音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■モーツァルト Piano sonata「 KV333」の四声体を、「自筆譜」から読み取る■

2023-01-12 23:06:17 | ■私のアナリーゼ講座■

■モーツァルト Piano sonata「 KV333」の四声体を、「自筆譜」から読み取る■
  ~ 「自筆譜」を通して「Mozart」を学ぶ No.1~

            2023.1.12 中村洋子

          

 

 

★「今年はブログを数多く更新する」という元旦の計を立てました。

当ブログで2回続きましたドビュッシーを、ひとまずお休みし、

この1月は、ドビュッシーも敬愛したであろうモーツァルトの、

「自筆譜」を通して「Mozart」を学びたいと思います。


★「大作曲家を知る」ということは、彼らのプライベートのエピソード

や、細々したデータを頭に詰め込むことでは、ありません。

大作曲家を知る、最も手っ取り早い方法は、その「自筆譜」から、

彼らの肉声とも言える音楽を、吸収することです。


★まずは、Wolfgang Amadeus Mozart モーツァルト

(1756-1791)「ピアノソナタ KV333」です。

大変親しまれている名曲で、ドイツのLaaberラーバー出版から、

「自筆譜」ファクシミリも出版されています。

http://www.academia-music.com/products/detail/23321

さらに、大ピアニスト Edwin Fischer エトヴィン・フィッシャー
                     (1886-1960)

(Curci社)と、大作曲家 Bartók Béla バルトーク・ベーラ
                     (1881-1945)

による「校訂版」(Musica Budapest社)まで、出版されており、

 Mozart を知るためには、「鬼に金棒」でしょう。


★もちろん、実用譜の「Henle ヘンレ出版」の新版モーツァルト

ピアノソナタ全集、「Bärenreiter-Verlag ベーレンライター出版」

の、「モーツァルト ピアノソナタ全集」に目を通す事も、

お忘れなく。

 

 


★さて、この名曲の「自筆譜」ファクシミリを手に取りますと、

まず驚くのは、「大譜表」が1ページに、12段も書かれています。

1ページに、「大譜表」12段が記譜されているということは、

「大譜表」は2段使いますので、1ページ24段の五線紙に、

この「KV333」が記譜されている、ということになります。


★定評ある現代の実用譜「Henle出版」は、この曲を20ページ

で記譜していますが、モーツァルト「自筆譜」は、たった6ページに

ぎっしりと書き込まれています。

6ページといいましても、6ページ目は大譜表が2段(実質4段)

使われているだけです。


★モーツァルトはどうしてこんなに不自然なほど、

ぎゅうぎゅう詰めに楽譜を書いたのでしょう。

モーツァルトやショパンのように、若死にした作曲家の自筆譜を

見ますと、その音符の小ささ、細かさに、びっくりすることが

よくあります。

「老眼」とは無縁の年齢で、その生涯を終えた天才たちです。


★逆にバッハの「フーガの技法」の自筆譜は、年老いて目を傷めた

バッハの、剛毅ではありながら、五線から外れたり、震えたり、

痛々しい筆致に心が痛みます。

 

 


★モーツァルトの「KV333」に戻りますと、「Henle版実用譜」は、

全体で20ページから成り、大体1ページに、5段または6段、

まれに7段の大譜表が書かれています。

その1段につき、3小節~6小節が記譜されています。


★ところが、モーツァルトの自筆譜1ページは、前述しましたように

大譜表12段(24段の五線紙)、1段につき、6小節または

7小節が、満員列車のように、詰め込まれています。


★五線紙は異常に縦長で、23.5×37.5cmの大きさです。

私はこの「自筆譜」ファクシミリを見たとき、あまりに縦が長く、

もしや、24段の五線紙ではなく、12段の五線紙を上下に

つないで、24段にしたのではないか、と疑ったほどです。

確かに12段目と13段目の間に、くっきりと横の線が

見えるからです。

しかし、Laaberラーバー出版の「自筆譜」ファクシミリの

解説によると、この線は2枚を貼り付けたのではなく、

縦長の楽譜を折った時の、折り目だと書かれていました。


★ Mozartが、これほどまでに詰め込んで書いたかは謎です。

この「KV333」のピアノソナタは、1783~1784年(27~28歳)に

かけての作曲と推定され、1784年夏、「Dürniz Sonata」と

呼ばれるピアノソナタ「KV284/205♭」と、

ヴァイオリンソナタ「KV454」と共に、「Opus7 作品7」として

ウィーンの「Christoph Torricella社」から、出版されています。


★それでは具体的にピアノソナタ「KV333」の「自筆譜」を

見てみましょう。

「自筆譜」全6ページのうち、冒頭第1ページには、

1楽章の1~77小節までが、記譜されています。

「Henle版実用譜」では、冒頭1ページは、1~16小節です。

「自筆譜」は、77小節、「Henle版」は16小節ですから、

モーツァルトは現代の実用譜より、約5倍も多い小節を

1ページに詰め込んだといえます。


★理由は、この楽譜で演奏する時に、なるべく譜めくりの

回数を少なくするための手段とも考えられます。

しかし、そのような単純な理由だけなのでしょうか?

 

 


1ページ12段、この「12」という数字には、深い意図

込められています。

「12」は、「12÷2」、「12÷3」、「12÷4」というように、

2分割、3分割、4分割ができる数字です。


★その2分割した段の始まりは、7段目、

3分割した段の始まりは5段目、9段目、

4分割した段の始まりは4段目、7段目、10段目となります。


★このように各段の意味を考えつつ、「自筆譜」をみますと、

曲の構造上、とても「重要な部分」や「モティーフ(要素)」が、

一目で分かる位置に、整然と、配置されているのが分かります。

まさに、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」そっくりです。


あるものは、冒頭や段末、四隅に、あるいは真ん中に、

それらのバリエーションは、その真下に・・・

あたかも天空に煌めく星座群のように、盤石の位置を占め、

その「配置構図」が、曲の「骨格」そのものを指し示しています。

つまり、一目眺めるだけで、曲の「構造」が把握できます。

全体像が、分かるのです。


このような「自筆譜」の見方は、モーツァルトにしろ、

ベートーヴェン、ドビュッシー・・・どんな大作曲家にも

当てはまります

それが当てはまらない作曲家は、残念ながら、

バッハに続く大作曲家の列からは、少し外れているようです。

 

 


★モーツァルトの「自筆譜」1ページの「四分の一」は、

1~3段目1~20小節です。

「四分の二」の開始点である4段目の真ん中23小節から、

≪第2主題≫が、始まります。

 

 

 

「四分の三」、即ち、このページの後半分は、七段目からですが、

六段目の終わりから、≪推移主題≫が、始まります。

 

 

最後の「四分の一」が始まる10段目の中央右寄りから、

「提示部」が終わって、「展開部」が始まります。

 

 

★このようにバッハと同じく、モーツァルトの頭の中にも、

「自筆譜」を書くに当たり、整然とした「航海図」が

作成されていたことが分かります。

モーツァルトはバッハの一番下の息子 Johann Christian Bach

クリスティアン・バッハ(1735-1782)のお弟子さんであったこととも

無縁ではないでしょう。


★これにつきましては私の著書 ≪11人の大作曲家「自筆譜」

で解明する音楽史≫の108~127ページ、

Chapter 6 《モーツァルト「交響曲40番」は平均律1巻24番から

生まれた》を、お読み下さい。

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Mozartが8歳の時、ロンドンに5か月間滞在しました。その時、
お世話をしたのがバッハの一番下の息子のクリスティアンで、
イギリス王妃の音楽監督を務めていました。
彼は、ちっちゃいモーツァルトを膝の上に乗せ、一緒に
ピアノ連弾を楽しんだという逸話が残っています。
まだバッハ没後16年です。
吸い取り紙のようにすべてを吸い取る天才モーツァルトが、
クリスティアンと5ヵ月も一緒にいたのです。
バッハの「音楽」、バッハの「対位法」を
学び尽くさなかったはずがありません。
//////////////////////////////////////////////////////////////////

 

 


★次に、モーツァルトが実際に書いた楽譜を、見てみましょう。

現代の実用譜と「異なる点」が、多々ありますが、

それが、モーツァルトの音楽を理解する

重要なカギ」となります。


★「自筆譜」1ページ1段目は、1~7小節ですが、その半分の

1~4小節前半までを、私が写譜しました楽譜で、

もう一度、見てください。

すぐに気付くことは、「大譜表下段」左手の部分の一部が、

「大譜表上段」の高音部(ト音記号)譜表に、

≪侵入している≫ことです。

現代の実用譜と、比較してみます。

下記は現代の実用譜です。比較してみましょう。

 

 

★これは左手の「d¹ f¹ es¹ g¹」を、加線なしで書くため、という

理由が一応は考えられますが、この第1ページで、「d¹ f¹ es¹ g¹」

の音を、高音部譜表に「侵入させず」、大譜表ヘ音記号で

加線を用いて記譜してる箇所は、沢山あります。

従って、この1~4小節の書き方は、「加線なしで書くため」だけ

ではなく、他の理由がありそうです。



 


★その理由はやはり、モーツァルトがバッハの息子の「お弟子さん」

であったことに、由来しています。

モーツァルトは作曲する時、「ソプラノ」、「アルト」、「テノール」

「バス」の≪四声体≫を、常に基準にしています。

逆に言えば、≪四声体≫の音が、全部出ていなくても、

頭の中では、≪四声体≫で書いているのです。

私の作曲家としての目で、モーツァルトの「自筆譜」を

見ますと、そのことをいつも、実感します。

 

常識で考えますと、モーツァルトのピアノ曲は、

右手は「ソプラノ」声部か「アルト」声部、

左手は「テノール」声部、「バス」声部を、担当するように、

考えられます。

しかし、この曲の、1小節左手部分「d¹ f¹ es¹ g¹」は、

「アルト」声部です。

わずかに「b音」のみが、「テノール」声部です。

右手の旋律は「ソプラノ」声部になります。

 

 

★モーツァルトは、しばしば誤解されるように、

「右手の旋律と左手の伴奏」という単純な形ではなく、

常に「四声体」の範疇で、音楽を創りあげています。

この第1小節は、「ソプラノ」、「アルト」、「テノール」声部が

活躍し、「バス」が「休止している」≪四声体≫なのです。

まさに、バッハの世界です。

 

1小節の左手4拍目「d¹ g¹」は、

その直前の右手「d² g²」の≪カノン≫です。

この曲には、こうした≪カノン≫が網の目のように、

張り巡らされています。

それ故、この曲は「永遠の傑作」なのです。

 


 

★さて、前回ブログでムソルグスキーの「子供部屋」と

ドビュッシーの「Children's Corner」について書きました。

読者の方から、以下の嬉しいお便りを頂きました。


★『≪かわいい子供たちの遊び場≫という訳に、納得しました。

大好きな居場所で遊んだり、夢見たりしているのでしょうね。

小さい子供たちは、隅っこや狭い場所が大好きなようで

娘や甥っ子が狭い場所に入りこんで、遊んでいたのを

思い出しました


★ドビュッシー先生にはしばしお待ちいただき、

1月は、モーツァルト先生の曲について

沢山お話します。

 

 

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             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

 

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■ドビュッシー「Children's Corner 子供の領分」のCorner は、可愛い子供たちが悪戯をしている部屋の隅っこの意味■

2023-01-09 16:51:06 | ■私のアナリーゼ講座■

■ドビュッシー「Children's Corner 子供の領分」の Corner は、可愛い子供たちが悪戯をしている部屋の隅っこの意味■

~Children's Cornerの日本語訳は「可愛い子ちゃんたちの遊び場」が相応しい

          2023.1.9 中村洋子

 

 

★新年おめでとうございます。

日本の新年は例年通りの寒さでしたが、

ベルリンの音楽出版社「Ries & Erler」社からの、新年のお便りには

「ベルリンは20℃も気温があり、短パンをはいて歩いている人も」

だそうです。

毎年のお正月の、凍えるような厳冬のベルリンとは、打って変わった

年明けのようです。


★年末に更新しましたブログの続きです。

Debussy ドビュッシー(1862-1918)の、6曲のピアノ独奏曲から

成る
組曲「Children's Corner  子供の領分」(1908)の「Corner」の

意味
と訳について、これまでそれを解説した文章を読んでも、

長年
すっきりと、腑に落ちない思いを抱いていました。


ドビュッシーはどうして、英語の「Corner」という言葉を

使ったのでしょう。

答えは、ムソルグスキーの歌曲集「子供部屋」にありました。

私はロシア語は読めず、ドイツ語訳で各曲の題名タイトルを読んで

いました。

その第2曲は、「Im Winkel」や 「In der Ecke」です。

「Im Winkel」は部屋や建物町などの「片隅」の意味。

「In der Ecke」も(部屋等の目立たぬ・安全な)片隅の意味です。

「In der Ecke」の英訳は「In the corner」、その日本語訳は

「隅っこで」です。

 

 

★いたずらっ子がばあやに、悪戯を叱られます。

《ああ、悪戯(いたずら)好きな子供だね。
毛糸玉を解いちゃったんだね。
そして、編み針をなくしてしまった!恥ずかしいこと!
縫い目を全部ほどいてしまった!
靴下にインクを飛び散らせた!
隅っこへお行き!
隅っこへ行きなさい!
いたずらっ子!
          (中村洋子訳)


★ばあやさん、相当にお怒りです。

可愛いいたずら小僧!

