■第1曲「Melodie」には、この曲集のすべてが凝縮されている■
~シューマン「子供のためのアルバム」のフォーレ校訂版続き Vol.3~
2021.1.31 中村洋子
★1月も終わり、2月2日は「節分」、そして翌3日は「立春」です。
寒さはまだまだ続きますね。
≪桐火桶無絃の琴の撫でごころ≫ 蕪村(1716-1784)
桐火桶は、桐の木をくり抜き、内側に金属板を貼った火鉢です。
骨董屋さんの店先でこれを見たことはありますが、
使ったことはありません。
★確かにこの桐に絃を張ったらお琴の感触に似ているかも
しれませんね。
蕪村先生のお宅にたった一つ(想像です)の桐火桶に、
わずかな炭をおこし、桶を両の手で抱きかかえるようにして
撫でて身体を温めたのでしょうね。
★貧しいとはいえ、うっとりとお琴を思い浮かべながら、
火鉢にあたっているとは、何ともエレガント。
貧乏の惨めさはありません。
★今回は、1月22日の前回ブログ「大切な音とのみに運指を付ける
ことで曲構造の核心を指摘」~シューマン「子供のためのアルバム」の
フォーレ校訂版~の続きです。
その前の2020年12月9日の「シューマンの指使いから、
Bachの対位法がこぼれ落ち、奏者の心を刻む」が最初です。
★3回のブログを分かりやすく理解していただくため、
前々回ブログ(2020.12.9)を第1回
前回ブログ(2021.1.22)を第2回、そして今回を第3回として、
≪シューマン・ユーゲントアルバムについて、Vol.1、Vo2、Vol.3≫
とします。
それではユーゲントアルバムVol.3を始めます。
★Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)の
「こどものためのアルバム Album für die Jugend Op.68」
(以下、この曲集の名前を「Jugend」と略します)の初稿である
「Klavier büchlein für Marie」(マリーのためにピアノ小曲集)
(以下、この曲集の名前を「Marie」と略します)は、
「Jugend」と、曲順が異なっています。
★譬えていいますと、Bach「インヴェンションとシンフォニア」の
初稿の入っている「フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集
Klavierbüchlein fur Wihelm Friedemann Bach」の曲順も、
「インヴェンションとシンフォニア」の完成稿とは異なっている
ことと、よく似ています。
★「Marie」の曲順は、こうなっています。
第1曲「Schlatliedchen für Ludwig ルートヴィヒのための子守歌」
は、「Jugend」では、第3曲の「Trälerliedchen ハミング」
になります。
第2曲「Soldatenmarsch 兵隊さんの行進」は、「Jugend」でも
そのまま第2曲です。
第3曲「Ein Choral コラール」は、「Jugend」では第4曲です。
第4曲「Nach vollbrachter Schularbeit zu spielen
学校が終わった後の遊び」は、「Jugend」では
第5曲「Stückchen 小曲」です。
★「Jugend」の曲順を「Marie」に当てはめますと、
3番-2番-4番-5番となり、第5番の次の曲は、
Schumannの作品ではなく Mozart モーツァルトの小曲を、
はめ込んでいます。
第6曲は、「Jugend」には入っていないSchumannの
「Bärentanz 熊の踊り」です。
★ここで驚くべきことには、「Jugend」の第1曲「Melodie」が、
「Marie」には、入っていないことです。
「Marie」では、第1曲の位置を占めていた「ルードヴィヒのための
子守歌」は、巻頭曲の重要なポジションを、新しく作曲された
「Melodie」に譲り、第3曲に後退しています。
★Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)は、
この「Marie」曲集の存在を知っていたかどうかは、分かりません。
しかし、「Jugend」の1曲目と3曲目の関係を、深く考察していた
ことは、Fauré 校訂版の3、4小節目フィンガリングからも、
窺えます。
★Fauré 校訂版の第3曲「Petite chanson 小さな歌」
(Schumann原題:「Trälerliedchen ハミング」)の
3、4小節目のフィンガリングは、こうなっています。
この右手の3小節目1拍目の「4」と、4小節目3拍目の「1」の意味は、
「f²-e²-d²-c² ファ ミ レ ド」を、旋律の大きな骨格として、
意識しなさい、というFauré の提案でしょう。
★1、2小節目を思い出してみてください。
「e²-d²-c² ミ レ ド」と、「c²-d²-e²-f²-g² ファ レ ミ ファ ド」
という装飾されていない、むき出しの構造物としての旋律でした。
★それに対し、3、4小節目では、「f²-e²-d²-c² ファ ミ レ ド」
という旋律の骨格は、装飾されながらも、ゆったりと
2小節にわたって、流れていきます。
ですから、Fauré はその「f²-e²-d²-c² ファ ミ レ ド」の最初と、
最後にフィンガリングを記し、注意喚起しているのです。
★1~4小節の骨格は、こうなります。
1、2小節目の旋律の密度は、ぎゅっと濃いですね。
では、3、4小節目の左手下声は、どうなっているのでしょうか。
もう一度、冒頭の譜例を見て下さい。
「d¹-c¹-h-a レ ド シ ラ」に、「3 3 4 5」のフィンガリングが、
付いています。
★「d¹-c¹-h-a レ ド シ ラ」とありましたら、その次は、どうしても
「g ソ」が、欲しいですね。
1~8小節の左手の旋律の主要なラインを、辿ってみましょう。
「g ソ」は、何とじらして、じらして、8小節目の2拍目まで
出現しません。
★3、4小節目下声の「d¹-c¹-h-a レ ド シ ラ」は、このように、
「g ソ」を、待ち望ませる役割があると同時に、もう一つ重要な
任務を担っています。
それを、Fauré はフィンガリングによって、鋭く指摘しています。
★「Marie」には存在しなかった第1曲の「Melodie」の5小節目を
見てみましょう。
5小節目上声には、この「第3曲ハミング」の3、4小節目下声(左手)
の「d²-c²-h¹ レ ド シ」の1オクターブ高い「d²-c²-h² レ ド シ」
があり、6小節目下声(左手)の「d¹-c¹-h レ ド シ」が、
カノンで追いかけています。
★このように、Schumannは第1曲と第3曲に、同じ旋律による
motif モティーフ(動機)を使って、有機的につなげているのを、
Fauré は、フィンガリングによって、指し示しているのです。
Fauré 校訂版「Jugend」の第3曲「ハミング」の22小節目の
右手のフィンガリングも、注目されます。
1拍目「e²」に注意喚起を促すかのように、
わざわざ「1」の指示が、あります。
★この曲は、全24小節の作品ですから、最後から2小節前の
この「e²」の「1」は、ちょっと気になります。
その答えは、第5曲の冒頭ではっきり分かります。
★第3曲から第5曲への掛け橋となる
「e²-f²-g²-a² ミ ファ ソ ラ」を、Fauré はフィンガリングにより、
さりげなく、しかし、的確に指摘しています。
「Jugend」は、1、3、5曲の3曲が、何となく配列されている
のでは、全くないのです。
★第1曲「Melodie」は、Schumannが練りに練って、
冒頭に据えた曲です。
そこには、名曲(名曲集)の必要条件である
"冒頭にすべてが凝縮されている"という共通点を備えています。
★そこを理解して演奏いたしませんと、焦点のぼけた、
バイエルもどきの曲となってしまいます。
Schumannの天才とはかけ離れた曲になります。
勉強は、尽きることがありませんね。
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