■ Debussy 「 L'isle Joyeuse 喜びの島 」は、なぜ華やかなのか■
2012.4.11 中村洋子
★本日夕方、スマトラ島沖で M8.9の大地震が、起きました。
ちょうどその瞬間、私は、ピアノの音域を遥かに超えた、
極めて高い音、キーンという澄んだ音が、
遠くの方から、耳に突入してきました。
同時に、まるで竜巻に巻き込まれるかのような、眩暈も感じました。
地球規模で、地下の巨大プレートやマグマが動き、
揺らいでいるのでしょうか。
不安な毎日が、続きます。
★前回のブログhttp://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20120406
≪Beethoven弦楽四重奏a-Moll Opus 132に見る真正の対位法 ≫で、
Beethoven (1770~ 1827)の ≪ 自筆譜 ≫ 上で、
「 フレーズ 」 が、どのように書かれているかを、読み解くことにより、
Beethoven自身 “ どのように演奏して欲しい ” と、望んでいたか、
それが、分かってくることを、お示ししました。
★当ブログでは、度々、Frédéric Chopin ショパン(1810~1849)
自筆譜の 「 フレーズ 」 が、いかに精妙に記譜されているか、
そして、Chopin 自身が、どのように演奏していたかが、
「 フレーズ 」 の分析により、手に取るように分かることを、
書いてきました。
★Claude Debussy クロード・ドビュッシー (1862~1918)
についても、同じことが言えます。
ピアノ独奏曲 「 L'isle Joyeuse 喜びの島 」 (1904、Durand) を、
例として、見てみましょう。
★冒頭の1、2小節目、右手のみで奏される単旋律は、
全く、同じです。
一見しますと、同じメロディーを二回、
繰り返しているだけのように、見えます。
しかし、自筆譜を子細に眺めますと、この 1小節目と 2小節目は、
明らかに、内容が異なっていることが、分かってくるのです。
★Edition de Roy Howat の 2005年 Durand 版は、
「 ドビュッシー全集 Complete works of Claude Debussy
Série Ⅰ volume3 」 からの、 「 抜き刷り 」 です。
冒頭1小節目の1拍目は 「 p 」 、同時に、そこから
crescendo の hairpin が始まり、3拍目の前半、
2点ハ音c2の音まで、持続する、という記譜です。
これは、自筆譜通りです。
2小節目の記譜も、1小節目と全く同じになっています。
★やや古いのですが、1986年刊行の Henle 版
( Edited by Ernst Günter Heinemann、 Françoir Lesure /Préface ) も、
かなり良い版ですが、ここでも、冒頭 1、2小節目は、
全く同じ長さの hairpin が、記されています。
★しかし、Claude Debussy の自筆譜を見ますと、
様相は、一変します。
1小節目の cescendo hairpin は、前述のように、
3拍目の前半 c2 ( 2点ハ音 ) までですが、
2小節目の crescendo hairpin は、なんと、2拍目の終わり、
cis2 ( 2点嬰ハ音 ) の 2分音符トリルのところまでしか、
つけられていません。
★3拍目の冒頭、タイにより 1拍目から延長されている cis2 には、
crescendo hairpin は、掛っていないのです。
★これを、どのように解釈すべきなのでしょうか?
出版の際、 Debussy が、2小節目の Crescend hairpin の長さを、
1小節目と同じく、 3拍目前半まで延長することに、たとえもし、
同意していたとしても、自筆譜を書いていた瞬間には、
Crescendo hairpin の長さは、違っていたことは、
まぎれもない事実でしょう。
★それでは、これを、どう演奏に活かすべきなのでしょうか?
そのヒントは、1小節目に付けられた ≪ slur スラー ≫、
2小節目に付けられた ≪ slur スラー ≫ に、あります。
★Durand版も Henle版も、スラーは、 1拍目の 2分音符
cis2 ( 2点嬰ハ音 ) の符頭から、始まり、
小節の最後の音 gis2 ( 2点嬰ト音 ) の符頭で、終わります。
きっちり、小節の冒頭音で始まり、終止音で終わる、
教科書的な、記譜です。
★しかし、 Debussy の自筆譜は、実用譜とは全く違います。
1、 2小節とも、スラーが始まるのは、 ( 実用譜と同じ )
1拍目の cis2 からですが、終わる位置は、異なっています。
1小節目は、最後の音 gis2 に向かって、
スラーが、その腕を精一杯延ばし、やっと、 gis2 に到達した、
という印象です。
エネルギーを、感じます。
★それに対し、
2小節目は、最後の音 gis2 の符頭を、軽く飛び越え、
2段目 ( 下の段落) の、 3小節目冒頭 cis2 の、
トリルに向かって、たなびいているように見えます。
★この 「 たなびく 」 という表現は、覚えていらっしゃいますか?