この「部屋の隅っこ  Corner」は、いたずらっ子の悪戯が見つかり、

叱られて、追いやられる場所のことだったのですね。

ドビュッシー愛娘“シュウシュウ”ちゃんに捧げる曲集の名前が、

ユーモアを込めた「Children's Corner」であったことが、

やっと、納得できました。


ドビュッシーにとっては、「Children's Corner」は、

可愛い子供たちが悪戯をしている部屋の隅っこ」の

イメージだったのでしょう。

日本語訳「子供の領分」でなく、「可愛い子供たちの遊び場」

あるいは、「可愛い子ちゃんたちの遊び場」ぐらいが、

相応しいでしょう。

 

★ムソルグスキーの歌曲集「子供部屋」の第3曲

「Der Käfer(独)The Beetle(英)カブト虫」の

24小節目~のピアノの左手部分は、大きなカブト虫が、

ゴソゴソ、ひげを動かしているかのような音楽です。

 

 

★ロシアの人たちにとって、私たち日本人がカブト虫に対して

抱いているような、親近感はなく、「ゴキブリのように不気味な

昆虫」という感覚で、捉えているようです。

ところが、このカブト虫の「ゴソゴソ」は、

ドビュッシーの「Children's Corner 」の第4曲

 「The snow is dancing」では、昆虫どころか、

詩的で幻想的な、雪が舞い踊る一節へと変容しています。

 

 

★「カブト虫」の≪ C Des Es E ≫は、一度聴いたら忘れられない

ような、少々不気味ながら印象深いモティーフです。

「雪は踊っている」の40、41小節では、2ヶ所「そっくりさん」

あります。

 

 

★まず始めに40小節の左手3,4拍の≪ A B c des ≫

これをそのまま長6度下方に移動すると、

≪ C Des Es E ≫になります。

 

 

そのモティーフに続く≪ c des d  es e ≫も、≪d 音≫を一つ

取り除くと、≪ c des  es e ≫になります。

それを1オクターブ下に移動すると、やはり≪ C Des Es E ≫

となります。

 

 

★ドビュッシーはムソルグスキー「カブト虫」君を、見事に

「雪が舞っている中で、低くサーッと吹く風の音」のように、

翻案しました。

さて、ムソルグスキーの「子供部屋」第2番に戻りますと、

いたずらっ子はその後どうしたでしょう。

彼はばあやに、こう抗議します。

《僕、何もしてないよ。僕、ストッキングを触ってないよ、ばあや。
子猫が毛糸をほどいたんだ。
そして子猫が編み針を散らかしたんだ。
だけど、ちっちゃなミーシャ(僕)は、よい子だったよ。
ミーシェンカ(僕)は、お利口さんだった。

でも、ばあやは意地悪で、年寄りだ。
ばあやの小さな鼻は汚れてるよ。

ミーシャは清潔で、髪の毛も梳かされている。
だけどばあやは、帽子を斜めにかぶっている。

ばあやがミーシェンカをいじめたんだ
僕は何もしないのに、僕を隅っこに追いやった。
ミーシャはもうばあやを好きではなくなるよ、そうだよ!》

 

 


★ミーシャ君「僕は何にもいたずらはしてないよ」と言ってますね。

子猫にいたずらの冤罪を着せているようです。

ちょっとふて腐っていますが、本当はばあやの事も大好きなようです。

ドビュッシー先生、微笑みながら、

この歌曲も“我が物”にしたのでしょう。


★ドビュッシーの「Children's Corner」巻頭の言葉。

A ma chère petite Chouchou, avec les tendres excuses
de son Père pour ce qui va suivre.
             C.D(Claude Debussy).

直訳するとこうなります。

愛しいシュシュへ、心からのお詫びを込めて

その後に続くものに対して、父より


ドビュッシーの言いたいことはこうでしょう。

この曲集は可愛くてたまらないシューシュー(キャベツちゃん)に、

お父さんが作りました。

お父さんと遊びたい“シュウーシュウ”ちゃんが、ヨチヨチお父さんの

後をついてくるのですが、ドビュッシー先生はお忙しく、そのため

「心からのお詫びを込めて」お父さんは、“ごめんね”と、

謝っているのですね。

ムソルグスキーのミーシャ君は、ばあやに叱られて、部屋の隅っこに

追いやられ、ドビュッシーの“シューシュー”ちゃんは、忙しいパパの

後ろを追いかける

ムソルグスキーには子供はいませんが、友人の一家の子供たちと

仲良しになります。

彼の子供たちに対する、優しさと愛情に満ちた曲ですね。

ドビュッシーはムソルグスキーの斬新な作曲技法のみならず、

そのデリケートで優しい心根も、

「Children's Corner 子供の領分」に、反映させました。

 

 

 

 

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■ドビュッシーは、ムソルグスキーの技法を吸収し、バッハの土台で練り込んだ■

2022-12-31 21:00:41 | ■私のアナリーゼ講座■

■ドビュッシーは、ムソルグスキーの技法を吸収し、バッハの土台で

練り込んだ■
                 2022.12.31 中村洋子

 

 

★今年もあと数時間となりました。

私にとりまして、本年は二冊の本の執筆があり、

そのために、ブログの更新が間遠になってしまいました。

一つは、≪11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史≫

出版です。

度々、皆様にご案内していますが、2023年の前半はこの本に

かかりっきりになりました。


★もう一つは、ドイツの出版社 Ries&Erler社から出版されました

Wolfgang Boettcher先生の追悼文集 "Jawoll !!"。

この本の218~220ページに、私の文章が掲載されています。

https://shop.rieserler.de/product_info.php?info=p3979_jawoll---wolfgang-boettcher-in-memoriam-1935-2021.html

https://www.rieserler.de/2022/04/25/buchveroeffentlichung-jawoll-wolfgang-boettcher-in-memoriam-1935-2021-hrsg-claus-ulrich-bader/


★この本の紹介文は、
////////////////////////////////////
★2021年2月24日に86歳で急逝したベルリンのチェリスト、
ヴォルフガング・ベッチャーを記念して出版された「Jawoll!」は、
親族、友人、同僚、生徒、仲間による思い出を集めた本で、
クラウス=ウルリッヒ・バーダーの編集です。

★Daniel Barenboim, Kolja Blacher, David Geringas, 
Alban Gerhardt, Nele Hertling,Saschko Gawriloff, 
Steven Isserlis, Manuel Fischer Dieskau, Ulf Hoelscher
or Dietmar Schwalke
ダニエル・バレンボイム、コリヤ・ブラッハー、ダーフィット・
ゲリンガス、アルバン・ゲルハルト、ネレ・ヘルトリング、
サシュコ・ガヴリロフ、
スティーブン・イッサーリス、
マヌエル・フィッシャー・ディースカウ、

ウルフ・ヘルシャー、ディートマール・シュヴァルケなど著名人が
並び、目次だけでもベルリン音楽界の「人名録」のようである。

★常に周囲の人々を魅了していた彼の心温まる姿が、たくさんの
人の個人的な思い出により、万華鏡のように浮かび上がって
くる。ベルリン・フィルの首席チェリスト、ベルリン・フィル12人の
チェリストのオルガナイザー、ブランディス弦楽四重奏団のメンバー、
ソリスト、教師としての幅広い活動。

★同時に、幼少期から彼に多大な影響を与えたウルズラと
マリアンネの姉妹との音楽活動にも多くが書かれている。
本書のタイトルは、ヴォルフガング・ベッチャーのポジティブな
エネルギーが、仲間を鼓舞し、勇気づけるという意味である。
////////////////////////////////////////////////////////////////////


バレンボイム、コーリャ・ブラッハー、ダーフィット・ゲリンガス、
サシュコ・ガブリロフ、スティーヴン・イッサーリス、マヌエル・
フィッシャー・ディースカウ(声楽家のディートリヒ・フィッシャー
・ディースカウの息子)等の寄稿文は興味深く、本ブログで「さわり」
の部分を訳してお伝えしようかと思ったのですが、延び延びになって
しまいました。来年は是非実行したいと思います。

 

 

 


★年末は、日本各地で大雪の知らせがありました。

雪にちなんだクラシックの曲といえば、

私にはすぐに、ドビュッシーの「Children's Corner 子供の領分」の

第4曲「The snow is dancing」が、思い浮かびます。

この曲は中学時代、以前ブログでお話しました、東京・八重洲

ブリジストンホールでのピアノの発表会で、木目の綺麗な

素晴らしいベーゼンドルファーで、弾いた思い出の曲です。

良いピアノで弾きますと、ドビュッシーの「凄さ」が中学生の私にも、

弾きながら、更によく分かりました。

 

★その時から、この曲集の「Children's Corner」の「Corner」は、

どういう意味なのだろうと、ずっと疑問を抱えてきました。

そもそも「子供のための曲集」という分野は、いつ生まれた?

バッハの「Johann Sebastian Bach~ Klavierbüchlein für Anna 

Magdalena Bach アンナ・マグダレーナ・バッハのための

クラヴィーア小曲集」は今でも弾き継がれている、有名な舞曲や

小品が含まれていますが、あくまで家庭の音楽帳で、バッハ本人は

これを公表したり、ましてや出版する気持ちは

全くありませんでした。


★芸術作品として公表し、出版された「子供のための作品」で

今も演奏されている第一級の作品は、シューマン作曲の「ユーゲント

アルバム」でしょう。

この作品については≪11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史≫

10~25ページのchapter1《シューマンは曲集「ユーゲント

アルバム」第1番を、なぜ「メロディー」と命名?》で、

詳しく書きましたので、是非お読み下さい。

この章には、偶然ドビュッシーが登場し、「沈める寺」の

完全5度平行移動についても、書いてあります。

 

 


★シューマン「子供のための曲集」が傑作として認知されてからは、

特に、フランスで数多くの「子供のための曲集」のマスターピース

作曲されます。

Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-19249)の

Op.56 「Dolly ドリー」(1893-1897年作曲)

Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)の

「Children's Corner」(1908年完成)、

Maurice Ravel モーリス・ラヴェル(1875-1937)の

「 Ma Mère l'Oye」(1908~1910年作曲)など枚挙にいとまが

ありません。


★それでは、Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)

「Album für die Jugend ユーゲントアルバム」(1848年作曲)

と、ドビュッシーの「Children's Corner」(1908年完成)の間は、

全く子供のための作品が、空白なのでしょうか?


★実はその間に「子供のための作品」ではないのですが、

「子供を描いた」重要な作品があります。

Modest  Mussorgsky ムソルグスキー(1839-1881)の歌曲集

「子供部屋」(1868-1872年作曲)です。


7曲から成る曲集で、歌詞はムソルグスキーが書いています

ここで各題名の英訳をあげてみます。

(英語のタイトルはSchirmerとInternational版に依ります)

1  With My Nanny (With nursey) ばあやと
2  In the Corner 隅っこで
3  The beetle カブト虫
4  Playing  with a Doll (With the Doll)お人形遊び
5  Now I Lay Me Down to Sleep (Evening Prayer) 
                                                     おやすみ前のお祈り
6  The Cat Sailor (The Naughty Puss) いたずら子猫
7  At the Countryhouse An Episode from a Child's Life
                     "A Ride on a Hobbyhorse"(first version)
7a.  A Ride on a Hobbyhorse(second version) 
                                                            木馬に乗って

 

 


★私は学生時代、この曲集の楽譜を入手し、

ピアノで弾いてみましたが、「まるでドビュッシーみたい!」と、

音楽史の時代的流れを考慮せず、ムソルグスキーがドビュッシーの

影響を受けて、作曲したと「大勘違い」をしたほどです。


「子供部屋」の演奏を、耳で聴きますと、

この中には、ドビュッシーの「歌曲」や「ペレアスとメリザンド」、

「Children's Corner」がぎっしりと詰まっていることが分かります。


★現在入手できる最高の演奏CDは、

「リヒテル・プレイズ・ロシアン・コンポーザーズ」という、若い頃の

リヒテルの演奏を集めた13枚組のCDセットです。

この中の、CD4に、リヒテル夫人のNina Dorliakのソプラノ、

リヒテルのピアノ伴奏で、この「子供部屋」の素晴らしい演奏

聴くことができます。

https://www.kinginternational.co.jp/genre/ph-19061/

https://tower.jp/item/5203278/%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%82%BA


★ドビュッシーは1901年4月15日号のラ・ルヴュ・ブランシュ

La Revue blancheという文芸雑誌に、ムソルグスキーの

「子供部屋」について書き、ムソルグスキーの「天才」を

手放しで賛辞しています。

 

 


「子供の領分」の完成(1908年)の、7年前のことです。

この7年間に、どれだけドビュッシーがムソルグスキーを研究し、

我が物にし、自身の血肉と化していったか、

その凄まじいばかりの熱意と努力には、感嘆しかありません。


★巷ではドビュッシーの「音楽語法」を、パリの万国博覧会で

聴いたインドネシアのガムラン音楽に求める解説が、多くあります。

確かにドビュッシーは、東洋の美術品に憧れ、現物も所持し、また、

聴く機会のあったアジア音楽に関心を寄せたことは、事実でしょう。


★しかし、ドビュッシーの音楽の中に、アジアの音楽の血は、数滴も

流れていない・・・と思います。


★私の見るところ、ロシア以東(以南)の音楽の影響は

ほとんどないようです。

彼の音楽の特徴である、五音音階、全音音階、長調や短調

ではない数多くの旋法による「異国趣味」は、ほとんど、

ムソルグスキーから吸収した「音階の技法」を、

バッハの土台の上に、手を変え品を変え、練りこみ、構成して

いった音楽のように思われます。


★しかし、その結果、ムソルグスキーの天才を、はるかに乗り越え、

「前人未到」の音楽の頂に上り詰めたことも確かなのです。

この具体例は、次回の当ブログで、なるべく「近日中」に

お知らせします。


★来年はもう少し頻繁に、ブログが更新できますように!

