■Chopin の Polonaise-Fantasie 幻想ポロネーズを、自筆譜から読み込む、No.1■
~ Chopin のフォルテ、 Bach 先生と Chopin 先生 ~
2013.7.18 中村洋子
★KAWAI 表参道や 横浜みなとみらい 等での、
Bach アナリーゼ講座の中で、
自然に 「 Bach 先生 」 、 「 Chopin 先生 」 というように、
Bach と Chopin に 「 先生 」 をつけて、お話をしていることに、
最近、気が付くようになりました。
★印刷された 「 実用譜 」 の “ 冷たい ” 楽譜のみで、
勉強していましたころは、
ついぞ、口の端にも出なかった敬称です。
★自筆譜で、勉強を続けていくうち、
Bach 先生は、
≪ とびきり親切で、噛み砕くように、分かりやすく記譜している、
誰でも、その自筆譜をじっくり見さえすれば、
曲の構造がどうなっているか、どのように弾くべきかが、
分かるように、丁寧に書かれている ≫
ことが、ひしひしと、伝わってきるようになりました。
★ Chopin の楽譜にも、同じことがいえます。
そこで、どんどん大作曲家に親近感が増していき、
あたかも、いま現存している 「 師 」 のように、
「 先生 」 という言葉が、口をついて出てくるのです。
★よく 「 講座 」 でもお話するのですが、
せっかく、勉強するのですから、
先生は、最良の人を選ぶべきです。
それは、 「 作曲家 」 本人にほかならず、
尊大な、現代の楽譜校訂者ではないのです。
★そのために、最良の先生の “ 肉声 ” である、
「 自筆譜 」 を、学ぶ必要があるのです。
「 自筆譜 」 のメッセージを、読み込むためには、
それなりの勉強が必要である、のも事実です。
★現在、KAWAI 表参道で月 1回、ディスカッションを交えながらの、
少人数でのアナリーゼ教室を、開催しております。
現在は、 Chopin 「 Polonaise-Fantasie 幻想ポロネーズ Op.61 」を、
Chopin 自筆譜と、いくつかの実用譜、それに、Claude Debussy
クロード・ドビュッシー (1862~1918)の校訂版とを、比較しながら、
読み込んでいます。
★Chopin の自筆譜が、 Bach 自筆譜同様、
Chopin の音楽を分析するために、どれだけ示唆に富み、
Debussy がどれだけ、 Chopin の音楽に深く切り込んでいるのかに、
感嘆しています。
★Chopin は 「 Polonaise-Fantasie 幻想ポロネーズ Op.61 」 を、
1ページ 5段で、横抜きに記しています。
大きさは、A 4コピー用紙より、横幅が 2.5 ㎝ 短い紙です。
1段目は、4小節目まで書かれています。
★ここでまず、目に飛び込んでくるのは、
1、2、3小節の第1拍目にある 「 f 」 の位置です。
★1小節目の 「 f 」 は、1拍目の、左右両手で奏される主調 As-Dur の、
同主短調 as-Moll の主和音よりも左側、すなわち、音を打鍵する前に、
この 「 f 」 が目に入ってくる位置に、記されています。
★2小節目1拍目の 「 f 」 は、
1小節目と 2小節目とを区切る、小節線の上に、
書き込まれています。
★Chopin は、大譜表上段の高音部譜表( ト音記号の譜表 )と、
下段の低音部譜表 ( バス記号の譜表 ) を、小節線でつないでいません。
そこにできた空間に、 「 f 」 を大きく、書き込んでいます。
★3小節目 1拍目の 「 f 」 も同様に、2小節目と 3小節目を区切る、
小節線上に、書かれています。
★これは、 「 f 」 を各小節の 1拍目に、
書くスペースが、なかったためではありません。
十分に、余裕はあるのです。
★この3つの 「 f 」 を、詳細に検討しますと、
1小節目の 「 f 」 は、まず冒頭の音を弾く前に、
“ 「 f 」 を心の中で準備しなさい ”
というように、見ることができます。
★2小節目の 「 f 」 は、1、 3小節の 「 f 」 に比べ、
ことのほか、大きく書かれています。
≪ 1小節目の 「 f 」 より更に f で、しかし、それが決して、
「 ff 」 ( フォルテシモ ) のように、音量として大きくするのではない。
1小節目の、フェルマータのついた 2分休符のときから、
「 f 」 を準備しておくのですよ ≫ と、
Chopin が、話しかけているかのようです。
★「 3小節目の f 」 は、1、 2、 3小節各々の 「 f 」 のなかでは、
一番小さく、書かれています。
★1段目にある 4小節の、面積的な割り振りは、
かなり、変則的です。
1、 2小節は、ゆったりと幅広の面積をとって書かれています。
しかし、3、 4小節は、右端に押し込めるように、
凝縮されて、
小さく、書かれています。
★1、 2、 3小節の 1拍目のみを、比較して見てみますと、
同じ音型を、 2度ずつ下げて、反復しているように見えます。
これを、単純に 「 同型反復 3回 」 と、とらえますと、
3回目が頂点で、その 「 f 」 は、
一番強く印象づけられた 「 f 」 と、予想しがちですが、
そうではありません。
★ここでは、2回目の 「 f 」 が頂点で、
3回目の 「 f 」 すなわち、
3小節目の 「 f 」 は、 3、 4、 5小節の大きなフレーズが始まる
「 f 」 と見るのが、妥当です。
3、 4小節目の変則的面積配分の理由が、
ここにあるのです。
★このように、 「 f 」 の位置をひとつとりましても、
Chopin の自筆譜は、計り知れないメッセージを、
私たちに、伝えてくれます。
★「 EKIER 校訂版 」 は、 6小節目 1拍目の 「 p 」 の位置を、
Chopin 自筆譜通りに、
5小節目と 6小節目を区切る小節線上に、
忠実に、記入していながら、
この1、 2、 3小節目冒頭の 「 f 」 につきましては、
1、 2、 3小節各 1拍目に、機械的に、
無表情に、配置しています。
★このことについて、「 EKIER 校訂版 」 Performance Commentary と、
Source Commentary には、一言も触れられていません。
そして、Editorial Principles には、
4つの text を混ぜて作った、と書いてあります。
★従いまして、これは、 Chopin の Urtext( 原典 ) とは、
絶対に、言うことはできません。
しかし、表紙に 「 Urtext 」 と印刷されています。
★結局、これは、 「 編集者 Jan Ekier の Chopin 像 」
にすぎない、といえます。
Debussy や Bartók Béla バルトーク(1881~1945)、
Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー(1886~1960)が
Chopin 、 Bach の校訂版を書いたような、
天才が、天才を解釈するのとはほど遠いのも、
また、事実でしょう。
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