音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ギター独奏曲「十三夜」の初演と、ご質問へのお答え■

2009-10-30 23:39:26 | ■私の作品について■
■ギター独奏曲「十三夜」の初演と、ご質問へのお答え■
                  09.10.30     中村洋子


★きょうは、旧暦の「十三夜」です。

澄んだ夜空に、月が、煌々と輝いています。

昨年、私が作曲し、CDで発表しましたギター独奏曲の題名も、

同じ、「十三夜」です。


★先日、この「十三夜」が、斉藤明子さんにより、初演されました。

CDをお聴きになり、この曲を気に入っていただいた方が多く、

てっきり、もう初演されていたと、錯覚していましたが、

今回が、世界初演でした。


◆斎藤明子 ギターソロリサイタル
◆日時:2009年 10月 18日
◆会場:慶応義塾 協生館 藤原洋記念ホール


★ 「十三夜」が収録されています CD「星の林に月の船」には、

ソプラノとギターの「日本の12ヶ月」や、

ソプラノ独唱の「万葉五題」などの長い曲が、入っています。

それらを作曲した後、ふっと両肩の力を抜いて、書きましたのが、

ギター独奏曲「十三夜」です。


★いま、振りかえってみますと、この曲は、

バッハの「前奏曲」の様式で、書いています。

自分以外の曲について、アナリーゼして構成を見通すことは、

容易になってきたのですが、自分の曲となると、

どうして、そのように書いたのか、作曲中は無我夢中ですので、

よく、分かりません。


★これは、どの作曲家にも、多分いえることではないでしょうか。

この無我夢中という状態を、自然人類学者の江原昭善先生 ※ は、

「至高体験=peak experience 」とおっしゃいます。


★至高体験は、米国の心理学者アブラハム・マズロー博士 

Abraham Harold Maslow の説で、

創作中、集中力が異常に高まった時、思いがけず、

素晴らしい創造が、なされることがある、という意味です。

作曲家の、そのような状態も「至高体験」といってよい、と、

江原先生は、おっしゃっています。


★私の「十三夜」は、たくさんの曲を書き終えた後、

高い集中力のまま、作曲されたことは、間違いありません。

斎藤明子さんは、曲の構造も含め、しっかりと理解してくださり、

CDには、いい演奏を録音していただきました。


★彼女は、ゆっくりのテンポと、速いテンポの二種類を、用意されました。

両方とも、大変に説得力があり、一つを選択し難い気持ちになりました。

そこで、「日本の12ヶ月」の前に、速いテンポの「十三夜」を置き、

さらに、「日本の12ヶ月」の後に、遅いテンポの「十三夜」という、

変則的な構成と、いたしました。


★名古屋での「インヴェンション・アナリーゼ講座」の後、

ご質問が、寄せられました。

「生徒さんにインヴェンションを教えていて、どの程度弾けるようになったら、

合格点を与え、次の曲に進んだらいいのか」という内容でした。


★このインヴェンションは、どんな大ピアニストでも、

一生かけて、何度も、真剣に取り組むべき曲ですので、

「合格点=ゴール」は、本来、存在しないというのが大前提です。

では、どこの時点で、一応の“合格”と、するのがいいのでしょうか。


★お子様に教えている場合、その子が、

≪このインヴェンションを、もっと弾きたい、ひたりたい≫という欲求、

心の中の欲求が、高まったときが、“合格”の時である、と、

私は、思います。

それ以上、レッスンで続けますと、ルーティンになる危険性があります。


★生徒さんは、自宅で、楽しみとして、そのインヴェンションを、

弾き続け、さらに、暗譜も完全に、できるようになります。

子供の時に覚えた曲は、一生忘れません。


★私の幼い頃の先生は、レッスンが非常に短く、あっさりし過ぎていました。

すぐに合格点をくれ、次の曲に進んでしまいました。

私としては、もっと詳しく教えて欲しいという、不満がありました。

しかし、いつも、家でインヴェンションを弾き、楽しんでいました。


★合格点をもらったから、もう、インヴェンションを弾かない、

ということでは、決してありません。

講座での「暗譜の方法」その①、その②で、お話しましたように、

自分の求めるピアノの奏法や音、表現、演奏様式などは、

自分で、苦労して身に付けていくしかないのです。


★日本人演奏家の欠陥と、よく指摘されることですが、

いくつになっても、“大先生” から、手取り足取り、

教えてもらわないと、弾くことができない。

外国にも行き、次々と “大先生詣で” を、することで、

やっと、安心できる。


★でも、本当に大切なもの、必要なものは、自分で見つけ出すべきで、

それは、一番身近なところ、すなわち、

自分の心の中から、探し当てるものです。

生徒さんに、合格点を与える先生も、日々、倦まず弛まず、

練習と勉強を、していただきたい、ものです。

先生からにじみ出る、バッハへの愛情や尊敬、理解が、

子供、生徒さんには、敏感に伝わります。

これが、私の「合格点をどこに置くか」の、ご返答です。


★「十三夜」に戻りますが、私が、バッハを尊敬し、

勉強し続けている過程で、この曲が生まれました。

「インヴェンションのお薦めCD」の記事でも、

お話しましたように、一つの曲について、多様な解釈演奏を、

可能にするのが、バッハの曲なのです。


★「十三夜」を、斎藤明子さんが、二つの解釈を示されたことは、

とても、素晴らしいことである、と思います。

それと、もっと、たくさんの方に、この演奏を聴いていただきたい、

というのが、私の作曲家としての、願望です。


★私の本分は、作曲家としての仕事です。

作曲するための勉強の過程で、学んだこと、発見したことを、

「アナリーゼ講座」で、お話しているのです。

画家が、ルーブル博物館で、名画を模写して学ぶのと同じで、

その成果が、「アナリーゼ講座」といえるでしょう。



◆ CD「星の林に月の船」 価格:二千五百円

取扱:平凡社出版販売株式会社 担当:中崎さま
〒102-0074 東京都千代田区九段南3-1-1
久保寺ビル5階
TEL03-3265-5885
FAX03-3265-5714
E-mail:ZXF10613@nifty.com


※当ブログ 09.6.21の 
≪江原昭善先生の「自然人類学者の独り言」と、バッハの「手稿譜」≫を参照

                            (千両の実)
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