■ドビュッシー「Children's Corner 子供の領分」の Corner は、可愛い子供たちが悪戯をしている部屋の隅っこの意味■
~Children's Cornerの日本語訳は「可愛い子ちゃんたちの遊び場」が相応しい~
2023.1.9 中村洋子
★新年おめでとうございます。
日本の新年は例年通りの寒さでしたが、
ベルリンの音楽出版社「Ries & Erler」社からの、新年のお便りには
「ベルリンは20℃も気温があり、短パンをはいて歩いている人も」
だそうです。
毎年のお正月の、凍えるような厳冬のベルリンとは、打って変わった
年明けのようです。
★年末に更新しましたブログの続きです。
Debussy ドビュッシー(1862-1918)の、6曲のピアノ独奏曲から
成る組曲「Children's Corner 子供の領分」(1908)の「Corner」の
意味と訳について、これまでそれを解説した文章を読んでも、
長年すっきりと、腑に落ちない思いを抱いていました。
★ドビュッシーはどうして、英語の「Corner」という言葉を
使ったのでしょう。
答えは、ムソルグスキーの歌曲集「子供部屋」にありました。
私はロシア語は読めず、ドイツ語訳で各曲の題名タイトルを読んで
いました。
その第2曲は、「Im Winkel」や 「In der Ecke」です。
「Im Winkel」は部屋や建物町などの「片隅」の意味。
「In der Ecke」も(部屋等の目立たぬ・安全な)片隅の意味です。
「In der Ecke」の英訳は「In the corner」、その日本語訳は
「隅っこで」です。
★いたずらっ子がばあやに、悪戯を叱られます。
《ああ、悪戯(いたずら)好きな子供だね。
毛糸玉を解いちゃったんだね。
そして、編み針をなくしてしまった!恥ずかしいこと!
縫い目を全部ほどいてしまった!
靴下にインクを飛び散らせた!
隅っこへお行き!
隅っこへ行きなさい!
いたずらっ子!》
(中村洋子訳)
★ばあやさん、相当にお怒りです。
可愛いいたずら小僧!
この「部屋の隅っこ Corner」は、いたずらっ子の悪戯が見つかり、
叱られて、追いやられる場所のことだったのですね。
ドビュッシー愛娘“シュウシュウ”ちゃんに捧げる曲集の名前が、
ユーモアを込めた「Children's Corner」であったことが、
やっと、納得できました。
★ドビュッシーにとっては、「Children's Corner」は、
「可愛い子供たちが悪戯をしている部屋の隅っこ」の
イメージだったのでしょう。
日本語訳は「子供の領分」でなく、「可愛い子供たちの遊び場」、
あるいは、「可愛い子ちゃんたちの遊び場」ぐらいが、
相応しいでしょう。
★ムソルグスキーの歌曲集「子供部屋」の第3曲
「Der Käfer(独)The Beetle(英)カブト虫」の
24小節目~のピアノの左手部分は、大きなカブト虫が、
ゴソゴソ、ひげを動かしているかのような音楽です。
★ロシアの人たちにとって、私たち日本人がカブト虫に対して
抱いているような、親近感はなく、「ゴキブリのように不気味な
昆虫」という感覚で、捉えているようです。
ところが、このカブト虫の「ゴソゴソ」は、
ドビュッシーの「Children's Corner 」の第4曲
「The snow is dancing」では、昆虫どころか、
詩的で幻想的な、雪が舞い踊る一節へと変容しています。
★「カブト虫」の≪ C Des Es E ≫は、一度聴いたら忘れられない
ような、少々不気味ながら印象深いモティーフです。
「雪は踊っている」の40、41小節では、2ヶ所「そっくりさん」が
あります。
★まず始めに40小節の左手3,4拍の≪ A B c des ≫は
これをそのまま長6度下方に移動すると、
≪ C Des Es E ≫になります。
そのモティーフに続く≪ c des d es e ≫も、≪d 音≫を一つ
取り除くと、≪ c des es e ≫になります。
それを1オクターブ下に移動すると、やはり≪ C Des Es E ≫
となります。
★ドビュッシーはムソルグスキーの「カブト虫」君を、見事に
「雪が舞っている中で、低くサーッと吹く風の音」のように、
翻案しました。
さて、ムソルグスキーの「子供部屋」第2番に戻りますと、
いたずらっ子はその後どうしたでしょう。
彼はばあやに、こう抗議します。
《僕、何もしてないよ。僕、ストッキングを触ってないよ、ばあや。
子猫が毛糸をほどいたんだ。
そして子猫が編み針を散らかしたんだ。
だけど、ちっちゃなミーシャ(僕)は、よい子だったよ。
ミーシェンカ(僕)は、お利口さんだった。
でも、ばあやは意地悪で、年寄りだ。
ばあやの小さな鼻は汚れてるよ。
ミーシャは清潔で、髪の毛も梳かされている。
だけどばあやは、帽子を斜めにかぶっている。
ばあやがミーシェンカをいじめたんだ
僕は何もしないのに、僕を隅っこに追いやった。
ミーシャはもうばあやを好きではなくなるよ、そうだよ!》
★ミーシャ君「僕は何にもいたずらはしてないよ」と言ってますね。
子猫にいたずらの冤罪を着せているようです。
ちょっとふて腐っていますが、本当はばあやの事も大好きなようです。
ドビュッシー先生、微笑みながら、
この歌曲も“我が物”にしたのでしょう。
★ドビュッシーの「Children's Corner」巻頭の言葉。
A ma chère petite Chouchou, avec les tendres excuses
de son Père pour ce qui va suivre.
C.D(Claude Debussy).
直訳するとこうなります。
愛しいシュシュへ、心からのお詫びを込めて
その後に続くものに対して、父より
★ドビュッシーの言いたいことはこうでしょう。
この曲集は可愛くてたまらないシューシュー(キャベツちゃん)に、
お父さんが作りました。
お父さんと遊びたい“シュウーシュウ”ちゃんが、ヨチヨチお父さんの
後をついてくるのですが、ドビュッシー先生はお忙しく、そのため
「心からのお詫びを込めて」お父さんは、“ごめんね”と、
謝っているのですね。
ムソルグスキーのミーシャ君は、ばあやに叱られて、部屋の隅っこに
追いやられ、ドビュッシーの“シューシュー”ちゃんは、忙しいパパの
後ろを追いかける。
ムソルグスキーには子供はいませんが、友人の一家の子供たちと
仲良しになります。
彼の子供たちに対する、優しさと愛情に満ちた曲ですね。
ドビュッシーはムソルグスキーの斬新な作曲技法のみならず、
そのデリケートで優しい心根も、
「Children's Corner 子供の領分」に、反映させました。
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