Beethoven ベートーヴェン(1770~ 1827)の弦楽四重奏 a-Moll の、
2小節目の cello のスラーが、符頭の上で終わらずに、
「 たなびいている 」 と、私は書きました。
是非、もう一度、前回ブログをご覧ください。
★ この Beethoven の記譜から、読み取れることを、
この Debussy 「 L'isle Joyeuse 喜びの島 」 に、応用しますと・・・
1小節目は、この曲全体を束ねる 「 テーマに近い内容 」 をもち、
1小節だけで、完結しているため、
スラーが、それ以上触手を広げる必要はありません。
★しかし、 2小節目は、一見したところ、同じ旋律を、
繰り返しただけに見えますが、crescendo は、
1小節目より短く、起伏が小さく、
1小節目の 「 主 」 に対し、 「 従 」 であるとも言えます。
そして、スラーにより表されるフレージングも、 1小節目のように、
独立しておらず、 3小節目に向かって流れています。
★では、その 3小節目は、どのような存在なのでしょうか?
1小節目を一つの単位としますと、2小節目はその反復です。
3小節目は、反復を始めるものの、少し変化させる
「 同型反復 3回 」 の原則に、拠っています。
1、 2、 3小節とも、小節の開始音は、同じトリルです。
しかし、3小節目は、1、 2小節のように、 「 p 」 ではなく、
「 f 」 にしています。
これは、3小節の冒頭で、 「 小さな頂点を作っている 」 と、
いってよいでしょう。
★つまり、 1小節目は 「 テーマに近いもの 」 、
2小節目は、その 「従 」、
3小節目は、 「 小さな頂点 ( high point ) 」 と、考えられます。
これにより、この 3小節を、Debussy がどのように設計し、
演奏していたかが、お分かりになると思います。
★1小節について 「 テーマに近い内容 」 と、書きましたが、
Debussy は当初、この独奏曲 「 L'isle Joyeuse 喜びの島 」 を、
「 独奏曲 」 として、作曲した訳ではなく、
「ある組曲 」 の 「 終楽章 」 と、考えていたようです。
( 現在の、Suite bergamasque ベルガマスク組曲ではありません )
★ L'isle Joyeuse は、1904年に Durand社から出版されています。
しかし、そこ至るまでには、軋轢やトラブルが、多々あり、
結果的に、Debussy の当初の意図とは異なり、
「 独奏曲 」 として、出版されたようです。
また、作曲時期についても、はっきりしたことは不明です。
★ここで、注意することは、
終楽章のテーマは、組曲 1楽章のテーマのように、
≪ 全楽章を支配し、睥睨する ≫ ものではない、
ということです。
構築されている緊張度、密度はやや低く、逆に、
演奏する楽しさ、華やかさは、際立っています。
いわば、 「 カデンツァ 」 のような性格です。
★日本では、 「 Debussy 」 といいますと、
「 L'isle Joyeuse 喜びの島 」 の名前が、
反射的に返ってくるほど、好まれ、
群を抜いて、コンサートで多く演奏されています。
「 L'isle Joyeuse 喜びの島 」 の、見かけ上の華やかさに、
誘引されるのでしょうか。
「 論理に論理を重ねる 」 組曲の第 1楽章のような曲は、
どうも、苦手のようですね。
★しかし、 「 L'isle Joyeuse 」 を演奏する際には、
書かれていない 「 組曲の第 1楽章 」 の “ 存在 ” を、
念頭に置き、常に、それを意識して弾く必要が、あるのです。
★それをしませんと、この 「 名曲 」 も、
ただ華やかで、技術を誇示するだけの曲に、
なってしまう危険性が、大いにあります。
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