にある情緒的なもの、つまり古い建物を保存することで補完することが重要だ」との発言と「外観だけを保存することが歴史の保存だと言う考えは幼稚だ」との批判を紹介している。
僕達建築家にはなかなかこういう言い方は出来ない。これは痛烈な現代文明批判だと得心した。

室伏次郎さんの「ナショナルトラストのような組織が必要だし、選挙の候補者に歴史的建築の保存について問うような具体的な活動が必要だ」と述べたと簡明に伝えている。
さて僕の発言については、「東京は解体されたが大阪だけは残してほしい」「都市再生緊急特別措置法などによりの再開発が可能になったが、新法や法改正に対応する常設の委員会をJIAに設置する必要を感じる」と語ったとこのシンポを総括している。
様々な課題を背負ったシンポジウムだった。

<明日からは、8月1日に行われる愛媛県八幡浜市の「日土小学校」改修工事竣工見学会とシンポに参加するついでに、仲のいい建築家と3泊4日で四国建築巡りをやってきます。
目玉はDOCOMOMOに選定した増田友也の設計した鳴門市の公共建築群と坂出人工都市(大高正人)、香川県庁舎(丹下健三)。それにレーモンドの広見町庁舎や山本忠司の瀬戸内海歴史民俗資料館。
数が多いと目玉だとはいえなくなる!琴平さんにも行ってみたい。帰りは道後温泉に浸かった後夜行バスだ。>
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今年も夏が来た。6年目に入ったブログ 中郵JIA声明・シンポもあわせて・・

2009-07-23 19:43:31 | 東京中央郵便局など(保存)

梅雨が明け、暑い夏が来て僕のブログも6年目に入った。読んでくださる方がいるから書き綴けられたので、嬉しいことだ。何篇のエッセイを書いたのかはっきりと数えていないが、月に6編程度だとすると350編以上にはなる。
思いがけず数年前に書いた建築論を指摘されてクリックして読み返すと、それなりに書き込んであることに僕自身驚いたりする。難点は、多少くどく長すぎたりすることだ。

7月17日、「中央郵便局問題」に関してJIA(日本建築家協会)関東甲信越支部・保存問題委員会から声明を発表し、シンポジウムを行った。
司会の篠田義男さんから「いつものように長くならないように」とやんわりと釘を刺され、「普段は寡黙で善良な一市民なのですが、建築のこととなると何故か黙っていられなくなる、まあこんなことを言うから長くなるんですよね!」と話し始め、会場の笑いを(苦笑だ?)を取ったが、「いつものようにと・・」言われて`まあね`と僕自身は納得していた。

その篠田さんの司会は、新宿西口広場にトライした東孝光さんのエピソードなど、都市考察や建築家のスタンスについて、様々な事例を盛り込んで話し込んで充実していたものの、問題提起がすんなりと会場に伝わったとはいい難く(僕の提起の仕方が明解でなかったことにもよるのだが)パネリストの話す時間が短くなった。建築への想いがなくては人には伝わらないがそこが難しい。己を棄てながら人の話をうまく引き出してそれで自分の想いも伝える。それが進行役の役目だ。
この声明とシンポのテーマに関しては僕の思い込みも強く、僕は進行役よりパネリストがいいと司会を篠田さんに担っていただいたが、想いは誰しも同じだと思った。しかし彼に建築とその危機についての強い想いのあることのほうが嬉しかった。ブログに通じることだと思う。

声明発表とシンポの成果は?さてどういえばいいのだろうか。

パネリストとして話していただいた鈴木博之教授からは、「道は険しく、あまり展望もありませんが、とぼとぼと歩いてまいりましょう」というメッセージが来て、それを受けて「夕日に向かってとぼとぼと歩く老人二人・・・ 何だか映画のワンシーンの様ですね」と声明策定を一緒にやった仲良しの建築家からメールが来た。
いやいやこれは良い、と僕はすっかり気に入った。老人というのが!

