音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■≪「稚魚の会」の お軽、勘平 ≫ その劇的表現と、バッハの音楽的構成■

2010-08-21 16:16:32 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■≪「稚魚の会」の お軽、勘平 ≫ その劇的表現と、バッハの音楽的構成■
                                                    2010.8.21      中村洋子


★今秋、ドイツで出版される3冊目の楽譜  「 チェロ 四重奏曲集 」 の、

最終的な見直しで、忙しい毎日です。


★本日は、トルコで、ベッチャー先生のリサイタルがあり、

私の 「無伴奏チェロ組曲第 1番」 が、演奏されることになっています。


★また、浜松ではきょう、斎藤明子さんにより、

私の 「無伴奏チェロ組曲第 3番」 が、ギターで演奏されました。

明日、名古屋でもこの曲が、演奏されます。


★どちらも、無伴奏のリサイタルで、

バッハの 「 無伴奏チェロ組曲 」 と合わせて、演奏されます。


★気分転換に、国立劇場での 「 青年歌舞伎公演 」 を見てきました。

「 稚魚の会 」 などによる 「 仮名手本忠臣蔵 」 で、

その 五、六、八段目 を見て参りました。

 
★五、六段目 は、いわゆる 「 お軽・勘平の物語 」。

どこか軽く、そそっかしい性格の  「勘平 」 が、

偶然に振り回され、

最後は 「 自害 」という悲劇に、向かっていくお話。


★プロットの積み重ねが、相思相愛の男女を破滅に導く、

シェイクスピアの 「ロミオとジュリエット」 を、思い起こさせます。


★五、六段目を、独立した物語とみた場合、

さまざまな偶然、思い違い、誤解が、少しずつ絡みあい、

中間部以降、悲劇の連鎖が、加速度を増し、

最後に、大きな悲劇のクライマックスとなり、爆発する。


★これは、ヨーロッパクラシック音楽の作り方にも、似ています。

例えば、バッハの 「 フーガ 」 が、そうです。


★まず、テーマの提示部から始まり、

その提示部に、いろいろなエピソードが挟み込まれます。


★そして、最後は、クライマックスの  「 ストレッタ 」 です。

提示部、エピソードが、複雑に絡み合います。

即ち、テーマが終わる前に、次のテーマが始まり、重なり合うのです。


★仮名手本忠臣蔵を上演すると、必ず興業が成功する、

というジンクスが、昔からあるそうですが、

それは、名作という条件を、満たしているからであり、

その点では、クラシック音楽も、

歌舞伎芸術も、変わることはないのでしょう。


★「お軽・勘平」の筋書きは、以下のようです。

大変に巧妙に、よく練りこまれたプロットです。


★浅野内匠守が殿中で、刃傷沙汰を起こした時、

お伴として、一緒に来ていた 「勘平」 は、

内匠守の妻の腰元「お軽」と、お城の外で逢引きしていました。

一大事のときに、お傍にいなかったのです。

どこか、抜けています。


★内匠守の切腹後、浪人となり、猟師に身を落とした勘平。

お軽とその両親と、同居しています。

当然、仇討グループに入ることも許されません。

入れてもらうためには、「たくさんのお金を貢ぐこと」と、

固く、思っています。


★しかし、お軽の両親は貧しく、無心もできず悶々とした毎日。

その勘平の苦渋を察した、お軽と両親。

勘平に内緒で、お軽を「祇園町・一文字屋」に、

百両で、身売りさせます。

「婿殿を世に出したい」、つまり、

「仇討に加わり、武士としての名前を残して欲しい」ためです。


★次の舞台。

漆黒の闇のなかを、武士の千崎弥五郎が、

提灯を掲げて、歩いている。

その提灯をみた猟師が、「雨で火縄の火が消えた、

火を貸してほしい」と頼む。

弥五郎は、火を借りるのは口実で、

追剥にドスンと撃たれるのでは、と疑いますが、

顔をかざしあうと、なんと、かつての同僚の勘平。

お互いの居所を、教え合います。

身売りの件を、善意から勘平に言わなかったことが、

最初の掛け違い、です。


★お軽の父親・与市兵衛は、祇園・一文字屋で、

手付の五十両を、受け取ります。

夜道は危ない、という忠告を振り切り、

「早く家族の喜ぶ顔を見たい」と、暗い夜道を急ぎます。

帰途、激しい雷、びしょびしょに濡れ、

着物を絞ろうと、座り込んだところ、

悪党が、背後から刀で一突き、絶命してしまいます。


★次の場面

猪が、舞台を突進してきます。

暗闇で、勘平が火縄銃を一発、どかん。

猪を仕留めたと思い、縄で足を縛ると、なんと人間。

まだ、生きているのではと思い、

なんとか助けたい、薬でももっているのでは・・・と、

懐を、探ります。


★ずっしりと重い、巾着があるではないか。

縞柄の巾着の中には、大枚五十両。

震えて思い悩む勘平。

猪と思った男は、もう息はない。

真っ暗闇で、どんな顔かも、見えない。


★勘平は、この五十両をすぐさま、千崎弥五郎のもとに、

仇討に加えて欲しい一心から、持参します。


★勘平が、その帰途、籠に出会います。

なんと、愛しいお軽が乗っているではないか!!!。

籠の脇には、祇園・一文字屋の女将と、女衒の男も。

合点がいかない勘平、

家まで、籠を連れ戻し、

どういう訳だと、問い詰めます。


★ついに、お軽の母「おかや」が、すべてを話します。

 

