日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

札幌からの帰郷:ANA便の中で・雲を!

2018-11-08 15:06:09 | 添景・点々

この秋、昨年に続く札幌市立大学「羽深研」の院生への講義(11月5日月曜日)を要請されての訪札となった。

 僕の講義の主題は、「建築家」の存在を伝えること、つまり「建築家って何者だ!」と言うことになる。月刊・建築ジャーナル誌に「建築家模様」と題して6年に渡って起稿してきた一文のコピー9編を配布したが、`若き秀英`がどのような反応をするか好奇心が湧く。

 とは言え、僕が帰京した後、彼らが手に取って読み解くかどうかは判らない。そのことは近じか羽深教授に聞いてみるが、僕の好奇心が刺激されるのは、「院生の風情」。講義の後、30分ほど彼らと語り合い、彼らの好奇心(細やかかもしれないが)が読み取れ、ナカナカの`若者連` だと感じ取ったことを、此処に記しておきたい。

 さて写真の雲、この写真を観ながらふと考える。

例年の訪札、何時もほぼ同じ座席、翼と雲のやり取り・その「対話」を聞いているような気がしてくる。雲の流れを観ながら、パイロットとパイロットモニタリング(副操縦士)も雲との対話、僕はその対話を感じ取っているのだが、さて来年は! などと、考えたりもする!

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冊子を読み解いていく此の秋の一時:俳句とムンク

2018-10-28 17:15:41 | 日々・音楽・BOOK

晴天に恵まれた此の秋の一時、ふと思い立って本厚木に赴いた。駅前のササヤカな広場では、二人の若者が歌っている。ちょっと立ち止まって聴いてみた。フォークといってもいいのだろうか!観衆はパラパラだが嫌味のないその風情・唄い振りにホッとする.

書店`有隣堂`で手に入れたのは、ルーベンスとムンクを特集した`芸術新潮`11月号と、角川の「俳句」11月号。さて、ルーベンスについては`溢れる自信で描いた男`、ムンクは、`底知れぬ不安を描いた男`とのサブタイトルが添えてある。僕はどちらかというと「ムンク」に興味があってどういう捉え方をしているのか!と、好奇心が刺激されているのだが、さて!

 此の2書、土・日の休日、我が家で冊子とは言え頁をめっくて眼を凝らし、その画像に眼をやって一文を読んではフッと考え込んだり、更にパラパラと頁をめくったりたりしていてちっとも前に進まない。まあ、時にはゴルフの優勝争を放映しているテレビにちらほら眼をやるものだから、どうしようもないなあ!と、密かに溜息をつく。

 「芸術新潮」は何年(何十年!)もの間読み続けたものだが、昨今興味深い特集号しか取得していない。今号はその特集(ルーベンス&ムンク)に興味真摯、そして角川の冊子「俳句」。高校時代に文学部の部長をやって、文化祭の実行委員長をやったりした我を思いが噴出したのだろうか?などと思いながらの起稿となった。

 そして芸術新潮のページをめくり、`俺は、ルーベンス派ではなく、ムンク派だなあ!と想ったものだ。此の冊子の一文、・・・鮮烈な印象を残す 《叫び》 の一言に、瞑目。

 

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秋の此のところ・吾の!

2018-10-23 14:47:08 | 生きること

この秋の早朝、小田急線で伊勢原に行き、東海大学病院行きのバスに乗ってすっかり馴染となった病院の、循環器内科の診察を受けた。

心臓の超音波、心電図検査などを受け、UCG(心臓超音波)結果を担当医の診断を拝聴、過去のデータを検索して戴きながら特段の疾患はないが!とのこと、ホッとしたが、でも!と思い、先生と相談して1年先の予約をして戴いた。時を経る、とどのつまり歳を取ること、先が見えないとの我が想いあり!

