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光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

冷たい雨に変わる。ビニルハウスの中にある植物たち、ほか。

2015-12-16 14:05:58 | 植物・花(冬)
  少し気温が下がってきている。雨である。


  いまは振動はなくなっているようだが、午前9時過ぎからまたガタガタしだしたので、どうしようかと悩んだが。


  ちょうどきのう、このガタガタ振動ゆえ、昼ご飯どきに書いたハガキを出しに行こうと思って、帰って来たとき

  どの道を選ぶか考えて、遠回りの道にしたが、それゆえ最後の1分ほどは弱い雨を体験したが、まー空気のような

  ものだと思う。で角を曲がるときに、

  ちょうど車も来たので、ヒヤッとしたが、向うの方も安全運転で、なおかつ会釈のようなことをされたので、

  あれあのかたは、ちょうどここのいえの真東にある、いえに住んでおられて、・・・。まったく何の関係も

  ないことはない方だったかなと思って。でもそれが本当かどうか、これこそ一瞬なのでわからなかったが、

  ただ軽トラックの後ろにハボタンのようなものを大量に積まれていて、あれこれ見たことあるなと。


  ここのいえの近くで、ビニルハウスはあるが、その中を見ることは、道からも見えるので、特にしかられるとかと

  いった問題はないと思うが。さらに中にあるのはもちろん植物で、随分とたくさんあるなと思っていたものの一つが

  ハボタンで、季節だなと思う。

  でも結構高さがある。背の高いハボタンで、でもまさかキャベツでもない。

  この中を見たついでに、問題はないだろうと、そこに栽培されているハボタンと他の花を撮ったのだが、

  今朝は、特に考えることもなく、いくらかの画像を作っていて、このハボタンの様子も中に入れたが、

  やはりきのうの、軽トラックの荷の記憶があったのかも。その荷台のハボタンが、私が撮ったビニルハウスの

  中のハボタンかどうかはわからないけれど、可能性はあるな。ただ、珍しいものではなく

  ビニルハウスで育てられている植物に、ハボタンがあるというくらいの意味だが。


  他の花のほうがきれいでもあって、でもそれが何かはなかなかわからない。それだけ離れているし

  また大きく写せるものでもないので。


  で、今日もまたほとんどの方が興味のないと思うことを書いてみると、私は1954年生まれで、1945年からは

  9年たっている。この1954年は、午年である。干支に関しては、わからないというか興味もないが、午年だ

  というのは、昔から親に聞かされていて、そうゆうものかのままである。

  もちろん、動物の馬と関係があろうがなかろうが、午年で、いまは、ね、うし、とら、う、たつ、み、うま、ひつじ、

  さる・・・、と頭の中ではいえるが、ときにわからなくなる。


  それで、またまた古臭いことを思い出して、11月の30日だったと思うが、父の妹、二人いた叔母の一人に電話を

  してみた。この叔母だけがいまは生きている。

  固定電話で通じるので、特にお金のことなど思うことはないが、私のほうから連絡するのは、両親の死以外では

  珍しいことで、12月になると雪でも降って大変なことになるから、今のうちにと思ってのことだった。


  でも雪は降らないのに、いまはやはり結構大変である。叔母はまだまだ元気で、でも電話での話しぶりは

  やはりむかしよりは、パワーがなくなったような感じはあった。ただ、息子さんは親孝行な方で、叔母はもう一回

  自分の生まれたこの場所に行きたいという希望を持っているようで、このことを何度か話しているうちに

  繰り返した。人間とは、わからないものだなと思うのは私で。叔母にとっては当然なのだろう。

  この叔母が実は午年だ。昭和5年生まれ。きのう気が付いた。


  これにはもう一つ、要因があって、たしか一昨日姪が来た日の午後、電話がなった。この日は結構朝からきつ

  かったのだが、いろいろな手段を使って、気晴らしをしてどうにか正常、いや耐えられる状態に戻ったような

  気がしたが、もう暗くなるころに、午後の3時過ぎは部屋の中は暗い。蛍光灯がちらついているのに気がついて

  結果としては、その「ちらつき」をなくすことが出来たのだが、面倒なことでもあった。

  この作業中に、電話があって、ようやくどうにかなったというときがあったので、何度かけたのかあとから

  聞いたが、かけてくれたのが母の妹に当たる叔母で、小松にいるので年に一回は来てくれるひと。

  出たことは出たが、何しろ午前中も身体の痛みに耐えていて、午後もこの蛍光灯問題があったので、短い時間で

  切った。話せば長くなるが。