★勘平は、理解するものの、

「もう、女房を売る必要はなくなった」と話す。

しかし、さすがは、やり手の一文字屋の女将、

「手付の五十両をせしめるために、

お前たちが打った芝居ではないかいな」と、責めたてます。


★「父親の与市兵衛さんが、書きしたためた証文が、

ちゃんと、ここにありますよ。

与市兵衛さんが、五十両を手拭いに包んで帰ろうとしたので、

私は、縞柄の巾着を貸しました」、

「ほら、これが、その縞柄の巾着ですよ」と、かざす。


★愕然とする勘平。

袖から、血濡れた空の巾着をこっそりと見る。

「同じ縞柄だ」。


★お軽は、「身売りしなくていい」といわれ、

本当にそうなりそう、と、一抹の希望を抱きはじめます。

「私は身売りすべきか、どうすべきか」と、問い詰めます。

お軽の顔を、正視できない勘平。

横を向いたまま、「行ってくれ」という表情。

「愛情より忠義」が、勝ります。


★ここまでのやりとりを、聴いていた「おかや」は、

「夫が帰ってこない、おかしい」と不審に、思い始めます。


★一文字屋の女将「一刻も早く、働いてもらわないと、損する」。

「いま、女を減らしたいほど、景気が悪いのに、

年寄りが、たっての願いと頼むから仕様がなく、抱えてやった」

 
★舞台は、勘平と「おかや」だけになります。

しんみりと、おかやは「お前さんは、

病弱な夫と、私の面倒を見ておくれ」と頼みます。


★そこに、猟師三人が、

戸板に、与市兵衛の遺体を乗せ、運んできます。

頭には菅笠が。

おかやは、なかなか夫の死を、信じることができませんでしたが、

ついに、 「 これで合点がいった 」。

“ 勘平が殺し、その金を奪った  ”

「 お前、逃げる気だろう 」 と、

後ろから勘平の帯を引っ張って、離さない。


★その時、千崎弥五郎が同僚と一緒に、訪れます。

「 昨夜の五十両、不忠を働いた家臣の金、

受け取れないとの、大星由良之介様のお言葉 」 と、

返却に来たのです。


★勘平は、ここで、最大の絶望に包みこまれます。

「 おかや 」 も、 「 私の夫を殺した !!」 と、泣き叫びます。


★用件だけを言い残し、さっさと帰ろうとする千崎たち。

勘平は、その脇差を、掴んで離さず、

「 話だけは聴いてください 」  と、

すべてを、打ち明けます。


★話し終えたと同時、

勘平は、やにわ、腹に脇差を突き立て、

自害を、図ります。


★千崎は、ふっと 「峠で、強盗が殺されていた、という話を、

道で聞いてきた、ちょっと、親父さんを検分させてくれ 」と、

筵を、めくります。

「 紛らわしいが、与市兵衛殿の傷跡は火縄でない、刀傷だ 」。

それを聴き、おかやは仰天。

「婿を責め立て、自害にまで、追いやってしまった」


★虫の息の勘平は、

「自分が、舅を殺したのではなかったこと 」を、悟ります。


★千崎たちは、改めて血判状を出し、虫の息の勘平に

「 いま、四十五人、お前も加え、四十六人とする、血判を押せ 」。


★勘平は、腹に突き立てた刀で、さらに、腹を十字に切り開き、

その血潮で、血判を押します。


★「 私は死にません、必ずや、主君の仇を果たします。

私の死を、お軽には伝えるな 」 と、言い渡し、

勘平は、息絶えます。

(この言葉は、7段目以降の重要な伏線になって行きます)


★千崎たち二人は、「 昨日預かった五十両は、勘平と舅の弔い費用に、

残りの五十両は、御用金として、ありがたく使わせていただく 」


★舅が殺されるまでの、状況を作って行く場面は

=フーガの提示部。

一文字屋の女将とのやりとり

=フーガのエピソード、状況の補完。


★最後の3分2以降で、一気に、すべての要素を総合して、

クライマックスの劇的状況に持っていく

=フーガのストレッタ、

ここで全部の要素が、絡み合います。


★「 お軽・勘平 」 の物語は、単に、

音楽と共通しているだけでなく、人の心を打ち、

引き込む芸術の一典型である、といえそうです。

「 規範フーガ 」 ともいえますが、すべてがその通りとはいえず、

それをどう、変化させていくか、それが、劇作家や作曲家の腕です。


★「 稚魚の会 」 は、歌舞伎が大好きで、

「 国立劇場の新人研修 」 に、入門された若い方たちの会です。

歌舞伎の名門の家に生まれなければ、主役を演じることは、

できない、という 「 仕来たりの世界 」 ですので、

「 稚魚の会 」 の、メンバーにとって、

このような機会でしか、 「 仮名手本本忠臣蔵 」 などの

大作を、演ずることができないかもしれません。


★その切実な演技が、お軽・勘平の悲劇とともに、

私の胸を、打ちました。

                                                                 ( 花梨の実 & 雑草の花  )

▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ■ベートーヴェン・ピアノソナ... | トップ | ■ バッハ・インヴェンション... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■」カテゴリの最新記事