■平均律1巻2番は、1巻中ごろの曲と密接に交差、深くつながっている■
~共通項の音色を揃えて演奏すると、新鮮な驚きが・・・~
~3月24日、平均律1巻2番アナリーゼ講座~
2018.3.3 中村洋子
★Wind in March といわれる通り、
三月は大風と共にやってきました。
≪たらちねの抓(つま)まずありや雛の鼻≫ 蕪村
「たらちね(垂乳根)の」は、母にかかる枕詞です。
お雛さまにお母さんがいたならば、
お雛さまの可愛らしいちっちゃな鼻を
つまんでみないでは、いられないでしょうね。
整ったお顔の真ん中にあるお鼻の愛らしいこと。
★長く厳しい冬も終わり、明るいやさしい雛祭りの
情景を、温かく描いた蕪村の名句です。
★東京都美術館で開催されています
「Brueghel ブリューゲル展」に、行きました。
★最近の展覧会は、写真撮影許可の催し物も増え、
ブリューゲル展もその一つでした。
シャッター音のカシャ、カシャがうるさいのは勿論のことですが、
気になりましたのは、絵を自分の目で見ようともせずに、
カシャ―と撮っては、次の絵でまたカシャ―、カシャ―・・・。
そのような方が結構たくさんおいでになりました。
★これでは、本物を見たとは言えないと、私は思いました。
この方たちは、家に帰ってから携帯で写した「ブリューゲル」を、
やっと、鑑賞されるのでしょうね。
★名画をコレクションできる財力があるのでしたら、別ですが、
普通には、美術館で見るものでしょう。
ブリューゲル展のように、名画の巡回展でしたら、
一生に一度あるかないかの、ほんの一瞬の邂逅です。
★真剣勝負で、絵画とそれを描いた画家と対峙したいものです。
カシャ、カシャ、移動、カシャ、カシャ、移動では、
わざわざ美術館に足を運んだのに、勿体ないことですね。
★今回のブリューゲル展の目玉は、
Pieter Brueghelde Jonge (1564年か1565年 - 1636年)
ピーテル・ブリューゲル二世の≪野外での婚礼の踊り≫
(1610年頃)でしょう。
★Bachが生まれる70数年前の作品です。
国と時代が違うとはいえ、Bachの周囲でも、庶民の踊りは、
肩肘張らず、このように、あけすけに踊られていたのでしょう。
★何十人と描かれた人物は、皆違う方向を見て、
踊ったり、お酒を飲んだり、話したり、手を取ったりしています。
ただ一人、画面中央より少し後ろに位置する花嫁だけが、
ややうつむき加減ではありますが、正面即ち、
私たち鑑賞者に向かって、眼差しを投げ掛けているようにみえます。
★この構図はどこかで見たような記憶があります。
Pierre-Auguste Renoir ピエール=オーギュスト・ルノワール
(1841-1919)の、≪Bal du moulin de la Galette
ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会≫に似ていませんか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88#/media/File:Pierre-Auguste_Renoir,_Le_Moulin_de_la_Galette.jpg
★田舎の日曜日、ダンスに打ち興じている人々の視線は、
みな違う方向を見ているのに、たった一人、画面中央より
やや右に位置する少年(少女かもしれません)は、
しっかり、こちら正面を見つめています。
この少年がいなかったならば、この絵は散漫な、
まとまりのない絵となってしまい、
現代の「名画」としての地位を、得なかったかもしれません。
★このように思索を楽しみ、遂にRenoirにまで
想いが至ったのですが、この≪野外での婚礼の踊り≫の近くで、
主催者の意図を図りかねるような、
おかしなことが起きていました。
★大きなスクリーンが≪野外での婚礼の踊り≫の近くに設置され、
その画面上で、この絵画に登場人物たちが"踊っている"動画を、
わざわざ作り、ずっと流していました。
★画面手前の方で、ひときわ大きな姿で踊っている二組の男女、
男性の踊りは、どう見ても腰の入れ方が、
日本の"ドジョウすくい"か、宴会で隠し芸をしている酔ったオジサンの、
腰の振りにしか見えないのです。
最初は、おふざけかとも思いましたが、
ごく真面目に作った様子でした。
★日本人の演奏に多い、腰に鉛が入ったような重いリズムです。
「知らぬが仏」。
分かりやすく、楽しめるように・・との主催者の善意の結果でしょう、
しかし、ダンスにしましても、音楽の演奏にしましても、
最も重要なのが「リズム」です。
それを日本人がもっているごく普通のリズム、つまり、
ヨーロッパのものとは大きく異なることを知らず、考慮せず、
無邪気に、疑問すらもたずにそれを当てはめて作られた動画。
それは、本物の≪野外での婚礼の踊り≫の絵画を見ながら、
イマジネーションの中で、
心地よい踊りを楽しんでいる人にとっては、
鑑賞を妨げる以外の、何ものでもないでしょう。
★3月24日(土)に、「平均律第1巻2番c-Moll」 の