  まだ完全に直りきっていないときだったか、蛍光灯。で、この叔母についてももう年齢もわかっていて、あれ同じ

  午年だねと話したことを思い出したが、二回り違う叔母がいた、ということだけだが。

 
  多すぎる画像。



  その一。年末だ。




  その二。こんなところにも、ここはでもよそ様のカエデ。




  その三。初めに書いた、ビニルハウスの中。こちらは花。




  その四。これがハボタンだと思う。軽トラの荷と同じかどうかはわからないが。こうして生産されて
  いるのですね。




  その五。これは先週の土曜日である。





  その六。




  その七。




  その八。冬野菜は緑。




  その九。




  その十。青い空はいいねー。


  ここがいつ真っ白になるか。


  雨はしとしと。



暖かい雨、ネコの表情、イチョウ。

2015-12-16 07:09:23 | 散策
  近いという距離ではないと思うが、なかなか立派ないえの解体工事をやっているのを

  見た。何年か前までは、住んでいた人がいた。


  それゆえ、ここのいえも同じ地盤というか岩盤の上にあるのだろう。揺れる。一階だとあまり感じない。

  波に重ね合わせありで、さらによそからのものが反射して揺れが大きくなる。

  それとは違うような。


  でも、何しろ揺れがわかると、地震、雷、船酔いを思い出して、どうにならないので、

  これはお昼の時間だが、これは普通に年賀ハガキのつもりで、ハガキ2枚書いたが、これを

  郵便ポストに入れにゆくことにした。ちょうど午後の2時過ぎである。暖かかったかも知れない。

  雨雲は近付いていた。


  ポストに入れた。入った、2回くらいたしかめた。3回やろうとして、空を見るだけで止めた。

  その帰りに、解体現場を見た。


  いえを出るとき、ネコがしょぼんと南東のいえの角にいる。暖かい位置である。

  小さくなって座っているので、毛がモコモコでもあるので、ネコでなくてクマの子にも見える。

  目は開いているが、眠いらしい。

  30分たって帰って来たら、まだ同じ位置にいる。


  一旦いえの中に入り、着替えて、「コチャ」どうしたと聞いてみる。

  コチャは、私が考えたネコの名だが、時間はかかったが、食べるものは食べた。

  残したけど。

  ニャーというと、もちろん鳴いてくれる。今回は、クマは止めた。

  で、コチャというとやはり鳴く。2m離れて。

  右の耳の後ろに血痕が付いていて、また負けたのかと思ったが、気の優しいネコだから

  しょうがないかな。

  ネコは眠いとなかなか動けない、というのは事実のようだ。


  きのうの朝はこのイチョウの木がいいと思って。












  もう葉はないはずである。


  まだまだ、たくさんナンテンの赤い実があるのをきのう歩いていて知った。

  雪囲いが、気の毒にも見える。



12月14日、宵の早い時間だと、まだ夏の星座が見える。夜は長い。

2015-12-15 13:48:01 | 星空・天体・宇宙
  近くで、地面を掘っている、あるいは杭のようなものを打ち込んでいるのか。いまいるところは

  2階なので、けっこう短い周期での振動が来る。理屈は地震と同じかな、揺れる。

  蛍光灯からぶら下がっている紐、スイッチのことだが、この紐は揺れることはないようだが。

  床板が一番細かい振動を伝えていて、上向いてしばらく横になっていたが、けっこう気持ちの悪い

  ものだ。モニタも揺れる。



  きのうの夜、予想していなかったが、晴れてきたので、簡単カメラをやった。

  いまの感じいうと、何か目的があってというのは、夜中から朝方の時間的にはありそうだ。が、

  宵の時間、あるいは午後10時台までだと、まだまだ夏のあるいは秋の入り口の星座、星々が写ることが

  多い。

  ものすごくいい空ではなく、かなり明るい。相変わらず、港の上にかかっている橋の光が、なぜか天空を

  照らすので、この太い光の束がよく写る。ニュートリノに関係ないけどね。


  いま一番わかりやすいのは、西の方向では、はくちょう座のα星である、デネブでほぼ西北西の空に、

  ポツンと明るい。

  こと座のベガはもうかなり低く、わからない。

  このときからある一定の時間、西の空を見ていても、明るい星は現われない。

  朝に近い暗い時間だと、冬の星々がわかるが、きのうは雲も薄いがあったので、その時点での撮影は

  やめている。


  流れ星のことは普段考えないが、これと関係なく今回はかなりばらばらの、焦点距離で撮っている。

  ただポラリエを使って、恒星時追尾はしている。カメラはいつもの、キヤノンのG1 Xである。

  広角の画像があるので、普段とイメージは違って、全体的には地平近くは明るい。

