■ショパン「Preludes Op.28」の驚くべき調性配置、そのお手本とは?■
~カワイ表参道で≪ベーレンライター平均律1巻・解説本≫を大きく展示~
2017.11.22 中村洋子
★日没がどんどん早くなります。
夏ならまだ散歩をしていた時間なのに、日はとっぷりと暮れています。
≪茶の花のわづかに黄なる夕べかな≫蕪村
★「お茶の花」は、山茶花に似て白い花びらに黄色い雄蕊、
白く可憐な花びらからこぼれんばかり。
淋しい秋の夕暮れに、
しなやかな黄色の絵の具を、一滴落としたようです。
★先月、出版しました私の
「ベーレンライター原典版・平均律第1巻楽譜」解説書が、
「カワイ表参道」1Fの楽譜売場でも、楽譜棚の1マスを使って、
展示されました。
初冬の一日、青山、表参道にお出掛けの折に、
どうぞ、お立ち寄りください。
★今日は、 Chopin の「24 Preludes Op.28」の自筆譜を見ながら、
ピアノを弾き、楽しみました。
そして、また新鮮な発見がありました。
★1番 Agitato は、Bach「平均律第1巻1番」 Prelude の、
見事な賛歌 homage です。
★この1番「C-Dur ハ長調」 に続く2番は、何調でしょうか?
これは大変不思議な曲で、曲の開始は「e-Moll」で、
終止は「a-Moll」になります。
この不思議さについては、別の機会にご説明しますが、
曲の冒頭を聴いた限りでは、どなたも「e-Moll」と、
判断されるでしょう。
★「e-Moll」とみせかけ、6小節目で鮮やかに「G-Dur」に
転調します。
この「G-Dur 」は、第3番Vivaceの調でもあるのです。
Chopinの自筆譜は、見開き2ページの左ページに2番、
右ページに3番を記譜しています。
やや陰鬱な2番の6小節目を弾いているとき、否応なく、
右ページの初夏の太陽のような、晴れやかな3番が、
目に飛び込んできます。
2番の6小節目は、2段目冒頭にあり、
それに対応する3番の2段目冒頭は、5小節目です。
そこを見ますと、3番5小節目下声部は、
あたかもBachの「無伴奏チェロ組曲第1番」の冒頭を思い起こさせる
ような、「G-Dur」の主和音です。
見事な対応です。
★6小節目の「G-Dur」から見ますと、
冒頭「e-Moll」の主和音は、「G-Dur」の「Ⅵの和音」です。
これは、Bachがよく使う転調の技法でもあります。
ここで、聴く人は「e-Moll」と思って聴き始めたところ、
するりと「G-Dur」に転調し、なんと最後は「a-Moll」に、
着地する、この技法は、まさに “Bachマジック”
そのものです。
★この2番には、1番「C-Dur」の3度上の「e-Moll」、
そして、3度下の「a-Moll」が含まれているばかりか、
属調である「G-Dur」すら内包されている、
非常に複雑な曲ですが、読み解き方としては、
平均律「序文」にある「3度の定義」に帰結します。
この冒頭の「e-Moll」を仮に、2番の調として考えますと、
下記のようなChopinのアイデアが、浮かび上がってきます。
★2番の調を、1番「C-Dur ハ長調」の主音「C」から
長3度上の「e」を主音とする「e-Moll ホ短調」と仮定します。
それでは、3番は?