清野由美さんから。
「・・・その過渡期はまだまだ続くことでしょう。そんな時代に居合わせた者として、じっと耐えつつ、笑いながら石を投げていくしかないな~、と思っております。 建築家のような教養高き男性諸氏は、この「笑いながら」が、けっこう苦手なのではないでしょうか。
なーんて、また毒舌と言われる前に失礼いたします」。いやいやなんとも・・嬉しくなる。

室伏次郎さん。「そうなんです!清野さま。
その「笑いながら・・」と云うのが苦手で、何でも一旦疑って「此の野郎ー!」となってしまう、
われらアンファン・テリブル世代建築家限定の悪癖でして」。
そうだ、そうだ。

まあこんな感じだが、この声明とシンポについては整理していずれ書き込みたい。
さて「東京中央郵便局」について書いたブログに数多くのコメントをもらったが、触発される鋭い論考もあって教えられることが沢山あった。
「コメントに学ぶこと」と言うタイトルで原稿の下書きを始めた。でもなかなか僕の理論整理ができない。冒頭に桜が!と書き出してある。春過ぎて夏になってしまったのだ。

JIAのアーカイヴスの委員会で、建築家相田武文さんから皮肉っぽくこんなことを言われた。「読むより書きたい人間一杯の世の中になったね」。相田さん、実は僕、ブログを書き連ねているんですけど!とそっと耳元でささやく。相田さんはモゴモゴと口ごもりホントに困ったような顔をされた。

最近時間が経つのがやけに早い。恐怖感を覚えたりする。だから書くのか!
とはいえ、まあ、これからもブログを書き続けてみますので、しばらくは懲りずにお付き合いを・・・
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『JIA声明発表とシンポジウム』  東京中央郵便局庁舎保存問題から大阪中央郵便局庁舎の課題へ

2009-07-12 20:53:57 | 東京中央郵便局など(保存)

東京中央郵便局の状況は、新聞やテレビなどで逐次報道されたが、一部の保存部分以外はほぼ解体された。大阪中郵が気になる。
僕は「東京中央郵便局を重要文化財にする会」を中心として保存活動をしてきたが、そのベースには、行政や郵政関係に保存要望書を提出してきたJIA、DOCOMOMO Japan、建築学会がある。会員だからだ。

僕がJIA関東甲信越支部保存問題委員会の委員長を担った10年前になる1999年に、文化庁にこの庁舎の「重文」指定を要請した。これが僕の東京中央郵便局庁舎保存活動のスタートだった。
活動を通して様々なことを学んだが、その最大の課題はモダニズム建築の価値(歴史的な位置付けとその源流が今の社会にも大きな役割を担っていること)が、社会的に認識されていないこと、最近「内なる敵」とついつい`ぼやきたくなる状況が`建築界にもあることだ。モダニズム否定は「建築文化の危機」だと、いてもたってもいられなくなる。

とは云えあえて述べると、「建築と人、建築と都市、更に開発と保存の狭間における建築家のあり方」については、僕自身簡単に答えの出ない難しい問題が内在していると考え込んでしまう。
建築家は「文化を担う」と言われるように、僕たちは建築をつくることによって人の生き方に大きな役割を持つが、建築はクライアントの意向を受けてつくられるものであるし、必然的に経済行為の側面を持つことにもなる。また様々な法規の枠の中でつくらなくてはいけない。

今の時代は一体どうなったのかと憮然とすることもあるのだが、嘆くばかりではなく建築家としてできることはないのか。例えば「外壁保存によって都市景観を保全する」という都市計画関連法規の見直しを、建築家として検討していくなど。いい都市空間を構築していくこと(いい都市空間とは何ぞや!)、それが結果として市民の共感を得ることになるのだと思う。

モダニズム建築存亡の危機をのりこえ、建築をつくる喜びを大勢の人々と分かち合いたいために、JIAは声明を発表し、シンポジウムを行います。下記ご案内しますので、ぜひお出かけ下さい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

