小林宏至というユニークな若者がいる。首都大学東京で渡邉欣雄教授の下で文化人類学を学び、風水に魅かれ、中国の客家(ハッカ)を研究テーマとした博士論文をまとめるために、福建省永定県湖坑鎮の客家の土楼に住み込んだ。
その小林君が、朝日新聞の「歴史を歩く」(2010・1・30)に登場した。
渡邉欣雄教授は2009年度から中部大学に移ったが、僕はこの数年明大の大学院で開講していた風水研究を主とした講座を時折聴講し、渡邉教授と共に明大の院生や小林君とも一緒に沖縄研修に毎年出かけた。
これらの旅のことは何度か僕のブログにも書いたが、「こいつは変わった奴で」と渡邉教授が笑うのは、小林君は那覇の牧志の市場で買って似合うと皆が囃した派手な黄色の`かりゆしウエヤ`を首都大にも着てきて、どうだ!と自慢するからだ。まあそんな彼に引きずられて僕も紅型デザインを模した派手な青色の半袖ウエヤを着たし、同行メンバー全員が買ってしまって記念写真を撮ったりした。ユニークというのはそんな他愛の無いことだけど、まあ研究者ってそんなものだ。みんなどことなくおかしくて微笑ましい。
彼はその頃(2006年)から湖坑鎮の伝統家屋、円形の土楼(厚さが1メートルにも及ぶ土壁で円形の建築ををつくり、一族が住む)に興味を持ち、時折出かけては客家家屋が数千件もあるその周辺を歩き、研究テーマとしてトライするのは可能かと考えていたようである。その様を書いたエッセイを読ませてもらったことがある。
朝日の編集員が書いたこのレポートにも、そのときの小林君の述べていた課題が書かれている。伝統と観光、其れにまつわる民族問題だ。漢族とその一族ともみなされるが独自の文化を持つ「客家」といわれる一族との微妙な問題だ。彼の好奇心がまず刺激されたのは、円形客家とそこに住む人たちそのものなのだが、この地域が2008年、世界遺産に登録されたこともあり、この地を単に研究対象とするだけでなく、その歴史を愛している彼の「慣習や伝統が廃れてしまうのではないか」という危惧が僕にも伝わってくる。
その微妙な問題については、2008年の6月に明大駿河台キャンパスで行われた公開シンポジウム「都城・住宅の風水思想―東アジアの陽宅風水―」で、梅州市、嘉応大学客家研究員準教授(現在)の河合洋尚さんの発表でも実感した。この河合さんもこの朝日のレポートに登場している。
シンポのときの休憩時間に僕が河合さんと話し込んだことは、正しくその危惧についてだった。
問題は風水が迷信という側面をもち、中国の伝統が誤解されることを恐れることと、漢族の本流と其れをとりまく民族問題を政府が気にしていることのようだ。しかし「客家」は、先祖崇拝や中国古来の習慣や伝統を色濃く残していて、研究者魂を揺さぶるのだ。
文化大革命の後途絶えていたこの分野の研究が、観光と結びついた客家ブームによって観光に冒されるという危惧観が課題を浮かび上らせ、実証研究が更に必要とされると、河合さんの上司研究院の房学嘉院長の言葉でこのレポートは括られているが、小林君の「自分が観察するより観察されていた」と述べる言葉に、村の人から「シャリオン」と呼びかけられるようになり村に溶け込むことが出来た彼の、これから研究が出来るという言葉が気持ちいい。
沖縄の読谷には明大の中田君が住み込んでいるし、那覇のカプセルホテルに泊まりこんで研究・調査に没頭している女性の院生もいる。つい最近一人で調査に出かけたサンパウロから2年ぶりに帰った女子学生もいる。話せるようになったのと聞くと、いやいやとはにかむが、若き研究者は頼もしく心強い。
<牧志の市場にて(2006年)、中央が小林君、右が同行した民家の研究者Sさん>