■「Melodie旋律」とは音による≪DNA遺伝子リボン≫のようなもの■
~シューマン「子供のためのアルバム」 Vol.4~
2021年2月11日 中村洋子
★寒さは続きますが、日の入りがどんどん遅くなります。
旧暦のお正月は2月12日。
今日は大晦日なのですね。
お正月を「初春」という意味を、実感します。
ぼけ(木瓜)の小枝、備前焼の花瓶にさして楽しんでいます。
★紅の花に目を奪われ、活けたのですが、
緑の蕾の可愛らしいこと。
蕾と花の鮮やかな色彩に、春の命が凝縮されています。
★今回は、Robert Schumann ロベルト・シューマン
(1810-1856)作曲「子供のためのアルバム」Vol.4 です。
Vol.1は2020.12.9、Vol.2は1.22、Vol3は1.31です。
★まず、前回ブログのおさらいです。
「子供のためのアルバム」決定稿の第1曲「Melodie」は、
初稿「マリーのためのクラヴィーア小曲集」(以下:Marie と略)
に存在しません。
決定稿の順番は、1番=「Marie 3番」、2番=「Marie 2番」、
3番=「Marie 4番」、4番=「Marie 5番」です。
★Marie の調性をみますと、C-Dur→ G-Dur→ G-Dur→ C-Dur
の順です。
それが決定稿(Jugend)となりますと、C-Dur→ G-Dur→
C-Dur→G-Dur→ C-Dur というように、C-Dur とその属調の
G-Dur が、交互に配置されます。
★初稿Marie では、4曲の両端をC-Durが固め、その中身である
2、3番目の曲は、G-Dur でした。
決定稿(Jugend)では、5曲の両端をC-Dur で固めるのは
同じですが、中身の2、3、4曲目は、G-Dur、C-Dur、G-Dur
というように、より豊かに発展しています。
★今回は、第2曲目「Soldatenmarsch 兵隊さんの行進曲」
について、少し書いてみます。
この曲は、初稿(Marie )と決定稿(Jugend)の両方で、
第2曲目の位置を占め、曲名も変化していません。
ただ、Marie の後半は、決定稿とはだいぶ異なっています。
Schumannの推敲の跡を辿るのは、とても興味深いのですが、
Marie の楽譜をお持ちにならない方も多い、と思いますので、
決定稿に則り、書いて見ます。
★一番大きな違いは、Marie は、4分の4拍子ですが、
決定稿は、4分の2に変更されていることでしょう。
Marie の1小節分が、決定稿では、2小節分に相当します。
★私達がいま、目にしている決定稿の後半は、とても簡潔に、
シンプルに作曲されているようにみえますが、
ここに辿り着くまでには、Schumannは大変な努力をしています。
簡潔なフォルムほど、作曲するのに難しいことはないのです。
ヒラヒラと無駄な音で飾り立てるのは、とても簡単なことです。
★それでは、第2曲「Soldatenmarsch 兵隊さんの行進曲」
について、詳しく見ていきましょう。
兵隊さんといっても、おそらく子供が喜ぶ玩具の兵隊さんでしょう。
私が小さい時、ピアノ用毛ばたきは、木製の兵隊さんの帽子が
はたきになっていたのを思い出します。
それはさておき、冒頭1小節目上声(右手)と下声(左手)に、
まず驚かされます。
幸いなことに、決定稿の自筆譜も出版されていますので、
それを写譜してみます。
★上声の「h¹- c²- d² シ ド レ」は、
第4曲「choral コラール」の後半の冒頭17、18小節の
「h¹- c²- d²」と同じモティーフです。
★下声の「g a h ソ ラ シ」は、同じ第4曲「choral」の
冒頭第1小節目と、同じモティーフです。
これだけでも、第2曲と第4曲がいかに強く、
有機的に結びついているか分かりますが、
それだけではありません。
★「兵隊さんの行進曲」2、3小節目も、
上声と下声も、実に計算されつくして、
作曲されています。
2、3小節目上声の「e²-d²-c²-h¹ ミ レ ド シ」は、
決定稿に追加作曲された第1曲「Melodie」の
1小節目「e²- d²- c²- h」と、
がっちり手をつないでいます。
★2、3小節目の下声「c¹-h-a-g ド シ ラ ソ」は、
第1曲「Melodie」の3小節目4拍目から4小節目にかけての
「c²-h¹-a¹-g¹ ド シ ラ ソ」と、対応しています。
このように、「兵隊さんの行進曲」の3、4小節目は、
上声も下声も第1曲「Melodie」と、がっちり結び付いている
ことになります。
★まとめますと、第2曲「兵隊さんの行進曲」1小節目は、
第4曲「choral」と有機的に結合し、「兵隊さんの行進曲」の
2、3小節目も、第1曲「Melodie」と有機的結合です。
★それだけでしょうか?
「兵隊さんの行進曲」の1小節目は、
第4曲「choral」だけでなく、実は、第3曲「Trällerliedchen
ハミング」の10小節目右手にも、しっかり姿を現しています。
★それは更に発展し、「Trällerliedchen ハミング」
14小節目の、この曲の頂点をも形成していくことになります。
★Marieでも決定稿でも、第2曲目の位置を占めた
「兵隊さんの行進曲」は、第1曲「Melodie」と、
3曲目「Trällerliedchen ハミング」、4曲目「choral」の
強力な接着剤の役割を果たしていることが、分かります。
その接着剤の正体こそ、「Motif モティーフ」としての、
「Melodie旋律」なのです。
★「旋律」とは、Schumannが好まなかったイタリアオペラ
のように、感情を甘くくすぐる為だけの、「音の連なり」
ではないのです。
これにつきましては、私の著書「クラシックの真実は
大作曲家の自筆譜にあり」(DU BOOKS)の
p256「シューマンの音楽評論」を、お読み下さい。
★Schumannは、自分の子供だけでなく、すべての子供たちに、
こう書き残しています。
「新しいイタリアオペラのメロディに、願わくば、君が直ぐに
飽き飽きするように」。
「Melodie 旋律」とは、一つ一つの音に、
固有の役割と各々の命をもった、
音による≪DNA遺伝子リボン≫のようなものなのです。
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