声明発表とシンポジウム 東京中央郵便局庁舎保存問題から大阪中央郵便局庁舎の課題へ
「モダニズム建築・存亡の危機をこえるために」

(社)日本建築家協会(JIA)関東甲信越支部・保存問題委員会は、1999年文化庁長官あてに「東京中央郵便局の重要文化財指定に関する要望書」を提出して以来、日本郵政関係者や所轄する総務省(旧郵政省)などへ、近畿支部と連携し東京・大阪両中央郵便局の重要文化財指定や保存活用を繰り返し要望してきました。
建築家吉田鉄郎の設計した東京中央郵便局庁舎は、モダニズム建築の水準点であり、大阪中央郵便局庁舎はさらにその完成度を深めた建築です。
しかし東京中央郵便局庁舎は、大部分を解体して高層化する工事が進捗しており、大阪中央郵便局庁舎も今後の展開が懸念されます。
これらの一連の動向から見えてくるのは、都市景観の保全を理由に、建築の内部空間を視野に入れず、外観保存のみに重点を置こうとする社会通念と都市政策です。辛うじて保存されても残るのは外壁のみで、内部空間は失われてしまうという、モダニズム建築の新たな存亡の危機に対し、(社)日本建築家協会(JIA)関東甲信越支部・保存問題委員会は、『声明』を発表いたします。

この声明を受けて各分野の方にパネリストとして参加いただき、建築と人、建築と都市との関わり、また開発と保存の狭間における建築家のあり方について、様々な視点から意見を取り交わすシンポジウムを開催します。
お誘い合わせの上、ご参加くださいますようご案内します。

日 時   2009年7月17日(金)pm6:30~8:40
会 場   建築家会館(JIA)一階ホール(当日会場にて受付)
資料代   1000円
主 催   日本建築家協会(JIA)関東甲信越支部・保存問題委員会

司 会   篠田義男(建築家・JIA保存問題委員会元委員長)    
声明発表  和田昇三(JIA保存問題委員会委員長足利工業大学教授)    
問題提起  兼松紘一郎(建築家・JIA保存問題委員会WG主査
            DOCOMOMO Japan幹事長)
      
パネリスト 鈴木博之(青山学院大学教授・東京大学名誉教授
             DOCOMOMO Japan代表)
       清野由美(ジャーナリスト)
       室伏次郎(建築家・神奈川大学特任教授)
       兼松紘一郎(建築家)

<会場:地下鉄:銀座線外苑前駅より徒歩約5分 JR線:総武線千駄ヶ谷駅より 徒歩約15分>
問い合わせ 日本建築家協会(JIA)関東甲信越支部事務局 03-3408-8291 担当菊地
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国会議員による解体中の東京中央郵便局視察

2009-04-05 11:45:16 | 東京中央郵便局など(保存)

3月31日pm4:00より、超党派国会議員(将来世代のために東京中央郵便局を重要文化財する会・略称)による東京中央郵便局の現場視察が行われた。この視察に僕は、南一誠芝浦工大教授、小林良雄氏(新日本建築技術者集団)、それに数社のプレス関係者と共に参加した。
参加した国会議員は、事務局を担う平沢勝栄、河村たかし、それに松木謙公、石関貴史、佐々木憲昭各氏である。名古屋市長選に出馬する河村たかし氏にとっては、国会議員としての最後の視察になった。

線路寄りの東側ゲートから入った。ほこりを抑えるためにホースで散水しながら、7機の重機によって解体作業が行われており、西側中庭の前面ほぼ6スパンが取り壊されている。室内にあった鉄骨鉄筋コンクリート造の8角形の柱や梁の解体部分の鉄骨や鉄筋がむき出しになって見える。

どんな建築であっても解体の現場は無残なものだ。外部から覗き込んではあせって連絡をくれるこの建築に想いを持つ人に、僕は見ないほうがいいよ、と言ってきた。つくる大勢の人、建築主(企業体、クライアント!)、企画者、技術者、職人、そして建築家がいる。僕はこの中郵の解体現場を見て物言う気はしないが、それでもつくる喜びを共有できないこのプロジェクトとはナンなんだろうかと憮然とした思いに駆られる。

国会議員がこの見学会に対応する日本郵政のCOE斎藤隆司次長に、公表された保存部分の増えた案は、登録文化財として文化庁との合意はできたのかと質問した。合意できていますとうなずいた斎藤氏に僕は、新たに保存することになった線路側の2スパン部分を「曳きや」するんですよね、と確認した。