アナリーゼ講座を、開催いたします。
★Bachが自ら書いた「序文」の解説を私が書きました
【Bärenreiter ベーレンライター原典版
Bach 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 日本語による詳細な解説付き楽譜】
http://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/
http://www.academia-music.com/
が出版されています。
★この「序文」は、直截的には、1~6番を指し示していますが、
ここで気を付けなくてはいけないのは、次の点です。
★平均律第1巻は、1~6番を「核」としていますが、
ただ単に、1番から24番までを順番に並べただけの
曲集ではないのです。
★1~6番を1セットとし、6曲1セットを、次々に並置しただけでは、
24曲を1曲とみなせるような、
巨大な一つのエネルギー体としての、「構造物」とは、
なりえないのです。
★これは言われてみれば、当たり前のことですが、
それを自分の手でつかみ取って、体感することができたのは、
一にも二にも、「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」
全30変奏を、10回に分けてアナリーゼする講座を開催し、
私自身、じっくりと勉強することが出来たからです。
★この2番c-Moll につきまして、 Preludeはあの謎に満ちた
1番 C-Dur を練り込み、抽出して創り上げられたことを、
前回の1月アナリーゼ講座で、少しお話いたしました。
★次回の3月24日(土)アナリーゼ講座では、それを更に
詳しくお話いたします。
★1番 Fuga のどこを練り込み、どこを抽出したかが分かることにより、
1番 Fuga と2番 Prelude (Bachは、Praeludium と書いています)の
共通項を、「共通項と自覚して」演奏する方法が、生まれ出てきます。
★一例として、ごくさりげなくですが、その共通項の音色を揃えてみる、
という試みが可能となります。
新鮮な驚きを感じられることでしょう。
そうしますと、1番 Fuga と2番 Prelude は、もはや別々の曲とは
なりえないのです。
★Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー(1886-1960)の、
平均律第1巻のCDは、1番を聴き始めますと、
24番まで途切れることなく、聴き続けてしまいます。
これは、全24曲が空中分解することなく、
有機的に、がっちりとつながって構成されているからです。
★この構成が分かっていないピアニストの演奏は、
1曲1曲の演奏が魅力的であったとしても、
24曲の Prelude と Fuga を並置しただけで、
ある番号の Prelude と Fuga を、別の Prelude と Fuga に
たとえ差し替えても、何ら問題はないことになります。
★この場合、そのピアニストのCDは、いつでも、
どの曲の部分でも、スイッチを切り、中断することが可能と
なってしまいます。
★お話を戻しますと、この2番 Prelude につきましては、
BachのToccata トッカータとの関係も、ご説明する予定です。
★さて、2番 Fuga は、
「15番 Inventio インヴェンション h-Moll 」と、主題が酷似しています。
Bach 「Manuscript Autograph 自筆譜 」facsimile で、
15番の主題は、このようになっています。
現代の実用譜ではこのように、記されています。
★2番 Fuga の Subject 主題は、これです。
ソプラノ記号で書かれています。
Subject 主題をト音記号で記譜しますと、このようになります。
★「15番 Inventio」と「2番 Fuga」との関係を考えます時、
大切なことは、
実は、「2番 Fuga」と、平均律第1巻の中ほどにある曲との
関係なのです。
★今回、私はやっとこの平均律第1巻2番とその曲との関係を
読み解くことができ、それにより、
平均律がただ単に、半音ずつ主音が高くなっていく24の調性で
作曲された曲集ではない、ことを実感し、
さらに深い理解に、到達することができました。
★それ譬えますと、このようになるでしょう。
スケルトン(透明)の地球儀があるとします。
赤道上に、等間隔で24曲が並べられています。
正面にある曲が、実はその裏側にある曲と、見えない糸で、
交差し、縦横につながり、深く結びついている、
そんなイメージです。
★複雑で精緻な美の多面体です。
アナリーゼ講座で、このことを詳しくご説明いたします。
それを知り、理解しますと、演奏がより輝かしくなります。
聴くことが、知と音楽の喜びに満たされることでしょう。
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