本年も当ブログをお読みいただき、有難うございます。

皆様の良い新年をお祈りいたします。

 

 

 

 

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■ドビュッシー「子供の領分」第2曲「象の子守歌」の音階は?■

2022-10-31 21:51:54 | ■私のアナリーゼ講座■

■ドビュッシー「子供の領分」第2曲「象の子守歌」の音階は?■
~「象の子守歌」も、バッハの「組曲」や「3度の関係」が土台~

                2022.10.31 中村洋子

 


 

 

★前回ブログで、≪ドビュッシー「子供の領分」はBachの

組曲へのオマージュ≫であることを、ご説明しました。

今回はその続き、 第2曲「Jimbo's Lullaby 象の子守歌」

紐解いてみましょう。


Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)の

「Children's Corner 子供の領分」は全6曲から成ります。

これは偶然でなく、バッハの「Suite組曲」の6曲構成を踏襲し、

そこに、新たな創作を加えたことは間違いありません。

第1曲「Doctor Gradus ad Parnassum 

パルナッスム山への階梯」は、組曲での第1曲「Prelude 前奏曲」

の性格を宿しています。
 
このため、“組曲” 「Children's Corner 子供の領分」全体は、

第1曲「Doctor Gradus ad Parnassum 」の要素を敷衍し、

展開することで、全6曲が構成されていきます。


第2曲「Jimbo's Lullaby 象の子守歌」の冒頭に、

「Assez modéré 十分穏やかに」と、記されています。

ドイツ語訳ですと「Ziemlich mäßig かなり量感のある、

どっしりと」という意味になりましょうか。

 

 

 


★Jimboちゃんは、作曲者ドビュッシーの描いた絵によりますと、

本物の象さんではなく、愛娘のクロード・エマ(愛称 “シュシュ”

Chouchou)の、縫いぐるみの象さんのようです。

縫いぐるみにしましても、象さんですから、重々しいのでしょうね。

二分の二拍子の1、2小節目のリズムを見ますと、この様に

2番目の音が長く、重い音になっています。

 

 

 

 

★「Sarabande サラバンド」は、3拍子の舞曲ですので、

この曲をサラバンドとはいえませんが、サラバンドの性格と

共通点を持っているように見受けられます。


★それでは、皆さまが最もご興味があると思われます

「音階」について、見てみましょう。


全81小節の「Jimbo's Lullaby (Berceuse des éléphants)」

は、三つの部分に分けられます。

第1部は1~28小節です。

第1部は前半の1~18小節と、後半の19~28小節に分けられます。

その1~18小節をじっくり見てみましょう。

 

1~10小節までは、可愛い小象ジンボーちゃんの鼻歌のような、

子守歌のような単旋律に、時折「ファ ソ」の2度の和音が、

合いの手を入れます。

この2度の和音、ジンボーちゃんの足音かもしれませんね。

 

 

★こんなにも詩情あふれる豊かな音楽ですが、使われる音は、

たったこれだけです。

 

 

 

 

五つの音から構成される「五音音階」です。

 

 

 


★第一部の後半19~28小節はどうでしょうか。

1小節から左手で奏された、可愛らしいジンボーちゃんの

旋律が、21小節からは、右手で奏せられます。

その前の19、20小節は、まるで21小節の旋律の前奏のように、

両手で、象さんの可愛いトコトコした足踏みがあります。

この足踏み、音で辿りますとこんな音階です。

 

 

 


★さぁ、これからが天才ドビュッシーの面目躍如です。

21~28小節右手はもちろん、1~10小節と同じ旋律ですから

「ファ- ソ- ラ- ド- レ- ファ」の「五音音階」です。

けれども、21~28小節の左手で使われる音をまとめますと、

「シ♭- ド- レ- ファ- ソ- シ♭」という、これもまた五音音階

 

 

 


★しかし、二つの五音音階は、開始音が違います。

譬えて言いますと、右手は「F-Dur ヘ長調」、

左手は「B-Dur 変ロ長調」を、同時に弾くような感じです。

 

 

★あまりに可愛らしく、一見単純そうに見えますが、

ドビュッシーはここで、「ウルトラC」の技巧を使っています。

右手(上声)と左手(下声)の音階を一緒くたに考えますと、

「F-Dur へ長調」になりますが、耳で聞いた限りでは、

「F-Dur へ長調」には聞こえないと思います。

 

★皆様も、ここは一体どんな音階が使われているか、

不思議に思われた方が多いのではないでしょうか。

これを敢て名付ければ『複五音音階』となりましょう。

ドビュッシー以降、「複調」という技法を使う20世紀の

作曲家が出現しました。

 

 

 

 

★例えば、左手を「C-Dur」、右手を「Fis-Dur」で同時に

弾きますと、大変面白い効果が出てくるのです。

 

 

この「複調」の技法を、さりげなく「長調」や「短調」の調性

ではなく、「五音音階」で「複」五音音階として、

実践してみたのが、ドビュッシーのこの曲です。


★それでは、まだ説明していません11~16小節は

どんな音階でしょうか。

使われている音をまとめますと、こうなります。

 


 


もし、この4音に「ラ シ」を追加すると「全音音階」になります。

「全音音階」とは、音階の隣り合った音全てが、

長2度(全音)同士である音階です。


11~16小節に「ラ シ」はありませんが、全音音階独特の

増4度「レ♭ ソ」が効果的に使われていますから、

「全音音階」を想起させる響きの部分といえます。

それでは、17~18小節前半は、といいますと、

「ソ♭- シ♭- レ♭」の長三和音になります。

 

 

 


この和音を、19小節左手から始まる「シ♭- レ- ファ」の

長三和音と並べますと、何とまぁ、 Bachがかくも愛用し、

Franz Schubert(1797-1828)シューベルトも,、

Frederic Chopin ショパン(1810-1849)も、

大作曲家が「右へ倣え」で、「ここぞ」というときに使った

≪3度の関係≫の転調なのです。

 

 

 

★ことし出版いたしました拙著

≪11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史≫の

・バッハの「マタイ受難曲」冒頭での「3度音程」の劇的転調、
                 千変万化の感情を表現(P178)

・シューベルト最晩年のピアノソナタD960でも「3度の劇的転調」
                         (P179)

・ブラームス交響曲4番で多様される「3度の転調」(P180)

・《3度の関係の「和音」》や《3度の関係の「転調」》について                       
                        (P184)

・「3度の関係」は「8種類」存在する(P185)

・バッハ由来の「3度の関係」は、調性崩壊の張本人(P186)

を、是非お読み下さい。


可愛い外見とは裏腹の、ドビュッシー渾身の傑作

「Jimbo's Lullaby (Berceuse des éléphants)」につきましては、

次回のブログで、もう少し掘り下げます。

そこに厳かに、Bachの≪フーガ≫が出現してくるのです。

驚愕します。

 

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■ドビュッシー「子供の領分」はBachの組曲へのオマージュ■

2022-09-26 19:50:05 | ■私のアナリーゼ講座■

■ドビュッシー「子供の領分」はBachの組曲へのオマージュ■
~第1曲「Doctor Gradus ad Parnassum」はBach「前奏曲」への頌歌~  

          
            2022.9.26 中村洋子

 

 

 

 

★ことし6月に出版の拙著《11人の大作曲家「自筆譜」で解明

する音楽史》は、お蔭様で皆様に暖かく迎えられています。

なかでも二つの章に渡る「ドビュッシーの項」に感銘を受けられた

方も、多いようです。

・chapter10「ドビュッシーはどのように音楽を学んだか」
・chapter11「Deux  Arabesques 二つのアラベスク」 


★ドビュッシーの音楽は「印象派」、という的外れのレッテルを

貼られ、“ふわふわと実体のない、脆弱な感覚のだけの音楽”と、

誤解されることがあります。

親しみやすい旋律と和声だけが、一人歩きし、つまらない

ポピュラー音楽の一員のような扱いを受けることも多いです。

その被害にあっている代表格が、「二つのアラベスク」と、

「Children's Corner ~ Petite Suite pour Piano seul 

子供の領分」でしょう。

 

 

 


★「子供の領分」は特に、最後の第6曲「Ⅵ.-Golliwogg's cake walk 

ゴリウォッグのケイクウォーク」が、軽快で楽しい曲ですので、

発表会用ピースとして、重宝されているようです。

そういう私も、中学1年の頃、東京八重洲のブリジストン・ホール

でのピアノ発表会で、この「ゴリウォッグのケイクウォーク」と

第4曲「Ⅳ-The snow is dancing 雪は踊っている」を弾きました。


★当時のブリジストン・ホールには、それは素晴らしい木目の

「Bösendorfer ベーゼンドルファー」ピアノが、備わっていました。

私の先生は、毎年の発表会は必ずブリジストン・ホールで開く、

と決めていましたので、小一から中三までの九年間、このピアノを

弾くことが、年1回のお楽しみでした。


★当時の私に、現在の私が話しかけることができたなら、

《あなたは、この素晴らしいピアノで弾くDebussyに酔いしれて

いるのね。ところで、どうして「子供の領分」が全6曲なのか、

少し考えてみない?》と、問いかけてみたい気がします。

《今レッスンを受けているBachの「フランス組曲」と

比べてみませんか》も付け加えたいですね。


★このブログをお読みいただいているピアノの先生には、

是非この視点から、お弟子さんに、問いかけてみていただきたい、

と願っております。

 

 

 


「Children's Corner」の第1曲「Doctor Gradus ad Parnassum

グラドゥス・アド・パルナッスム博士」に、お話を戻しますと、

いまだに《退屈な練習に閉口する子供の心理を表現した曲》という

解説が、堂々となされています。


★私も中学時代、この第1曲も練習しましたが、

美しい山の中をさらさらと流れる小川のように、清らかで、楽しさに

満ちたこの曲のどこに、「退屈な練習に閉口する子供の心理」が

あるのか、ずっと疑問に思っていました。

皆さんは、この曲のどこに閉口する(嫌がっている)子供の心理や

感情を感じますか?


★ここで無理やり、巷間の俗説にまみえますと、ドビュッシーの

音楽に対する理解は、そこで閉ざされます。

しかし、これにはドビュッシーにも、少々責任があると、言えます。

彼の曲のタイトルにはいつも、少なからず「韜晦趣味」が漂います。

《私の音楽は、分かる人だけに、分かればよい》という、

「精神の貴族主義」が、濃厚に匂うのです。

 

 

 


子供もマエストロも、老若男女すべてを受け入れる

太っ腹なBach大先生(実物も作曲三昧で運動不足から太っ腹)

とは、少し違います。

バッハの音楽は、お稽古を始めたばかりの子供にも、一生を

音楽に費やしたマエストロにも、アマチュアの音楽愛好家にも、

あまねくその人なりに、受容でき、終生心の糧となる作品です。


★ところがドビュッシーの音楽は、そうではありません。

変な名前のタイトルで躓きますと、もうそこで止まってしまいます。

奇をてらったような見掛けのタイトルに騙されず、勇気を持って、

彼の「韜晦趣味」の厚いカーテンを押し開き、中を覗きましょう。

 

 

 


★そこには、薔薇の咲き乱れる「音楽の庭園」が、現れるのです。

ちなみにドビュッシーは、赤い薔薇を愛していました。

この「Doctor Gradus ad Parnassum」も、Bachの「Prelude」として、

勉強してみてください。

幼年期に“バッハの海に投げ込まれた”(拙著P229 当時の先生

モーテ夫人は、Debussyを「バッハに投げ込んだ」)ドビュッシーは、

Bachの「組曲」をモデルとして作曲し、「子供の領分」の第1曲を、

Prelude(前奏曲)として作曲している、といってよいでしょう。


★ピアニスト Michel Béroff ミシェル・ベロフ(1950年5月-)は、

この第1番「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」を、

《エテュードの点描画》と、評しています。

Bach「平均律クラヴィーア曲集1巻1番」Prelude(前奏曲)、

Chopin「24 préludes Op.28」第1番と、正統的に連なっている、

まさにマスターピースの、Debussy第1番「Doctor Gradus ad 

Parnassum」を、勉強するには、Bach、Chopin の前奏曲と

全くおなじアプローチ、勉強が必要です。


★拙著《11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史》の第1章

 《シューマンは曲集「ユーゲントアルバム」第1番を、

なぜ「メロディー」と命名?》を、お読みいただけますと、

ドビュッシーの「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」を、

どう分析し、理解すべきかの方法が、分かると思います。


★それを基に演奏しますと、ようやく香り高いDebussyの花園に

分け入ることができます。

それは即ち、音の点描から、「和声」を抽出し、

「対位法」を、見つけ出すことです。

「対位法」の技法である「カノン」の、「反行」「逆行」「拡大」

「縮小」が、どこにどのように、巧妙に仕掛けられているかを、

発見することでもあるのです。

 

 

 


★一つ例を挙げますと・・・

上声1小節4拍目16分音符「f¹ a h f¹」の、「a h ラ シ」をよく見てください。

次に上声2小節3、4拍目に目を移します
                            
上声2小節3拍目の16分音符「f¹ a c f¹」の2番目の「a ラ」と、

上声2小節4拍目の「a¹ h f¹ a  」の2番目の「 h シ」をつなげますと、

「a h ラシ」になります。

 

 

 


★これは、1小節4拍目の「a h ラ シ」の拡大形のカノン

といってもよいのです。

シューマンが優しく愛娘に諭しているように、

「対位法は決して、怯えるようなものではなく、使っているうちに、

慣れて仲良しになっていく」技法なのです。

 

 


★ベロフが喝破したように、「点描画」としてこの曲を見るならば、

その点と点ををつないで、意味のある画像を浮かび上がらせねば

なりません。

そのときに使う技法が、「対位法」なのです。

1小節4拍目16分音符の「f¹ a h f¹」の「a hラ シ」と、

2小節3拍目の16分音符「f¹ a h f¹」の2番目の「a ラ」と、

上声2小節4拍目の「a¹ h f¹ a  」の2番目の「h シ」

この4つの「点」が何を描くか、10小節目まで、

trace(足跡をたどる)ことができます。


★1~10小節の10小節間に、このような、雪上のウサギの足跡

のような線が並行して、何本かあることがわかります。

これらの平行する線こそ、点描画から浮かび上がる線であり、

「四声体の和声」として、暖かく麗しい姿を現していきます。

どこにも「諧謔」や、「子供の閉口した感情」は、ありません。


★ドビュッシーの「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」にも、

華やかな対位法が、散りばめられているのです。

この美しく、豪華な花園を、あるがままに楽しまず、

したり顔のいびつな注釈に翻弄されるのは、なんとも腹立たしく、

もったいないことです。

 

                                                                      (ヤマボウシの実) 

 

                                                             
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■「Melodie旋律」とは音による≪DNA遺伝子リボン≫のようなもの■

2021-02-11 19:43:28 | ■私のアナリーゼ講座■

■「Melodie旋律」とは音による≪DNA遺伝子リボン≫のようなもの■
              ~シューマン「子供のためのアルバム」 Vol.4~
                 2021年2月11日     中村洋子

 

 


★寒さは続きますが、日の入りがどんどん遅くなります。

旧暦のお正月は2月12日。

今日は大晦日なのですね。

お正月を「初春」という意味を、実感します。

ぼけ(木瓜)の小枝、備前焼の花瓶にさして楽しんでいます。


★紅の花に目を奪われ、活けたのですが、

緑の蕾の可愛らしいこと。

蕾と花の鮮やかな色彩に、春の命が凝縮されています。


★今回は、Robert Schumann ロベルト・シューマン

(1810-1856)作曲「子供のためのアルバム」Vol.4 です。

Vol.1は2020.12.9、Vol.2は1.22、Vol3は1.31です。


★まず、前回ブログのおさらいです。

「子供のためのアルバム」決定稿の第1曲「Melodie」は、

初稿「マリーのためのクラヴィーア小曲集」(以下:Marie と略)