  一枚だけ、もう少しでアンドロメダ座のM31に届くというところがある。ここにはアンドロメダ座の

  α星が写っている。ペガススの四角の一つの星でもあるが。

  みなファイルのイメージである。




  その一。はくちょう座というより、まっすぐに伸びる橋の照明、光の束がよくわかる。




  その二。これはわかりにくいが、一番下に小さく「いるか座」があり、その上の星が写っている。
  ほとんどペガススの星。




  その三。地平座標でいうと、かなり右側、北西方向で、はくちょう座の、右側が。
  ここは私もなかなか見ることはない。




  その四。左の明るい星が、デネブ。右に一本の白い線が見えるが、これが何かは断定はむつかしい。
  光る何かが、かなり早い速度で移動している。


  ここまでが大体午後の8時台。


  一枚だけ、午後10時半過ぎのものを、ほかもあるけど、ここでは一枚だけで。



  その五。右側の下にある、明るい星が、アンドロメダ座のα星。これがわかると、その上にある
  星も同じ星座のものであることがわかる。


  狭い範囲であるが、パッとこの画像を見て、なかなかすぐにそこは、あるいはここはどこかがわからない。

  似たような星の並びは多いが、西の空と時間で、星図で探し出す。



  今日は不思議とまだ晴れている。雨の予報だが、晴れ間もいまの時間だけだろうと思う。


  冬らしさもない。いまのところだけど。



きのうの夜は晴で、なぜか大きな流れ星が見えたのだが。

2015-12-15 07:06:05 | 散策
  今朝も天気は晴で、空にしかし雲が多くあるときもある。

  気温も下がってきた。


  でも去年よりは間違いなく、気温は高め。

  今年の残りの日数は、もうどうでもよくなった。

  一日に出来ることは限られる。


  夜のことで、食事を終えて、あとはごろり。


  午後7時半ごろ、ふと外を見てみると、天気回復している。

  晴れかいな、感慨深いものがある。


  ギリギリのところだが、出来ないこともない、星撮り。


  これをやっている間にも、じっとしていると返って疲れるので

  あちこちの窓から外を見る。


  時計を見ると8時半だった。

  東の空を見ていた。窓からだから、そんな高い空ではないが、

  北の方角から南へと、北北東から南南西のほうが近いかな。

  オリオン座の上のほうから、かなりゆっくりとだが、星が流れた。


  明るく、1秒以上は輝いていて、緑色にも見えた。これが流れ星だとすると

  ずいぶんと長い時間見えていた感じである。ほとんど瞬間が多いが、これは長く感じられた。

  ホッペタをつねったが、痛かったので、間違いなく何かが輝いた。

  人工天体の落下の可能性もあるが。


  
  きのうの朝の様子。






  わずかに赤い。







  明るい空だが、暗く見えてしまう。晴れているということだが、
  目で見ているのが一番やはり美しい。


  今朝もいまのところ、晴れで雲はあるが、きれいな日の出を見ることが出来そう。



冬の木々の素顔あれこれ。ほか、胡椒も少々。

2015-12-14 14:03:41 | 植物・花(冬)
  今日はもう覚悟をしていたが、本当にギリギリのところで、いまがあるので、画像だけは用意していて

  後は時間があれば、余裕ということだが、なにか書きたい気がする。


  ここのいえの木々の、あるいはそばの木々の素顔。幹があれば、枝があって、葉があって。

  木々のどこかに、何かを見つけたいと思うのはよくあることだが。




  その一。これはモチノキ。さっぱりしている。硬そうである。でもこの木にも寿命はある。
  冬、雪が積もれば、枝も折れる。




  その二。その一に、幹の表面に何かが、人の顔が多いが、そうゆうものがあるなと、このその二の
  枝の様子を見ていて、思った。




  その三。モチノキというのも、まったく知らなかったが、これは別、違う。この木はかなり大きいが、
  それゆえ枝葉を伸ばす。この木が、不思議とあちこちから、出てくる。




  その四。道に面している。何十回と、道にはみ出た部分は切られている。この木の幹の表面を見ると
  苦悩のようなものも感じられる。




  その五。常緑ではない、枝だけ残っている、若い木があるが、この下に実がある。たぶんエゴノキで
  このエゴノキも、ここのいえにもたくさんあるが、他でも見かけることは多い。





  その六。同じ木があるところを、位置を変えて撮った。冬らしい、あるいは冬らしくないとも形容
  できるが、若い木々の特徴かな。新鮮で、来春を待っている。




  その七。大きな葉を付ける。似ているのに、ホオノキがあるが。これはかなり背は高い。
  幹は細めで、でももう少し近いとその表面に、人間なりの動物の顔が浮かんできそうだ。

