音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■■ シューベルトのテンポについて ■■

2009-09-07 13:28:48 | ■私のアナリーゼ講座■
■■ シューベルトのテンポについて ■■
                   09.9.7 中村洋子


★ヴォルフガング・ベッチャー先生とのCD録音が、

やっと終わり、ほっとしております。

本日は「白露」。

一昨日は、美しい「満月」でした。

涼風が、部屋を吹き抜け、

次第に、秋らしくなってきました。

月の光を背に、夜の散歩も楽しいものです。


★ヨーロッパのクラシック音楽でも、「歩行」を模した音型が、

しばしば、出てきます。

以前、お能の月刊誌「観世」の、巻頭随筆に、

バッハの平均律クラヴィーア曲集1巻、24番(前奏曲&フーガ)と、

お能の「歩み」との相関について、書いたことがあります。

(「観世」平成16年7月号【シテとワキとの照応は、フーガにも似る】)


★W.ベッチャー先生に、シューベルトのテンポについて、お尋ねしました。

「私の経験では、シューベルトのアンダンテは、

普通のアンダンテより、やや早いようだ」と、テーブルの上で、

右手の人差し指と中指を、人の足のように、器用に動かし、

実際にアンダンテで、歩く速度を、教えてくださいました。


★ここからは、私の考えですが、

シューベルト「冬の旅」の、第1曲目「お休み」の冒頭、

「左手8分音符の刻み」は、明らかに、

主人公の青年が、歩いているリズムを、模しています。

シューベルトの自筆譜には「Maessig,in gehender Bewegung」

= 中庸の速さ、歩くような動きで」、と、書いてあります。

アンダンテを、「歩く速さ」と、とるのであれば、

ベッチャー先生の考えのように、シューベルトのアンダンテは、

私たちがもつイメージより、やや速いのかもしれません。


★シューベルト、「即興曲Op 90 の1番」2小節目、

「レ」音が、連続して3回奏される部分も、

「お休み」1小節目の、4回連続奏される「レ」の音と、

同じ歩行のテンポであると、私は思います。

作曲年も「1827年」で、同じです。

この即興曲は、アレグロ・モルト・モデラートと、

速度が、表示されています。


★シューベルトの「歩く速さ」と、アンダンテの関係を、

考えるうえで、重要なポイントでしょう。


★また、先生は、「ディミヌエンド」と「デクレッシェンド」との違い、

「フォルテピアノ」と、「スフォルツァンド」との違いについても、

ご自身の体験に基づき、詳しく、説明してくださいました。

9月13日のカワイ・アナリーゼ講座では、

「シューベルト、即興曲Op 90」2番と4番を、

取り上げますが、そこで、お伝えしたいと思います。


★シューベルトの、後期の「弦楽四重奏曲」には、

ベートーヴェンの影響を、色濃く受けているものと、

逆に、ブルックナーなど、その後の作曲家へと、

つながっていくものとが、あります。

シューベルトが、対位法を習った先生は、

ブルックナーの師でも、ありました。

先生は、両手を、大きく広げ、

「シューベルトの曲は、大きく未来に開かれていた。」


★冗談で、「先生、ピアノを弾いてください」と、

申しましたら、即座に「OK」。

そして、太い指で、力強く、弾き始めました。

シューベルト、弦楽四重奏「死と乙女」でした。

四重奏のすべてのパートを、ピアノの鍵盤上で、

二本の腕を使って、完全に弾かれました。


★それには、本当に驚きました。

4人の奏者の譜面が、完全に、頭に入っているからこそ、

それは、可能なことなのです。

こんなに、シューベルトらしいシューベルトは、

初めてでした。


★壮大な伽藍の骨組みを、見ているようでした。

鋼のような音、骨太で、逞しいリズム。

先生のチェロのピッチカートは、大ホール中に鳴り響きます。

その先生が、弾かれるのですから、

当然ですね。


★先生の師・クレム Klemm も、オーケストラで演奏されていた時、

総譜を、すべて暗譜されていたそうです。

木管楽器奏者の一人が、自分のパートを忘れたとき、

クレムは、チェロでそのパートを、即座に弾き、補ったそうです。


                    (ピアニスト・ベッチャー先生)
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