日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

シンポジウムとコンサート「世界のなかの沖縄文化」

2014-05-18 14:53:35 | 沖縄考
これから四国松山に飛び、明朝からの「鬼北町庁舎設計改修委員会」に臨む。
21日は母校「千葉県立東葛飾高校」の同級生による「葛の会:同窓会」に出かける。乾杯の音頭をとれと言われていて、亡くなった同級生のことに想いを馳せながら考えこんでいる。
2次会ではこのブログでも記載した「ピ-ト・シーガ-」の「WE SHALL OVERCOME」を、後輩の吉原聡さんにバンジョーによる弾き語りをしてもらってスタートしようと考えている。

吉原さんは東葛高校を卒業した後、バークリー音楽大学卒業以後、大学同期のギタリスト上野高史さんと一緒にTakatoSatopiというユニット名で各地市の演奏会や音楽イベント、ラジオ出演などで活動しているミュージシャンで、2011年横浜バンジョーコンテストグランプリとオーディエンス賞の二冠受賞するなど活躍しているとのこと、僕には会場に来た同級生に伝えたいことがある

そして23日から文化人類学者渡邊欣雄先生と一緒に沖縄に行き、那覇市民会館で翌々24日(土)に行う「世界のなかの沖縄文化」と題するシンポジウムをコーディネートすることになっている。
大勢の人に来ていただきたいのだが!

その案内チラシを掲載します

若き朋友 mさんの日常から

2014-05-11 23:33:48 | 日々・音楽・BOOK
mの日常(前半)2014-04-26  am5:50 目覚まし時計が鳴り、細君がTVを点ける。
5:55 NHK(TV)の天気予報が流れる
5:59 フジテレビにチャンネル変更、星占いを聞く
    *三田アナ、可愛いっすねー!(^^)v
6:15 細君が布団を出て朝食と弁当の支度開始
6:30 mがノソノソと布団を出る、朝食と支度
7:00~7:20 mが偉そうに「フェアレディZ」で出勤
9:00 会社始業(8時前には会社着)

mの日常(後半)
18:00 終業(この時間に退社することはまずナッシング)
 ~   残業(管理職につき休日出勤含め手当なし)
22:00 平均退社時刻
22:30 帰宅
 ~23:30 晩酌+夕食
23:30~24:00 入浴
24:00 就寝

このスケジュールは、僕の若き朋友、飲み友達でもある mさんの4月26日土曜日終日のスケジュールである。僕のこのブログのコメント欄に書いてくれたので読んだ人がいるかもしれないが、土曜日だというのにと驚いて電話をした。
土曜日は休日、でもほとんど休んだことがないという。彼は建築の設計事務所をつくって設計をやっていたが、資格を取り、確認審査機関へ転職したサッカーを愛する好男子だ。僕には到底出来ないことを見事に仕切る優れもの。<本稿掲載許可済み>

残業(管理職につき休日出勤含め手当なし)という括弧つきの一行に苦笑してしまう。
だがふと若き日の僕自身を振り返るとまったく同じことをやっていた。寝袋を用意していた所員もいたし(残業代払ったことなし!払ったらやっていけなくなるというのも情けないが)、僕も終電で帰って4時間ほど寝て事務所に出てくる繰り返しをやったりしたが、馬鹿ばかしくなって毛布を用意して事務所で寝てしまうこともあった。

夕食を所員たちと一緒に食べに行ったあと、ちょっと一服といって五目並べをやって今日は仕事やめた!ってなこともよくあった。
おそらく、建築の設計事務所の、ことに著名建築家のアトリエでの仕事の仕方は、五目並べは出来ないだろうが、今でも同じだろう。いやそうではなく建築にトライする志のある奴はみな・・・