  どうもその目的は撮っているときはなく、中途半端である。




  その八。スギは好きですか、と聞きたくなるような、ここのいえのスギの木。この感じだと
  花粉はたっぷり出来そうだが、難儀なものである。





  その九。少し視点を変えて、これはまだ残っている、ケヤキの小さい木の葉。順光。
  このくらいになると立派だな。




  その十。透過光で。

   
  植物とは、話は出来ないが、話かける人はいる。植物が何か言いたそうだ、そう思って耳を傾ける人も

  いる。やったことあるかな。タンポポとか撮っていると、お礼をいいたくなるが、きっと植物は人のため、

  あるいは虫のために生きている。だから別にお礼はいらない。そう言うかな。


  むかしタネを蒔いた。たしかビジョナデシコ。これはなかなか咲きそうになかった。芽が大体出るのが大変で。

  似ている花もあるが。でも最後にはいくらかは咲いた。あまり感激はなかったか。心の中では、なぜ咲かないと

  文句をいっていて、ようやく咲くと、その先はなかった。ずっと咲くかなと思ったが、3、4年はあって。それで

  終わった。



  今日は、姪が来てくれた。天気がいいので来るかも知れない、と思う。ちょうど髯を剃っていて

  それを掃除しようとして、窓から外を見ると、車の先に、いたので、上のほうから声をかけた。

  いま鍵を開ける。

  ネコを見ていたらしい。


  電話で、1週間に一度話をする。でも電話は便利なようで、直接に会うのとは違いが大きい。

  この前に、彼女が東京に出かけたときがあって、そのときも携帯にこちらから電話をかけたが、日々の情報は

  どうしていると聞いた。東京には行っているが、知らないところも多いだろうと聞いてみるとと、さらっと

  「スマホを買った」と。

  そのときだが、それじゃ今度こっちに来るときがあるだろうから、持ってきて見せてというと、うんわかった

  という。


  私は、今日はそれ以外に、いろいろ話をしたが、このスマホについても、もちろん彼女は持ってきてくれて

  見せてくれた。

  まだ慣れていないようだが、でも大切に丁寧にという感じで、こんなのという画面を見せてくれる。

  でも渡してくれたときに、受け取り方が悪かったのか、もう画面は動いた。

  スマホは、10分くらいで、それ以外の話の時間が多かったが、たしかになんだか面白そう。

  ただ小さいので、私には必要はないし、使うことはないだろうと思う。

  もちろん、料金も聞いてだけど。




暖冬そのものに、異変ありという感じ。

2015-12-14 07:10:56 | 植物・花(冬)
  ここには私の都合のいいことしか書いてなくて、それもわずかに変えている場合があるが、

  いろいろなことが起こると、書いていることにも異変の兆候がある。私自身にもそれはわかる。


  きのうの夜、やっぱりひどかった一日を振りかえっていたが、去年の12月の欄、今年の手帳だが、

  雪の文字がもう何度かあって、その記憶が再びよみがえった。

  そうだ、4日くらいから、早くも大雪という状態だった。風邪気味とも書いてある。

  4日が雪なら、その前から寒かったはずだ。で、ハガキなどは11月にもう書き始めている。

  ハガキのことはずっと記憶にあるが。


  今年の12月はと思う。残り2週間とちょっと。雪はチラッとあっただけで、まだ実感はないが

  やはり暖かい。

  きのうは特に、午後から気温が上がっているのだが、これになかなか気が付かなかった。

  灯油ヒータをつけたり消したりしているが、LOWで、15℃とかになっている。

  背中にカイロを貼り付けているが、暖かさのありがたみもよくはわからない。


  コタツのスイッチを入れたのも遅かったが、食事を作っていて、1時間以上はつけたまま。

  これがだめで、熱すぎると分かったとき、すぐにスイッチを切った。