存在しません。

決定稿の順番は、1番=「Marie 3番」、2番=「Marie 2番」、

3番=「Marie 4番」、4番=「Marie 5番」です。


Marie の調性をみますと、C-Dur→ G-Dur→ G-Dur→ C-Dur

の順です。

それが決定稿(Jugend)となりますと、C-Dur→ G-Dur→ 

C-Dur→G-Dur→ C-Dur というように、C-Dur とその属調の

G-Dur が、交互に配置されます。

 

 


初稿Marie では、4曲の両端をC-Durが固め、その中身である

2、3番目の曲は、G-Dur でした。

決定稿(Jugend)では、5曲の両端をC-Dur で固めるのは

同じですが、中身の2、3、4曲目は、G-Dur、C-Dur、G-Dur

というように、より豊かに発展しています。


★今回は、第2曲目「Soldatenmarsch 兵隊さんの行進曲」

について、少し書いてみます。

この曲は、初稿(Marie )と決定稿(Jugend)の両方で、

第2曲目の位置を占め、曲名も変化していません。

ただ、Marie の後半は、決定稿とはだいぶ異なっています。

Schumannの推敲の跡を辿るのは、とても興味深いのですが、

Marie の楽譜をお持ちにならない方も多い、と思いますので、

決定稿に則り、書いて見ます。


★一番大きな違いは、Marie は、4分の4拍子ですが、

決定稿は、4分の2に変更されていることでしょう。

Marie の1小節分が、決定稿では、2小節分に相当します。


★私達がいま、目にしている決定稿の後半は、とても簡潔に、

シンプルに作曲されているようにみえますが、

ここに辿り着くまでには、Schumannは大変な努力をしています。

簡潔なフォルムほど、作曲するのに難しいことはないのです。

ヒラヒラと無駄な音で飾り立てるのは、とても簡単なことです。

 

 


★それでは、第2曲「Soldatenmarsch 兵隊さんの行進曲」

について、詳しく見ていきましょう。

兵隊さんといっても、おそらく子供が喜ぶ玩具の兵隊さんでしょう。

私が小さい時、ピアノ用毛ばたきは、木製の兵隊さんの帽子が

はたきになっていたのを思い出します。

それはさておき、冒頭1小節目上声(右手)と下声(左手)に、

まず驚かされます。

幸いなことに、決定稿の自筆譜も出版されていますので、

それを写譜してみます。


上声の「h¹- c²- d² シ ド レ」は、

第4曲「choral コラール」の後半の冒頭17、18小節の

「h¹- c²- d²」と同じモティーフです。



下声の「g a h ソ ラ シ」は、同じ第4曲「choral」の

冒頭第1小節目と、同じモティーフです。

 

 

これだけでも、第2曲と第4曲がいかに強く、

有機的に結びついているか分かりますが、

それだけではありません。

 

 


「兵隊さんの行進曲」2、3小節目も、

上声と下声も、実に計算されつくして、

作曲されています。

 

 

2、3小節目上声の「e²-d²-c²-h¹ ミ レ ド シ」は、

決定稿に追加作曲された第1曲「Melodie」の

1小節目「e²- d²- c²- h」と、

がっちり手をつないでいます。

 

 


2、3小節目の下声「c¹-h-a-g ド シ ラ ソ」は、

第1曲「Melodie」の3小節目4拍目から4小節目にかけての

「c²-h¹-a¹-g¹ ド シ ラ ソ」と、対応しています。

 




このように、「兵隊さんの行進曲」の3、4小節目は、

上声も下声も第1曲「Melodie」と、がっちり結び付いている

ことになります。


★まとめますと、第2曲「兵隊さんの行進曲」1小節目は、

第4曲「choral」と有機的に結合し、「兵隊さんの行進曲」の

2、3小節目も、第1曲「Melodie」と有機的結合です

 




★それだけでしょうか?

「兵隊さんの行進曲」の1小節目は、

第4曲「choral」だけでなく、実は、第3曲「Trällerliedchen

ハミング」の10小節目右手にも、しっかり姿を現しています。



★それは更に発展し、「Trällerliedchen ハミング」

14小節目の、この曲の頂点をも形成していくことになります。

 

 

Marieでも決定稿でも、第2曲目の位置を占めた

「兵隊さんの行進曲」は、第1曲「Melodie」と、

3曲目「Trällerliedchen ハミング」、4曲目「choral」の

強力な接着剤の役割を果たしていることが、分かります。

その接着剤の正体こそ、「Motif モティーフ」としての、

「Melodie旋律」なのです。


「旋律」とは、Schumannが好まなかったイタリアオペラ

のように、感情を甘くくすぐる為だけの、「音の連なり」

ではないのです。

これにつきましては、私の著書「クラシックの真実は

大作曲家の自筆譜にあり」(DU BOOKS)の

p256「シューマンの音楽評論」を、お読み下さい。


★Schumannは、自分の子供だけでなく、すべての子供たちに、

こう書き残しています。

「新しいイタリアオペラのメロディに、願わくば、君が直ぐに

飽き飽きするように」。

「Melodie 旋律」とは、一つ一つの音に、

固有の役割と各々の命をもった、

音による≪DNA遺伝子リボン≫のようなものなのです。

 

 

 

 

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■第1曲「Melodie」には、この曲集のすべてが凝縮されている■~シューマン「子供のためのアルバム」のフォーレ校訂版続き Vol.3~

2021-01-31 23:19:25 | ■私のアナリーゼ講座■

■第1曲「Melodie」には、この曲集のすべてが凝縮されている■
~シューマン「子供のためのアルバム」のフォーレ校訂版続き Vol.3~
         2021.1.31    中村洋子
         

 

 

 

★1月も終わり、2月2日は「節分」、そして翌3日は「立春」です。

寒さはまだまだ続きますね。

≪桐火桶無絃の琴の撫でごころ≫ 蕪村(1716-1784)

桐火桶は、桐の木をくり抜き、内側に金属板を貼った火鉢です。

骨董屋さんの店先でこれを見たことはありますが、

使ったことはありません。


★確かにこの桐に絃を張ったらお琴の感触に似ているかも

しれませんね。

蕪村先生のお宅にたった一つ(想像です)の桐火桶に、

わずかな炭をおこし、桶を両の手で抱きかかえるようにして

撫でて身体を温めたのでしょうね。


★貧しいとはいえ、うっとりとお琴を思い浮かべながら、

火鉢にあたっているとは、何ともエレガント。

貧乏の惨めさはありません。

 

 


★今回は、1月22日の前回ブログ「大切な音とのみに運指を付ける

ことで曲構造の核心を指摘」~シューマン「子供のためのアルバム」の

フォーレ校訂版~の続きです。

その前の2020年12月9日の「シューマンの指使いから、

Bachの対位法がこぼれ落ち、奏者の心を刻む」が最初です。


★3回のブログを分かりやすく理解していただくため、

前々回ブログ(2020.12.9)を第1回

前回ブログ(2021.1.22)を第2回、そして今回を第3回として、

≪シューマン・ユーゲントアルバムについて、Vol.1、Vo2、Vol.3≫

とします。

それではユーゲントアルバムVol.3を始めます。


★Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)の

「こどものためのアルバム Album für die Jugend Op.68」

(以下、この曲集の名前を「Jugend」と略します)の初稿である

「Klavier büchlein für Marie」(マリーのためにピアノ小曲集)

(以下、この曲集の名前を「Marie」と略します)は、

「Jugend」と、曲順が異なっています。


★譬えていいますと、Bach「インヴェンションとシンフォニア」の

初稿の入っている「フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集

Klavierbüchlein fur Wihelm Friedemann Bach」の曲順も、

「インヴェンションとシンフォニア」の完成稿とは異なっている

ことと、よく似ています。

 

 



「Marie」の曲順は、こうなっています。

第1曲「Schlatliedchen für Ludwig ルートヴィヒのための子守歌」

は、「Jugend」では、第3曲の「Trälerliedchen ハミング」

になります。

第2曲「Soldatenmarsch 兵隊さんの行進」は、「Jugend」でも

そのまま第2曲です。

第3曲「Ein Choral コラール」は、「Jugend」では第4曲です。

第4曲「Nach vollbrachter Schularbeit zu spielen

学校が終わった後の遊び」は、「Jugend」では

第5曲「Stückchen 小曲」です。


「Jugend」の曲順を「Marie」に当てはめますと、

3番-2番-4番-5番となり、第5番の次の曲は、

Schumannの作品ではなく Mozart モーツァルトの小曲を、

はめ込んでいます。

第6曲は、「Jugend」には入っていないSchumannの

「Bärentanz 熊の踊り」です。


★ここで驚くべきことには、「Jugend」の第1曲「Melodie」が、

「Marie」には、入っていないことです。

「Marie」では、第1曲の位置を占めていた「ルードヴィヒのための

子守歌」は、巻頭曲の重要なポジションを、新しく作曲された

「Melodie」に譲り、第3曲に後退しています。

 

 


Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)は、

この「Marie」曲集の存在を知っていたかどうかは、分かりません。

しかし、「Jugend」の1曲目と3曲目の関係を、深く考察していた

ことは、Fauré 校訂版の3、4小節目フィンガリングからも、

窺えます。


★Fauré 校訂版の第3曲「Petite chanson 小さな歌」

(Schumann原題:「Trälerliedchen ハミング」)の

3、4小節目のフィンガリングは、こうなっています。

 



 

この右手の3小節目1拍目の「4」と、4小節目3拍目の「1」の意味は、

「f²-e²-d²-c² ファ ミ レ ド」を、旋律の大きな骨格として、

意識しなさい、というFauré の提案でしょう。



 


★1、2小節目を思い出してみてください。

「e²-d²-c² ミ レ ド」と、「c²-d²-e²-f²-g² ファ レ ミ ファ ド」

という装飾されていない、むき出しの構造物としての旋律でした。



 


★それに対し、3、4小節目では、「f²-e²-d²-c² ファ ミ レ ド」

という旋律の骨格は、装飾されながらも、ゆったりと

2小節にわたって、流れていきます

ですから、Fauré はその「f²-e²-d²-c² ファ ミ レ ド」の最初と、

最後にフィンガリングを記し、注意喚起しているのです。


1~4小節の骨格は、こうなります。



 

 

1、2小節目の旋律の密度は、ぎゅっと濃いですね。

では、3、4小節目の左手下声は、どうなっているのでしょうか。

もう一度、冒頭の譜例を見て下さい。

「d¹-c¹-h-a レ ド シ ラ」に、「3 3 4 5」のフィンガリングが、

付いています。



 


「d¹-c¹-h-a レ ド シ ラ」とありましたら、その次は、どうしても

「g ソ」が、欲しいですね。

1~8小節の左手の旋律の主要なラインを、辿ってみましょう。

「g ソ」は、何とじらして、じらして、8小節目の2拍目まで

出現しません。



 


3、4小節目下声の「d¹-c¹-h-a レ ド シ ラ」は、このように、

「g ソ」を、待ち望ませる役割があると同時に、もう一つ重要な

任務を担っています。

それを、Fauré はフィンガリングによって、鋭く指摘しています。

 

 

 


★「Marie」には存在しなかった第1曲の「Melodie」の5小節目

見てみましょう。

 



 

5小節目上声には、この「第3曲ハミング」の3、4小節目下声(左手)

の「d²-c²-h¹ レ ド シ」の1オクターブ高い「d²-c²-h² レ ド シ」

があり、6小節目下声(左手)の「d¹-c¹-h レ ド シ」

カノンで追いかけています。


★このように、Schumannは第1曲と第3曲に、同じ旋律による

motif モティーフ(動機)を使って、有機的につなげているのを、

Fauré は、フィンガリングによって、指し示しているのです。

Fauré 校訂版「Jugend」の第3曲「ハミング」の22小節目の

右手のフィンガリングも、注目されます。

1拍目「e²」に注意喚起を促すかのように、

わざわざ「1」の指示が、あります。



 


★この曲は、全24小節の作品ですから、最後から2小節前の

この「e²」の「1」は、ちょっと気になります。

その答えは、第5曲の冒頭ではっきり分かります。



 


第3曲から第5曲への掛け橋となる

「e²-f²-g²-a² ミ ファ ソ ラ」を、Fauré はフィンガリングにより、

さりげなく、しかし、的確に指摘しています。

「Jugend」は、1、3、5曲の3曲が、何となく配列されている

のでは、全くないのです。

 

第1曲「Melodie」は、Schumannが練りに練って、

冒頭に据えた曲です。

そこには、名曲(名曲集)の必要条件である

"冒頭にすべてが凝縮されている"という共通点を備えています。


★そこを理解して演奏いたしませんと、焦点のぼけた、

バイエルもどきの曲となってしまいます。

Schumannの天才とはかけ離れた曲になります。

勉強は、尽きることがありませんね。

 




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■大切な音のみに運指を付けることで曲構造の核心を指摘■~シューマン「子供のためのアルバム」のフォーレ校訂版~

2021-01-22 20:32:37 | ■私のアナリーゼ講座■

■大切な音のみに運指を付けることで曲構造の核心を指摘■
~シューマン「子供のためのアルバム」のフォーレ校訂版~
         2021.1.22   中村洋子



 

 

★新型コロナの「緊急事態」が、各地に対して宣言されました。

2021年は、籠りの年になりそうです。


≪鍋敷に山家集あり冬籠もり≫ 与謝蕪村(1716-1783)

山家集は、西行(1118-1190)の歌集。

蕪村の貧しく小さな家には、冬ごもりするにも、

生活雑貨の鍋敷の脇に、格調高い西行法師の歌集が

鎮座していたのでしょうか。

富貴の家でしたら、鍋敷は台所、山家集は書斎にあるはず

ですものですね。


★蕪村の一世代前の歌人、(小西)来山(1654-1716)

≪眼ばかりは達磨にまけじ冬籠≫

たとえ家に籠っていても、カッと眼(まなこ)を見開き、

修行中でしょうか、格好いいですね。

私の冬ごもりは「蕪村流」です。

 

 


★さて、12月9日のブログでお話しましたように、

Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)の

「こどものためのアルバム Album für die Jugend Op.68」

の初稿は、「Klavier büchlein für Marie」です。

この初稿は、Schumann が長女のマリーちゃんのために

作曲しましたので、彼女のための指使い=Fingering が、

Schumann 自身によって書き込まれています。


★これについては、12月のブログで少しご説明しました。

今回は、この作品を大作曲家 Gabriel Fauré 

ガブリエル・フォーレ(1845-1924)が、校訂している楽譜

「Album à ia Jeunesse」の、フォーレによる Fingering から、

 彼がどのように、Schumann の一見単純にして、実は大変奥深い

この第3番「原題 Trällerliedchen ハミング」、

Fauré 版では「Petit chanson」を、分析しているか

見ていきたいと思います。

https://www.academia-music.com/products/detail/130134


★皆さまは、12月9日のブログを参照しながら、お読み下さい。

それではFauré 校訂版を見ていきましょう。

まず、第1、2小節です。

Fingeringは、右手は1小節目1拍目の「3」のみ。

左手は1小節目1、2拍目の「3、1、4」と、

2小節目冒頭の「4」のみです。

 




