■バッハの 「 フーガのテーマ 」 は、完璧な形の苗木のように■
2010.11.18 中村洋子
★11月 16日の、第 9回平均律アナリーゼ講座は、いつにもまして、
たくさんの音楽を愛する皆さまが、ご来場くださりました。
11月 25日の、横浜「みなとみらい」での
「 第 1回 インヴェンション・アナリーゼ講座 」 は、既に、
ご予約で満席となり、追加講座を予定しておりますので、
決まり次第、お知らせいたします。
★平均律 1巻 「 9番 ホ長調 」は、短く簡潔な曲であるがゆえに、
誤解されることも、多いようで す。
日本で有名な、箱入りの分厚い解説書では、前奏曲について、
『 インヴェンションふうな曲で、単純で幸福にあふれたハーモニー、
歌謡 3部形式による単純な構成は・・・』 と、記しています。
★この筆者は、インヴェンションを、平均律よりも、
「 短く、簡単で、難易度 が低い曲 」 と、
価値を低く、とらえているように、思われます。
私の考えでは、インヴェンションのほうが、ある意味では、
平均律より、演奏者にとって、はるかに手ごわく、
底知れぬ深さを、もっています。
★バッハは、平均律 「 8番 嬰ニ短調フーガ 」 を記譜するにあたり、
左右のページに、3分の1ずつ割り振り、
最後の 3分の1は、次の左ページに、記譜しています。
そして、その右側のページから、この 「 9番前奏曲 」 が始まります。
8番フーガ最後の 3分の1と、9番前奏曲を、
「 一体の音楽 」 として、捉えて欲しい、
というバッハの、シグナルなのでしょう。
★その理由の一つとして、「 8番フーガは 変ホ短調ではなく、
嬰ニ短調である 」 ことを、 講座でご説明いたしました。
それは、「 調号とは何か 」、「 調性とは何か 」 という
問いに対する、
≪ バッハの解答 ≫ である、ともいうことができます。
★この 「 前奏曲 9番 」 は、 「 フーガ8番 」 の、
エネルギーに匹敵するほどの、力をもった曲である、
と言えます。
「 前奏曲 9番 」 を演奏する際は、必ず背中に、
「 フーガ8番 」 のエネルギーを感じ、それを背負って、
弾き始めてください。
「 前奏曲 9番 」 は、その解説本で書かれるような、
「 単純なハーモニー、単純な構成 」 では、決してないのです。
★そこを、鋭く見抜いていたのが、あの 「 ショパン 」 です。
講座では、この前奏曲のある部分に、たった 「 1 声部 」 を、
私が追加して、実演しました。
そこで流れた曲は、なんと、ショパンの
「 別れの曲 」 そのものでした。
★「 前奏曲 9番 」 が、「 単純なハーモニー 」 ではないことが、
それで、お分かり頂けた、と思います。
モーツァルトも、この 9番の 「 構成 」 を学んで、
彼の傑作ピアノソナタを、生み出している、
ということも、お話ししました。
1月 25日( 火 )の 「 第 10回 平均律講座 」 で、
それをさらに、深める予定にしております。
★モーツァルトやショパンなど大作曲家は、虎視耽々と、
この 「 前奏曲 9番 」 をみつめ、そのエキスを、
吸収していたのです。
★「 フーガ 」 について、上記解説本は、『 プレリュードの消極的、
享受的な態度に比べ、このフーガは、短い主題のもつ
エネルギッシュな活気と決断とで積極的な姿勢を示している・・・
主題の範囲決定について、いろいろ異なった意見の出る
フーガでもある。 』 と、記しています。
★私には、「 消極的、享受的 」 という形容詞の意味が、
全く、分かりません。
さらに、『 主題の範囲決定 』 として、「 主題 」 は、
『 内声 1小節目から、 2小節目冒頭 E音まで 』 、としています。
★主題を、上記としますと、円錐形に形の整った “ 苗木 ” の、
右半分が、ばっさりと切り取られているような、極めていびつな、
中途半端な、主題となってしまいます。
★フーガの主題で、最も大事なことは、
「 主題だけで、音楽的なまとまりができている 」 ということです。
声を出して、歌ってみて、完結した一つの歌となっているかどうか、
それが、最も基本的な見分け方です。
★さらに、この解説本は、どこを 「 主題 」 とするかについて、
その他に 3つの異なった意見がある、として、例記しています。
私が、主題と考えていますのは、
「 2小節目 3拍目 E音 」 までですが、それについては、
『 この主題範囲は、主題の和声基盤から
ーー終結的な後尾ではないーー 絶体に認められない。』
と、1行しか記されていません。
★理由らしい理由は、『 和声基盤 』としか書いていませんが、
和声基盤という語は、まず、意味不明です。
『 終結的な後尾 』 も、よく理解できない言葉です。
“ このような言葉の意味が、分からないのは、
自分の理解力が、足りないからではないかしら ?
バッハは、やはり難しい過ぎるのだろうか ? ” と、
真面目な方ほど、深刻に、お悩みになるかもしれません。
どうぞ、意味不明な衒学的用語に、惑わされ、
ご自分を、責めないでください。
分からないのが、真っ当なのです。
自信を、お持ち下さい。
★さらに、筆者が主張する、主題について 『 このもっとも短い
主題範囲は、第 2小節めで、男性終止し、和声的にも充実している。
簡潔で、先のプレリュードと対照的に、
短い主題のエネルギッシュな力性、決定的な意志を感じさせる。』
と記し、
自分で和声を付けた主題が、五線譜に掲載されています。
しかし、そこには 「 和音記号 」 は、書かれていません。
★私が、見ましたところ、
「 1小節目 2拍目は Ⅰ 、3拍目は Ⅱ₇ 、4拍目は Ⅴ₇ 、
2小節目 1拍目は Ⅰ 」 と、お考えのようです。
その 4つの和音が、トニック、サブドミナント、ドミナント、
トニック、という最も基本的な和音進行である、ということが、
「主題決定」の理由の 1つと、推測はできますが、
「 2小節目 3拍目 E音 」 までを、主題とすることが、
なぜ 、“ 絶体に認められないか ” 、
その理由は、全く書いてありません。
★「 最も基本的な和音進行 」 とは、例えば、学校などで、
お辞儀をする際のピアノ伴奏 「 ド、 ド、 シ、 ド 」 で、
聴くことができます。
ド ( ドミソ = トニック )、
ド ( ファラド = サブドミナント )、
シ ( ソシレ = ドミナント )、
ド ( ドミソ = トニック ) です。
★ 「 ド、 ド、 シ、 ド 」 の、最も基本的和声進行に
一致することが、主題を決定する理由となるか、
バッハの主題は、そんなに「単純」なものなのでしょうか?
★ バッハの 「 フーガの主題 」 は、小さいながらも、
美しい樹木の形をしている “ 苗木 ”です。
その苗木が、根を張り、枝を伸ばし、葉を繁らせ、
一つの立派な樹木 = 曲と、なるのです。
主題は、短いながらも、完成しており、
バッハの主題は、皆、そうです。
また、その苗木を見るだけで、将来、
どのような立派な樹木に育っていくか、それが
想像できるものなのです。
( 野草の花、千両の実、櫨 )
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