  さらにそれでもまだ暖かく、コタツをはずして、なお布団の中に風を送って。

  その後は、慣れないことをやり続けて、足がジンジンして、足だけ燃えている。

  でも眠った。眠って、またボケたなと思う。

  焦っているのはわかっているが、結局何が優先されるべきか、決断、何回思っているか。




  ツバキが咲いていた。










  これは名のわからない白い菊のような花のいまで、花が菊でこんなタネが出来るのを見たことは、

  あったかなー。(追記:葉を見ると、これは別の花だな、こりゃあかん)。


  ようやく明るくなってきた。



冬の太陽と冬を待つ植物と。ついにハガキを書く。

2015-12-13 13:53:52 | 散策
  ときどき、非常にいいなと思える天気になる。

  ポカポカはしないが、穏やかである。風はわずか。気温はまずまず。雨はなしで、日も照る。

  これがお正月だったら、という気にもなるが、むかしの暖冬のときはこうゆう天気だった。


  午前中、どうにか朝やることも済んで、それでもどうするかしばらくの時間悩んだ。

  Eテレで、日曜美術館という番組、名が違っているかも知れないが、そうゆうものが午前9時になると

  始まる。すると、そこにまずは人が登場するが、TVでしか知らないけど、女優さんだが、女優さんは

  いいけれど、カメラをぶら下げている。カメラマンのお仕事もされているのか。それよりも
 
  そのカメラを見て、メーカ名と機種名を見て、これは本物だな。インテリアというか、お飾りというか、

  衣装の小道具ではない。うーん、重くて持てそうにないけど。


  とここまで書いて、でもこの番組は今見るものではないと思う。違う、しばらくしてそう思った。

  やはりハガキである。気掛かりである。早いのは11月の半ばに来ている。これは喪中のものだが、

  まー年度末の挨拶である。人に天命ありだが、幸福な旅立ちだと考えざるを得ない。

  このところ、年賀ハガキも書けなくて、2012年だったが、また一年、また一年たって、去年から2014年だが、

  どうにか11月からハガキを書くことが出来るように。やらないといけないという気持ち。


  これらに関する、むかしのハガキとか、自分で作った簡単名簿などは箱に入っている。来年2015年に書く

  ために。


  もちろん、2016年の年賀の意味が大きい。それを見つけたのが、たしか今年11月の初めで、これだけあれば、

  今年もなんとか年度内に、年賀ではないが、年末までに年頭の挨拶の意味を込めたハガキは書けそう。

  そう思った。


  あれからもう多分一ヶ月以上たっている。でついに、コタツの前に座る。これは居間のコタツで、電気は

  入っていない。ここで書くことや、食事の一部をとる。

  まずはまとめてある喪中のハガキを。3枚である。9月、秋分ころに来たものは、これから海外へ出かけて

  きますというもので、これに対する返事はすぐに書けた。これもちゃんとある。

  まずはまだ50円ハガキはある。52円も買ってあるが、2円切手シートもある。これを使う。でも残り、もう20枚

  くらいである。一回に買うハガキは50枚。古くても使えるハガキとなると、これはまだかなりあると思う。

  いくらか80円切手とかもあって、2円切手もある。だれが、集めていたかというとこれが母で知らなかったが

  探したら出てきた。いまもどこかにあるのだが、またこれに関してわからなくなっている。


  で、書いた、3枚。お見舞いのハガキの書き方、一番楽なのは、そうゆう文例をまねることだが、喪中ハガキに

  対するお見舞いハガキの例は少ない。私は電報のものだと思うが、これを参考にしているが、間違いやすい字が

  多い。これはごまかせるものはごまかす。