★Schumann の第1、2小節は、こうでした。
(Schumann についての解説は12月ブログを参照)

 

 

数多くFingeringがつけられた作曲者 Schumann 本人の譜に対し、

Fauré は、あっさりと第1、2小節では、5か所のみ

Fingering を付けています。

しかし、Fauré の分析はさすがに鋭く示唆に富んでいます。

1小節目1拍目のFingeringにより、Fauré は「ここで C-Durの

主和音を確定しなさい」と、言っているかのようです。

この曲を学ぶ子供たちにとって主和音「ド、ミ、ソ」は、

実に重要、大切で、そして大変美しいのです。

 




★実は、この「Album für die Jugend こどものためのアルバム」の

第1曲から第5曲にかけて、曲の冒頭1拍目だけを見ますと、

とても興味深いことに気付きます。

 

 

★各々を列記しますと、

第1曲 Melodie


 

第2曲 Soldatenmarsch 兵隊さんの行進

 


 

第3曲 いまお話している Trällerliedchen ハミング

第4曲  Ein Choral コラール

 

 

第5曲 Stückchen 小曲

 




★ここで第1曲から第5曲までの冒頭和音を順番に書きますと、



 

第1、3、5曲は、C-Dur で、その冒頭和音は皆同じです。

第2、4曲は、 G-Dur ですが、 G-Dur の主和音「ソ‐シ‐レ」は、

C-Dur のドミナントⅤと、同じ音です。


★いま、譜例で挙げました5つの和音は、

C-Dur の「Ⅰ-Ⅴ-Ⅰ-Ⅴ-Ⅰ」と、とらえることも可能です。

その C-Dur の根幹を成す主和音「Ⅰ」について、

Fauré は「主和音を確定するために注意深く、各音を聴き、

そして、弾きなさい」と、優しく諭しているかのようです。

 

 


★因みに、C-Dur の第1曲 Melodie、第5曲の Stückchen にも

Fauré は、冒頭和音にこのようにFingeringを付しています。

 

 

優れた校訂楽譜のFingeringは、必ず大切な音のみに、

付けられています。

凡庸な校訂版は、そうではなく、もっともらしく、過剰に

意味ありげにFingeringを付けていますが、ほとんどが

必要ないのです。


★Fauré は、この C-Dur の「主和音Ⅰ」がどれほど

重要であるか、見抜いているのです。

 C-Dur の主和音「ド‐ミ‐ソ」の中で、

最重要な音は、もちろん主音「ド」です。

 




2小節目左手1拍目を、見て下さい。

「c¹」に「4」と記されています。

1、2小節目のFingeringを付した音のみを、取り出しますと、

このようになります。

 



★ここで分かることは➀冒頭の主和音という音の垂直の

関係とともに、②主音→導音→主音という音の横の方向性、

この➀②をFauré は、見事にFingeringによって

浮かび上がらせています。

 



★言われてみれば「当たり前」のことかもしれませんが、

C-Dur の機能がここで網羅されていると言っても過言

ではないのです。

Bachの 「Invention インヴェンション」に当たる曲集が、

Schumannのこの「Album für die Jugend」であるような

気がしてなりません。

音楽大好きな子供には、手を大きく広げて、

優しく迎え入れてくれる曲集ですが、

真剣に学ぶ大人にとっては、かなり手強いですね。

その良い先達が、「Fauré 校訂版」と言えるでしょう。

続きは次回のブログで。

 

 


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■シューマンの指使いから、Bachの対位法がこぼれ落ち、奏者の心を刻む■

2020-12-09 21:48:30 | ■私のアナリーゼ講座■

■シューマンの指使いから、Bachの対位法がこぼれ落ち、奏者の心を刻む■
~「マリーのためのピアノ小曲集」の第1番、「ルードヴィヒのための子守歌」~
            2020.12.9 中村洋子

      

 


★12月は21日が冬至です。

一昨日12月7日は暦の上では「大雪」でした。

いよいよ冬も“白い底”に向かって、歩を進めています。

≪冬ごもり 心の奥の よしの山≫ 蕪村(1716-1783)


★以前も当ブログでご紹介した句ですが、

コロナ禍の今年一年は、春、夏、秋、そして冬と

「籠りの一年」でした。

以前、それほど深く感じなかった「心の奥のよしの山」

痛切に、胸に響きます。

皆さまも、心の奥の吉野の満開桜を思い描きながら

この一年を過ごされたのではないでしょうか。


★前回ブログで取り上げましたRobert Schumann

ロベルト・シューマン(1810-1856)

「マリーのためのピアノ小曲集」の第1番

「ルードヴィヒのための子守歌」フィンガリングは、

このようになっていました。

 

 

★この曲は、少しの変更を経て「子供のためのアルバム

(ユーゲントアルバム)」の第3番「ハミング」となります。

「ルードヴィヒのための子守歌」1小節目右手の

1、2、3拍目の「4. 3. 1」のフィンガリングは、

どんな意味あるのでしょうか?


常識的には「3. 2.1」としてよい筈です。

 

 

「4. 3. 1」とすることにより、冒頭音「e²」を、

(「3」の指ほど器用ではないものの)デリケートで、

柔らかい音色に適した「4」の指で、弾くこととなります。


「3」の指は中指、「4」の指は薬指です。

常識的な「3」指でなく、「4」指で冒頭音「e²」の音を

タッチしますので、これを弾く子供(大人も)、注意深く

「e²」の音に耳を傾けながら、打鍵すると思います。

 

 


★右手2拍目「d²」の「3」指は、順当な指使いですが、

右手3拍目「c²」が「2」指でなく、わざわざ「1」指で

あることが、要注意です。

「2」指は人差し指、「1」指は親指です。

力強い「1」指を使うことで、「1」指の「c²」から、

何かが始まる予感がします。


★その「何か」とは、1小節目3拍目1指の「c²」から、

「c² d²  e²  f²  g²  ド レ ミ ファ ソ」の、伸びやかな旋律が

浮かび上がることでしょう。

 

 

この旋律の頭部「ド レ ミ」は、左手2小節目3指「c¹」と

2指「e¹」とで、「カノン」を形成することが、

幼い子供にも、頭からではなく、指の感覚から、

体験できるのです。

 

 


★更に、この2小節目左手1、2、3拍目の「c¹ d¹ e¹」は、

1小節目右手1、2、3拍目の「e² d² c²」逆行形にも

なっています反行形とも言えます)。


 


★それでは、1小節目左手の1、2、3、4拍目

「c¹-h-a-h」の「3-4-5-4」指は、何を意味している

のでしょうか?

Schumannは、この曲を何故か、1段目5小節、2段目5小節、

3段目5小節、4段目1小節で、記譜しています。

全16小節ですので(Da Capo部分を加えますと全24小節)、

もし1、2、3、4段をすべて4小節で記譜しますと、

とても区切りがよいのです。

しかしSchumannは、そうはしていません。

 

 


1段目の右端4、5小節目を見てみましょう

(5~8小節は、1~4小節目の変化を加えた反復です)。




大変興味深いことに、右手には、2~8小節間全く

フィンガリングが、記載されていません。

しかし、Schumannは1~8小節目までの左手に、克明に

フィンガリングを、書き込んでいることです。


★これはシンプルな見かけとは裏腹に、豊かな対位法に

満ちたこの曲を弾くためには「いつも左手(下声)に耳を

傾けなさい」というSchumannの気持ちの現れ

だからでしょう。


4小節目3拍目から5小節目3拍目までは、

「a - h - c¹」と「c¹ - h - a」の逆行形(反行形)が、

形成されています。



 

この逆行形の中心となるのが「1点ハ音c¹」です。

見事です(見事の理由は、この文章の最後に書きました)。

これにより、1小節目3拍目から2小節目1拍目までの

「a - h - c¹」に、「5 - 4 - 3」のフィンガリングが付けられて

いた理由が、分かります。

 

 


★目を3小節目左手部分に戻しますと、驚くことに、

3、4拍目「c¹-a」に「4-5」のフィンガリングが、

付いています。

 



 

これは明らかに、1拍目の左手部分の「c¹ - h - a」から、

展開されています。

 

 


★まとめますと、1小節目冒頭で提示された左手

「c¹ - h - a」は、3小節目3、4拍目で圧縮されて、

「c¹-a」となり、4小節目3、4拍目で逆行「a - h - c¹」

に変化する。

5小節目は、1小節目の反復ですが、あたかも4小節目の

「a - h - c¹」の逆行のように、「c¹ - h - a」を再提示する

という、曲の構造です。

これが、 Bachを源流とする「対位法」です。

 

 


★そして、2段目冒頭小節が、6小節目となることにより、

1小節目右手「e² d² c²」と、6小節目左手「c¹-d¹-e¹」の

逆行(反行)の関係が、より鮮明に伝わるのです。

 





★6小節目は、2小節目の反復なのですが、

ここで注意したいのは、

2小節目の左手2拍目にはなかった3指のフィンガリングを、

Schumannは、6小節目に新たに付けていることです。

 

 

これによって、弾いている子供は、より強く「c¹-d¹-e¹」を

指から直接、感じ取れることでしょう。

この「ド レ ミ」こそ、Bachが平均律1巻序文で、

高らかに宣言した『調性とは何か』を、

解き明かす≪長3度≫なのです。

 

Das Wohltemperierte Klavier I, BWV 846-869 解説日本語訳付
平均律クラヴィーア曲集第1巻 BWV 846-869
校訂/編曲: A. Durr/訳・解説:中村洋子
(Urtext der Neuen Bach-Ausgabe) : Barenreiter(ベーレンライター)
https://www.academia-music.com/products/detail/159893
 
 
 


 

「見事」と先ほど書きましたのは、≪長3度≫「ド レ ミ」

の中心である「ド c¹」を、1、6小節で明確に中心に据える

ことで、「ド c¹」を強調しているからです。

Schumannの「子供のためのアルバム」を弾くには、

「マリーのためのピアノ小曲集」の勉強も是非、

加えてください。

https://www.academia-music.com/products/detail/23286


「冬の底」より、更に美しい音楽の奥底を、

旅することができます。

Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)

校訂版については、また次回ブログでご説明いたします。

 



 

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■名曲の学び方:先ず源流の自筆譜を、次いで大作曲家による校訂版■

2020-11-29 21:54:45 | ■私のアナリーゼ講座■

■名曲の学び方:先ず源流の自筆譜を、次いで大作曲家による校訂版■
 ~アカデミアミュージックで、私の推薦楽譜特集を開催中~
          2020.11.29  中村洋子

 

 


★散歩の小径はモミジの絨毯です。

この絨毯が消えると冬本番です。

≪黒猫の影は動かず紅葉散る≫ 岸田今日子

岸田今日子さん(1930-2006)は、私の好きな女優さん。


★「動物」ですから動くはずの猫がじっと動かず、

動かないはずの「植物」である紅葉の木が、

ハラハラと葉を落としているという逆説の妙。

速水御舟の日本画「名樹散椿」の、散っている椿の花びらを

紅葉に置きかえ、大木の根っ子のあたりに、黒猫がうずくまって

いたら、きっと岸田今日子さんのこの句にようになりますね。

 

 


10月31日、Beethovenの「悲愴ソナタ第2楽章」アナリーゼ講座

オンラインで開催しましてから、あっという間に一ヵ月たちました。

今回はいつにもまして全国の遠隔地や、海外からも参加して

下さった方がたくさんおいでになり、ありがとうございました。


★講座後に頂きましたアンケートも、嬉しい御回答が多く、

喜んでおります。

講座は、私の家のピアノ室から送信しました。

いつもの広いホールとは趣が全く異なります。


★悲愴ソナタ第2楽章は、三部形式です。

「A - B - A ’」の「A’」の部分を説明している頃、

ピアノ室の窓から、晩秋の早い夕暮れが見え、

刻一刻、風景が夕闇に沈んでいく様と、

「A’」の曲想が次第に幻想味を増していく様を、重ね合わせ、

不思議な感慨をもって試聴された方が、複数おられたことを、

講座後のアンケートでやお便りで知りました。


★Beethovenの Piano Sonataは、「絶対音楽」(今はもう殆ど

使われない言葉ですね)で、音そのものによって構成される

独立した世界です。

ですから、周囲の風景に左右されるものではない筈ですが、

暮れなずむ夕刻と第2楽章の第3部分「A’」との、不思議な諧調は、

心地よい時間でした。

 

 


★お知らせが大変遅くなってしまいましたが、

11月11日から12月1日まで、「アカデミアミュージック」で、

私が皆さまに是非手に取り、勉強して欲しいと願っている楽譜を、

ピアノを中心に集め、ご紹介しております。
https://www.academia-music.com/user_data/sale_pf_nakamura_index


★大作曲家Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)

が、Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)

主要ピアノ作品を網羅して校訂した楽譜や、

Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)が

Frederic Chopin ショパン(1810-1849)の主要ピアノ作品の

ほぼすべてを校訂した楽譜が、現在では全く顧みられないのは、

それが「昔の楽譜」だからなのでしょうか?