50億円と言う巨費をついやすると報道されたこのやり方は、その是非を含めて広く社会に伝えられているとは思えない。取り囲んでいるプレス関係者に聞こえるように確認したのだ。
免震装置を入れるために一旦切り離して曳きやして元に戻す。しかし免震装置設置の為に末端部分を1メートルほど敷地内に入れるので角度が変わり、しかもエキスパンションジョイントで繋ぐことになる。これで登録文化財! 重文になる価値を持つ建築を継承したというのが郵政の論理だ。当初のレプリカと同じ発想だ。

「免震」。免罪符のように検討されるようになったこの技術は万全なのか?免震の検討からスタートし、耐震実施をした六本木国際文化会館の事例もある。`耐震補強では難しいのでしょうかね`と斎藤次長に聞いたが、構造の専門家ではないので詳細説明ができないが、そのように聞いていると困った顔をされた。
現状を踏まえて南教授が策定して国会議員に検討依頼した高層化以外の部分の保存改修提案を、国会議員から斎藤次長に手渡し、検討・再考の要請が行われた。
この一年、いや僕がJIAの保存問題委員会の委員長の時から考えるとほぼ10年、中郵の保存活動に関わって学んだことが沢山ある。

その一つ、僕の論理はこうだ。
「重要文化財」の価値ある建築が部分保存では、仮に登録文化財であってもこの建築の価値を残したとは言えず、奇妙な形態になるこの有様は建築の正しい姿とも言えない。少しでも多く残した方がいいに決まっている。だが僕は建築で構成される都市の景観を考える。

丸の内を書いた読売新聞の記者と話をした。丸の内を歩いて改めて観ると変ですよね。残した幾つかの建築の姿は、外国人に冗談でしょ!といわれてしまう風景なのだ。残す部分が少ないとか多いとかの問題ではないのだ。これも試行錯誤しながら再開発がなされてきた丸の内を見てきて学んだことなのだ。
更に重要なのは、この庁舎が様式建築ではなく『モダニズム建築』であることだ。現在(いま)の都市が、「モダニズム建築」とその源流による建築で構成されており、その存在と存続の要の建築がなくなることは、僕たち建築家の起つ位置がなくなることなのだ。

この僕の言う論理は、建築と都市を考える時の命題だ。だが、JIAでも重文の会でも異論がでる。
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東京中央郵便局とソウル市庁舎~都市と映画の書割

2009-03-21 18:10:41 | 東京中央郵便局など(保存)

眼が覚め明洞のプレジデントホテルの窓から外を望むと、思いがけず眼の下にソウル市庁舎が見えた。3月14日の朝のことだ。
仮設塀に覆われて薄皮といいたくなる外壁が、内側に組まれた鉄骨に支えられて何とか建っている。中央のシンボリックな塔が残っているがその下部はシートに覆われていて状況確認はできない。聞いてはいたものの、広場に面した魅力的な庁舎に重機が入り、ほぼ全壊という様に愕然とした。瞬時に東京中央郵便局の一部解体の様が頭をよぎる。

DOCOMOMO Koreaの協力を得て、2泊3日で「韓国近代建築ツアー」を企画し、DOCOMOMO Japan26人のメンバー(未入会者もいる)によって韓国を訪れた。
ソウルを中心とした韓国建築の様は魅力的で、いつもの事ながら刺激的で感銘を受けた。同時に考えることも多い。

出発の前「中郵を重文にする会」の運営委員2名と、塩谷文部科学大臣、山内副大臣に重文指定への陳情を重ねた後文化庁に立ち寄り、外壁を主とした一部残した登録文化財では、この建築の価値を継承することにはならないと伝え、議員会館に立ち寄って国会の動きなどをきいた。
しかしその直後、鳩山邦夫総務大臣から登録文化財を受け入れる表明がなされ、政治の判断ではこうなるのだと懸念していた(予測していた)とはいえ、やはり気落ちした。