  ただ決まり文句だけでは、どうしようもないので、私はだが近況も書く。結構体はきついですとか、暖冬に

  なるといってるけど、どうですかねとか。最後にはどうしても、いい年を迎えて下さいとなる。

  こっちから書くにはいいだろう。そう思っている。いつもそうしていたのだ。


  もう一度、文を辞書とかで、あるいは住所なども確認。3枚で1時間半かかった。ここからが勝負どころで

  ポストに入れて、ようやくのハガキになる。まとめては、もう許されない。

  勇気を持って、外に出た。いい天気だな。みな冬タイヤへの交換をしている。キーキー、これは違うな。


  しかしあるご家庭でやっていると、他でもそう。日曜だし。

  郵便局前のポストにいった。中にちゃんと入れた。封筒に入れ持ったが、帰ってきて封筒の中は空で

  入ったことは間違いない。

  12時に近い時間で、それから簡単な食事。空腹感はなかったが。


  で、冬の太陽はきのうの晴れ画像、枯れてゆく植物もある。もちろん来年のために。



  その一。お日様は出ている、これはあったほうがいいな。




  その二。枯れ用水の水に反射する太陽光。こういったものは、ほとんど見ないで撮っている。まぶ
  しい。晴れはまぶしい。




  その三。




  その四。エノコログサがまだあった。これはよさそう。




  その五。ちょっと順番がおかしいが。





  その六。




  その七。拡大すると、これもまだ大丈夫。




  その八。緑もある。




  その九。危ないところだ、雪が降ると。




  その十。イチョウ、もう葉はほぼない。


  やはりお腹が出ているので、腹筋もないのでそこが痛いな。

  書くのはこれゆえ辛い。



朝は弱い雨が降っている。この先の天気は、ぱっとしない。

2015-12-13 07:16:01 | 散策
  日曜日であるが、いろいろなことがやはり毎日あるものだ。


  今日もいいことがあればと思うが、どうなるか。


  きのうはネコの姿を見て、元気そうで安心した。

  その前だったか、寒くはないので、いえの前の道に出て、どこかに何か冬らしいものがあるか探していた。

  すると前方から、中学生、しかも女性である、3名おしゃべりもすることなく、自転車で走ってくる。

  ここは道を譲るべきと、安全なところで待っていたが、それまではおしゃべりはあったのかも知れない。


  いまでも、知らない人でも会うと、朝なら、「おはようございます」という中学生は、男女関係なくいる。

  でも、こちらからいうことはない。通り過ぎるときに、小さいこえで「おはようございます」と聞こえた。

  タイミングの問題かな。私が思ったのは、元気そうでいいなーのただ一つだが。でも最近の事情、

  これは昔よりも陰湿になっているようで、やはりこの明るさは表面的なもの、と考えるのがいいのでは

  ないか。


  教育TV、Eテレでも、よくいじめの番組が流れる。高橋さん、というあれである。見ないけど。

  
  他だと、やはり暖かかったということで、ぼんやりとした感じでいたが、まずは宅配が早かった。

  来るかもとは思ったけど。ちょうど、台所にいて、わからなかった。

  これは、ドライバーさんによる。早めにとお願いしていて、その方が来るとは限らないので。

  3ヶ月ぶりくらいだろうか。


  ただ、一週間分の食料で、品数も多いが、久しぶりに、注文して納品書にも書いてある、あるものが

  入っていない。

  確認に時間がかかる。しかし、ない。連絡する。これがあると、簡単に、1時間くらい時間がたつ。

  暖かかったからであろう。

  まーたまにあるのが普通だけど、最近1年はなかった。


  12月のぼんやりとした空。














  雨で地面がぬれているが、空に明るさが出てきた。

  たまにお日様も見えるかな。


 
  

