音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■シューベルトの「即興曲」と「冬の旅」は、死の前年に作曲■

2009-08-28 23:57:39 | ■私のアナリーゼ講座■
■シューベルトの「即興曲」と「冬の旅」は、死の前年に作曲■
                    09.8.28 中村洋子


★8月もあとわずか、昨夜は、下弦の半月でした。

きょうも、美しい月です。

8月は、お盆や終戦記念日もあり、日本人にとっては、

死を見つめる月、でもあります。

殊に、ことしは、ベーレンス先生が死去され、

なおさら、その思いを募らせました。


★9月に録音します、私の「無伴奏チェロ組曲2番」の、

第1曲は、「Klagelied~クラーゲリート(哀歌)」から、

始まりますのは、偶然でしょうか。


★夭折した天才芸術家「シューベルト」、

日本で、同じように若死の天才は、

「樋口一葉」の名前が、思い浮かびます。

私は、子ども時代、よく「一葉記念館」にまいりました。

ミニチュアで出来た、当時の下町の街並み模型を見るのが、

好きなだけで、彼女の文学はあまり、理解できませんでした。


★近ごろ、読み直してみますと、このような深い人間洞察が、

どうして、弱冠24歳で亡くなった人に、できたのでしょうか。

31歳で亡くなったシューベルトも、同じことがいえます。


★一葉は、貧困と病苦の極限状態の中で、人並みはずれた

洞察力と創造力を発揮したのだと、思います。

以前書きましたように、シューベルトは決して、

貧困では、ありませんでしたが、

病苦に苛まれた一生だったと、いえます。


★1823年、26歳ごろ、病気治療のために服用した水銀は、

副作用が苛烈で、発疹、眩暈、頭痛、発熱、脱毛など、

筆舌に尽くし難い苦痛の連続だった、といわれます。


★10代から、傑作を作曲し続けた人でしたが、

そうした病に陥った後、20代半ば以降は、

世間的な成功には、関心を失い、

突き動かされるように、作曲だけに、

全霊を傾けた毎日だったようです。


★死の前年、1827年に「冬の旅」と「即興曲」を作曲しています。

余談ですが、「即興曲」という題名は、出版社が命名したものですし、

ましてや、「即興~インプロビゼーション」で、

作曲したものでないことは、いうまでもありません。

題名に引きずられますと、「天才」についての誤解が生じてきます。


★天才というのは、努力を厭わず、努力し続けられる人のことで、

たとえ、作曲するスピードが、異常に早かったとしても、

この曲を、即興で書いたとは、考えられません。


★「冬の旅」については、死の直前まで、推敲を重ねに重ねています。

「即興曲」は、ピアノ発表会などでも、

気楽に取り上げられる “きれいな曲” 、

「冬の旅」は、 “深刻な暗い深遠な” 曲、

というのが、一般的イメージでしょうか。


★しかし、この2つの曲集を、よく見ますと、

西洋の扉で、ノックの金具に飾られている双面神、つまり、

ローマ神話の「扉の神様 Janus ヤヌス」と、同じように、

大本は同じもので、そこに、シューベルトが2つの横顔を、

刻んだものであることが、分かります。


★例えば、「冬の旅」、第8番の「 Rueckblick (回顧)」の

1小節目と、「即興曲」Op.90-2 変ホ長調 の103小節目には、

同じ考え方に基づく、極めて大胆な「非和声音」が、使われています。


★「 Rueckblick (回顧)」の1小節目は、4声で書かれており、

ソプラノとテノールの「D」の音に対し、バスとアルトは、

「D」の倚音である「Cis」が、同時に置かれます。

倚音は、その解決音と同時には、奏されない、というのが、

「和声学」の大原則です。

ここで、シューベルトは、その原則を無視し、

破壊することにより、非常に、

衝撃的な音を、生み出しました。

さらに、自分で、「fp」の記号も記入しています。


★「即興曲」103小節目の2拍目は、右手に「Fis」が奏され、

同時に、左手で「Fis」の倚音の「Eis」が、奏されます。

そこにも、シューベルトは、「ffz」の記号を記入しています。

これも、「 Rueckblick (回顧)」と同様に、衝撃です。


★以上は一例ですが、この2つの曲集には、大変多くの共通点が、

ありますので、どちらか一方を勉強する場合、

必ず、もう一つの曲集を、紐解いてください。


★このように、連関して勉強いたしますと、

一つの曲集に、長時間を費やすよりも、

案外、短時間で、シューベルトの深い世界に、

近づくことが、出来るかもしれません。



                           (柿)
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