毎日新聞の記者から「東京中央郵便局」についてのヒヤリングを受け、「闘論」の相手は竹中平蔵氏になったとは聞いたものの、まだ氏の原稿がまとまっておらず、その様子によっては文面に多少手を入れるかもしれないとソウルでの僕の連絡先を聞かれて羽田から金浦へ向った。

出発前の十数日、中郵問題でのテレビや新聞の取材が殺到し時間調整に困惑した。気がかりなのは、日本橋の三菱倉庫も同じような検討がなされているがどう考えるかと東京新聞の記者が事務所に訪ねて来て詳細を知ったことだ。
都の特定街区制度を使って「歴史的建造物の`外観`を保存してランドマークとしての景観を維持し、町並み形成に寄与する」とされるその計画決定が4月にでも中央区でなされるというのだ。中郵とは共通項はあるものの、少し違う課題を突きつけられたような気がした。日本の都市は『今』、後世に対しての大きな課題に直面しているのだと震撼とする。

1年半前ソウルを訪れてDOCOMOMO Koreaの歴史学者に聞いたときには、この庁舎を残して背面を高層化するということだった。
この庁舎は登録文化財になっているが市長が変わり、取り壊しの検討がなされはじめた。驚いた文化財庁は文化財指定には時間が掛かるのでまず「仮指定」をしたという。詳しい経緯は聞き難かったが市は解体を強行した。国(文化財庁)と市の軋轢はネットを通じて知っていたがこの現状を眼で視ると、都市と建築の抱える複雑な課題とその難しさに考え込んでしまう。

この市庁舎は1925年から26年(大正14年―昭和元年)にかけて、岩井長三郎という日本人の建築家が設計した。
建築や都市を考えるのは「文化の問題だ」と僕は言い続け、それは間違っておらずそうあるべきだとは思うものの、中郵の様やソウル市庁舎の現状を視ると、そうばかりと言っていられなくなる。極めて政治的問題なのだ。日本での市民の想いが吹っ飛ぶ恐さにも思い至る。

文化庁は次長が国会で河村たかし議員の質問に答えて公表したように、重要文化財指定に向けて様々な働きかけをしてきたが、登録文化財を受け入れてしまった。
韓国の文化財庁は日本人が設計した社会的に難しいこの建築を仮指定に踏み込んだ。日本でも法的には指定に踏み込むことは可能だが、所有者と価値の共有することは大切だし必要条件だとは思うものの、これも一つの課題としてこれからの都市や建築を僕は考えたいと思う。

3月11日、日本建築学会は、「東京中央郵便局庁舎、大阪中央郵便局庁舎には、国指定の重要文化財の水準をはるかに越える価値がある」と会長の見解を表明した。

「重文の価値をはるかに超える」。
この見解表明は時を経たモダニズム建築によって構成されている都市の、それらの建築がなくなり、残ったとしてもおかしな形態で都市が形成されていくあり方に対する建築界からの危機感表明だと重く受け止めたい。併せて内部空間がなくては「建築」とは言わないことを改めて表明しなくてはいけないのだろうか!都市が映画の書割的であっていいはずがない。

僕は毎日新聞の「闘論・東京中央郵便局の再開発」を帰りの飛行機の中で読んだ。
3月15日(日)の朝刊だ。小泉内閣で郵政民営化担当相、総務相を歴任した、竹中平蔵氏のタイトルは「民間への不適切な介入」。僕のタイトルは「価値伝わらぬ部分保存」。

<写真 ソウル市庁舎 下段・解体作業中>
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取り壊される歌舞伎座・そして中郵 「建築家は!」 

2009-02-24 11:18:34 | 東京中央郵便局など(保存)

まったく!と舌打ちしたくなる出来事が起こる。まだ僕はあきらめないが、東京中央郵便局の経緯も、時を経れば「なんてことをしたのだ」と誰しもが悔やむと思うのだが、マネーにこだわる人たちは「時」を想うことができない。今しか見えないのだ。人の記憶を内在する「時」を感じとることができないのだ。つくづく舌打ちをしたくもなる。

