音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■真鶴の「貴船まつり」と、ドビュッシーの「月の光」■

2010-08-01 23:57:26 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■真鶴の「貴船まつり」と、ドビュッシーの「月の光」■
                  2010・8・1 中村洋子


★神奈川県・真鶴町に赴き、

幻想的な「貴船まつり」を、楽しみました。

真鶴町在住の友人から、お誘いを受け、

東京の酷暑から逃れようと、喜んで出かけました。

楽しむと同時に、得るものがたくさん、ありました。


★真鶴町は、小田原と熱海の途中にある、それはそれは、

小さな半島です。

東京から電車で、約1時間半、それほど遠くありません。

半島全体が、原生林ともいえるほど見事な、深い樹林に覆われ、

漁業が、盛んです。

さらに、江戸城造営で、お堀の巨大な石垣は、

この真鶴から運んだといわれ、石材業の町でもあります。

近隣の湯河原や、熱海のように、

観光客で生きる町、ではないようです。


★「まつり」は、地元の方の生活の中に、しっかり息づいてました。

国指定「重要無形民俗文化財」ですが、観光客もあまり、

多くなく、地元の方と一緒に、まつりに浸ることができました。


★「貴船神社」は、九世紀に創建されたという、古い神社。

港のすぐ近く、急な石段を、百段ほど登った山腹にあります。


★「貴船まつり」は、漁師さんの大漁と、

昔は危険の伴った石材運搬など、海上安全を祈願するお祭りです。

7月27、28の両日、町は、まつりの心地よい、

さんざめきに、包まれていました。


★お神輿の周りには、手甲を巻いた小学生の男の子たちが、

浴衣姿で、鉦 ( かね )を叩き、

「真鶴鹿島唄」という典雅な唄を、歌いながら、

一日中、町を練り歩きます。

お母さんやお父さんに、抱きかかえられた幼児の頭に、

紙吹雪を振りかけます。

健やかに育つ、という言い伝えです。

「鹿島唄」は、力の籠った、風雪に耐えたいいメロディーです。


★7月28日の夜が、まつりの頂点。

幸せなことに、28日は、ちょうど、満月でした。

真ん丸の大きな月が、夜空に皓皓と輝き、

赤い提灯に彩られた屋形船が、幾艘も揺らめき、

幻想的な美しさ。

花火も時折、控えめに打ち上がり、華を添えます。

風情があります。


★夜の帳が下りますと、凛々(りり)しい法被姿の町衆によって、

幾重にも囲まれた「お神輿」は、

港から船で、海に漕ぎ出します。

海の神様に、ご挨拶でしょうか。

港を一巡して、また、上陸。

百段近い石段を、熱気とともに、一気に駆け上がります。

興奮に包まれます。


★クロード・ドビュッシー ( 1862 - 1918 ) の

「ベルガマスク組曲」 第3曲目「月の光」は、

以前、当ブログで、詳しくご説明しましたように、
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20090316

ドビュッシー若かりし頃の曲とは言い切れない、

彼のマスターピースの一つです。


★この曲は、最初 「 Promenade sentimental」という題でした。

それをなぜ、「月の光」と改題したのか、

その理由が分かるような体験を、真鶴でいたしました。


★私は、2004年3月のある日夕刻、真鶴を訪れました。

海を一望に見渡す、切り立った林の斜面に座り、

月の出を楽しむ、「観月会」に、出席しました。

陽が落ちます。

心地よい春風を浴びながら、真っ暗闇のなかで、

海面から昇る満月を、待ちました。


★月の出の瞬間、海面が泡立つように、

金色のさざ波が、立っていました。

無限に続く、揺らめきです。

恍惚とする美しさ。

満月が中空に、昇っていきます。

光の束が海面まで、途切れることなく、

糸を引くように届き、そして、海に吸い込まれ、

消えていきます。

溜息が出ます。


★この曲が「月の光」と改題され、

その冒頭の、上声旋律 ( メロディー )の 14小節が、なぜ、

ブレスのない、途切れることのない「レガート」となっているのか、

その意図が、理解できたような気がしました。


★この曲のドビュッシー自筆譜は、現在、行方不明で、

初版本しか見ることができませんので、本当のところ、

どのようなレガートを、ドビュッシー自身が書いたか、

分かりません。

この「糸を引くような光」を、「ブレスなし」というフレーズに、

当てはめますと、冒頭14小節の、異常なまでに長い旋律と、

符号します。

これは、ドビュッシーが自分流に、

ワーグナーを咀嚼した結果であると、私は思います。


★「月の光」は、一般的には、

ヴェルレーヌの「雅な宴」に影響を受けた、

「ロマンティックな、甘い曲」と思われているようですが、

実際は、 「月の光」という題を付けるとき、

ベルギーの詩人 Albert Girauds アルベール・ジローの

「月に憑かれたピエロ」 ( 1884 )に、影響を受けた、と

されています。


★後に、シェーンベルクが、この詩に基づき「月に憑かれたピエロ」

を作曲しています。

シェーンベルクの曲は、ご存じのように、

「甘い、ロマンチック」な内容では、ありません。


★「月の光」に対しては、和声、対位法、構成などの

基本的アナリーゼをしたうえで、

ご自分のイマジネーションを羽ばたかせるべきです。

月を百回見ても、ピアノの演奏がうまくなるものでもありません。


★なお、ヘンレ版と、ヴィーン原典版 ( UT 50084 )、

Editions JOBERT ( ジョベール版 )と、DURAND ( デュラン版 )、

それに、ベーレンライター版は、それぞれ、

レガートの書き方が、微妙に異なっていますが、

演奏してみますと、これらの版は、

結果的に、ほとんど同じ奏法となります。


                    
                     ( 真鶴の貴船まつり )
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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1 コメント

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Unknown (Harumi)
2010-08-02 19:53:05
長年この土地に暮らしていますが、こんなに素敵な文章と写真でお祭を紹介してもらえて、とっても嬉しいです。海の彼方から音楽が聴こえてきそうです・・・
お祭りの魅力、ふだんなにげなく見ている月の魔力が再発見できました。
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