大学での後輩、JIAで保存問題委員会の委員長を僕の後に引き継いだ篠田は、JIAの会合の後皆で軽く一杯やりながら食事をした後、毎回ちょっと事務所に寄るのでと、今でも同じようなことをやっている。
恐れ入る、というのが実感だが、「ものづくり」というのはそういうものだろう。
情けないが、流石に僕はそういうことのできる体力に自信がなくなってしまった。
でも(用があってだけど)好奇心には勝てず、全国・アチコチ出かけていってしまうが・・・

<写真 好奇心に駆られてということではないが、24日(5月)に那覇市民会館で行う「世界のなかの沖縄文化」と題したシンポをコーディネートするために沖縄に行くが、その沖縄文化の一齣>


沢木耕太郎の「ポーカー・フェイス」:ある日の出来事

2014-05-03 22:59:16 | 日々・音楽・BOOK
文庫本になった沢木耕太郎のエッセイ集「ポーカー・フェイス」を読みたいと思い、厚木駅から一駅三省堂のある海老名駅で降りた。階段を上り始めて定期(パスモ)を取り出そうと持ってポケットに手を入れたらそのケースがない。パスモだけでなくあらゆるカード、免許証、東海大学病院の診察券も入っている。一瞬パニック、多分顔は青くなっていただろう。階段を駆け下り、急行の通過待ちをしている電車に伸び乗った。

すぐに発車。乗っていたと思った車両を歩いたがそれらしき気配がない。一駅、座間で降りホームに駅員が居ないので階段を駆け上がって改札の窓口の係員をとっつかまえた。と思ったが、他の客の対応で待って欲しいと言ったままなかなか出てきてくれない。それから事情聴取。相模大野に着いたら遺失物がないか駅員が調べるという。
そこでふと思いついた。厚木の駅でベンチに座って電車を待ち、立ち上がったときに落としたのかもしれない。厚木駅に電話をしてくれたら、届いていた。
こんなにホッと息をついたことはなかった。思わず係員と握手をしたくなったが、下り電車が来ると言うので階段を駆け下りる。足の具合なんてかまっていられなかった。

厚木駅で駅員からは、若い学生がトイレに落ちていたと届けてくれたとのこと、そうだったのかと胸をなでおろした。さてと思ってしばし逡巡、海老名の改札を出て目当ての文庫本を手に入れた。そして読み始めてあっと思うことになる。

冒頭の一編は中国への旅を綴ったエピソードなのだが、タイトルは「男派と女派」。一見タイトルとは無関係だが、まずその旅で遭遇した泥棒の話から始まる。バスターミナルのベンチにフィルムや小額紙幣を入れたバッグを置いて、乗るバスの様子を見に行った一瞬の隙にバッグを盗まれる。それが出てきたと言う話だ。

旅の途中で自宅に電話を入れたら、日本大使館から電話があって北京大使館にそのバッグが届いていると言うびっくりすることが伝えられていた。そして帰りに北京大使館に寄ってバッグを受け取った沢木はこう書く。
「よく点検してみるときちんと盗まれていた」。でも盗まれたのは小額紙幣だけ、日本円にして10円とか5円といったていど、数にして3枚か4枚、それが全て消えていた。そして沢木はこう述べる。

『開けてみたらどうやら外国人の物で、領収書やチケットの類が大切そうに保存されている。もしかしたら大事なものなのかもしれない。このまま捨てたりしてはかわいそうだ。そう思ってくれたのかもしれない』。
そして優しい泥棒に当たったことになると結ぶ。
優しい泥棒という言葉の使い方に、沢木の優しい心根が汲み取れるような気がするが、僕は更に厳しい社会構造、そういう中であっても、中国の庶民の持つ「人」の本質のようなものが読み取れる。人ってそういうものだ。

そして昨夕、約束していた妻君と娘との会食の前に傷んでいるケースを取替えた。小田急デパートで選んだのはAquascutum。終生の友として愛用のつもり!長年の伴侶だった傷んだケースには敬意を表します。

さて、書いている今日は憲法記念日。9条を守ると宣言しておきたい。