僕はおおよその状況は知っていたのだが、改めて歌舞伎座建て替え新聞報道を見て唖然とした。
その数日前、NHK報道局のTさんから電話をもらった。近じか「歌舞伎座」建て替えについてのプレス発表がある、JIAが保存要望書を出すと聞いたがどうなのか?
JIAは改築検討という報道のなされた数年前、既に要望書を出しており現在どう対処するかと情報収集と検討している段階だと答えた。
そしてTさんには、演劇評論家や歌舞伎フアンの有識者からのこの建築に対する想いだけではなく、建築としての歌舞伎座の、「建築家」の見解を伝える機会をつくって欲しいとお願いした。

建築をつくる行為は、本来多くの人々と喜びを分かち合い祝福されるものだ。そうあるべきだ。そういうものだ。だからつくる建築家は「文化を築く」人として尊敬もされるし期待もされる。
それが、いつから、どこでおかしくなったのか!

「東京中央郵便局」だって、郵政内部の建築部門の人々が、率先して壊そうとしている。見え透いた嘘を平気で公表しながら。彼らの大先輩である郵政を率いてきた建築家吉田鉄郎が心血を注いでつくった日本が世界に誇れる建築を。
彼らが「建築家・吉田鉄郎の手紙」(鹿島出版会)を読んでいない筈はない。建築への想いの溢れるこの本に触発され憧れの郵政建築部に入社したのだと僕は信じる。それなのに一体どうしたのだろうか?そういう郵政OBの建築家と親しいのでそう思うのだが、さほど版を重ねていないところを見るとそうでもないかもしれない。なおさら情けなくなる。

「歌舞伎座」新聞報道のタイトルは「歌舞伎座 顔立ち一変」そして『石原知事「物言い」簡素に』とサブタイトルがついている。(朝日 2009・1・28)

歌舞伎座は、明治22年(1889年)檜材による木造3階建てで建てられたのがスタートだった。その22年後に大改造がなされ、正面の車寄せは唐破風、左右と2階は破風を用いた日本風の意匠にかわり、当時の写真を見ると現在の姿の原型になったのだと感じ入る。
ところが大正10年漏電によって消失し、3年後の大正13年(1924年)東京美術学校(現在の東京芸大)の岡田信一郎によって鉄筋コンクリートによって日本一の大劇場として再築された。更に昭和20年(1945年)の大空襲で、外郭を残して消失するという数奇な経緯を辿る。

現在の歌舞伎座は、美術学校の後輩吉田五十八によって昭和25年になって再現された。外観の意匠をほぼ踏襲し、内部は時代の要求を受けて近代化された。以来59年間、あの東銀座の欠かせない風景として愛され続けている。
それを事もあろうに石原慎太郎知事の、装飾に充ちたこの建築を「銭湯みたいで好きではない」との一言で、ガラスと格子を多用したそっけない姿に変えてしまう。デザイン・設計は隈研吾と三菱地所設計。それを仕切ったのは歌舞伎座再生検討委員会の伊藤滋委員長だ。

当初、所有者松竹は、現在の意匠を継承しようとした。役者や歌舞伎フアンのこの建築に対する強い想いがあるからだ。
都知事に、多くの人々の記憶や想いを踏みにじる権限が在るのだろうか?
石原知事はかつて、建築学会、JIA、建築士会会長の面談要請を蹴って、都が所有していた同潤会大塚アパートメントを取り壊した。数年経った今、地下鉄茗荷谷を降りると、空地に仮囲いがされた空しい景色が現れる。

「銭湯」。いいではないか。それが庶民の文化だ。
「歌舞伎!」。この建築関係者はその語源「歌舞く」という意味を知っているのだろうか。歌舞伎を愛する岡田信一郎、吉田五十八は`歌舞く`を形にした。その姿を僕たちは愛した。59年の記憶が消える。知事は、日本の文化にとって欠かすことができない歌舞伎の持つ一面を理解し得ないのだろうか。
この知事の一言と、伊藤滋氏に仕切られる「建築家」の姿に忸怩たるものを覚える。
ますます影が薄くなり市民の信頼が揺らぐ建築家の存在。日本文化の継承は大丈夫なのか。中郵の歴史検討委員会の委員長も伊藤滋氏。肩こりが酷くなるというものだ。

