音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集と、インヴェンション■

2009-09-27 22:01:08 | ■私のアナリーゼ講座■
■フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集と、インヴェンション■
                 09.9.17  中村洋子


★バッハが、長男のヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための

に編んだ、「クラヴィーア小曲集」の約60数曲の中に、

インヴェンションの初稿が、ほぼ全曲、含まれています。


★この小曲集の表紙には、バッハ自身の筆で、

「1720年1月22日」の日付が、記されています。

「インヴェンション」の表紙には、「1723年」と、書かれており、

初稿から推敲を重ね、約3年後に完成した、と見るべきでしょう。

小曲集では、「インヴェンション」を「プレアンブルム Praeambulm 」、

「シンフォニア」を「ファンタジア Fantasia 」と、表記しています。


★この小曲集と、インヴェンションを比較することにより、

バッハが、どこをどのように、推敲したかが、分かります。

また、その書き直された部分を、どう解釈して演奏するかを、

考えることにより、インヴェンションを、新鮮な視点から、

新たに、見ることができます。


★29日開催の「インヴェンション第13番・アナリーゼ講座」では、

インヴェンション13番と、それに相当する「プレアンブルム」を、

比較・検討いたします。

インヴェンションは、「25小節」、

プレアンブルムは、「21小節」しかありません。

プレアンブルムの「16、17、18小節前半」の計2.5小節が、

インヴェンションでは、「16~22小節前半」の6.5小節に、

拡大されています。


★プレアンブルムの「第14小節」を、一つの単位と見た場合、

第15小節は、それの同型反復(ゼクエンツ)2回目、

同型反復3回目の「第16小節」は、定石どおりに、

変化させた反復となっています。

大変に、分かりやすい形です。


★これに対し、インヴェンションは、14小節の同型反復を、

「15、16、17小節」と、4回も行っています。

定石からいいますと、「冗長」と、とらえられかねない変更を、

なぜ、バッハがしたのでしょうか。

驚くべきことに、その変更によって、和声と形式が、

“地殻変動”を、起こしていたのです。


★プレアンブルムも、十分に傑作である、と思いますが、

この“地殻変動”に、バッハの底知れない天才を、感じました。

この点については、講座で、詳しくお話いたします。


★シンフォニア13番につきましては、古い「ヘンレ版」の、

第51小節目の、右手(上声)一番最後の音が、

「A」になっている版が、あります。

現在は、正しく「H」に、訂正されています。

自筆譜を見ますと、バッハは、この「H」を、実に力強く、

大きな符頭で、黒々と、書いています。

私も、間違った版を持っていますので、十分、お気をつけ下さい。


★「ヘンレ版」は、どうして、そのような誤りをしたのでしょうか?

「33~35小節目」の「バス」は、「53~55小節」の「内声」と、

同型の「対主題」です。


★一方、「49~51小節目」では、この「対主題」が、

「上声」で、奏されます。

この3回の「対主題」を、すべて、同型ととらえるのならば、

「51小節目」の最後の音は、「H」ではなく、

「A」で、あるべきです。


★古いヘンレ版は、「51小節目」を、同型に統一して、

「A」に直していたのです。

しかし、「H」にすることで、たった一つの音の違いですが、

曲が、和声も形式も、ガラガラと変わっているのです。

この3回現れる「対主題」は、担っている役割が、

おのおの異なるように、意図されているのです。

そこを、読み込みませんと、ヘンレの当時の校訂者のように、

バッハが“誤って”、「H」と書いたと思いこんでしまいます。


★フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集は、

曲の配列が、インヴェンションとは大きく、異なっています。

これは、フリーデマンが、「曲を練習する際の、

難易度順に配列した」という、考え方もありますが。

当時、10歳前後のフリーデマンは、既にこの曲集を、

十分に弾きこなせたと、思われます。


★作曲の方法を父親から習いつつ、

曲を、配列していったのかもしれません。

「作曲技法を学習するための難易度順」、または、

難易度とは関係なく、「調性の順番に沿った配置」、

とも、考えられます。

私は、「調性の順番に沿った配置」が妥当かと、思います。

生徒さんに、インヴェンションをお教えになる際の曲順に、

お悩みの方も多いと思われますが、全曲演奏するのでなければ、

その生徒さんの興味に合わせて、こだわらずに、

選択されてもいいと、思います。


★以上の問題点も含め、講座では、詳しくご説明いたします。

インヴェンション第13番は、最も有名な曲で、誰もがどこかで、

耳にした曲ですが、一筋縄ではいかない手強い曲です。


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