■≪「稚魚の会」の お軽、勘平 ≫ その劇的表現と、バッハの音楽的構成■
2010.8.21 中村洋子
★今秋、ドイツで出版される3冊目の楽譜 「 チェロ 四重奏曲集 」 の、
最終的な見直しで、忙しい毎日です。
★本日は、トルコで、ベッチャー先生のリサイタルがあり、
私の 「無伴奏チェロ組曲第 1番」 が、演奏されることになっています。
★また、浜松ではきょう、斎藤明子さんにより、
私の 「無伴奏チェロ組曲第 3番」 が、ギターで演奏されました。
明日、名古屋でもこの曲が、演奏されます。
★どちらも、無伴奏のリサイタルで、
バッハの 「 無伴奏チェロ組曲 」 と合わせて、演奏されます。
★気分転換に、国立劇場での 「 青年歌舞伎公演 」 を見てきました。
「 稚魚の会 」 などによる 「 仮名手本忠臣蔵 」 で、
その 五、六、八段目 を見て参りました。
★五、六段目 は、いわゆる 「 お軽・勘平の物語 」。
どこか軽く、そそっかしい性格の 「勘平 」 が、
偶然に振り回され、
最後は 「 自害 」という悲劇に、向かっていくお話。
★プロットの積み重ねが、相思相愛の男女を破滅に導く、
シェイクスピアの 「ロミオとジュリエット」 を、思い起こさせます。
★五、六段目を、独立した物語とみた場合、
さまざまな偶然、思い違い、誤解が、少しずつ絡みあい、
中間部以降、悲劇の連鎖が、加速度を増し、
最後に、大きな悲劇のクライマックスとなり、爆発する。
★これは、ヨーロッパクラシック音楽の作り方にも、似ています。
例えば、バッハの 「 フーガ 」 が、そうです。
★まず、テーマの提示部から始まり、
その提示部に、いろいろなエピソードが挟み込まれます。
★そして、最後は、クライマックスの 「 ストレッタ 」 です。
提示部、エピソードが、複雑に絡み合います。
即ち、テーマが終わる前に、次のテーマが始まり、重なり合うのです。
★仮名手本忠臣蔵を上演すると、必ず興業が成功する、
というジンクスが、昔からあるそうですが、
それは、名作という条件を、満たしているからであり、
その点では、クラシック音楽も、
歌舞伎芸術も、変わることはないのでしょう。
★「お軽・勘平」の筋書きは、以下のようです。
大変に巧妙に、よく練りこまれたプロットです。
★浅野内匠守が殿中で、刃傷沙汰を起こした時、
お伴として、一緒に来ていた 「勘平」 は、
内匠守の妻の腰元「お軽」と、お城の外で逢引きしていました。
一大事のときに、お傍にいなかったのです。
どこか、抜けています。
★内匠守の切腹後、浪人となり、猟師に身を落とした勘平。
お軽とその両親と、同居しています。
当然、仇討グループに入ることも許されません。
入れてもらうためには、「たくさんのお金を貢ぐこと」と、
固く、思っています。
★しかし、お軽の両親は貧しく、無心もできず悶々とした毎日。
その勘平の苦渋を察した、お軽と両親。
勘平に内緒で、お軽を「祇園町・一文字屋」に、
百両で、身売りさせます。
「婿殿を世に出したい」、つまり、
「仇討に加わり、武士としての名前を残して欲しい」ためです。
★次の舞台。
漆黒の闇のなかを、武士の千崎弥五郎が、
提灯を掲げて、歩いている。
その提灯をみた猟師が、「雨で火縄の火が消えた、
火を貸してほしい」と頼む。
弥五郎は、火を借りるのは口実で、
追剥にドスンと撃たれるのでは、と疑いますが、
顔をかざしあうと、なんと、かつての同僚の勘平。
お互いの居所を、教え合います。
身売りの件を、善意から勘平に言わなかったことが、
最初の掛け違い、です。
★お軽の父親・与市兵衛は、祇園・一文字屋で、
手付の五十両を、受け取ります。
夜道は危ない、という忠告を振り切り、
「早く家族の喜ぶ顔を見たい」と、暗い夜道を急ぎます。
帰途、激しい雷、びしょびしょに濡れ、
着物を絞ろうと、座り込んだところ、
悪党が、背後から刀で一突き、絶命してしまいます。
★次の場面
猪が、舞台を突進してきます。
暗闇で、勘平が火縄銃を一発、どかん。
猪を仕留めたと思い、縄で足を縛ると、なんと人間。
まだ、生きているのではと思い、
なんとか助けたい、薬でももっているのでは・・・と、
懐を、探ります。
★ずっしりと重い、巾着があるではないか。
縞柄の巾着の中には、大枚五十両。
震えて思い悩む勘平。
猪と思った男は、もう息はない。
真っ暗闇で、どんな顔かも、見えない。
★勘平は、この五十両をすぐさま、千崎弥五郎のもとに、
仇討に加えて欲しい一心から、持参します。
★勘平が、その帰途、籠に出会います。
なんと、愛しいお軽が乗っているではないか!!!。
籠の脇には、祇園・一文字屋の女将と、女衒の男も。
合点がいかない勘平、
家まで、籠を連れ戻し、
どういう訳だと、問い詰めます。