本当に残念な、悲しむべき現実です。


★日本でよく知られている Alfred Cortot アルフレッド・コルトー

(1877-1962)が校訂したショパンの楽譜は、このドビュッシー

校訂版を下敷きにしています。

同様に、Bartók Béla バルトーク(1881-1945)が校訂した

Johann Sebastian Bach バッハ (1685-1750)や、

Domenico Scarlatti ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)の

楽譜も、目を見張る素晴らしさです。

 

 


Bartók版 Bachと Scarlatti は、まだ入手可能ですが、

Bartók校訂の Wolfgang Amadeus Mozart

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)

Piano Sonata集や、Beethoven Piano Sonata集は、

とうとう姿を消してしまいました。


★大作曲家だけではなく、大マエストロの Edwin Fischer 

エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)校訂の

BachやMozart も、極めて重要です。


★実は、BartókやEdwin Fischer エトヴィン・フィッシャー校訂版

Bachの《下敷き》になっているのは、Johannes Brahms

ブラームス (1833-1897) 晩年の友人であった作曲家

Julius Röntgen ユリウス・レントゲン (1855-1932)が

校訂したBachの楽譜なのです。


★BartókやFischerが、この Röntgen レントゲン版の上に、

自分の“創意”を付け加えようと、努力した場所をレントゲン版と

見比べるのは、とても楽しいものです。

あの天才Bartókと大Fischerが、“書かずもがな”のことを、

レントゲン版の上に、わざわざ加えているのを見ますと、

思わずクスッと笑えます、本当に楽しいですよ。


Bartók、Fischerの偉大な校訂版の大元は、《Röntgen》

よく知られている Cortot コルトー版のショパン楽譜は、

《Debussy》版が下敷き

Debussyは、Chopinの自筆譜を綿密に勉強しています。

最も重要なことですが、必ず辿るべきはそれらの源流、

つまり、作曲家の「自筆譜」です。

 

 


源流から下流、支流へと勉強を進めていくのが、

正しい方法であると、私は、思います。

支流のみに拘泥していますと、それが正統な支流ならまだしも、

源流の清流とは似ても似つかない、濁った流れでは、

困ります。


★学び方の一例を挙げますと、Robert Schumann ロベルト・

シューマン(1810-1856)の 「Album für die Jugend

こどものためのアルバム Op.68 1848年」を、ご自身で弾いたり、

教えたりする場合、

➀まずは、残っている初稿自筆譜=長女マリ-のために作曲した

「小さなマリーの7回目のお誕生日のためにパパが作曲したピアノの

ための小品」 Klavierbüchlein für Marie

②次に、Albüm für die Jugend Op.68 完成稿自筆譜

③大作曲家Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)

校訂のユーゲントアルバム、タイトルはフランス語の

「Album à la Jeunesse」。

この三つは是非、目を通しておきたいですね。


★幸せなことに、この曲集は、初版譜ファクシミリも

出版されています

その次に、現代の定評ある実用譜(Bärenreiter、Henle、

ヴィーン原典版)をご覧になれば、盤石です。

これらをどう勉強していくかは、いずれお話したいと思います。

 

 


★ここでほんの少し、「Klavierbüchlein für Marie

マリーのためのピアノ小曲集」フィンガリングについて、

作曲者本人のフィンガリングと校訂者 Fauré フォーレの

フィンガリングについて、比べてみましょう。


「Album für die Jugend こどものためのアルバムOp.68」

自筆譜には、Schumann はフィンガリングを

書き込んでいません。

長女マリー(1841-1929)が弾きやすいように、

「マリーのためのピアノ小曲集」に、書き込んでいるのです。

この「マリーのためのピアノ小曲集」は、あくまで

家庭内での音楽帳独立して出版されていませんが、

その曲はすべて「Album für die Jugend」に集録されています。


★ですから、SchumanとFauré のフィンガリングを比較する

ためには、「マリーのためのピアノ小曲集」を、

紐解く必要があるのです。


「Album für die Jugend こどものためのアルバム」の3番

「Trällerliedchen ハミング」は、「マリーのためのピアノ小曲集」

では、1番「Schlafiedchen für Ludwig

ルートヴィヒのための子守歌」に相当します、

ルートヴィヒ(1844-1899)はマリーの弟です。

この二曲については、「Trällerliedchen ハミング」22小節目

4拍目と、24小節目2拍目は「ルートヴィヒのための子守歌」と

異なります。

 

 

 


★「ルートヴィヒのための子守歌」は、「A-B-A」の三部形式で、

1~8小節目の「A」の部分を、17~24小節目の二度目の「A」

の部分でも、Da Capo(ダ・カーポ)とFine(フィーネ)を用いて

完全に反復していますが、「Trällerliedchen ハミング」では、

「A-B-A’」となり、「A’」は「A」に比べて二か所の変更があります。

その二か所以外は、ほぼ同一の曲です。


★ここで「マリーのためのピアノ小曲集」の1番「ルートヴィヒの

ための子守歌」を写譜してみます。

 




★長女マリ―の下に、続々と弟や妹が生まれました

「マリーのためのピアノ小曲集」のファクシミリ楽譜の巻末に

マリーが5人の弟や妹と一緒に写っている写真が、

掲載されています。

この他に更に弟と妹が一人ずついますので、マリーは忙しい

母クラーラに代わって、さながら「小さなお母さん」のような

表情をしています。


★「マリーのためのピアノ小曲集」1番が、

「ルートヴィヒのための子守歌」なのは、パパ・ロベルトが、

マリーちゃんに「弟をあやしながら、歌ってね」と、

語りかけているかのようです。


★次に、フランスで出版されFauré が校訂した楽譜を

写譜してみます。

 

 

SchumanとFauré のフィンガリングは、同じものもありますが、

一見かなり異なった印象も受けます。

二人のフィンガリングは、どちらも素晴らしい曲のアナリーゼ

なっていますが、この続きはまた次回で。

 

 


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■ベートーヴェン:二種類のスタッカートが曲の構造を正確に示す■ ~10月31日:オンライン・アナリーゼ講座Beethoven 悲愴2楽章~

2020-10-20 21:34:22 | ■私のアナリーゼ講座■

■ベートーヴェン:二種類のスタッカートが曲の構造を正確に示す■
~10月31日:オンライン・アナリーゼ講座Beethoven 悲愴2楽章~

           2020・10.20  中村洋子

 




★日没が日に日に、早くなってきます。

散歩の途中、地面に落ちて鳥がついばんだ柿を見かけました。

「栗おこわ」や、「栗の茶巾絞り」は、秋の味覚です。

≪行(ゆく)あきや手をひろげたる栗のいが≫  芭蕉


★芭蕉、最晩年の句です。

地に落ちて、割れた毬(いが)の中から、

はち切れんばかりの栗の実が、天を仰いでいます。

行く秋に寂寥だけでなく、生の充足を感じている芭蕉です。

「成し遂げた」という、満ち足りた心延(ば)えすら、

うかがえます。


生誕250年のBeethoven ベートーヴェン(1770-1827)も、

57歳で世を去る時には、恐らく、

そういう感情をもったことでしょう。

 

 


10月31日のアナリーゼ講座は、

Beethoven「ピアノソナタ第8番 c-Moll 《悲愴》」ですが、

この曲は1779年12月に初出版されました。

Beethoven 20代最後の年です。

今回は、第2楽章のみの講座ですが、あまりに人口に膾炙した曲

ですので、ついうっかり、単に“優しく美しい曲”と見がちです。

しかしながら、 内に秘められたその“凄さ”を、

見逃してしまう曲でもあります。


★この講座のために、今一度勉強し直しましたら、

「ゆるぎない構造」と「和声」、「対位法」に圧倒されました。

例えば、Beethoven の「staccato スタッカート」表記法を、

見てみましょう。

現代の大部分の実用譜では、ただの黒い点「・」に、

統一して記譜されていますが、

Beethoven は自筆譜で、「丸い(点)スタッカート」と、

「楔形のスタッカート」の二種類に区別し、書き分けています。


★その二種類はかなり厳密に、使い分けられています

例えば、1楽章の序奏(1小節目から10小節目)が終わり、

ソナタ形式の第1テーマ が始まる11~14小節目の

右手の上声は、「楔形スタッカート」にしています。

 

 


★続く15、16小節目上声の4個の二分音符の和音にも、

スタッカートが付いていますが、これは楔形でなく、

「丸い(点)スタッカート」です。

 

 

★それは当然のことでしょう。

音を長く伴って延ばす2分音符に、「楔形の鋭いスタッカート」を

付けることは、この場合矛盾しています。

2分音符で記譜する必要は、無くなってしまうのです。


11小節目冒頭に、Beethoven は「Allegro di molto e con brio

とても快速に、そして生き生きと」という指示を、書き込んでいます。

「丸い(点)スタッカート」を、15、16小節目の2分音符に

付けることにより、Beethoven はこう言っているように

聴こえます。

 

《2分音符は、長い音価をもつ音です。

しかし、ここにスタッカートを付けたのは、

それを切れ目なく、ずっとレガートで弾く必要はない、

という意味です。

かといって、2分音符なのですから、

音をそれなりに延ばすことも、忘れないで下さい》。

 

 

 


★この11~18小節を反復する19~26小節も同様に、

19~22小節間の上声は「楔形スタッカート」

23~24小節間の上声は「点(丸い)スタッカート」です。

さぁ、次に出現するスタッカートは、

どうなっているのでしょうか。

 

★次のスタッカートは、35~37小節の上声で、

「楔形スタッカート」です。

 

 

★11小節目から、ソナタ形式の「第1テーマ 」が始まりますが、

この部分(35~37小節)は、「第1テーマ」と51小節目からの

「第2テーマ」をつなぐ「推移部(移行部)transition」です。

そしてその素材は、「第1テーマ」の11~14小節目までの素材に

よって作られているため、「楔形スタッカート」を使うことは、

当然過ぎる程、「当然」です。


★続く38~41小節は、35~37小節の同型反復です。

 

 

ここで見落としてはならないことは、この4小節間の調性が、

「As-Dur変イ長調」である、ということです。

実にさりげなく「As-Dur」が登場しています。


★主調「c-Moll ハ短調」から見ますと、「As-Dur」は

主調「c-Moll」の下属調である「f-Moll」の「平行長調」です。

このため、「As-Dur」は「c-Moll」の近親調の一員ですので、

意外性は本来ない筈ですが、この場面では、

耳をそばだてるような「新鮮さ」です。

 

 


★そして大事なことは、この「As-Dur」が、第2楽章の主調になる

ということです。


 

この1楽章38~41小節と、2楽章1、2小節の譜例を見比べて下さい。

和音の種類とmotif モティーフ(緑色とピンクで区別)まで同一

であることに、ハタと気付かれる事でしょう。

Beethoven の恐るべき天才の発露が、ここに見られます。


第2楽章の調性(As-Dur)やmotif(動機、要素)は、

突然現出したのではなく、Beethovenが用意周到に第1楽章で

準備し、作曲した賜物なのです。


★第1楽章にお話を戻しますと、51小節目からは、

ソナタ形式の第2テーマが奏せられます。



49小節目に「(ピアノ)」が設定されていますので、

51、52小節も、「」のままです。

この場合のスタッカートが、「点(丸い)スタッカート」

なっているのも、実に自然です。

11小節目から始まる第1主題の厳しい「楔形スタッカート」

に対し、柔和な「点(丸い)スタッカート」が、

好対照となります。


★ソナタ形式の第1、第2テーマを作曲する際、

第1主題と第2主題を相反した性格にするというのは、

基本のイロハです。

 

 


★51小節目、両手が交差しているため右手で弾かれる

下声の「B-es」を見て下さい

実は、この耳に焼き付く4度音程の「B-es」は、

第2楽章の1小節目2拍目の「b」と、2小節目1拍目の

「es¹」の4度音程によるmotifに発展していくのです。

 

 

スタッカートの区別一つをとりましても、これだけ深く、

Beethovenの作曲技法に迫ることができるのです。

10月31日のアナリーゼ講座では、第2楽章に使われている

「楔形」と「点(丸い)スタッカート」を、Beethoven が

どのような考えによって区別しているのか、

それによって曲の構造と、この曲をどう演奏すべきかが、

理解できるというお話も、詳しくご説明いたします。


★先日、アカデミアミュージック様の皆さまと、

我が家のピアノ室とをリモートでつなぐ実験をしました。

私はパソコンに疎いのですが、拍子抜けするほどスンナリと

お互いの顔など映像を、映し出すことができました。

もちろん、肉声も即座、同時に届きます。

 

 

コロナ禍で、外出もままなりませんので、

この「リモート講座」にどうぞ、ご気軽に参加ください。

PCによるリモート講座の敷居は、高くありません。


★ところで先ごろ、私の作曲いたしました

「チェロとピアノのためのDuo」がドイツで、

出版されることが、決まりました。

ヨーロッパもコロナ禍で大変な状況のようですが、

それにもかかわらず、彼らの倦まず弛まず、

着々と仕事を続けていく姿勢に、感服しました。

 

★ドイツではコロナ禍が始まったことし3月、

モニカ・グリュッタース文化相が、

「私たちの民主主義社会では、創造的な人々の創造的な勇気が

危機を克服するのに役立ちます。私たちは未来のために、

質の高いものを創造するあらゆる機会をとらえるべきです。

芸術家は必要不可欠な存在であるのみならず、

命の維持に必要なのです特にこの状況にある現在において

と述べ、文化機関や文化施設はこれからもずっと維持し、

芸術や文化で生計を立てている人々の生活を確保することは、

現在のドイツ政府の文化的政治的最優先事項であるとして

大規模な資金支援を実践しました。


芸術家は必要不可欠な存在であるのみならず、

命の維持に必要なのです

素晴らしい認識ですね。

そして、この発言が文化相によるものであることに、

さらなる感銘を受けます。

 

Beethoven が発する天才の息吹に触れ、私たちも少しづつ

歩を進めていきましょう。

https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
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■10月31日、オンラインアナリーゼ講座・ベートーヴェン「悲愴」第2楽章■

2020-09-15 23:12:59 | ■私のアナリーゼ講座■

■10月31日、オンラインアナリーゼ講座・ベートーヴェン「悲愴」第2楽章■
   ~2楽章の強固な構成と和声、対位法、さらに作曲家は
                どんな演奏を望んでいたか~


            2020.9.15 中村洋子

 

 

 


山上憶良「秋野の花を詠める」の一首

≪秋の野に咲きたる花を指(および)折り
        かき数(かぞ)ふれば七草の花≫

萩・尾花・葛の花・撫子・女郎花(おみなえし)・藤袴

・朝顔の七草です。

朝顔は現代の桔梗とも昼顔とも言われていますが、

我が家の実生の朝顔は、8月下旬になって花を咲かせ始め、

いまは、毎日たくさんの赤い花を咲かせています。

葛の花の紫もきれいです。


★コロナ禍により延期していました「アナリーゼ講座」を、

再開いたします。

https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture

 

 

 


★今回はBeethoven ベートーヴェン(1770-1827)のピアノソナタ

Op.13 c-Moll 「悲愴」の第2楽章を、取り上げます。

「第2楽章」のみ、としました理由は、全3楽章を休憩時間を含めた

2時間30分オンライン講座で疾走してお話いたしますより、じっくり

腰を据えて第2楽章のみを学び、その第2楽章の光が第1、3楽章を

皓皓と照らすことを期待しているからです。


峻厳な第1楽章 c-Moll(ハ短調)から一転して、第2楽章は

深い安らぎに満ちたAs-Dur(変イ長調)で始まります。

第2楽章の形式は、「A-B-A´」の三部形式です。

曲の冒頭「A」の部分は、このように始まります。

 




★激しい感情の渦巻く中間部(Bの部分)は、

as-Moll(変イ短調)から

 




E-Dur(ホ長調)

 


 

という第1楽章の主調 c-Moll から掛け離れた遠隔調に到達します。

この調性や和声についても、分かり易くご説明したいと思います。

 

 


★そして、再び As-Dur(変イ長調)の穏やかな第3部(A´)

なりますが、これは第1部(A)の単なる再現ではありません。

それを「Fuzeau フュゾー」社の初版ファクシミリから、

じっくり学びます。

フュゾー社は主に、大作曲家の初版譜ファクシミリを出版している

フランスの出版社です。


「悲愴ソナタ」の自筆譜は、行方不明になっています。

初版譜は正確には、1799年ホフマイスター社から出版されました。

そのホフマイスター社と同じ銅板プレートを用いて、エ―ダー社から

1800年に出版されたとみられるのが、私たちがいま、ファクシミリで

手にすることができる、この楽譜です。


★私たちは何故、自筆譜や初版譜から学ばなければいけない

のでしょうか?