「e-Moll ホ短調」から短3度上の「G」を主音とする
「G-Dur」です。
★1番と2番、2番と3番の調性は、「3度の関係」にあります。
これは「ベーレンライター原典版・平均律第1巻楽譜」解説書の、
Bach「序文」の解釈で、ご説明いたしましたように、
Bachが規定した「3度」音程の意味を、
Chopinが、熟考したうえで、配置した調性です。
★その上、1、2、3番の調性の主音、即ち、「C-E(e)-G」を、
和音構成のように垂直に並べますと、
何と、「C-Dur ハ長調」の主和音が、形成されています。
2番の冒頭が「e-Moll」であると判断しました理由は、
ここにあります。
Chopinは、この1、2、3番で耳から、「C-Dur」の
主和音を聴き取って欲しかったのでしょう。
★平均律第1巻を研究し尽した Chopin は、
自分の「24 Preludes Op.28」に、
その内容を反映させただけでなく、
配置をも、Bach「序文」の意味を踏まえた上で、
Chopinの天才を羽ばたかせながら、構想したといえましょう。
★それでは、続く「4番」は、どうなっているのでしょう。
Chopin自筆譜4ページ上半分に、
3番の21小節目から33小節目までが、大譜表3段にわたって、
記譜されています。
そして、4ページ下半分に、続く4番の全25小節が、
細かくびっしりと書き込まれています。
★このように1ページの中に、二つの曲が書き込まれているのは、
この自筆譜では、その他に「37ページ」があるだけです。
37ページは、上半分に23番の19~22小節目まで、
即ち、23番最後の4小節が書き込まれています。
更に、その下に、24番の1~11小節目が、ページを改めずに、
書かれています。
★この「3番から4番」、「23番から24番」以外の、
5、7、9、10、11、15(有名な雨だれ)、18、21番は、
曲が終わった後、五線紙に余白があっても、
次の曲を書き込んではいません。
次の曲は、次ページ冒頭から始めています。
★第18番にいたっては、自筆譜18ページで、
大譜表3段を使って、13~21小節を書き切った後、
その下の五線5段分を、余白として残しています。
そのうえ、19ページは全く空白になっています。
★第19番は、次の20ページから始まります。
この気迫に満ちた18番を作曲して、書き切った(弾き切った)後、
大きな深呼吸をして(19ページすべてが空白)、
第19番「Es-Dur 変ホ長調」 Vivace を、
新たな気持ちで始めたのでしょうね。
★お話を「4番」に、戻しましょう。
自筆譜4ページの上半分が、3番の後半です。
そして、4ページの下半分に4番の全25小節が、やや窮屈そうに、
びっしりと、書き込まれています。
★Chopinは、紙を節約したのでしょうか?
しかし、もしそうであるなら、BachやChopinを筆頭に、
大作曲家は吝嗇家が多いということに、なりそうです。
★私は、吝嗇家であると思ったことは、全くありません。
知性が合理を引き寄せた結果であると、
思っています。
★3番と4番の調性は、3番の「G-Dur」に対し、
4番は「e-Moll」、平行調の関係です。
もう一度、おさらいします。
1番 C-Dur e-Moll G-Dur e-Moll です。
1、2、3番は、C e Gと、3度づつ上昇していきますが、
4番 e-Moll で後ずさりしたような印象です。
★1、2、3番が、3曲でがっちりと一組となっているのに対し、
4番は、どういう役割を担っているのでしょうか?
★その答えは、Bachの「平均律第1巻」の「序文」に、
見出すことができます。
そして、それを解き明かすヒントは、1番と4番の上声部にあります。
★4番から、新しい1セットが始まったこと。
そして、新しいセットの出発点である4番は、実は、
「1番から生まれ出ている」、ということが分かります。
Chopinは、このような考え方を、Bachの平均律から、
学んでいるのです。
★そして、4番が新しい1セットの開始の曲であっても、
1番から途切れることなく、続いていることを、
何より、作曲家のChopinが強く意識しているからこそ、
3番が終わったそのページから、4番を始めたのでしょう。
★そうしますと、前回のブログでご説明しましたように、
平均律第1巻は、全24曲ではなく「全1曲」であり、
同様にChopinの Prelude も、全24曲ではなく、
「全1曲」ということになります。
★この平均律第1巻「序文」については、今回、出版しました
「ベーレンライター原典版・平均律第1巻楽譜」添付の「解説書」で、
http://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/
詳しく解説しました。
また、来年1月20日の「平均律第1巻1番」アナリーゼ講座でも、
http://www.academia-music.com/new/2017-10-26-151213.html
ピアノで実際に音を出しながら、この「序文」の意味を、
具体的に、更に深めていく予定です。
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