<写真 賑々しく装飾に充ちた歌舞伎座>
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唖然とし、情けない竹中平蔵氏の東京中郵論考:壊し始めてしまうことを恐れる

2008-10-05 23:33:42 | 東京中央郵便局など(保存)

朝日新聞10月2日「私の視点・郵政民営化1年」での、元総務相竹中平蔵氏の論には、唖然とし憤りを覚える前に、なんとも情けなくなった。竹中氏は言う。民営化というのは、民間人に経営を委ねるということで、政治家が日本郵政の経営者を政治の場に呼び出しているのはけしからん。そして「政治は経営の邪魔をすべきではない」と明言する。

更に続ける次のコトバには、これが日本の財政(行く末)を担った元大臣の言うことかとがっかりした。「政治の口出しはほかにもある」というのだ。
「例えば、東京駅前の東京中央郵便局の建て替え問題。日本郵政は再開発によって高層ビルを建て、不動産事業を収益の柱に据える計画だが、超党派の国会議員らが『歴史的建造物だ』という理由で保存を主張し、建て替えを止める動きがあった。付近の丸ビル、新丸ビルは建て替えられているにもかかわらず、東京中央郵便局だけを全面保存しろというのだろうか」。

そうだ、超党派の国会議員だけではなく、僕たち建築の専門家や大勢の市民は、「全面保存しろ」と言っているのだ。この郵便局庁舎が、丸の内についても、日本の都市や人の生活する空間を考える上でも、なくてはならない大切な建築だからだ。竹中氏でさえ、「歴史的建造物だ」と明言しているではないか。

この朝日新聞のオピニオン`私の視点`ワイドは、話題になった(なっている)出来事に対して、3名の立場の違う関係した方々の論考を記載して、その課題を時折世に問うシリーズである。今回は、元日本郵政公社総裁の`旧特定郵便局について`、自民党衆議院議員の`3事業の一体的経営に戻せ`、そして竹中氏のタイトルは「政治は邪魔をするな」だ。政治家が作ったシステムなのに。

この庁舎はもともと国のもので、国民の税金で建てられた、つまり国民のものだ。同時に、国会の場で文化庁が「重要文化財に値する建築だ」と見解を明らかにした建築でもある。
僕たちは、郵政民営化の是非を問うのではなく、かけがえのない「日本の文化遺産」を次世代に継承したいと必死に活動している。シンポジウムや座談会を開催してこの建築の存在や価値を検証し、ビラをつくって街頭に出て市民にも呼びかけている。
それを受けて、論議した千代田区区議会議員が全会一致で保存要望書を日本郵政に提出した。超党派の国会議員168名が、保存を求めた要望をしたのも同じ考えだ。
なにも民営化を云々しているのではなく、「日本の建築文化」を大切にしたいと考えているからだ。
金に替えられない。いや、空中権移転についての法整備も勘案し、経済性も視野に入れてのことでもある。

赤レンガの東京駅やレンガで造られた丸の内の建築の中に在って、白いタイルを貼って開かれていく新しい時代を世に生み出したこの庁舎は、郵政を率いた建築家吉田鉄郎の代表作である。世界に知られているこの建築を失うことは、日本が文化国家ではなく、「金」でしか価値判断をしない国であることを世界に表明することになってしまう。
ぼやいてはいられない。日本を率いる(はずの)元大臣には、建築は人の叡智を傾けて生み出した文化であることを理解してほしいと心から願う。

今回のプロジェクトはどこかおかしい。本来区や都の景観審議会や都市計画審議会を経て設計されなくてはいけないはずなのに、既に官報公告によって入札が行われている。有識者による「歴史検討委員会」の答申も公表しない。竹中氏はいずれ完全民営化というが、現在株は100%国が持っているし、郵貯を除いて郵便事業の30パーセントを国が保有すると聞いている。
僕たち「中央郵便局を重要文化財にする会」が問うた不審事項についての質問状には回答がない。

着工は来年の6月だと公表されているが、ドサクサ紛れの間に、壊し始めてしまうことを恐れる。
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