★ついに、お軽の母「おかや」が、すべてを話します。
★勘平は、理解するものの、
「もう、女房を売る必要はなくなった」と話す。
しかし、さすがは、やり手の一文字屋の女将、
「手付の五十両をせしめるために、
お前たちが打った芝居ではないかいな」と、責めたてます。
★「父親の与市兵衛さんが、書きしたためた証文が、
ちゃんと、ここにありますよ。
与市兵衛さんが、五十両を手拭いに包んで帰ろうとしたので、
私は、縞柄の巾着を貸しました」、
「ほら、これが、その縞柄の巾着ですよ」と、かざす。
★愕然とする勘平。
袖から、血濡れた空の巾着をこっそりと見る。
「同じ縞柄だ」。
★お軽は、「身売りしなくていい」といわれ、
本当にそうなりそう、と、一抹の希望を抱きはじめます。
「私は身売りすべきか、どうすべきか」と、問い詰めます。
お軽の顔を、正視できない勘平。
横を向いたまま、「行ってくれ」という表情。
「愛情より忠義」が、勝ります。
★ここまでのやりとりを、聴いていた「おかや」は、
「夫が帰ってこない、おかしい」と不審に、思い始めます。
★一文字屋の女将「一刻も早く、働いてもらわないと、損する」。
「いま、女を減らしたいほど、景気が悪いのに、
年寄りが、たっての願いと頼むから仕様がなく、抱えてやった」
★舞台は、勘平と「おかや」だけになります。
しんみりと、おかやは「お前さんは、
病弱な夫と、私の面倒を見ておくれ」と頼みます。
★そこに、猟師三人が、
戸板に、与市兵衛の遺体を乗せ、運んできます。
頭には菅笠が。
おかやは、なかなか夫の死を、信じることができませんでしたが、
ついに、 「 これで合点がいった 」。
“ 勘平が殺し、その金を奪った ”
「 お前、逃げる気だろう 」 と、
後ろから勘平の帯を引っ張って、離さない。
★その時、千崎弥五郎が同僚と一緒に、訪れます。
「 昨夜の五十両、不忠を働いた家臣の金、
受け取れないとの、大星由良之介様のお言葉 」 と、
返却に来たのです。
★勘平は、ここで、最大の絶望に包みこまれます。
「 おかや 」 も、 「 私の夫を殺した !!」 と、泣き叫びます。
★用件だけを言い残し、さっさと帰ろうとする千崎たち。
勘平は、その脇差を、掴んで離さず、
「 話だけは聴いてください 」 と、
すべてを、打ち明けます。
★話し終えたと同時、
勘平は、やにわ、腹に脇差を突き立て、
自害を、図ります。
★千崎は、ふっと 「峠で、強盗が殺されていた、という話を、
道で聞いてきた、ちょっと、親父さんを検分させてくれ 」と、
筵を、めくります。
「 紛らわしいが、与市兵衛殿の傷跡は火縄でない、刀傷だ 」。
それを聴き、おかやは仰天。
「婿を責め立て、自害にまで、追いやってしまった」
★虫の息の勘平は、
「自分が、舅を殺したのではなかったこと 」を、悟ります。
★千崎たちは、改めて血判状を出し、虫の息の勘平に
「 いま、四十五人、お前も加え、四十六人とする、血判を押せ 」。
★勘平は、腹に突き立てた刀で、さらに、腹を十字に切り開き、
その血潮で、血判を押します。
★「 私は死にません、必ずや、主君の仇を果たします。
私の死を、お軽には伝えるな 」 と、言い渡し、
勘平は、息絶えます。
(この言葉は、7段目以降の重要な伏線になって行きます)
★千崎たち二人は、「 昨日預かった五十両は、勘平と舅の弔い費用に、
残りの五十両は、御用金として、ありがたく使わせていただく 」
★舅が殺されるまでの、状況を作って行く場面は
=フーガの提示部。
一文字屋の女将とのやりとり
=フーガのエピソード、状況の補完。
★最後の3分2以降で、一気に、すべての要素を総合して、
クライマックスの劇的状況に持っていく
=フーガのストレッタ、
ここで全部の要素が、絡み合います。
★「 お軽・勘平 」 の物語は、単に、
音楽と共通しているだけでなく、人の心を打ち、
引き込む芸術の一典型である、といえそうです。
「 規範フーガ 」 ともいえますが、すべてがその通りとはいえず、
それをどう、変化させていくか、それが、劇作家や作曲家の腕です。
★「 稚魚の会 」 は、歌舞伎が大好きで、
「 国立劇場の新人研修 」 に、入門された若い方たちの会です。
歌舞伎の名門の家に生まれなければ、主役を演じることは、
できない、という 「 仕来たりの世界 」 ですので、
「 稚魚の会 」 の、メンバーにとって、
このような機会でしか、 「 仮名手本本忠臣蔵 」 などの
大作を、演ずることができないかもしれません。
★その切実な演技が、お軽・勘平の悲劇とともに、
私の胸を、打ちました。
( 花梨の実 & 雑草の花 )
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