検査の折、この検査室に来たことがある、と思い出し、なんとなく溜息が出た。この一文は、辿りついた新宿の我が事務所で起稿。さてこれから書き綴っている「建築家模様第72編」の原稿に取り組む。

 <写真:東海大学病院から観る薄曇りの大山>

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ロマンスカーでの一齣

2018-10-17 18:14:04 | 添景・点々

何時の頃からか定かではないが、朝の通勤に小田急ロマンスカーに乗ることになった。厚木駅から町田までは各駅停車にのり、町田で降りてロマンスカーを待つ。

時間の関係もあって僕の前には数名しかいないが、僕の後ろに二十数名、多いときは30名ほど並ぶこともある。チケットはほぼ前日、時には二、三日先のチケットも取得したりしておく。車両も座席もバラバラ、なるべく窓際をとって移りゆく町や山地の光景を見て取るのが得も言われぬ楽しさだ、が、日の当たる席の大半の人は、幕を下ろして眠り始める。

掲載する写真は、今朝のほぼ初めての最先端車両からの光景、一味違って楽しい一時を過ごすことになった。

後方へ飛んでいく!光景に、なんとなく小さな旅をしているような気がしてきた。

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ロマンスカーでの一齣

2018-10-17 17:10:01 | 添景・点々

何時の頃からか定かではないが、朝の通勤に小田急ロマンスカーに乗ることになった。厚木駅から町田までは各駅停車にのり、町田で降りてロマンスカーを待つ。

時間の関係もあって僕の前には数名しかいないが、僕の後ろに二十数名、多いときは30名ほど並ぶこともある。チケットはほぼ前日、時には二、三日先のチケットも取得したりしておく。車両も座席もバラバラ、なるべく窓際をとって移りゆく光景を見て取るのが得も言われぬ楽しさだ、が、日の当たる席の大半の人は、幕を下ろして眠り始める。

掲載する写真は、今朝のほぼ初めての最先端車両からの光景、一味違って楽しい一時を過ごすことになった。なんとなく小さな旅をしているような気がしてきた。

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食卓のあかり

2018-10-09 17:07:08 | 添景・点々

秋の自宅の食卓、夏が去り、秋になっても冬を迎えても特段の事はなく、此の食卓の灯りは何時もただ光を灯すだけ。

長いお付き合いになったがこれがあるので夕食がうまく、なんとなくこの自邸の食卓、風情とい言う一言を感じる。ただそれだけを書いて置きたくなった。

起稿しているのは新宿の事務所、ほんの3センチほどあけた窓から、烏がクァア・クワアと叫んでいる鳴き声が聞こえてくる。秋の夕方の一羽(一話!)。

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この日の一齣

2018-10-06 13:10:03 | 日々・音楽・BOOK

薄蒼い空にゆったりと流れていく淡い雲を見遣る秋の日差しに満ちた部屋で、TVで放映されているヤンキースとレッドソックスによる`アリーグ地区シリーズ第1戦に眼を向ける。ベンチでの田中投手の姿が瞬時放映されたが、明日先発するとのことだ。

リードされていたヤンキースが追い込んで一点差に持ち込み会場が沸いたもののそのまま試合終了。チャンネルを代えると、ナリーグのフレーブスとドジャースが戦っている。

さてさて、4階の窓からやや下方に見える小田急線の高架鉄道では、ひっきりなしに車両が行き交っている。世の中は動いている、と瞬時我が胸に叩き込む。

こうやって、少しづつ時が経ていくのだとふと考えたが、これから`建築ジャーナル誌`に連載している`建築家模様`の起稿に取り組むことにする。

ところで我が妻君は、朝から洗濯や部屋の掃除で動き回っている。何時もの事だが一瞬目を閉じてしまう。ところで我が娘はいまどこで何をしているのだろうかなどとふと想う。

この秋の詮無い余話である。

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秋の一齣: 秋が来た

2018-09-15 18:15:20 | 愛しいもの

前稿(初秋の一齣;わが娘(こ)の書)をUPしたのは9月9日(日)、その一文とその前の稿の間に、下記`秋が来た′と題する一文をUPしようと起稿したのだが、何故か飛び越してその一文を掲載してしまった。それはともかく時が経つのが余りにも早い!。嘆いても仕方がないが、何はともあれ上記その稿をUPしてみます。

ところで、今朝(9月15日)のTVでは、エンゼルスの大谷が打席で構えているのに、放映が他の試合に切り替わってしまった。それはないだろう!と慨嘆するし、怒りを憶える。僕の住む海老名市の天気もすっきりしない。私事の`ぼやき`だが・・・・

さて、秋が来る:831日の稿に下記追記!

『夏の終わりに!秋が来る』と題した上記一文を記載してから9日を経た、今日は9月9日の土曜日。大リーグ、ロッキーズとドジャーズの一戦を、我が家でTVをちらほら見ていたら、ダルビッシュがノックアウトされ、アーアツ!と溜息がでた。しかも4回で5失点。何やってんだ!とつい愚痴たくもなりながらも、冷房が要らなくなり、窓を開けての秋の風を慈しむ』。そして、此の稿(下記)を追記する。

さて上記タイトル`秋が来た`、こんなことを書いた。『8月31日、今日は夏の終わりの日。新宿駅から事務所に向かう途中の中央公園沿いの欅並木。・・・今朝の並木道、小雨降る、それも小粒な・・・でも蝉の音(ね)が聴こえない。』そしてこう〆た。『・・・秋が来るのだ』。

 ところが9月に入った途端、新宿中央公園の蝉の音が復活。一週間たった昨9月8日(金)。心なしか力が籠もっていないものの、上記中央公園沿いの我が事務所への通い道、つい「ここを先途と蝉が鳴く」と言いたくもなった。海老名の我が家では、9月に入った途端蝉の音が聴こえなくなったが新宿の蝉は頑張っているのだ。・・・我が家では蝉の音は聴こえないが、厚木飛行場から此のあたりの空を引っ切り無しに迂回する軍用機の轟音が・・・どういうことだ!

 -写真- 秋の一齣・部屋から見る雲を受け止める大山連山

 

 

 

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初秋の一齣:我が娘(こ)の書を見遣りながら

2018-09-09 20:42:09 | 愛しいもの

来宅した娘が`書`を揮毫する。ためらいなく三筆。観ていて溜息が出た。此の書を師匠に見て戴き、赤の入ったこの書を参照して更にトライ、相互に得心するまでその繰り返しをするという。わが娘とは言え、ものを`創る`という真髄にトライしているのだと感じるものがある。

此の娘(こ)は、書だけではなくて、書画にもトライしている。                           

たまに来た我が家でもためらいなく執筆に挑むその姿を見ていて、はるかに`俺を超えた‘と想わないでもないが、我が創造力(苦笑!)が蘇り、さてどうしたものか,とふと考える。そして俺には俺のものがある!写真だ、と言いたくもなるが、そのパワーが!と付したくもなる。どこからか`それじゃあ駄目ジャン!という声が聞こえてくるが、娘が出展している著名な展覧会場での書画展を見ると、この娘(こ)を指導される師匠に まずは敬意を表したくもなる。

そして我が身。小学生時代の先生、高校時代の教師の指導に得心、そして想うのは、その教師の`好奇心の賜物`だとも想う。中学生の頃、殴り書きをしたような僕のスケッチに、先生の好奇心が刺激されたのではないかと、ふと想ったりもするのは、その絵をクラスの代表としてセレクトして下さっての展示、そんなことだがあったが、さて現在(いま)の僕を視たら先生はどう想われるだろうか!でもその先生方は一昔前に亡くなられたが、時折りそんなことを想う日々を僕は過ごしている。

一言添えると、此の一文を仮に妻君が眼を通すと、その妻君のあきれた顔が浮んでくる!

<提示する書・上記我が娘の試作>

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秋の気配の中で

2018-08-24 14:19:32 | 自然

8月の24日金曜日、今日の干支(えと)は`友引`である。

`友引` 良い日だとのイメージがあるが、なんとなく気になって広辞苑を検索してみた。すると思いがけない記述に戸惑う。「歴注の六輝の一つ、相引きで勝負なしという日」そして『朝晩は吉、昼は狂とする』とある。昼は凶? えっ!と驚いたが、次の一言には得心する。「俗信で、友を引くとして、この日葬式を営むことを忌む」。まあこういうことだろう、干支は!

なぜこんなことを記しておきたくなったのか?と戸惑うが、此の秋は母の十三回忌、妻君は、離れた地に住む僕の妹や、死去した弟の妻と相談すると言う。僕の妹は夫を亡くして遠隔地での一人暮らし、働き盛りのその子供達は仕事に忙殺されていて、日程調整が必要。この様な私事、ブログに記載することでもないが、前項が頭に浮かび、覚書のような感じで起稿した。雲の間からの日差しが戻ってきた。事務所から表に出てみるとムッとした熱気、そうだまだ8月なのだと改めて実感する。とは言え雲が高い。

 我が住まいの近辺では蝉の音が聴こえなくなった。新宿の並木通り、欅の木で喚(わめ)いていた蝉が居なくなり、新宿中央公園の樹々からの`ツクツクボウシ`と`みんみん蝉`の声も、心なしか元気がない。秋の気配が何処からか漂ってくる。

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