音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■中村洋子作曲≪チェンバロ独奏曲「風宴」≫の楽譜、取扱を開始■

2021-07-09 12:31:23 | ■私の作品について■

中村洋子作曲≪チェンバロ独奏曲「風宴」≫の楽譜、取扱を開始■
       ~作曲家の習性について~
                2021.7.9  中村洋子

 

 

麦秋:「 Debussy 亜麻色の髪の乙女」の髪は、そよ風に揺れる麦のこの黄金色でしょうか

 


★梅雨末期のうっとおしい雨が続いています。

それでも、灰空の雲の上には、きっと美しい青空が

広がっているのでしょうね。

私の作品、チェンバロ独奏曲「風宴」の楽譜のお取り扱いを

アカデミア・ミュージックで始めました。

この作品は1989年作曲、2000年1月に日本作曲家協議会(JFC)

から出版されました。

全5楽章の美しい曲です。


★私がここで自らの作品を「美しい」と書きましたことを、

不思議に思われた方もおいでになるかもしれません。

私は、作曲をしました後は、次の作品を書くために、

できるだけ過去の作品を、記憶から消去してしまう

習性があります。

もちろんすっかり忘れてしまうのではないのですが、

大まかな記憶にとどめて、細部の音などは、霞がかかった

ような記憶にとどめます。


★ある俳優のエッセーを読みましたら、上演し終わった劇の

シナリオを捨てる、と書いていました。

それと近い行為かもしれません。

(もちろん大事にとっておく役者さんも多いようですので、

一概には言えませんが)

バッハの作品は一音たりとも忘れまい、と身構えているのとは、

正反対です。

 

 

 


★このたび「アカデミアミュージック」さんで、この「風宴」の楽譜を

お取り扱いをいただくことになり、改めて弾いてみましたら、

とても美しくて佳い曲だなぁ、と素直に思えました。

 

 


第1楽章は 「Quasi improvisation あたかも即興のように」

楽譜に音は、きっちりと書き込まれているのですが、それをまるで

”即興で弾いているように聴こえる”、ような曲想と演奏を望んでいます。

 

 

 


★この「風宴」という曲の題名の由来について少しお話します。

この作品の初演はチェンバリストの及川真理子さんに

お願いするつもりでした。

及川真理子さんはフランスでロベール・ヴェイロン=ラクロワ

(Robert Veyron-Lacroix, 1922年 - 1991年)にチェンバロを

学ばれました。

帰国して意欲的な活動をされている頃、私は彼女に出会い、

及川さんが主催されていたバロック音楽研究会で、チェンバロの楽器の

歴史と特性を学び、通奏低音を試行錯誤し、時には来日した

ロンドンバロック(1978年、イギリスで結成されたオリジナル楽器

による演奏グループ)の皆さんと歓談したり、美味しい小川軒の

ケーキでお茶を飲み、楽しく実り豊かな時を過ごしました。


通奏低音に関しては、「あなたは作曲家だから、

自由に弾いていいのよ」

というお言葉通り、楽しく自由に和声をつけて弾いていました。

和声は決して堅苦しいものではありません。

必要最低限の知識と制約の上に、自由の翼を羽ばたかせればよい、

と私は思っています。


★私たちは21世紀に生きているのですから、干からびて、

灰色のほこりをかぶったような、「通奏低音」を学問のように

弾く必要はないと思っています。

そのような楽しい時は、及川さんの突然のご病気で終わって

しまいました。

ご入院先からお電話を頂き、「初演はご回復をずっと待ちます」と

申し上げたのですが、「もうできないの」とおっしゃった時の声を

忘れることはできません。

儚いですね。

 

 

 


★そのような経緯の後の作品完成です。

この1楽章は、天上で軽やかにチェンバロを弾いている女性の

イメージです。

その音は地上からは、風の音にしか聴こえないかもしれませんね。

「風の宴=風宴」のタイトルの由来です。

 

第2楽章 Lamentoso 悲しみに沈んだ、哀悼

ゆったりとチェンバロの豊かな音の響きを味わいます。

 

 

 


★私はチェンバロの作品を作曲するときは、

百瀬昭彦さんの工房スタジオをお借りしていました。

百瀬さんはいつも完璧に調律された銘器をご用意して下さり、

私はチェンバロの豊穣な響きに、一人で酔いしれていました。

ちなみに私はアルコールを一滴も飲めないのですが、

お酒に酔う、ってこんな感じかしら、といつもスタジオで

感じていました。

頭の中がふっくらとよい香りと幸福感で満たされた感じですね。


★第3楽章 Allegretto 快速に

20世紀(作曲したのは20世紀ですので)の軽やかな舞曲。

繻子のトウシューズをはいた踊り子が、軽やかに舞い踊ります。

まるで地球の重力から開放されたかのような舞曲。

 



 

★第4楽章♪=ca.52~60

8分音符をおおよそ52~60のテンポで

とてもゆっくりした楽章です、沈思黙考。音の思索を深めます。



 


★第5楽章 Grandioso  堂々と荘厳に

音でできた壮麗な大理石の階段をゆっくり上っていきます。

上りきった天上にはきらびやかな音の宝石の宮殿がそびえています。



 


★Yoko Nakamura
Fû-en for harpsichord JFC-9915

中村洋子 「風宴」ハープシコードのための
(社)日本作曲家協議会 JFC-9915 定価1,100円

お問い合わせは アカデミア・ミュージック 佐久間様
電話 03(3813)6751

アカデミアミュージック / 輸入楽譜の専門店 TOP (academia-music.com)

 

 

 


★ところで、今日は思い出話をもう少し。

お部屋を少し整理していましたら、

私が通っていた保育園を、卒園する前に、保母さん

(私はこの言葉の、なんとも優しい響きが大好きです)

からのお手紙が出てきました。

茶封筒に入っているのですが、昭和の時代の封筒は、現代より

少し縦横の幅が小型のようです。

茶色のブンブン紙のような封筒に透かしの線が縦に

平行して入っています。

「このごろのようこちゃんは とてもげんきでおしゃべりで
ほんとうに はるのこどものようですね。とてもうれしいです。
がっこうへいったら からだをもっともっとじょうぶにして、
よくあそび、よくべんきょうしてくださいね。

なかむらようこさまへ  さやうなら    いくしまえつこ」

と書いてありました。

 

★ひ弱で痩せっぽち、内気な(現在と全て反対です)私を、

優しく気遣って下さった生島先生のお手紙です。

生島先生お元気かしら。


遠い昔のお手紙も、紙で書かれた時代ですから、きちんと残ります。

パピルスの昔から、紙は無限に長い時間を生き延びてきました。

現代の通信手段、ネットのメールは、これからどうなるのでしょうね。

送信したメールも、マザーコンピューターに集約されてしまい、

人間の一番繊細でやさしい感情が、集約され、圧縮されていくような、

なんともいえない不気味さも感じます。


★昭和の時代の生島先生の、暖かく、優しい思いやり深い感情は、

何十年のときを経ても、色あせることはありません。

断捨離で、すっきり何もないお部屋、

思い出のお手紙の一葉もない生活には、

私は耐えられないのです。

 

 

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
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