音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ベートーヴェンは平均律1巻第7番から何を学び、ピアノソナタ第31番を作曲したか■

2010-08-08 17:13:58 | ■私のアナリーゼ講座■

■ベートーヴェンは平均律1巻第7番から何を学び、ピアノソナタ第31番を作曲したか■
                  2010・8・8 中村洋子


★酷暑のなか、9月14日の「カワイ・平均律アナリーゼ講座」に向け、

ベートーヴェンのピアノソナタ31番 Op.110を、

勉強しています。


★ベートーヴェンの 「 直筆譜 」を、詳細に検討していますが、

直筆譜を見れば見るほど、ベートーヴェンが、

この曲を、どのように演奏したかまで、

手に取るように、分かってきます。

大変、示唆に富んだ楽譜です。


★市販の「 ヘンレ版 」 をただ、眺めているだけでは、

百年たっても、絶対に、気付かないようなこと、

分からないことが、洪水のように、

このファクシミリから、伝わってきます。


★具体的に、

「 第 2楽章 」 Allegro molto 冒頭、

1、2小節 「 右手 」の、「 スラー 」 についての、

重大な改竄についてすこし、見てみます。


★ここでは、 2和音が 4回続いています。

直筆譜では、 2和音の上部の音をつないだ

≪ C  B  As  G  ≫ に、「 スラー 」 が掛けられ、

「 符尾 」 は、「 上向き 」 に、記されています。


★ところが、驚いたことに、

私が学生時代から、使用しています 「 ヘンレ版 」 では、

「 スラー 」 は、 2和音の下部の音をつないだ

≪ As  E  F  Des ≫ に、掛けられています。

「 ペーター版 」 も、全く同様です。


★「 ヘンレ版 」 の編集者が、そのように改竄した理由は、

多分、楽典の教科書的な規則を、“ 官僚的 ” に、

単純に、当てはめたからかもしれません。

「 スラー は、 符尾と、反対の方向に付ける 」 ことに、

なっていますので、そのようにしたとしか、思えません。


★私は、学生時代、この内声の 「 As  E  F  Des 」 に、

ベートーヴェンが、スラーを、敢えて付けたのには、

深い理由があるはず、と思い込み、

この4つの音を、幾分、強調して弾くべきか、

とすら、思いました。


★しかし、この曲は、後ほど指摘しますように、

≪ 両手を合わせて4声体和声、右手はソプラノとアルト声部 ≫ で、

書かれていますので、

敢えて、アルト声部の 「 As  E  F  Des 」 を、

際立たせる必要は、なく、

ベートーヴェンが、直筆譜で書きましたように、

ソプラノの 「 C  B  As  G  」 を、

「 常識的 」 に、歌わせればいいのです。


★さらに、付け加えますと、このスラーは、開始音より

若干前のところから、書き込まれ、

最後の部分は、2小節目終わりの小節線を越え、

3小節目の第 1音の、「 スタッカート 」 の直前まで、

伸びて、終わっています。


★そのように記された理由は、前の 1楽章の右手最終音と、

2楽章の右手冒頭音が、「 As C 」 で、重なっており、

さらに、ともに 「 ピアノ 」 ですので、

「 1楽章の気分を残したまま、 2楽章に移りなさい 」、

という指示のようにも、読みとれます。


★さらに、

 17、 18小節目の 「  As  As  G  F  Es 」 の,

右手単旋律について、ベートーヴェン直筆譜では、

敢えて、符尾をすべて「下向き」にして、

記しています。


★この旋律は、五線の第 2間= As 、第 2線= G 、

第 1間= F 、第 1線= Es  に、

位置しますから、本来、符尾は  「 上向き 」  に記すのが、

教科書的には、正しい書き方です。

ベートーヴェンは、なぜ、教科書に反した書き方をしたか?


★実は、この旋律は、 ≪ アルト声部 ≫  なのです。

そして、 ≪ ソプラノ声部 ≫  は、この2小節では、

「  休止  」 させている、という意味なのです。


★当然、「 ソプラノ声部  」  の符尾は  「 上向き 」、

アルト声部の符尾は、 「 下向き 」 ですので、

この 2楽章が、 4声体で出来ていることが、

理解できる方にとっては、常識的な書き方である、といえます。


★ 1小節前の  「 16小節 」  が、 「 スフォルツァンド 」 で、

それが急に、 17小節で  「 ピアノ 」  となります。

つまり、そこで 「 ソプラノ声部 」 が、急に休止し、

「 3声体 」 の薄い響きとなることを、意味します。


★ヴィルヘルム・ケンプなど、

真の  「 マエストロ 」  の、演奏を聴きますと、

この指摘が、よくお分かりになると、思います。


★現代の   “ マエスロト ”  の演奏は、

音の強弱の、刺激的な対比でしかなく、

この構造を読めていない演奏であることが、多いのです。


★さらに、このベートーヴェンの直筆譜では、 30小節目まで、

1段を  6小節で書いていますが、

34、 35小節は、  3小節分のスペースを使い、

とても、ゆったりと広い面積を使って、書かれています。

33小節目から始まる、 「 リタルダンド 」  の指示どおりに、

ベートーヴェンの記譜も、おおらかになり、

ソプラノのスラーも、現行市販楽譜のように、

決して、  1小節を、区画整理のように、

均等に割り振ることは、していません。

楽譜を眺めるだけで、ゆったりと、

歌わせているのが、よく分かります。


★ベートーヴェン直筆譜の 「 スラーの掛け方 」  を見ていますと、

「 ショパン直筆譜のスラー 」  に、とても似ていることを、

発見しました。

ショパンが、ベートーヴェンの直筆譜を、見ていたかどうか、

分かりませんが、

両天才の 「 スラーの掛け方 」 、

即ち  「 フレーズの作り方 」  が、

酷似していることが、分かります。


★このことは、ベートーヴェン同様、

ショパンの楽譜も、

(  さらには、バッハ、シューマンについても  )

決して、満足のいく市販楽譜がない、

ということを、意味します。


★このように、不完全な、

作曲家の意図をたわめた楽譜が、大半であり、

それが、大手を振って出回っている事実に、悲しくなります。


★以前、カワイの講座で、

「 バッハ・平均律と月光ソナタ  」 の関係を、お話しましたが、

「 月光ソナタ・初版楽譜  」 は、

ベートーヴェンの直筆譜を、できるだけ忠実に再現しようとした、

大変に優れた楽譜であると、お伝えしました。


★もし、現在の市販楽譜を見ながら、

勉強し尽くしても、 “ どうもおかしい  ” 、

“  納得いかない ” というところに遭遇されましたら、

どうぞ、ご自身の感性を信じてください。

現状の出版楽譜の水準が、低いのです。

巷で、 「 権威 」 として宣伝されています、

ショパンの  「  エキエル版  」  も同様です。

★これらのことにつきましては、アナリーゼ講座で、

また、お話いたします。



                                                              ( ギボウシ、昼間のオシロイ花 )
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする