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■真鶴の「貴船まつり」と、ドビュッシーの「月の光」■
2010・8・1 中村洋子
★神奈川県・真鶴町に赴き、
幻想的な「貴船まつり」を、楽しみました。
真鶴町在住の友人から、お誘いを受け、
東京の酷暑から逃れようと、喜んで出かけました。
楽しむと同時に、得るものがたくさん、ありました。
★真鶴町は、小田原と熱海の途中にある、それはそれは、
小さな半島です。
東京から電車で、約1時間半、それほど遠くありません。
半島全体が、原生林ともいえるほど見事な、深い樹林に覆われ、
漁業が、盛んです。
さらに、江戸城造営で、お堀の巨大な石垣は、
この真鶴から運んだといわれ、石材業の町でもあります。
近隣の湯河原や、熱海のように、
観光客で生きる町、ではないようです。
★「まつり」は、地元の方の生活の中に、しっかり息づいてました。
国指定「重要無形民俗文化財」ですが、観光客もあまり、
多くなく、地元の方と一緒に、まつりに浸ることができました。
★「貴船神社」は、九世紀に創建されたという、古い神社。
港のすぐ近く、急な石段を、百段ほど登った山腹にあります。
★「貴船まつり」は、漁師さんの大漁と、
昔は危険の伴った石材運搬など、海上安全を祈願するお祭りです。
7月27、28の両日、町は、まつりの心地よい、
さんざめきに、包まれていました。
★お神輿の周りには、手甲を巻いた小学生の男の子たちが、
浴衣姿で、鉦 ( かね )を叩き、
「真鶴鹿島唄」という典雅な唄を、歌いながら、
一日中、町を練り歩きます。
お母さんやお父さんに、抱きかかえられた幼児の頭に、
紙吹雪を振りかけます。
健やかに育つ、という言い伝えです。
「鹿島唄」は、力の籠った、風雪に耐えたいいメロディーです。
★7月28日の夜が、まつりの頂点。
幸せなことに、28日は、ちょうど、満月でした。
真ん丸の大きな月が、夜空に皓皓と輝き、
赤い提灯に彩られた屋形船が、幾艘も揺らめき、
幻想的な美しさ。
花火も時折、控えめに打ち上がり、華を添えます。
風情があります。
★夜の帳が下りますと、凛々(りり)しい法被姿の町衆によって、
幾重にも囲まれた「お神輿」は、
港から船で、海に漕ぎ出します。
海の神様に、ご挨拶でしょうか。
港を一巡して、また、上陸。
百段近い石段を、熱気とともに、一気に駆け上がります。
興奮に包まれます。
★クロード・ドビュッシー ( 1862 - 1918 ) の
「ベルガマスク組曲」 第3曲目「月の光」は、
以前、当ブログで、詳しくご説明しましたように、
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20090316
ドビュッシー若かりし頃の曲とは言い切れない、
彼のマスターピースの一つです。
★この曲は、最初 「 Promenade sentimental」という題でした。
それをなぜ、「月の光」と改題したのか、
その理由が分かるような体験を、真鶴でいたしました。
★私は、2004年3月のある日夕刻、真鶴を訪れました。
海を一望に見渡す、切り立った林の斜面に座り、
月の出を楽しむ、「観月会」に、出席しました。
陽が落ちます。
心地よい春風を浴びながら、真っ暗闇のなかで、
海面から昇る満月を、待ちました。
★月の出の瞬間、海面が泡立つように、
金色のさざ波が、立っていました。
無限に続く、揺らめきです。
恍惚とする美しさ。
満月が中空に、昇っていきます。
光の束が海面まで、途切れることなく、
糸を引くように届き、そして、海に吸い込まれ、
消えていきます。
溜息が出ます。
★この曲が「月の光」と改題され、
その冒頭の、上声旋律 ( メロディー )の 14小節が、なぜ、
ブレスのない、途切れることのない「レガート」となっているのか、
その意図が、理解できたような気がしました。
★この曲のドビュッシー自筆譜は、現在、行方不明で、
初版本しか見ることができませんので、本当のところ、
どのようなレガートを、ドビュッシー自身が書いたか、
分かりません。
この「糸を引くような光」を、「ブレスなし」というフレーズに、
当てはめますと、冒頭14小節の、異常なまでに長い旋律と、
符号します。
これは、ドビュッシーが自分流に、
ワーグナーを咀嚼した結果であると、私は思います。
★「月の光」は、一般的には、
ヴェルレーヌの「雅な宴」に影響を受けた、
「ロマンティックな、甘い曲」と思われているようですが、
実際は、 「月の光」という題を付けるとき、
ベルギーの詩人 Albert Girauds アルベール・ジローの
「月に憑かれたピエロ」 ( 1884 )に、影響を受けた、と
されています。
★後に、シェーンベルクが、この詩に基づき「月に憑かれたピエロ」
を作曲しています。
シェーンベルクの曲は、ご存じのように、
「甘い、ロマンチック」な内容では、ありません。
★「月の光」に対しては、和声、対位法、構成などの
基本的アナリーゼをしたうえで、
ご自分のイマジネーションを羽ばたかせるべきです。
月を百回見ても、ピアノの演奏がうまくなるものでもありません。
★なお、ヘンレ版と、ヴィーン原典版 ( UT 50084 )、
Editions JOBERT ( ジョベール版 )と、DURAND ( デュラン版 )、
それに、ベーレンライター版は、それぞれ、
レガートの書き方が、微妙に異なっていますが、
演奏してみますと、これらの版は、
結果的に、ほとんど同じ奏法となります。
( 真鶴の貴船まつり )
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
お祭りの魅力、ふだんなにげなく見ている月の魔力が再発見できました。