きのうの細長い雲、シグレのようで暖かい雨だった。今日の空に冬はない、明日は。

2015-12-12 13:43:54 | 散策
  画像は、ほぼ前日までのもので作っているので、どうもいま書いていることと、画像の不一致がひど

  すぎる。


  でもこれは仕方ないというか、この方法でしかやれないというものがあるので、ご容赦願いたいと思う。

  またもう10年くらい、このgooのブログを使わせていただいている。無料版である。もちろんただで、あるいは

  何もなしで、こうゆうことは出来ない。あまたの広告の中に、いったいどのくらいにその会社の製品を購入

  しているか。しかし、これは問うこと自体、意味のないことで。


  ただ一つたまに書かないといけないことは、無料版ゆえ、掲載できる画像の容量は限られる。続けているが

  原則古いものを削除して、空きを確保している。したがって、キーワードとかでたまに検索に引っかかってと

  いうものを私も知ることができるが、古いものの画像は私のハードディスクには残ってはいるが、それもほぼ

  100%。でもいまの状況で、削除したものをたとえば選んで再び出すということは出来ない。ここはわかっていた

  だきたい。


  ここで、今日に戻ると。


  先にお天気は書かないといけないか。小春日和は、いまの時期にもう使わない言葉だと思うが、それよりも

  はるかに、いいお天気である。ただ気温だけが、この年齢になると、まだ多少は足らない感じがある。それでも

  コタツもいらないし、灯油ヒータもつけていないし、もちろん電気ヒータも使っていないので、冬の真夏と

  いっていい。眠くならないために、なるべく動いているが、きのうの後遺症はこれはなかなかなくならない。

  一年間ずっと後遺症。これも長くなった。


  朝の9時半ごろ、ここはどうしても外に出てと思う。外に出て損はない。お日様の光で、ビタミンも合成される

  だろう。この理屈もわからなくなったが。運動よりはやはり画像となるが。


  だが、朝ネコの鳴き声がしたような気がして、もう慌てる必要はないことはわかっているので、聞こえたかも

  知れないが、この天気だと、ネコが必要ならそばにいるだろうと思った。その時刻が午前9時半で、外に出て、日に

  当たって多少は風景を撮りたいと思った。

  一応、ネコ専用にもなったドアを開けた。すると、距離にして10mくらい離れているか、かすかに鳴き声がする。

  日の当たる位置だが竹の中にいるので、こちらからはわからないが、たしかに鳴いている。でもネコはこの

  ポカポカ陽気で眠い。しばらく時間がたって、ネコは動かない。したがって、この場合ネコのことは

  気にしなくてよい。ようやくそう思う。


  で、変わらず近くを歩いて、それでもほぼ快晴で、自分の目ではよく見えるが、カメラのモニタは変わらず、まだ

  ましなほうだが、どの辺を見ているか、わからないままだ。が、これはもう私の勘でやるしかない。

  ノーマルモードで、50cm。マクロで、もっとも広角側で、1cm。昔の企画かな。

  ギクシャクした歩き方になるが、それでも30分以上は時間だけはかかる。カメさんなしで歩くとすると、どの程度の

  距離を歩くことが出来るだろうか。こっちのほうがはるかに、大切だ。でも割り切れない。


  歩数よりは時間で、やっていないから書くが、さらにいうなら、確実なのは距離だと思うが、この距離というのも

  地図を見てもなかなか正確には表現できない。もっとも短い距離の値、直線で、たとえばBAという位置を指定して
  
  ABに戻ってくるとする。この最短距離は、ものさしを使えばわかりそう。


  ここを例に取ると、富山湾まで歩いたとしても、そこに海があっても、最短距離でいうと、2kmかも知れない。

  これを歩いたのが、もう7年前で、その後はない。往復で、4kmである。ないかも知れない。