見やすくて、きれいに体裁が整えられた現代の「実用譜」だけでは、

どうしていけないのか?

私の答えは「No!」です。大作曲家の作品に近づく最短距離は、

自筆譜を学ぶことだからです。

人生は有限ですので、回り道をする時間はありません。


★Beethoven 存命中に出版されたこの初版譜は、失われてしまった

自筆譜の特徴を、多く残していると思われます。

皆さまには是非、このファクシミリによって30歳のBeethoven が

手に取った本物の初版譜を目の当たりにし、Beethoven の創造の

源泉を辿って頂きたいと思います。


★この講座では、この初版譜から汲み取ることのできる第2楽章の

強固な構成、和声、対位法、さらにBeethoven がどのような演奏を

望んで作曲したかを、詳しくお話いたします。

 


 


「悲愴」第2楽章の和声について、少しお話いたします。

和声の規則では、連続5度(平行5度)は、《禁則》です。

2声部が完全5度で、連続して進行しますと、何とも耳障りで、

調和しないのです。

《連続5度の禁則》を避けるための「正しい進行」の一例です。

 




Bachは、この連続5度をあえて、重要な場所で使い、

和声の響き、調和を打ち破り、良い意味での「和声的衝撃」を

与えている事を、当ブログや講座で時々お話しております。

この「悲愴」第2楽章でも、同じ効果を狙った連続5度があります。

 

 

この連続5度により、Beethoven が狙った効果は

何であったのでしょうか?

10月31日の「アナリーゼ講座」で詳しく、解説いたします。

 

 

 


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■「フーガの技法」は暖かく、命に満ちた和声、絶妙な「Ⅲ」の和音の配置■

2020-09-09 21:04:49 | ■私のアナリーゼ講座■

■「フーガの技法」は暖かく、命に満ちた和声、絶妙な「Ⅲ」の和音の配置■
~アナリーゼ講座をオンラインで再開します:「悲愴」第2楽章~

             2020.9.9 中村洋子

 





★今日は9月9日、重陽の節句です。

扉の向こうには秋が待っているのでしょうか。

ドアや引き戸を開けようとした時、ドアの向こう側にいた人も

同時に開けようとしていて、二人ともビックリという経験は

誰にでもあります。


★先日、郵便配達の方が、我が家の郵便受けに差し込み始めた

時のこと、偶然居合わせた私はその郵便物を家の中から

引き抜いて取ってしまいました。

配達の方はさぞビックリされたことでしょう。

その時思い出した短歌。

≪不実なる手紙いれても わが街のポストは 指を噛んだりしない≫
             杉﨑恒夫「パン屋のパンセ」より


★この時、私は杉﨑さんのポストになった気分でした。

残念ながら届いた郵便物は、味気ない書類やDMばかりで、

不実なる手紙は入っていませんでした。

シューベルト「Winterreise 冬の旅」第13番「Die Post

郵便馬車」のように、昔はPosthorn ポストホルン、

郵便馬車の喇叭に、恋人たちは胸を高鳴らせていたのでしょうね。

不実なる手紙を入れると、指を噛んでしまう、

そんなポストがもし、あったとしたならば、

面白くもあり、そして少々物騒でもあります。

 

 

 


★「Die Kunst der Fuga フーガの技法」のお話の続きです。

一つお断りしておきたいことがあります。

私は、このブログではBachの生前の自筆譜を使って、お話して

おりますが、皆さまがお持ちの楽譜は圧倒的に、

没直後出版の初版譜に基づく実用譜であると、思われます。


自筆譜と初版譜の細かい差異については、今回触れませんが、

一つ重要なことは、小節数の数え方が違う、ということです。

例えば、自筆譜3小節目は、初版譜5、6小節目に、

自筆譜19小節目は、初版譜の37、38小節目に該当する、

というように、初版譜の小節数は、

自筆譜の小節数のほぼ2倍の数になっています。


★これはどういうことか、といいますと、

自筆譜は2分の2拍子でありながら、

1小節が2分音符4個分に相当する記譜法であり、

 

 

初版譜は、1小節に2分音符2個分に相当する、

現代と同じ記譜法だからです。

 

 

自筆譜と同じ記譜法は、平均律2巻9番 E-Dur Fuga でも、

採用されています。


 

自筆譜や、平均律2巻9番「alla breve アラ・ブレーヴェ」は、

当時の伝統的なアラ・ブレーヴェであるのに対し、

初版譜は、新しい様式のアラ・ブレーヴェ(2分の2拍子)を、

採用しています。


★とはいえ、「平均律2巻」23番 H-Dur Fugaは、

その新しい様式で書かれています。

 

 

Bachは同じ曲集で、二種類の ala breve を区別して使っています。

これにつきましては、いずれ当ブログまたは講座で、

ご説明しますが、今回は和声のお話ですので、

この話題はひとまず脇に置き、

自筆譜と初版譜の拍子の記譜法が異なる、ということと、

自筆譜の小節数×2が、ほぼ初版譜の小節数に該当する

ということだけを、先ずは念頭に置いて下さい。

 




★さて、前回約束しました「Die Kunst der Fuga フーガの技法」

素晴らしい和声の一端をお話します。

前回では、自筆譜の見開き2ページの1ページ目最下段について、

書きましたが、今回は、その19小節目、20小節目前半の和声

ついて、少し詳しく見てみます(初版譜では37、38、39小節)。


「フーガの技法」は d-Moll 二短調ですが、

この左ページ最下段右端に位置する19、20小節目のソプラノ声部は、

何故か、C-Dur の主和音の構成音である「c²-e²-g²」が、

際立って目に飛び込んでくるように、

作曲されています。

 


★なお、自筆譜はソプラノ記号、アルト記号、テノール記号、

バス記号の4段譜で記譜されていますが、ここでは、

皆さまが読みやすいように、ソプラノ譜表とアルト譜表を、

高音部譜表(ト音記号による譜表)に、書き換えました。

また、この部分は、テノール声部は休止していますので、これを

省略し、3段譜によって書き写しました。

符尾の向きは、自筆譜とすべて同じ方向に書きました。


★この部分の和声は、どうなっているのでしょうか?

まず19小節目前半の和声を、要約してみます。

4段譜を大譜表に換えますと、こうなります。

 

 

これを大譜表を用いて和声要約します。

 

 

さらに要約を推し進めますと、こうなります。

 



 

是非、音に出して、この甘く切ない和声を味わって下さい。

「フーガの技法」の和声は、決して灰色に塗りこめられた

老年の、暗い和声ではありません。

 

 

 


★暖かくて魅力的、命に満ちた和声なのです。

少し解説しますと、冒頭の和音、それに続く二つ目の和音は、

「主調 d-Moll」 です。

そしてそれは「三和音」ではなく、「七の和音」ですので、

20世紀の映画音楽にも使われそうな、

甘く明るい響きです。

 

 


★続く三つ目の和音は、「F-Dur」にスルスルと転調しています。

なぜ「スルスル」なのか、といいますと、

冒頭和音「d-Moll Ⅵ₇」と、2番目の和音「d-MollⅣ₇」は、

「F-Dur」に読み換えますと、

「F-DurⅣ₇」と「F-DurⅡ₇」となり、

「d-Moll」でありながら、「F-Dur」と聴き取ることも

可能だからです。


 


★つまり、冒頭和音と2番目の和音を聴いている時

その和音は「d-Moll」主調に属しながら

「F-Dur」の和音としても通用するという二面性をもっているがため、

この二つの和音を、F-Dur「Ⅳ₇」と「Ⅱ₇」とも感じ取りつつ、

次には、スルスルと「F-Dur」ドミナント属七の和音に、

進行できるのです。

属七の和音が進行する先は、本来は主和音のはずです。

順当に主和音に進行したとしますと、

「フーガの技法」第1曲目は、こんな曲になっていたでしょう。

 

 

このように主和音に進行してしまいますと、

音楽がここで「終止」して、滞ってしまいます。

 

 

Bachが書きましたように、

 

 

ここを「Ⅲ」の和音にしますと、F-Dur の明るく

はっきりした長三和音の主和音ではなく、

短三和音の何か物問いたげな、それゆえ、

音楽の流れ自体が、“答え”を求めるかのように、

先へ先へと進んでいく絶妙な和音といえましょう。



 

 


★この「Ⅲ」の和音につきましては、私の著書

≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!≫の中で、

Chopin、Debussy、Rachmaninovの「Ⅲ」の和音について、

色々な角度から光を当てています

どうぞ読み返して下さい。


★同様の「Ⅲ」の和音による和声進行が、

自筆譜20小節目(初版譜39小節目)にも、あります。

 


 

ここで気が付きますのは、19小節目から20小節目前半にかけて、

先ほど述べましたように、ソプラノ声部に C-Dur ハ長調の主和音

「c²-e²-g²」が、現れます。


★Bachは、「Ⅲ」の和音を巧みに配することによって、

あからさまなC-Dur を、避けているのです。

しかし、この1ページ最下段右端に C-Dur の主和音の構成音

「c²-e²-g²」が配置されていますのは、

紛れもない重要な事実です。


★今日のお話はここまでですが、Bachが d-Moll と C-Dur を

どう、捉えていたかを考える参考として、

私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!≫の

100~111ページ

『バッハ「「無伴奏チェロ組曲全6曲」の調性がもつ本当の意味』を、

もう一度お読み下さい。

 

 


★コロナによる緊急事態宣言により、延期していました

「アナリーゼ講座」を、再開することになりました。

ただ、コロナ禍はまだ終息しておりませんので、

「オンライン講座」となります。

初めての経験ですが、パソコンかスマホがあれば、

どなたでも受講が易々とできますよう、これからご案内に

努めたいと思います。。


アナリーゼ講座の曲目は≪Beethoven(1770-1827)

ベートーヴェン ピアノソナタ第8番 Klaviersonate c-Moll Op.13

悲愴 (Grande Sonate Pathétique) 第2楽章≫です。

 

■日時:2020年10月31日(土)14:30-17:00(休憩1回)

https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture

 

 




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■「フーガの技法」自筆譜冒頭5小節、ここでBachは「調性とは何か」を力強く説いた■

2020-08-16 20:02:40 | ■私のアナリーゼ講座■

■「フーガの技法」自筆譜冒頭5小節、ここでBachは「調性とは何か」を力強く説いた■
~この5小節、青白い炎の様に息を呑むエネルギーと緊迫に満ちた音楽~
                2020.8.16  中村洋子

 

                     蕎麦畑

 


★遅い梅雨明け後の酷暑です。

幼い頃の晴れやかな夏は、何処へ行ってしまったのでしょう。

この夏も記録的な集中豪雨が各地を襲いました。

最上川が氾濫しました。

ラジオニュースで「大石田町」という地名を聞き、はっとしました。

芭蕉は「奥の細道」の山寺・立石寺で、

「閑かさや岩にしみ入(る)蝉の声」を詠んだ後、

「もがみ川乗らんと 大石田と云処に日和を待(つ)」と、

記しています。

新暦の7月中旬から下旬にかけての紀行です。

 

★大石田の地には、かつてふとした縁から俳諧が伝わった後、

(しかるべき指導者のないまま)道しるべする人は

いなかった、と芭蕉は書いています。

それだけに芭蕉の訪問はどれだけ嬉しかったことでしょう。

「最上川は、みちのくより出て山形を水上とす」

 

★私の作品「もがみ川」は、この文章をmottoに作曲されました。

CDは、二台ギターにより演奏されていますが、

ドイツから依頼があり、ギターとチェロの二重奏でも

演奏されています。

CDはアカデミアミュージックで取扱中


★前回ブログでご紹介しました歌集「パン屋のパンセ」の著者

杉﨑恒夫さんは、生涯に一度、第一歌集「食卓の音楽」を

1987年に出版しただけでした。

 




★「パン屋のパンセ」は、2010年出版。

お亡くなりになったのは2009年4月ですから、没後出版です。

ご家族や友人、出版社の皆さまの熱意で完成されたのでしょう。

亡くなった翌年出版というのは、何やら、 

Bach「 Die Kunst der Fuga フーガの技法」

思い起こさせます。


Bachは1750年7月28日逝去。

「 Die Kunst der Fuge フーガの技法」の初版は1751~52年。

杉﨑さんの「食卓の音楽」は、私には確かに読んだことがある、

という(古い)記憶があります。


★何故なら、この歌集の題名は、

Georg Philipp Telemannテーレマン(1681‐1767)の作品

「食卓の音楽」1733年(独語ではターフェルムジーク

Tafelmusik ですが、テーレマンは Musique de Table

仏語で書いています)に、触発されたと思われるからです。


★歌集のタイトルに魅せられ、興味津々で読んだのでした。

しかし、当時「楽譜は買うもの、本は借りるもの」と思い、

読書はほとんど図書館から借りた本でしたので、

若い頃読んだ本は殆ど、蔵書にありません。

いま、断捨離が時代の風潮ですが、私は逆に、昔読んだ本が

手元にあったらと思うことが度々あります。

いまならもう一度紐解けば読み方、見方、そして評価も変わり、

また新たな、楽しい読書体験ができると思うからです。


★近頃は、楽譜はもとより、本も躊躇なく購入しています。

電子書籍は目も疲れます、ソファーに寝転んでの読書は「極楽」。

その分、部屋の空間が段々狭くなっていきます、

ままならないですね。





★さて「Die Kunst der Fuga フーガの技法」について

少し書いてみます。

1742年に清書されたBACHの自筆譜と、没後出版の楽譜とでは、

曲の順番が異なっているのですが、第1曲はどちらも同じです。


自筆譜には、各曲の題名は書かれていませんが、1751/52年の

出版楽譜には、第1曲は「Contrapunctus 1」と書かれています。

自筆譜も出版楽譜も、現代の実用譜のように、ピアノの楽譜で

使われるようなト音記号とヘ音記号(バス記号)による

2段の大譜表ではありません。


★どちらも、高い方からソプラノ、アルト、テノール、

バス記号の4段譜です。

Bachの Chorale コラールも、すべてこのような4段譜

書かれています。

そして、自筆譜ではこのようにアルト声部の Subject(主題・主唱)

