音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■大切な音のみに運指を付けることで曲構造の核心を指摘■~シューマン「子供のためのアルバム」のフォーレ校訂版~

2021-01-22 20:32:37 | ■私のアナリーゼ講座■

■大切な音のみに運指を付けることで曲構造の核心を指摘■
~シューマン「子供のためのアルバム」のフォーレ校訂版~
         2021.1.22   中村洋子



 

 

★新型コロナの「緊急事態」が、各地に対して宣言されました。

2021年は、籠りの年になりそうです。


≪鍋敷に山家集あり冬籠もり≫ 与謝蕪村(1716-1783)

山家集は、西行(1118-1190)の歌集。

蕪村の貧しく小さな家には、冬ごもりするにも、

生活雑貨の鍋敷の脇に、格調高い西行法師の歌集が

鎮座していたのでしょうか。

富貴の家でしたら、鍋敷は台所、山家集は書斎にあるはず

ですものですね。


★蕪村の一世代前の歌人、(小西)来山(1654-1716)

≪眼ばかりは達磨にまけじ冬籠≫

たとえ家に籠っていても、カッと眼(まなこ)を見開き、

修行中でしょうか、格好いいですね。

私の冬ごもりは「蕪村流」です。

 

 


★さて、12月9日のブログでお話しましたように、

Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)の

「こどものためのアルバム Album für die Jugend Op.68」

の初稿は、「Klavier büchlein für Marie」です。

この初稿は、Schumann が長女のマリーちゃんのために

作曲しましたので、彼女のための指使い=Fingering が、

Schumann 自身によって書き込まれています。


★これについては、12月のブログで少しご説明しました。

今回は、この作品を大作曲家 Gabriel Fauré 

ガブリエル・フォーレ(1845-1924)が、校訂している楽譜

「Album à ia Jeunesse」の、フォーレによる Fingering から、

 彼がどのように、Schumann の一見単純にして、実は大変奥深い

この第3番「原題 Trällerliedchen ハミング」、

Fauré 版では「Petit chanson」を、分析しているか

見ていきたいと思います。

https://www.academia-music.com/products/detail/130134


★皆さまは、12月9日のブログを参照しながら、お読み下さい。

それではFauré 校訂版を見ていきましょう。

まず、第1、2小節です。

Fingeringは、右手は1小節目1拍目の「3」のみ。

左手は1小節目1、2拍目の「3、1、4」と、

2小節目冒頭の「4」のみです。

 




★Schumann の第1、2小節は、こうでした。
(Schumann についての解説は12月ブログを参照)

 

 

数多くFingeringがつけられた作曲者 Schumann 本人の譜に対し、

Fauré は、あっさりと第1、2小節では、5か所のみ

Fingering を付けています。

しかし、Fauré の分析はさすがに鋭く示唆に富んでいます。

1小節目1拍目のFingeringにより、Fauré は「ここで C-Durの

主和音を確定しなさい」と、言っているかのようです。

この曲を学ぶ子供たちにとって主和音「ド、ミ、ソ」は、

実に重要、大切で、そして大変美しいのです。

 




★実は、この「Album für die Jugend こどものためのアルバム」の

第1曲から第5曲にかけて、曲の冒頭1拍目だけを見ますと、

とても興味深いことに気付きます。

 

 

★各々を列記しますと、

第1曲 Melodie


 

第2曲 Soldatenmarsch 兵隊さんの行進

 


 

第3曲 いまお話している Trällerliedchen ハミング

第4曲  Ein Choral コラール

 

 

第5曲 Stückchen 小曲

 




★ここで第1曲から第5曲までの冒頭和音を順番に書きますと、



 

第1、3、5曲は、C-Dur で、その冒頭和音は皆同じです。

第2、4曲は、 G-Dur ですが、 G-Dur の主和音「ソ‐シ‐レ」は、

C-Dur のドミナントⅤと、同じ音です。


★いま、譜例で挙げました5つの和音は、

C-Dur の「Ⅰ-Ⅴ-Ⅰ-Ⅴ-Ⅰ」と、とらえることも可能です。

その C-Dur の根幹を成す主和音「Ⅰ」について、

Fauré は「主和音を確定するために注意深く、各音を聴き、

そして、弾きなさい」と、優しく諭しているかのようです。

 

 


★因みに、C-Dur の第1曲 Melodie、第5曲の Stückchen にも

Fauré は、冒頭和音にこのようにFingeringを付しています。

 

 

優れた校訂楽譜のFingeringは、必ず大切な音のみに、

付けられています。

凡庸な校訂版は、そうではなく、もっともらしく、過剰に

意味ありげにFingeringを付けていますが、ほとんどが

必要ないのです。


★Fauré は、この C-Dur の「主和音Ⅰ」がどれほど

重要であるか、見抜いているのです。

 C-Dur の主和音「ド‐ミ‐ソ」の中で、

最重要な音は、もちろん主音「ド」です。

 




2小節目左手1拍目を、見て下さい。

「c¹」に「4」と記されています。

1、2小節目のFingeringを付した音のみを、取り出しますと、

このようになります。

 



★ここで分かることは➀冒頭の主和音という音の垂直の

関係とともに、②主音→導音→主音という音の横の方向性、

この➀②をFauré は、見事にFingeringによって

浮かび上がらせています。

 



★言われてみれば「当たり前」のことかもしれませんが、

C-Dur の機能がここで網羅されていると言っても過言

ではないのです。

Bachの 「Invention インヴェンション」に当たる曲集が、

Schumannのこの「Album für die Jugend」であるような

気がしてなりません。

音楽大好きな子供には、手を大きく広げて、

優しく迎え入れてくれる曲集ですが、

真剣に学ぶ大人にとっては、かなり手強いですね。

その良い先達が、「Fauré 校訂版」と言えるでしょう。

続きは次回のブログで。

 

 


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