  話がそれた。

  土曜日の九時半は、スイエンサーをやっている。ここはカタカナで書くが、むかしは教育TVといった局で流れて

  いるもの。このところ、ちょっと冴えない。帰ってきたとき、なんとかダンス。詩と、踊りと、というと、この

  グループ名は決まる。これがなかなか出ないが出た。エグザイル、EXILE。


  いったい何分外にいたか。辛くなってきた。

  それでネコは、眠そうにしていたが、声をこっちからかけた。

  帰ってきてここは辛いが鼻うがい。今日二度目。これが終わって、ドアを開けると、なんとネコが

  申し訳なさそうに、人間的な解釈で書いている、いつもの位置に鎮座。

  短く、出してあげたもの、みな食べた。最近残すことが多いが。3分くらいかかっていたが。

  これは余分だが、しばらくして、玄関開けたら、ネコが再びベッドを探しにゆくところ。

  この時間差、食べて、すぐに姿を消して、玄関から見たときまで。5分くらいかな。



  で、これはきのうの、午前中の、寒くはなかったが、滅多にない状況にあったときに、気晴らしのため

  撮った空。気持ちを分散させることも重要だな。




  その一。細い雲が槍のようにあるような。あるいはトンネルかな。暖かい雨で、シグレだ。おかしい。




  その二。以下雲の細かい様子だが。




  その三。雪山も。




  その四。




  その五。





  その六。毎度の風景、ここで撮っている証し。




  その七。




  その八。




  その九。あくまでもきのうのシグレのような、暖かい雨の止んでいるときの雲。



  今日は快晴。

  いまはぼんやり立山連峰。霞んでいる。信じられない。




眠いはずが眠れないのが、一番辛いか。

2015-12-12 07:06:27 | 散策
  外は明るく、風が冷たいが気持ちのよさがある。


  あれだけ雨が降ったのだが、いまはそれを思い出すことが出来ないくらいで、地面なども乾いている。

  室温、11℃。晴れそうである。



  きのうの不快感はあまり経験はないが、どうにか午後の1時までには、長かったが、なくなった。

  Win 10の導入については、ADSLだけど、わずかに早くなるものに変えているので、1時間半くらいで

  ダウンロードは終わった。その後の設定とかは、訳のわからないものが多かった。これで少し時間。

  しかし、これは使えるものではないな。61歳の頭で思う。もとの位置にしまう。


  いつものPCを使えるようにして、午後4時を過ぎていたか。きのうは暖かかったから助かったが。

  布団にコタツを入れたのは、その午後4時半過ぎで、それでもやはりないと寂しい。

  夕食も終わって、しかしそのあとに、かなり強い眠気が来ていて、眠りには落ちなかったが、

  早めに眠るのが利口である。だが、これが不思議で、いざ眠るとなると眠れない。


  布団が熱すぎる。これが一つある。風邪のようなで違うかも知れないが、布団の外の空気の温度と

  布団の中の気温差、の問題か、今度はクシャミが出て、半分は鼻詰まり状態に。

  これも、しばらくすればなんともなくなるものなのだが、今度は眠気がないことにも気が付く。

  こうして、熱いような、息苦しいような布団の中にいて、だがどうしてかトイレだけいきたくなる。

  いかないときはいかないのだが。


  夜中12時近くになって、ようやく欠伸が出た。この後、眠ったという感じになった。

  朝まで起きなかったが。

  生きている限り、いつも新しい経験というか何かがあるものだが、老化が激しいのは

  わかっている。

  不快というのも、実はほんの小さなことだったりで、愕然ともするが。


  外は明るくなってきた。













  これは夕方である。12月7日だが。


  忘れるしかないか、いやなことは。