から始まります。

 

 

3小節から Answer (応答・答唱)が、始まります。

 

 

自筆譜は、譜例で示したように5小節目の前半までが1段目です。

5小節目から、バス声部の Subject 主題が始まります。

BACHは何故、5小節目の主題が始まってすぐ、

段落を2段目に移したのでしょうか。

4小節目を終えた後、5小節目を2段目から始めたほうが

「きりが良い」ように見えますが、

そうしなかった訳は、3小節目前半アルト声部の

「d¹ e¹ f¹ g¹ a¹」にあります。

3、4小節目を分かりやすくト音譜表で書いて見ます。

 

 

3小節目アルト声部冒頭音の「d¹」は、1小節目から続く

主題の最後の音であると同時に、3小節目後半から始まる

Counter-subject ( 対主題・対唱)と、1、2小節目の

Subject 主題つなぐ「自由句」の始まりの音とも、

いえます。

 

 

★Bachはこの「d¹ e¹ f¹ g¹ a¹」を、単なる埋め草として

書いたのではありません

1小節目主題冒頭2分音符の「d¹ a¹」から、この「自由句」は

作られています。

 

 

★そして、この曲を聴く人、演奏する人にとって、この「d¹ a¹」は、

深く、心と耳に焼き付きます。

d-Moll の主音と属音である「d¹」「 a¹」はそれだけ力強いのです。

そのため、自筆譜1段目の右端は、何としても d-Moll の主音と属音

でなくてはならないのです。


自筆譜1段目右端の5小節目前半を大譜表に書き換えてみます。

 

 

このように、1段目両端に、どっしりと位置している

「主音」と「属音」の“エネルギー”を1段目中央にある

自由句の「d¹」「 a¹」が受け止めるという、盤石の構えで、

Bach「Die Kunst der Fuga フーガの技法」

幕が上がるのです。

 




★続く2段目冒頭は、当然ながら5段目後半の「不完全小節」から、

始まります。

 

 

バス声部は5小節目冒頭から始まった主題です。

アルト声部は、主題や対主題ではない「自由句」です。

これをよく見てみますと、バスの主題の反行形

(または逆行形、どちらも同じ形になります)となっています。

大譜表で書いてみますと

 

 


★更に目を凝らし、自由句のソプラノを見てみますと、

2段目冒頭の「d²- a¹」は、自筆譜1段目で畳み掛けるように

提示されたd-Moll の属音と主音です。

「d² a¹ c² a¹」の4音は、3小節目ソプラノの4つの2分音符

「a¹ d² c² a¹」の1、2番目の「a¹ d²」の順番を逆にし、

3、4番目の「c² a¹」は、そのままにした4つの音を

縮小したものです。

 

 


たった1~5小節の間に、これだけ息を呑むような、

緊迫した音楽を、Bachは創造しました。

2段目冒頭小節である5小節目後半で、アルト声部の「d¹ f¹」

バス声部の「f d」を、これほどまでに強調したのは、実は、1段目で

心にクッキリと焼き付けた d-Moll の「主音」と「属音」だけでは

d-Moll を確定するのには、少し力が弱いのです。


★もちろん、1段目には「f¹」音が5回、「fis¹(f#)」が1回奏され、

誰の耳にも、 d-Moll は分かりすぎる程分かるのですが、

調を確定する主音の音の第3音この場合、「f¹」と「f」を、

刻み込むように強調しなければならない、とBachは

考えたのでしょう。


それが2段目冒頭の「f¹」と「f」音なのです。

 

 


調性を決定するのは、音階の第3音と、主音との関係が

「長3度」か「短3度」かによりますが、これをBachは

「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の「序文」で、

簡潔に言及しています。

詳しい解説は、

https://www.academia-music.com/products/detail/159893

お読み下さい。

 

 


★Bachの自筆譜は、縦長の五線紙1ページ5段で、見開き2ページで、

記譜されています。

没後の初版譜は、横長の五線紙1ページ3段の見開き2ページで、

記譜されていますので、当然、初版譜の1段は長く

アルト声部の Subject主題、ソプラノ声部の Answer応答、

バス声部の Subject 主題に続いてテノール声部の Answer 応答 の

途中までが1段目に書き込まれているため自筆譜に見られるような

主音と属音による、エネルギーの凝縮、そこに割って入ってくる

3度の起爆剤は、見られません。


炎は、赤より青白い炎が高温です

Bach晩年の「Die Kunst der Fuga フーガの技法」には、

青白い炎が燃え盛っています。

壮年期の真っ赤な炎より、更に白く白く燃えさかる炎の結晶となり、

270年経ちました。

 

 


※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■7月28日は、Bach バッハのお命日です■~イタリアの合奏団による「Die Kunst der Fuga フーガの技法」の名演~

2020-07-28 23:38:32 | ■私のアナリーゼ講座■

■7月28日は、Bach バッハのお命日です■
~イタリアの合奏団による「Die Kunst der Fuga フーガの技法」の名演~
             2020.7.28 中村洋子

 

 

 


★今日は、Bachのお命日です。

1750年7月28日午後8時15分の少し後、バッハは旅立ちました。

 Johann Sebastian Bach バッハ (1685-1750)。 

ことしは、Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)生誕250周年

にも当たり、Beethoven関連の「行事」で沸き立つ予定でしたが、

コロナ禍で、多くのコンサートや催しが中止となりました。


★ことしは、バッハ没後270年でもあるのですね。

バッハ逝去の20年後、Beethoven ベートーヴェンが誕生している

のですが、20年といえば時の流れから見ますと、「ほんの一瞬」

瞬きくらいの時間です。


★それより少し前になりますが、その頃、日本も松尾芭蕉

(1644-1694)近松門左衛門(1653-1724)井原西鶴

(1642-1693)少し遅れて与謝蕪村(1716-1724)を輩出しま

したので、人類にとっては豊饒なる時代であったと言えましょう。

それに比べ、現代はどうでしょうか?

時と歴史の審判を待つのみですね。

 

★学者や評論家の大先生方は、バッハの音楽とは関係のない

プライバシーや私生活の研究、詮索に余念がないことを、

皮肉ったのかどうか分かりませんが、チェンバロ、オルガン奏者、

指揮者でもあった Gustav Leonhardt グスタフ・レオンハルト

(1928-2012)は、「私はBachには興味がない、Bachの音楽に

興味があるのだ」と、インタビューで語っています。


★この場合の「Bach」とは、「紙をケチった」「節約家」などと、

誤った情報やエピソード、逸話に搦め捕られた「Bach像」を

意味し、それには興味なく、「Bachの音楽」だけが大切なのだ、

という真意でしょう。

 


 


★最近、この句に出会いました。

≪微粒子となりし二人がすれ違う億光年後のどこかの星で≫
                         杉崎恒夫

この句に歌われている「二人」は、恋人でしょうか、

亡き奥さまかしら。


★私も勿論、 Leonhardt レオンハルトの言うように、Bachの音楽に

だけ興味をもてばいい、とは思いますが、やはり、Bach先生に一度は

お会いしてみたかった、という気持ちもあります。

杉崎さんの句のように、億光年の後、微粒子となって、どこかの星で

Bach先生に出会えるかも・・・です。

その時に、あまり恥ずかしくない自分でありたい、とも願っています。


★この句は、彼の第2歌集「パン屋のパンセ」に収められています。

句集の題を見て、私は杉崎さんがパン屋さんをなさっていると、

早とちりしてしまいました。

しかし、句集の略歴を見ますと、1919年静岡県生まれ、終戦後より

1984年まで東京天文台(現国立天文台)に勤務、2009年没、享年90

とありました。

65歳まで天文台にお勤めだったのですね。

億光年後に微粒子となった二人は、七夕様のように、年一度

会えるのでなく、「すれ違う」だけなのも、

科学的根拠のあることでしょう。

 

 


★お話をBachに戻しますと、私は「平均律クラヴィーア曲集1巻」の

アナリーゼ講座を、東京、横浜、名古屋で開催し、現在はそれの集大成

として、東京で再度それに取り組んでいます。

https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture

コロナ禍で延期しておりますが、これは必ず完結したいと思っております。

何故なら、この「第1巻」には、Bachが「調性と何か」という

命題に対し、完璧な解答を出しているからです。

Bachこそ、人類史上最強の「音楽学者」です。


「学問」とは、Bachの行ったように、命題に対する真摯な追求

であり、そうでなければいけない筈です。

Bärenreiter ベーレンライター版「平均律クラヴィーア曲集1巻」

の解説で、書きましたので、どうぞお読み下さい。
https://www.academia-music.com/products/detail/159893

 

「平均律クラヴィーア曲集2巻」(自筆譜は1738-1742に作成)

アナリーゼ講座も、東京で全曲開催しました。


★この「第2巻」は、1巻のフーガが2声、3声、4声、5声と

多様性に富んでいるのに対し、2巻は、3声と4声のみで作曲され、

調性も、1巻では思いがけない転調や多彩な転調に彩られて

いますが、2巻は、近親転調も多く、それに伴って使われる調性も

限定されてきます。

即ち、2巻はBach自ら極めて限られた世界を設定し、その中で、

どれだけ、究極の音楽の豊かさを獲得できるか、

という挑戦であるといえます。

 

 


「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」

(1741年秋出版)の、全曲アナリーゼ講座も、東京で全10回で

開催いたしました。

https://www.academia-music.com/products/detail/157679

https://www.academia-music.com/products/detail/157680

平均律が1巻、2巻ともに、有機的に結合してはいるものの、

「プレリュード+フーガ」を一組とした24組の異なった曲によって

構成されているのに対し、「ゴルトベルク変奏曲」は、一つの主題に

対しての「30の変奏曲」という、新機軸です。


★そして、いま私が勉強していますのは、

「 Die Kunst der Fuga フーガの技法」です。

この曲の間違った言い伝えは、Bachが「BACH(変ロ、イ、ハ、ロ)」

音を書いたところで、パタッと倒れて亡くなった、というお話です。

これは、「ゴルトベルク変奏曲」が不眠症の貴族を慰めるために

作曲されたというお話と同じくらい、事実とは異なっています。


1742年(亡くなる8年前)に初期の版が完成され、Bachの

清書された自筆譜も残されています。

私は、この自筆譜ファクシミリを眺めるのが、至福の時です。

色々な作曲家の自筆譜を学んでいますが、Bach先生の自筆譜に

戻りますと、何とも安らぎ、分かりやすく、故郷に帰った気

さえします。


★これは12曲のフーガと2曲のカノンから成りますが、冒頭から

終結までの曲の構成と内容が、終始一貫しており、深く

納得させられます。

その後、Bachは更に推敲を重ね、

出版準備をするのですが、その途中で亡くなってします、

出版は没後の1751年と1752年になされます。

この初版には、どうもBachの息子たちの意向や改変も含まれている

ようで、納得できる部分とそうでない部分が混在しています。


★そのような訳で、私は1742年の「初期稿」が好きで、

自筆譜ファクシミリ(現在絶版中)から学び、その実用譜

(これは Peters ペータース社から出版)を見ています。

https://www.academia-music.com/products/detail/35295

 

 

良い演奏のCDを聴きたいと願っていましたが、

この1742年自筆譜の初期稿を演奏した、優れたCDが発売中です。

いつも品切れや絶版の楽譜やCDのご紹介ばかりで、

気が引けていましたが、今回は珍しく世に出たばかりで、安心です。

Accademia Strumentale Italiana Alberto Rasi による 
Johann Sebastian Bach Die Kunst der Fuga - BMV1080
(Mus.ms.Bach P 200)  CD番号(cc72842) です。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=6&v=sNsmoH5U2B0&feature=emb_title
 https://tower.jp/article/feature_item/2020/06/05/1104

 

 

冒頭第1フーガを聴きました時、「あぁ、Webern ヴェーベルンだ」

と、思いました。

Anton Webern アントン・ヴェーベルン

(1883 -1945年9月15日)は、Bachの「音楽の捧げ物」の

Fuga (Ricercata)を、1934/35年に、

オーケストラに編曲していますが、それとは全く関係なく

この「Accademia Strumentale Italiana

アッカデミア ストゥルメンターレ イタリアーナ」の

ィオラ・ダ・ガンバ + オルガン + ヴァイオリンの合奏による

演奏を聴きますと、その世界が、遥か200年先の現代の作曲家の

音楽に、直結していることに、驚きました。

「微粒子となりし二人がすれ違う」200年とでも申しましょうか。


★Bachの晩年10数年間に生まれた曲の中で、「平均律2巻」、

「ゴルトベルク変奏曲」、「フーガの技法」は、ほぼ同時期に

同時並行的に、作曲されたようです。


★「Die Kunst der Fuga フーガの技法」で、Bachが追求したものは

何であったのか?

1742年の自筆譜に、Bachは「 Fuga 」という言葉を

一言も使わず、各曲に題名も付けられていません。

巻頭ページの「Die Kunst der Fuga」は、弟子のアルト・二コルが

書いたものです(Fugaと書かれています)。


★没後に出版された初版譜の各曲には、≪Contrapunctus 1、2、3≫

というように、曲順が記されているだけで、

巻頭ページも「Die Kunst der Fuge」(Fugeと書かれている)と

印刷されているだけです。


★Bachにとって、「Counterpoint」と「Fuga」の関係は

どうであったのかゆっくりと考えていきたいと思っています。

 

 

 


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